『ジャコメッティVS切り裂きジャック』PART①

 

先日、制作の合間を縫って国立新美術館で開催中のジャコメッティ展を観に行った。……以前にパリに撮影で出向いた際に、たまたまポンピドゥ―センタ―で開催中の大規模なジャコメッティ展に出くわした事があったが、ここの展示は見事であった。キュレ―タ―の質が高く、知性とハイセンスが相乗して現在形の1つの優れたジャコメッティ論考の豊かな高みにまで達していたのである。興味深い展示資料も多く、実際に解体保存してあったアトリエまでも再現して会場で見せているのであるが、その徹底には感心させられた。やはり作者が生きていた本場ならではの強みなのであろう。……さて今回の会場には、ジャコメッティが通ったモンパルナスのカフェ・ドフロ―ルで寛ぐジャコメッティの珍しい映像が上映されており私の気を引いた。そして、私は面白い逸話があったのを思い出した。……ジャコメッティは早朝まで制作に没頭し、ようやく終わるや、近くのモンパルナスのカフェに来て、朝食のパンと茹で卵を食べるのが日課であるが、しかし制作の余熱が残っている時には、カフェの伝票や新聞に、先ほどまで取り組んでいた肖像の残余の面影をボ―ルペンで描くのである。会場には、その時に描いた作品が数点展示されていたが、これにはちょっとした挿話がある。……ジャコメッティは、その描いた紙を描き終えるや、テ―ブル下の床に執着なく次々と落としていく。……下世話な事を書くが、その価値や1枚が数千万円。……それが何枚も床に残されたままにジャコメッティはアトリエへと帰って行く、それが早朝の彼の日課なのである。…………さて、ここに一人のギャルソン(カフェの給仕)が登場する。この男は目敏く、床に落ちている作品を日々集め続け、相当な数に達していたという。またもや下世話な事を書くと、既にして数億の財産を彼は手にしているのである。誰が見ても優れた作品であり、それだけで明らかにジャコメッティ作とわかるのであるが、この男は価値の倍増を思いつき、ある日、あろうことかジャコメッティ宅を訪問し、ジャコメッティに各々の作品にサインを要望したのである。……当然な事であるが、持ち込んだそれらの作品は全てジャコメッティに没収され、それらの作品は契約先のマ―グ画廊の収蔵と化した。この話、私は大好きな話でたいそう気に入っている。……肩を落として去っていくギャルソンの後ろ姿に、晩秋に散るマロニエの葉が重なって、その日のパリはたいそう哀しいのである。……さてこの逸話と対照的な話が1つある。……それはダリとガラの話であるが、ダリは閃きの画家なので、ジャコメッティと同じく、カフェの伝票などに奇想的な絵を描き、また同じく床へと次々に落としていく。しかし、ダリのマネ―ジメントを(ダリの人格権までも!!)管理していたガラは徹底していた。ガラは、床に落ちるその作品をその場で徹底的に回収し、残す事なくその場から全て持ち帰っていたという。ダリの価値が下がる事に対する病的なまでの過剰な神経を注いでいたのである。…………逸話には、その人間像の知られざる側面がもうひとつ見えてくるものがあって、なかなかに面白いものがあるのである。(続く)

 

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