アムステルダム

『仮面劇場』

昭和の終わりと共に消えていくかと思われた職業の一つに「チンドン屋」というのがある。しかし、それが若い世代から支持を得て、地道ながらも息を継ないでいるという。つまり、“不思議と消えない職業”なのである。

 

29日(土)まで個展を開催中の森岡書店は、茅場町・霊岸橋川岸に立つ古いビルの3階にある。昼は気持ちのいい光が差し込み、窓を開けると眼下に幅広の川が流れていて、ちょっとアムステルダムのような趣きがある。昨日の昼下がり。来場者が多く会場が賑わっていた時、そのチンドン屋の音が風に乗って聞こえて来た。窓外を見ると、霊岸橋の上を流して行く四人のチンドン屋が見えた。そして、やがて見えなくなり、来廊者も引いて展示空間が再び静かになった。「あの音は、迷惑ですよね。」とオーナーの森岡さんが話す。展示してある作品はヴェネツィアの写真、それと聞こえて来たコテコテの和の音とは、確かにミスマッチであるだろう。

 

展示作品の中の一点に、ヴェネツィアのカーニバルの仮面を被った人物が映っている写真がある。何気なくそれを見ていた時、ひとつの疑念がふと立ち上がった。−−−街中に貼ってある殺人犯の指名手配写真。何年経っても容易に捕まらない逃亡犯。それと先程のチンドン屋が重なったのである。白塗りの誇張した化粧、それは素顔を隠した仮面である。その姿でコンビニに立ち寄っても、或は電車に乗って移動しても−−−それは日常の一コマの情景にしか映らない。もし先程見た橋上の連中の中に、「その人物」がひょっとして紛れ込んでいたとしたら、さあ、どうだろう−−−。そんなことを考えていると、再び、あの音が聞こえて来た。チンチンチンとはしゃいだような鐘の音、哀愁を帯びたクラリネットの悲しい響き−−−。それが風に乗って、遠くから、そして時に近くから切れ切れに聞こえて来て、やがて−−−消えていった。

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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