安政の大地震

『日本…実は毎日が揺れている』

………ずいぶん前のブログでも書いた事があるが、私は2才の時に百日咳が悪化して危篤になった事に始まり、水死、…落下した鉄棒が頭を直撃して大量の出血、城の高い生垣からの墜落、ガス中毒、またブログではさすがに書けない事までも含めて、…つごう7回、死の間際まで行った事があった。

 

…また、これとは別に今まで3回、重度の食中毒にかかった事があった。…最初は19才の学生時、多摩美大の寮にいた時に、金がなく、寮の近くにあった八百屋が見切り品として箱ごと外に棄ててあった腐ったイチゴを持って来て、夜半に食べてから断末魔に苦しんだ事。…次は大井町駅前広場で車販売で売っていた、安すぎる、いやぁな赤い色をした毛蟹を食べて悪寒の後の失神。そして、猛暑の真夏日に食べた、時間が経ち過ぎたおにぎり……。3回もやれば懲り懲りする筈なのに、つい先日は悪い食べ合わせによる、激しい悪寒、嘔吐、下痢による衰弱で、数日前から無気力な倦怠感に襲われてしまった。作品制作はかなり集中力を使うので、この数日間は自主的に休んでいる。…せっかく入って来た歌舞伎座観劇のお誘いも断腸の思いで断ってしまった。

 

………しかし、今日は少し体調が戻ったので、新木場の倉庫に行き、以前から懇意にして頂いているアンティ-ク店「宮脇モダン」のオ-ナ-の宮脇誠さんに、オランダで入手したという、巨大な球体の硝子の中に水を入れてレンズと化した面白い骨董品を見せて頂いた。直径30センチ大の丸い硝子の球体の中に水を入れて、巨大な拡大レンズになるという代物である。……フェルメ-ルの時代以降、レ-スを編む人は、微細な部分をそこに拡大しながら映して仕上げ、…また蝋燭の火をその巨大な硝子の前に置けば、光が多角的に放射して室内を明るく照らすという、一種魔法のごとき代物である。…私は宮脇さんから話を伺っている内に、数作の新たな詩文がたちまち浮かんで来たのであった。

 

 

……この数年間は、コロナが私達の前にリアルな「死」の恐怖を突き付けていたが、それが薄れると、次は役者が変わったように地震の恐怖がそこに入れ換わっての登場とあいなった。……この度発生した巨大な能登半島地震は、それを予告するかのように、2018年頃から地震回数が目立って増加しはじめ、2023年には震度6強の地震が発生し、その時に能登半島の地殻構造の脆さは指摘されていた事は記憶に新しい。なので、想定外ではなく、やはり遂に来たか‼の感がある事は歪めない。

 

…ふと思いたって、幕末の安政の大地震から今回の地震までで、主要なものの大きさを順に整理してみた。……最大は①東日本大震災(マグニチュード9.0)→②関東大震災(マグニチュード7.9)→③能登半島地震(マグニチュード7.6)→④阪神淡路大震災(マグニチュード7.3)→⑤安政の大地震(マグニチュード6.9)…の順になった。震度はいずれもだいたい最大で7強で、震度における大差はない。……マグニチュードとは地震のエネルギー(規模)、震度とは地震の揺れの強弱で別物である。

 

……東京(江戸も含めて)の場合は、いつの場合も下町低地エリアの被害が甚大である。約半数ちかい死因が圧死で次が焼死。…圧死を避けるのに一番強く安全度が高い家の構造は、「かまぼこ型」である事を何かの本で読んだ事があった。かまぼこ型とは、かつての進駐軍の簡易兵舎や、倉庫を想像してもらえればわかりやすい。……日本は世界で最も地震が多い国であり、体感しない微弱を含めると、実は毎日この国の何処かで揺れているのである。その数、1年間で1000~2000回程度、つまり1日あたり3~6回。日本は毎日がバイブレーションの日々なのである。…その危険な実態を知ると、湾岸沿いに埋め立てたパサパサの盛り土の上に次々と建てられていく巨大な高層マンションの光景は、林立して立つもう一つの卒塔婆の群れか。高い階ほどステ-タスが増すと思っている心理を巧みについて業者は、より上に行くほどもはや億単位で推移高騰しているマンション価格。正に(何とかと煙は高いところが好き)という言葉通りの「天国への階段」がそこにある。

 

 

 

 

…先日、書店で面白い本を見つけたので買って来た。…ラジオ第2放送のNHKテキスト『文豪たちが書いた関東大震災』である。芥川龍之介室生犀星泉鏡花北原白秋谷崎潤一郎柳田国男萩原朔太郎…他44名の作家達が、その瞬間にどう遭遇し、どう生き延びたかを記した本で、これが実に面白い。

 

例えば芥川龍之介は、茶の間でパンと牛乳を食べ終わった正にその瞬間に地震が発生。早々と一人で屋外に逃げたが、妻の文夫人は、二階に寝ていた次男の多加志(後に戦死)を救ってから脱出、父と長男の比呂志(後の名俳優)は下女が救出して屋外に脱出。文夫人が「赤ん坊が寝ているのを知っていて、自分ばかり先に逃げるとは、どんな考えですか」と怒ると、芥川は「人間最後になると自分のことしか考えないものだ」と当然のように言った。

さりげない一言の中に、芥川の利己主義がはっきりと窺える。…話はこの後で芥川の行動の内に、異様な内面性が浮き彫りになっていく。

 

…また野上弥生子は三人の子供と日暮公園に避難、この場所は現在の西日暮里公園という私も度々訪れる場所なので、(あすこにいたのか!)と、その時の弥生子の姿が透かし見えてくる。…与謝野晶子は、10年以上書きためた「新訳源氏物語」の更なる現代語訳原稿を全て焼失。恐怖を感じて避難するその近くで、泉鏡花が裸足で逃げ出す姿が。

 

また鏡花と同じく怪異や幻想を怪しく綴った岡本綺堂は、家財蔵書を全て焼失。綺堂は、明治27年の地震に続いて二度目の被災。…その被災の様はしかし綺堂の美文によって、悲惨の内に幻想味も併せて描写していてさすがである。……この本、時代背景が違うので、今日の実際時に活きるかどうかはわからないが、私は今はこの本の中から先人の知恵をもらうべく読んでいる最中なのである。………しかし、私はなおも生きるつもりなのであろうか?…とも、ふと思う。

 

 

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『我、晩夏に思う』

以前にこのメッセージ欄で〈蝉が鳴かない不気味な夏の静けさ〉について書いた。すると、偶然とはいえ、その翌日から至る所で蝉がいっせいに鳴き出したのには驚いた。まるで「どっこい生きているぞい!」と自己主張するかのように。そこで私は思った。・・・ひょっとすると、何匹かの蝉も私のサイトを見ているのではないかと。しかし、そのかまびすしい夏の風物詩も一時の事で、地上に落ちた蝉のなきがらが哀しく目立つ、今は晩夏である。

 

近頃、余震は少なくなってきているが、今も時折は揺れを呈して落ち着かない。TVを見ていると弾むような地震の予知音が急に鳴り始め、数秒後に来る揺れを驚告する事がある。しかしそれをやられても実際はどうしようもなく、唯、「来るなら来い!!」と心構えるだけである。そして、私は思う。それって言葉の正しい意味での「予知」と言えるのであろうか!?と。実は、死への引導渡しのやわらかな警告音に過ぎないのではないかと。

 

幕末で最も聡明な女性の一人であったのは、大奥を仕切っていた篤姫である。彼女は江戸城の井戸水の水面がいっせいに引いたのを知り、昔からの言い伝えを信じて地震が必ず来ると察し、江戸城の中に被災者を受け入れる避難所を設けて時を待った。はたして数日後に巨大地震が起きた。7000人以上の死者を出した、世にいう安政の大地震である。

 

徹底した資料集めで知られる作家の吉村昭氏。彼が記した、今までに東北で起きた地震と津波の惨状を集めた本『三陸海岸大津波』の中でも、古老たちの実見録や古文書の中に、総じて地震の前兆として必ず井戸の水位が急速に引いたという記述が載っている。私は思うのだが、実際はさほどの効力もない気象庁が出す地震数秒前の恐怖音よりも、古くからかなり高い確率で当たっている井戸水の予兆現象の方を注視し、できれば全国の要のポイントに予知用の精密な井戸を作り、井戸検証課とも云うべき課を設けて人員を配するべきではないだろうか。地震のメカニズムからいっても、見えない地中深くに予兆は前もって必ず現れる。井戸の水がそれによって引くのは当然の理なのである。

 

今回の地震でも津波の直前にいっせいに海水が沖へと引き、海の底が遠くまで見えたという目撃談がある。前述した吉村昭氏の本の中にも同じ現象の記述があり、子供たちが面白がって近づいた為に、その直後に来た大津波によってさらわれてしまったという話が載っている。再び私は思うのだが、杖をかざすと海面が左右に分かれて水底が沖まで道のように開けたという、古代イスラエルの予言者モーゼの、あまりに有名な場面。あれはBC13世紀頃に起きた、同じ現象を目撃した人物によって紡がれたイメージなのではないだろうか・・・・・。広大なスケールの場面でありながら、どこか私たちの遺伝子の奥から来るようなリアリティーも同時に覚えてしまう説得力が、あの場面にはある。そこに私は、〈事実は小説よりも奇なり〉の言葉を、ふと見たりもするのである。

 

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