『懸賞品』

昔の少年雑誌は、高度成長期と併わさって、懸賞品も豪華な物が多かった。近所の尾村という親友の家に行くと巨大なプラモデルの空母艦が当たり、組み立ての最中であった。・・・・・10歳の私はうらやましかった。

 

その頃は少年サンデーや少年マガジン全盛期の頃で、手塚治虫はまだ30代であったが、既に数々の名作を世に出していた。サンデー、マガジン、そのどちらかは忘れたが、連載中の面白い漫画を順に三つ書いて送れば、「レーシングカーセット」が毎週100人に当たるという懸賞を勢いよく打ち出した。私はせっせと応募したが、何通送っても外れであった。ある日、学校に行くと友人の真鍋というのが、大声で自慢をしていた。聞くとそのレーシングカーセットが当選したのだという。・・・・・それもたった一回の応募で!!真鍋は私に言った。「今日、家に見に来いよ!!」と。

 

堀川の流れる岸辺に真鍋の家は在った。二階に上がると二間をぶちぬいて、レーシングカーセットが輝いて見えた。私は青色が好きなので青い車を。真鍋は赤い車をとって競争が始まった。玩具の域を超えた凄まじい疾走音、臨場感、・・・・・私の向かい側で興奮している真鍋の顔。・・・・・私は悔しかったのか、車の限界ギリギリの速さにした。私の心を映したように青い車は場外に飛び出し横転した。車輪が虚しくカラカラと廻っている。そして私は考えた。(このまま何度応募してもたぶん外れるだろう、だから普通に正面から攻めても無駄である。一発必中で手に入れる手は無いものか!?そして閃いた。一通の手紙を編集部に書いて送ろう!!私がとった作戦 ― それは少年の無垢を装った「純情」であった。

 

「僕たちの学校ではすごくたくさんの友達が皆、〈レーシングカーセット〉に応募していますが、誰一人当たった者はいません(勿論、真鍋の事は伏せて)。だから僕たちは集まっては皆で、あの懸賞はインチキなのではないかと話し合っています。本を買うのを止めようかとも話し合っています。ですから編集部の皆さん!お願いですから、僕たちの夢をつぶさないでください!!お願いします。」ありありと目立つ大きな文字で、そう葉書に書き終えると、すぐにポストに投函した。最後の文は子供ながら名文だと思った。「つぶさないで下さい!!」の部分を「裏切らないでください!!」にするか迷ったが〈つぶす〉という方がインパクトがあると思い、そのように書いた。これでいける!! 数日後に届いた私の手紙を読んで、編集室の心ある誰かが、きっとこう言うだろう。「編集長、この少年に特別に懸賞品を送ってやってもいいんじゃないですかぁ。こんなに熱心に書いているのだから感動物ですよ、この少年は!」

 

投函して1週間くらいしてから、私の下校時は決まって駆け足であった。(そろそろ届いている頃だ、玄関に届いたそれは大きな箱に入っているから、母親の細い腕では、とうてい持てないだろう。だから僕はこう言うだろう。・・・・・大丈夫だよ、僕一人で持って上がれるから・・・・・)。しかし、それが届く気配はなかった。

 

諦めかけていた或る日、家に帰ると、母親が東京の出版社から何か届いているという!!私の目は踊り、家の中に大急ぎで入った。部屋には一通の小包が届いていた。しかし、それはあまりに小さな小包であった!? 包みを開けてみると少年〇〇〇〇の最新号が一冊と編集部からの手紙が入っていた。私は手紙を読んだ。「この度、君から届いた手紙を編集部の全員で読みました。そして会議を開いた結果、君たちの夢に応える為にも、毎回全国の当選者の氏名を、この雑誌で発表していく事にしました。これからもご愛読をよろしくお願いします。お友達の皆さんにもよろしくお伝えくださいね。」という内容であった。早速、雑誌を開くと二面見開きで、熊本・岩手・北海道・京都・・・・・と地区別に分けて確かに百人の少年少女たちの名前が載っていた。私はその本を向こうにポンと放り出し、仰向けになり、天井をボンヤリと眺めながら呟いた。(・・・・・何だかなぁ)。

 

それまでは(発送をもって当選者の発表に代えさせていただきます。)だったのが、それ以後、他の雑誌も誌上での当選者名を公表するのが常となった。別に自慢にもならないが、そのように変わったのは、おそらく、私のあの一通の手紙がきっかけだったように思われる。・・・しかしその後も商品は届くことなく、真鍋も金沢に引っ越して行ってしまった。

 

先日のTVのニュースで、秋田書店にいた女性編集者の内部告発で、封印していた「或る事」が表面化した。漫画の人気投票を子供たちから送らせて、人気の無いものは連載途中でも打ち切りにしている事は昨今はもはや寒い常識となっている。問題は、子供たちの直な意見を聞く為に、応募者に景品を毎回抽選で選んで送っていると発表していたのが、全くの嘘であり、雑誌で公表している当選者名も、そのほとんどが実在しない名前をその女性編集者に作らせて、公表していたのだという。耐え切れなくなったその人が上司に意見を言うと、(これは昔からずっとやっていた事なので、当然のことなのだ)と言ったという。そして最悪なケースに発展した。その常識ある女性編集者は、景品を盗んだとして出版社から一方的に解雇されたのである。先述した友人の尾村や真鍋の例もあるから、その頃はそういう虚偽は無かったのであろう(いや、無かったと思いたい!!)私が問いたいのは、その出版社で働く編集者たちである。自身の胸に問うてみて、ひたすら巨大な儲けの具と化した唯の暴力過多の漫画を発信していく事に、自分の子供たちに誇れるあなたの人生の意味や形は、はたしてあるのかと。

 

今回のニュースは、私の10才の頃の記憶を呼び起こしてくれた。その頃の私は漫画家志望であり、その時に役立ったのは、石森章太郎編集による『まんが家入門』であった。その本を、漫画を描くインクが付いて汚れるくらいに、私はむさぼり読んだものである。そして、その本を刊行したのは、件の秋田書店であった。当時は良書を出す出版社としてのプライドが、私たちにも伝わってきた。その頃に志望していた私の夢の記憶は、この度の、秋田書店によって、確かに、つぶされてしまったのであった。

 

カテゴリー: Words   パーマリンク

コメントは受け付けていません。

商品カテゴリー

北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
Web 展覧会
作品のある風景

問い合わせフォーム | 特定商取引に関する法律