サグラダファミリア

『128年の時空を超えて』

私は今まで、このメッセージを通して私に起きた不思議な出来事を度々書いて来た事があった。……その不思議な出来事とは、私がこうあって欲しい、或いは、ふと頭の中に唐突に閃いた事が、すぐに、あるいは、暫くの時を経て目の前で現実化してしまうという、一種の予知現象の事である。1回なら、それは偶然で終わってしまうものが、私の場合、10代の後半から、それこそ何十回と起きているので、やはり、私の頭の中の回路の一部は、〈時間〉の捻れと何処かで直結しているように思われて仕方がないのである。

 

その例を少し挙げると、①80年代の終わりに〈都市論〉なるものが流行っていた頃、「東京人」という雑誌が目立って注目を浴びていた時があった。ある日の午前中に、私は何故かふと「東京人」に書いてみるのも面白いなぁ!と想ったのであるが、……その日の午後に、何と、「東京人」の編集部からとつぜん電話が入り、私はその求めに応じて〈岸田劉生の代表作『切通之写生』の現場の今昔の違い〉について書いた事があった。②個展で熊本に行った帰り、私はANAに乗って羽田への帰途についていた。羽田に着くや横浜美術館に直行して、新潮社から刊行したばかりの拙著『モナリザミステリ―』についての講演が待っていたのである。その羽田へと向かう機内の中で、私は機内誌『翼の王国』を読んでいた。イタリアの街について誰かが書いた記事を読んで、生意気にも「私ならもっと艶のある紀行文が上手く書けるのになぁ……」と想いながら地上に着き、2.3日が過ぎた頃、『翼の王国』編集部から電話が入り、代官山で会って面会したいという。……その初めての面会の時に知ったのであるが、私の新刊を読んだ編集者が私に興味を持ち、〈次の紀行文の取材は北川で〉という案が編集会議にかけられたのであるが、正にその時、私は空の高みの機上にいて機内誌を読んでいた、その時なのであった。……そして私は念じた通りとなって、写真家とスタッフの3人でパリへと飛んだのであった。

 

③……「ガウディの建てた、あの異形な建築物〈サグラダ・ファミリア教会〉は、何故バルセロナの〈あの場所〉に建てられたのであろうか!?」……どの研究書にも書かれていない、その詳しい背景について、私は電車(東横線)に乗りながら自らに設問し、かつその答をまさぐっていた。……しかし、建築の専門家でない私にわかろう筈がない。……電車は、まもなく終点の渋谷へと近づいていた。私はふと、網棚の上に新聞が打ち捨ててあるのに気がついた。普段は他人が読み捨てていった新聞になど興味がないのであるが、その時だけ何故かふとその新聞が気になり、背を伸ばして手に取り開いて見た。それは確か産経新聞であったかと思う。パラパラと読み流していく内に文化欄の紙面になり、その紙面を見た私は、我が目を疑った。……そこには正に私がいま自問しながら終にわからないでいた、〈サグラダファミリアが、何故バルセロナのその場所に建てられたのか〉という具体的かつ興味深い理由について、日本人建築家の人が詳しく書いた記事が載っていたのであった。…………「そんなに知りたいのなら、ではそっとお前だけに教えてやろうか!!」……悪戯好きな悪魔が、間違いなく私の傍にいる!!記事を読みながら、私はそう思ったのである。

 

④ 昨年の春5月のある日の夜半、私は民放の「報道ステーション」なる番組をぼんやりと見ていた。北朝鮮についての相変わらずの報道を見ていた時、私は全く唐突に、昔、訪れた事のある太宰治の生家「斜陽館」の事がふと脳裡に浮かび、そこでかつて見たビデオの美しい映像 ― 桜吹雪が舞うなか、ゆらゆらと揺れるように、太宰治の生家近くの金木駅の線路上を走る津軽鉄道の古色を帯びた電車の光景を見た時の記憶がよみがえって来た。私は何故か無性にその映像の事が恋しくなり、「あぁ、今一度あの電車を見てみたい」という突き上げる感情を覚えたのであった。…………すると数分後に司会者の(……それでは、ここで気分を変えて、この映像をご覧下さい)という声が流れるや、画面は一転して深夜の暗い駅舎が映り、そこに今し入ってくる最終電車の、ロ―カルで抒情溢れる映像が画面に中継で映し出された。……〈まさか!!〉と思い驚いて見ると、それは正にその少し前に、突然私の脳裡に立ち上がって激しく見たいと希求した、正にその津軽鉄道・金木駅と電車の光景なのであった。………………………………

 

私に度々起こるこの現象……いわゆる人体に潜む超常能力と超感覚の具体的な現れについては、コリン・ウィルソンの著書『サイキック』(荒俣宏監修)に詳しく記されているが、その現象がまた先日にも起きた。これから記すのは、先日書いたメッセージ『夢見るように眠りたい』の後日譚のようなものである。

 

先日、十日以上前に私は、隅田川・吾妻橋の河岸に建つアサヒビ―ル本社22階のカフェから、関東大震災で崩れ去った異形な高塔―浅草十二階(通称・凌雲閣)の建っていた場所を遠望しながら、その塔への強い拘り、一目見たかったという、その思っても詮無い想いをたぎらせていた。江戸川乱歩の最高傑作『押し絵と旅する男』の一節は次のようにある。「……あなたは、十二階へお登りなすったことがおありですか。ああ、おありなさらない。それは残念ですね。あれは一体、どこの魔法使いが建てましたものか、実に途方もない変てこりんな代物でございましたよ。…………高さが四十六間と申しますから、一丁に少し足りないぐらいの、べらぼうな高さで、八角型の頂上が、唐人の帽子みたいにとんがっていて、ちょっと高台へ登りさえすれば、東京中どこからでも、その赤いお化けが見られたものです。……」。私はこの文に接する度に、遅く生まれてしまった事を悔やみ、もし、明治期に遡って生まれ変われるものであれば、今の生に全くの執着は無い、……それほどに強い想いのままに、カフェの高みから、その蜃気楼、その幻影の塔を透かし見ていたのであった。…………しかし、私が見ていた正にその時、かつて十二階が在ったとおぼしき場所では、信じがたい事が起きようとしていたのであった。

 

「工事中の作業現場から浅草十二階の遺構らしき礎石の一部と赤い煉瓦が発見される!!」という報道が、新聞やネットで流れた日、私は全くその報道を知らずに、前回のメッセージ『夢見るように眠りたい』の文で、正にリアルタイムで、浅草十二階への強い想いを書いている最中であった。そして、その情報を後に知ったのは、シス書店の佐々木聖さんからであった。さっそくネットで見てみると、出てきた浅草十二階の赤煉瓦は、ショベルカーで砕かれ、その破片を、報道を見て駆けつけた人達に配っているという。その群集の中にはアルフィ―の坂崎幸之助さんの姿も混じって映っていたのには驚いた。……そしてネットの最後に、出てきた十二階の赤煉瓦の配布は既に終了し、作業は続行して新しいビルが建つ事、また赤煉瓦の形の良いのだけが数個選ばれて文化遺産として保存される由が記されていた。……その記事を見て万事休す、あぁ、私は何故そこに駆けつけなかったのか!という悔いに包まれた。……しかし、赤煉瓦の配布を終了してから既に十日以上が経っている。私は目の前に現れた蜃気楼が一瞬、現実と交差してふたたび幻となって過去の時の中へ消え去っていくのを覚えた。……しかし、せめて、今回の工事でその建っていた場所が確認された、その場所を見てみたいという思いが立ち上がって来た。東京に出る用事は数日後であったが、それを待たずに明日、行ってみよう、そう思って、その日は寝た。翌朝は雨であった。浅草の雷門に着くと、雨は急に雪へと変わった。薄雪の降りが流れるように美しい。白く霞んで、ふと彼方の昔日の雪をそこに透かし見た。「こぞの雪今いづこ」……そう呟いた中原中也の詩の事がふと浮かぶ。…………白雪の中を、伝法院通り、六区、ひさご通りへと歩いて、ようやくその現場へと私は来た。……しかし、何故か地面を深く掘り下げた作業現場に作業員は全くおらず、ネットで見た、10日前にたくさん駆けつけた人達も当然おらず、現場は不思議な程に全くの無人であった。……私はかつて浅草十二階が建っていたまさにその現場に立ち、ふと何かに誘われるような「気」を覚えて、導かれるままに現場の目立たない一画に目をやった。……そこに私は、信じ難い物が在るのを見てとった。既に配り終えて在る筈の無い赤煉瓦(しかも完全な形のままに)が二つ、ひっそりと薄雪に埋もれるようにして在るのを見たのである。……乱歩の小説の中で「あなたは、十二階へお登りなすったことがおありですか。ああ、おありなさらない。それは残念ですね。あれは一体、どこの魔法使いが建てましたものか、実に途方もない変てこりんな代物でございましたよ。…………」と呟いた魔的な呟きが、ふと頭をよぎる。その魔的な何者かが、この浅草の一角を暫し「不思議な時空」へと変えて、あの電車の中で起きた時のように、私に見せてくれた妖かしのこの時、まさに一時のこの時に、128年の時空が捻れて交差した!!……私はそのように思ったのであった。……かくして今、過去の遠い見果てぬ夢、幻の蜃気楼は、具体的な〈時の欠片〉となって、私のアトリエの医療戸棚の中に、ひっそりと息づくようにして在るのである。浅草十二階―通称・凌雲閣。……その確かな現物が、実物を見てみたかったと永年夢見て来た私のアトリエに、かくして息づいて在るのである。

 

〈追記/ 持ち帰った浅草十二階の赤煉瓦(ほぼ完璧な形状のまま)を、現代のJIS規格で決められているレンガのサイズと比較してみると、現代のレンガは三辺が210×100×60であるのに対し、128年前のその赤煉瓦は三辺が175×100×55と、やや小ぶりであるが、今日のそれと比べると遥かに密度があり、ズシリと重い。設計者のウィリアム・K・バルトンの確かな想いがそこから見えてくる。……アトリエに在るその赤煉瓦は、128年間の時間の澱を孕んで深い古色を帯び、それは終わりの無い夢想を運ぶ、もはや完璧なオブジェとして、いま私の眼の前に在る。……とまれ、浅草・吾妻橋沿いのアサヒビ―ル社の22階のカフェから、十二階の在った場所を遠望しながら紡いでいた或る日の見果てぬ夢が、僅か10日の後に、不思議な経路を経て現れ出て、いまアトリエの医療戸棚の中にひっそりと在る事の不思議よ。……私は今日もまた夢見のような気持ちで、浅草十二階のその断片を眺めているのである。〉

 

 

 

 

 

 

 

 

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