練馬区立美術館

『企画の冴え―電線絵画展を観る』

今年の2月初旬に刊行した私の第一詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』が引き続き好評で、サイトのトップ頁の購入方法を読まれた方から、詩集購入の申し込みがアトリエに届き、署名を書いてお送りする日々が続いている。一冊の詩集を仲立ちとして、それまで未知であった人と感性、美意識を共有して知り合える事の不思議な人生の縁。そして、読まれた方から感想が届き、次なる制作、執筆への大きな自信、励みとなっている。

 

先日も新聞の文化欄に私のオブジェへの的確で明晰な批評文が載り、併せて詩集に関しても核心を突いた批評文が書いてあった。……その部分を引用しよう。「2月に第一詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』を出した。擬人法やレトリック(修辞)を駆使。すべてを語らない微妙な狭間(はざま)で表現し、読み手の自由な感性に委ねている。」また文化部の別な方からは「時空を越えて豊かなイメ―ジが膨らむ珠玉の詩篇」という讚を頂いた。……私はイメ―ジの発芽を立ち上げるが、芽から息吹いた花を愛で、その意味を読み、その人の感性に則して豊かな対話を続けていくのが鑑賞者や読者であり、その人がもう一人の作者になっていく。……というのは私の持論であるが、今回の詩集刊行の経験を経て、いよいよその考えは強い確信へとなっていっているのである。

 

 

3月のはじめに、日本橋高島屋美術部の福田朋秋さんから、練馬区立美術館で開催が始まった『電線絵画展』が面白い!!というお話しを頂いていたが、オブジェの制作が始まっていたので、なかなか時間が取れないままずっと、その事が気になっていた。そんな折りに、この展覧会の図録編集を担当されている求龍堂の深谷路子さんから、展覧会の図録と招待状が送られて来た。(深谷さんは私の『美の侵犯―蕪村×西洋美術』や作品集『危うさの角度』なども編集担当された方で、既に長いお付き合いをして頂いている。)……送られて来た図録を開き、パラパラと頁を捲った瞬間、早くも熱い戦慄が走った。私が偏愛してやまない浅草十二階関連の写真や絵画(三点)、他に岸田劉生佐伯祐三松本竣介月岡芳年川瀬巴水坂本繁二郎…etc などが載っており、何より響いたのは、「電線」を切り口として、小林清親以来の近・現代の絵画を視点を変えて観てみよう、というその企画力の妙に先ず打たれた。この展覧会はぜひ観ておかなくては悔いが残る、……そう思ったのである。

 

会期がまもなく終わろうとしている或る日、練馬の美術館を訪れた。美術館というのは、たいてい各室に一人か二人の観客がポツンといるくらいが常であるが、私の予想を越えて各室には沢山の観客がいて驚いた。……そして思った。優れた企画の展覧会を人々は待ち望んでいるのだと。つまり、人々は企画の妙に揺さぶられたいのである。ただ、たいていの美術館の企画は学芸員の独り善がりの、社会学的な凡な企画、既に通史としての評価が定まった作品をただ並べ展示しただけの安易な展覧会が多い。……しかし私が常々このブログでも書いているように、企画とは、…企画の妙とは、比較文化論的な切り口から立ち上げねば意味が無いのである。……色の違った2枚の透明な薄いガラス板の部分を重ねると、その部分が全く違った色の変幻を見せてくる。……AとBという各々の色が転じて、AはZという思いもかけない色彩の綾を魅せてくる。つまりは既存の固定したイメ―ジが崩され、作品の眼差しの偏角から、意外な未知の相貌が現れてくるのである。

 

図録によると、企画・編集した人は練馬区立美術館加藤陽介氏とある。私は未だこの方とは面識がないが、ネットで視ると、『月岡芳年展』『坂本繁二郎展』も企画されている由で、実は私はこれらの展覧会も訪れている。……美術館の面白さ、魅力とは、つまりはその美術館に企画の才のある人がいるか否かで決まってくる。……このコロナ禍で海外からの美術作品の借り入れは不可能になっているが、企画の妙を持ってすれば、国内にある作品だけでも鮮やかな、私達を煽ってやまない展覧会は十分に可能なのである。……今回の展覧会でも明らかなように、「美術館に人が訪れない」のではなく、「行きたくなる展覧会」の企画力があれば人々は行くのである。……ただ、そのような刺激的な展覧会が、この国はあまりに少ないだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………次回は、一転して『二つの不気味な池』の話を書く予定。ゴ―ギャンが生まれ、また坂本繁二郎が愛したフランス北西部・ブルタ―ニュ地方に現存する奇怪な池と、私の幼年期の記憶の淵にある池をめぐる話。乞うご期待。

 

 

 

 

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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