『鏡の皮膚』 

日本橋高島屋・美術画廊Xで開催される個展が少しずつ近づいてきた。今回の会期は11月8日(水)から27日(月)迄であるが、新しいアトリエでの制作はいま正に佳境に入っている。今年で連続9回目、高島屋のこの個展だけで制作した作品数は、延べおよそ600点以上。それ以外の画廊で発表した個展の新作を合わせればかなりの数になる。……そして、作り出して来た全ての作品がコレクタ―の人達の収蔵に入っている事を思えば、間違いなく私は表現者として幸運な人生を歩いていると思う。……24歳で作家としてデビュ―した時に、私の個展の総指揮を担当された池田満寿夫さんは、「これからはコレクタ―の人達と共に歩む事、作品は今後も発表する際には若い人にも購入可能な価格にする事、作品が優れていれば間違いなく自ずから評価され上がっていくから。」というアドバイスを頂き、私は池田さんを信じて先達としての言葉に従った。そして24歳時の第1回目の個展で発表した版画は1点2万円で発表されたが、出品点数25点、エディションは各20部、計500点が1週間の会期中にすべて完売となった。この記録は今も破られていないという。……ニュヨ―クの池田さんからは祝電が届き、私はプロでやっていく自信を固めたが、はたして池田さんの予言どおり、その時に発表した作品の評価価格は、現在は10倍から20倍以上となり、今もコレクタ―の人達の愛蔵するところとなって大切にされている。作品は私の手元を離れて、その人達の各々の人生の中に深く関わっていっているのである。……後年もこの池田さんのアドバイスを私は守り続け、自分が版元となって版画集を8年間で七作次々と精力的に刊行したが、いずれも刊行して3ヶ月間くらいで全作が完売となった。……何より一番大事な事は、作品がコレクタ―の人達にコレクションされる事。……そして、自らを模倣せずに次々と新たな可能性に挑戦していく事。……版画からオブジェに制作の主点は変わったが、先達が遺し伝えてくれたこの言葉を、今も私は金科玉条のごとく守り続けているのである。

 

さて、高島屋の個展であるが、今回の展覧会タイトルは『鏡の皮膚―サラ・ベルナ―ルの捕らわれた七月の感情』である。……私はいつも個展の制作に入る前に、先ずは展覧会のタイトルを決める事から入っていく。言葉とそれらが孕むイメ―ジのあれこれをまさぐりながら、現在形の自分が、今、何処に在り、未生の新たな「語り得ぬ」もののアニマと姿が何であるかを、あたかも気象観測のような視点で、あたかも稲妻捕りのような素早さで絡め捕る事から始まるのである。……そして、タイトルが決まるや、私の視線は集中し、一気に制作に入っていくのである。高島屋の個展案内状は制作の着手が早いので、8月の後半にはもう形が出来上がっているが、私は案内状のデザインにも深く関わっている。……展覧会の案内状とは、その展示内容の表象であり、また象徴性をも孕んでいる伝達交感の大事な関係だと思うからである。……天才舞踏家の土方巽が、「新作の案内状を送った時から舞踏はもう始まっている。」と何かに書いていたのを読んで、確かに!!……と私は蒙を拓かれたのであったが、以来、私は案内状にはこだわりを持ち続けている。……高島屋美術部も同じ理念を持っているので、レイアウト、印刷の校正は徹底して臨んでおり、今度10月3日は、その三回目のチェックが予定されている。……ただ、案内状を発送するのは、私は会期初日の4日ばかり前に届くように送っている。会期が三週間と長いので、そこを考えての事である。だから、このメッセージでの早い時点でのお知らせは、とても大切な意味を持っているのである。…………アトリエで出来上がっていく新作のオブジェを見ながら、私はそこに自分の新たな現在形の姿を、ある種の驚きを持って見つめている。………………さて、次回のメッセージは、強烈なインパクトを持った棟方志功さんが初登場する予定。乞うご期待。

 

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