三島由紀夫、秋冬随筆

「世界崩壊の予感の中で『羅生門』を観る」

……「オリンピックがすんで、虚脱状態に陥った人はずいぶん多い。考えてみれば、日本が世界の近代史へ乗り出してからほぼ百年、たびたびの提灯行列はあり、いわゆる国民的興奮は、戦争に際して何度か味わったわけだが、こんなにひたすら平和な、しかも思いきり贅沢に金をかけたお祭りが、二週間もつづいたことはかつてなかった。しかもそれは「安全な戦争」「血の流れない戦争」「きれいな戦争」の要素を持っていて、みんなが安心して「戦争」をたのしみ、「日本の勝利」をたのしむことができた。………… 」

 

この文章は、1964年(昭和39年)に、三島由紀夫が書いた「秋冬随筆」という中の一節である。56年前のこと故に些か隔世の感はあるが、興味深いのは、三島が文意の底に、オリンピックを一種の代理戦争と冷やかに視ている点である。

 

……国民の多くが、同じ日本人というだけで、初めて見る見知らぬ選手に拍手を送り、興奮し、それこそ金メダルでも取ったならば、国民に祝いの配当金が配られるわけでもないのに、昔からのわが知り合い、わが身内のように感激し、日頃の鬱屈を晴らしたかのように情緒を解放し、快感を覚えるこの奇妙な感情の束の間の出処は、何処からやって来るのであろうか?……同じ日本人であるという、詰まりは何らかに自分が帰属している、或いは帰属していたいという事の確認や安心感を、そこに動物的な本能として原初的に覚えるのであろうか。……もっとも、この感情の覚えは日本人だけでなく世界共通の感覚であるが故に、三島がオリンピックの本質に、戦争の代替としての根深い闇を視てとったのは正しいと思う。

 

 

……さて、このオリンピックの期間中に、わかっていた事であるが、コロナ株の感染は、世界の中でも日本が目立って爆発的に拡がり、医療現場は崩壊し、もはや打つ手無しの、ロックダウン(都市封鎖)しか策は無い状況にまで差し迫って来た。しかし、日本はそれを成し得ない。法令が無いからでなく、詰まりは政治に哲学が無いからである。つくづく不気味な国に生まれたものだと思う。……そして、ここにきてイギリス政府の緊急時科学助言グル―プ(SAGE)が、サ―ズやマ―ズの致死率に匹敵する、或いはそれ以上に強度でかつて無い、感染者の3人に1人は死亡するという、新たな変異株の出現を予告したことは、ひんやりとする感がある。……AI最優先による人類の劣化や個性を欠いた均質化、、自然環境の潰滅的な破壊による異常気象の猛威etcに加えて、波状攻撃的に執拗に襲来する変異ウィルスの恐怖。……もはや世界は、地獄の釜の蓋開きのような様相を呈して来て、人の心の危うさ、脆さが浮き彫りになり、私達は自分の存在の意味があらわに試される時代に否応なく直面している。……正に時代は、芥川龍之介の処女作『羅生門』の主題と重なるものがある。

 

 

 

 

8月7日、池袋の東京芸術劇場で公演されている、勅使川原三郎版『羅生門』を観た。折りからの天気は雷雨の不穏を孕んで期待が弥が上にも増して来る。出演は勅使川原三郎佐東利穂子、そしてアレクサンドル・リアブコ(ハンブルク・バレエ団)、宮田まゆみ(笙演奏)他の諸氏である。今年に入って先ずは第一詩集の執筆と刊行、そして三つの個展開催に追われ、なかなか新作公演を拝見出来ずにいたが、6月に拝見した両国のシアタ―Xでの『読書―本を読む女』に続いての公演であり、実に愉しみに私はこの日を待っていた。

 

『羅生門』は、芥川の文芸作品であるが、それを言葉でなく身体表現によって切り開くものなので、芥川の『羅生門』の筋の再現をそこに、(黒澤明の『羅生門』の映像のように)観ようとしてはいけない。視覚に増して聴覚の変幻、合わせての空間芸術ならではのレトリックがそこに機能して来るのである。勅使川原氏本人からも6月にその構想の一部を少し伺っていたが、あえて途中の筋を省くらしく、なるほど、それによって、芥川を離れて一気に3次元空間で、そのスケ―ルは饒舌に膨らみ、勅使川原三郎氏のものと化すのであろう。……筋の真ん中をあえて抜く事で、暗示は通底してより観客に深く届き、その空間は象徴性を帯びて、よりスケ―ルの大きなものへと転じて来る。独自な作劇の術と自信の成せる技である。言わずもがなであるが、そこに勅使川原氏の観客の感性への信頼があり、作品は、観客も巻き込んで、そこにリアルに生々しく立ち上がる、……それが本当の意味での作品なのである。

 

 

話を少し転じて、先に書いたレトリックについて、もう少し書こうと思う。……レトリックとは「巧みな表現をする技法。また、修辞学、凝った文体、……」を意味し、主として文芸の側に属するものと考えられがちである。……以前のブログで、物理学者で随筆家、俳人の寺田寅彦が師の夏目漱石に「俳句とは、詰まるところ何ですか?」と訊いた時に漱石は「レトリックを煎じ詰めたもの」と鮮やかに断じ返した事を書いた。この場合、答えにレトリックを引いたのは、漱石が最も心酔していた与謝蕪村の俳句が頭に在った事は疑い無い。芭蕉となると、総じての俳句の意味あいは少し異なってくるからである。確かに蕪村のイメ―ジの引き出しの絢爛を想うと「レトリック」の一語に極まるのであり、私が以前に書いた『美の侵犯―蕪村X西洋美術』(求龍堂刊行)の執筆の動機もそこに在る。

 

しかし、レトリックは文芸の側の言葉だけに在らず、先ほど書いたように、視覚、聴覚、また嗅覚、触覚……のレトリックもまたあり得るのである。……その例として例えば『ドラクロアの日記』(私が持っているのは求龍堂が昭和四年に刊行した版)で、ドラクロアが絵画表現に際して、このレトリックなる言葉を用いているのである。「……レトリックは到るところにある。其は繪をも書物をも傷つける。……これに反し前者の最も美しきアンスピラシオンを、レトリックそのものが腐敗させる點にある。……」とある。〈ちなみに仏語のアンスピラシオンはインスピレ―ション(啓示・霊感)の事である。〉ドラクロアの時代はレトリックの意味は少し狭く、啓示・霊感と対立する危険性を孕んでいるものとして捉えられているが、今日のレトリックは、人の創造性を刺激し、心を鼓舞させる様子を表わし、ほとんどの場合、芸術表現に於ける良い意味として今は使われる。やはり時代の変遷で概念の幅も動く、その一例であろうか。

 

 

……話は再び勅使川原氏の表現に戻ると、私がおよそ8年前から殆ど毎月のように発表される新作初演に立ち会える幸運に浴しているが、毎回観たいというその熱情の源は、私が表現者として、最も関心のあるのがこのレトリックという才気を帯びた術なのであり、視覚、聴覚……において最も優れたレトリシャンとして、氏を視ているからなのであろう。……そして、今回の公演も、私はただひたすらにその虚構空間が綾なす美のスケ―ルの壮大な拡がりに酔い、玄妙な闇に遊び、その闇の深部に蠢く不気味なまでの不条理の相を垣間視たのであった。そして、その闇の中に幽かに射し込む浄土のような光の下に、世阿弥の劇性の高みをも想わせるような完成度をも覚えたのであった。

 

 

 

 

 

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