『あぁ、杉田君!』

春である。風景が、空気が、光が、うす桃色の含羞に色づく満開の桜の春である。……しかし話は少し前に遡る。先だって、高校生7人と引率者1人が雪崩に巻き込まれて亡くなった。明らかに業務上過失致死傷罪に相当する人災であるが、私達はあらためて雪崩の恐怖に戦慄したことは記憶に新しい。私はその事故の後に、個展の為に福井に滞在していた。遠景に見る白山連峰の頂には未だ冠雪がその白をとどめており、それを見ていた私は雪崩の恐怖へと繋がる高校時代の、ある記憶を思い出していた。

 

雪崩に巻き込まれた人が、その大量の雪におしつぶされた時、人ははたしてその雪の中でどういう状態になっているのか!?……私は、いや私達のクラスの同窓の友の多くが、それを目撃するという、滅多にない体験をした事があった。………………あれは確か高校2年の冬であったかと思う。校舎を建て直す為にしばらくの間、私達はプレハブの仮校舎で授業をするはめとなった。その日は前日からの大雪の為に校舎の屋根には大量の雪が積もり、窓越しの雪が、重く窓ガラスにおし寄せていて、為にガラスが割れそうな危険な状態にあった。授業をしていた教師が状況を見かねて「誰か、外に行って雪掻きをしてくれる者はいないか?」と言うと、杉田君が勇んで「じゃあ、僕がやります!!」と言って手を挙げた。手を挙げたのは確か杉田君1人だけであったかと記憶する。

 

「おぉ杉田!……やってくれるか!」と言って教師は喜び、すぐに長靴を履き、重いスコップを持った杉田君が雪を踏みしめ、踏みしめしながら現れた。何が嬉しいのか、笑みを浮かべた杉田君がガラス越しに教室の私達に手をふっている。クラスの何人かがそれに応えて手をふっている。杉田君はすぐに雪掻きを開始して、積もった雪が少しずつ減っていくのが見てとれた。その日は快晴で、作業をする杉田君が早くも汗ばんでいるようであった。…………その時であった。突然、頭上にもの凄い音が響き、私達は咄嗟に天井を見上げ、次に反射的に窓外を見た。そこに、頭上から容赦なく雪崩れ落ちてくる大量の雪にのたうちながら、口を開けて何かを叫び、両の手は虚空に跳ねる杉田君の姿があった。……しかし、そのあがないも虚しく、次々と頭を、そして体に容赦なくのしかかってくる雪の執拗さに耐えかねて、身体を崩して遂には倒れ伏していく杉田君の受難の様を、私達は室内にいて、まさにライブで見ることになったのである。……しかもあろう事か、倒れると同時に一瞬にして杉田君は失神してしまったのであった。目を閉じた物言わぬ杉田君の上を、雪崩れ落ちる雪がなおも襲って、やがて……静かになった。その上をおまけのように雪の固まりがまたポトリと落ちた。……子供の頃に瓶に大量の土を先ず入れて、次に数十匹の蟻を入れ、その瓶の外を囲うように黒い紙を回しておくと、翌日には蟻の巣の断面が瓶のガラス越しにありありと見えるのであるが、丁度それと同じ具合に、私達は、雪崩れの下で雪の重みと冷たさを受けて、グッタリと失神して眠る杉田君の様を、窓越しに驚きと戦慄を持って眺め見たのであった。雪崩れの中で人はこうなってしまうのか!!……表現は悪いが、滅多にないこの視覚体験を私達はまるで学習、更に言えば鑑賞するかのようにして眺めたのであった。………すると教師が、やがて己が身に降りかかってくるであろう責任の重みに気付いて「おい、誰か助けに行って来い!」と叫んで、今度は自らが教室を飛び出して行った。そして杉田君の上の雪掻きをしながら、やがて静かに眠る杉田君を引き上げて、その顔を気付けの平手打ちをして、次第に杉田君は意識を取り戻していくのが、これまたライブで見てとれたのであった。

 

……グッタリとした杉田君が朦朧の内に意識を取り戻した事は、まぁ慶賀ではあったが、私はその様を見ながら、半年前のある光景をふと思い出していた。……それは、九州に行った修学旅行の時の出来事であった。……阿蘇の草千里という所ををご存じであろうか。カルデラのなだらかな傾斜に彼方まで拡がる緑の広野。高い空に浮かぶ白い曇。かつて画家の坂本繁二郎がこの風景を愛し、放牧されている馬や牛を描いた、ゆったりとした穏やかな風景……。その何事もなしの風景を切り裂くように……突然の異変が、私達の内から急に飛び出すようにして起きた。1頭の荒ぶる馬が狂ったように急に走り出したのである。……駆けていくその馬の背に必死でつかまっている人影が見えた。見るとそこに乗っていたのが、杉田君であった。彼は女子高生に良いところを見せたいと思ったのかどうか、ともあれ観光客を乗せて歩く馬に金を払って乗ったまでは良いのであるが、どうやらその馬の(つまりは雄!)微妙なゾーンに近い部分を、何かの弾みで蹴ってしまったらしく、驚いた馬は杉田君を乗せたまま、彼方の遠景へと走り去り、遂には見えなくなってしまったのであった。その拉致されるように走り去る杉田君を追うように、調教師の拡声器から「手綱を引いて、体勢を低くして下さ~い」という声が虚空に響いたのであった。…………その半年後のまたしてもの、つまりは馬から雪への受難を見て、この杉田君のつくづくの運命に静かに想いを馳せたのであった。……月日は瞬く間に経ち、その後の杉田君の人生を私は知らないのであるが、記憶の中の杉田君は、馬と共に今もなお草千里の広野をエンドレスに駆け続けているようなイメ―ジがあるのである。

 

……さて個展である。福井での個展は今月末まで続くが、私自身はと言えば5月の10日から人形町のギャラリー・サンカイビで開催される写真の個展『暗箱の詩学―サン・ジャックに降り注ぐ、あの七月の光のように』の準備で相変わらず忙しい。案内状やチラシの打ち合わせは7日に画廊で行われ、それが終われば額装のすぐの準備が待っている。その写真展を最後に私は秋の個展に向けて、アトリエにひたすら籠って制作の日々が待っている。新たな方法論と試みの日々が待っているのである。

 

 

 

 

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