コレクタ―

『私の作品の行方―海外編』

日本橋高島屋本店6Fの美術画廊Xで、3週間に渡って開催されていた個展『直線で描かれたブレヒトの犬』が、先日の16日に盛況の内に終了した。コロナ禍で来場される方の数が懸念されたが、全くの杞憂に終わり、連日多くの方々が全国から来られて、会場はコロナ禍とは全くの無縁であった。また多くの作品がコレクタ―の人達の感性と響き合い、豊かな出逢いのドラマを生み、昨年の個展時を更に越える数の作品がコレクションされていく事となった。来場された沢山の方から、今までの個展で最も完成度の高い内容という評価を今回の個展で頂いたが、その事は結果が形となって表す事となったのである。自分に数多ある創造の引き出しを全開するようにして制作に挑み、個展に臨んだのであるが、今の私は達成感と、次第に湧いて来る次なる個展(美術画廊Xでの個展開催は、2021年10月中旬からの予定)への新たな構想に包まれている。……コレクションされていく作品の事を想うと、これからは、作者である私を離れて、そのコレクタ―の人達が各々の作品と向き合い、永い対話を重ね、想像を紡ぎ、もう一人の、本当の作者となっていくのである。「コレクションもまた創造行為である。」という言葉があるが、この言葉は真実を映しており、実に深い言葉だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

……版画、コラ―ジュ、写真作品を別にして、今まで、オブジェだけでも既に1000点近く作って来たが、今アトリエに在る作品数は僅かであり、その殆どがコレクタ―の人達や美術館に収まっている。これは表現者として実に幸福な事であり、表現活動をして来た者として手応えのある感慨を覚えている。そして、今まで制作して来た作品各々の様々な行方を想うと、私の半生の姿もそこに重なって来るのである。……日本の各地で収蔵されている作品の事は、それを所有されているコレクタ―の人達の事と併せて今まで機会をみて書いて来たが、今回は海外に少し眼を向けて書いてみようと思う。

 

 

私の作品が海外で収蔵される最初の機会となったのは、70年代後半から90年代後半迄の美術の現場を、画商としての立場から牽引し、今では伝説的な人物として語られる、故.佐谷和彦さんの画廊―佐谷画廊で1989年に企画された『現代人物肖像画展』の時であった。……佐谷さんからその展覧会の為にオブジェを四点出品してほしいという連絡があり、私は出品した。この展覧会の他の出品作家は、クレ―、デュシャン、シ―ガル……等と役者が揃っている。……私の作品は初日に全て売れたが、購入者はこの展覧会の為に来日したロンドンで現代美術を商っている画商であった。「君の作品は一括して彼がコレクションすると思っていたよ!」と豪快に笑った佐谷さんの顔を今も思い出す。その後に開催した別な個展では、やはりロンドンの美術商の人がオブジェを3点コレクションに入れている。

 

場所をパリに移すと、2008年にフランス(ベルギ―との国境に近いシャルルヴィル―詩人アルチュ―ル・ランボ―の生地)のランボ―ミュ―ジアムで開催された、詩人アルチュ―ル・ランボ―の肖像のアンソロジ―展に出品したランボ―をモチ―フとした拙作の版画が、ランボ―の自作の原稿と共にこのミュ―ジアムに収蔵されており、また個人ではランボ―研究の第一人者で知られるClaude Jeancolas氏の書斎にランボ―の版画が在り、パリ1区のパサ―ジュVero―Dodatで古書店を商い、ハンス・ベルメ―ルの世界的な収集家として知られるピエ―ル・ゴ―ギャン氏は拙作の版画集『夢の通路Vero―Dodatを通り抜ける試み』の版画全作を所有。……同じ1区にある画商が、パレロワイヤルをモチ―フとしたオブジェを所有している。パリは1991年に留学した際に1年間住んでいた思い出深い地であり、ロンドンよりも懐かしい場所である。

 

 

……そして今回の個展で興味深い嬉しい事が起きた。個展のリ―フレットに載せた新作のオブジェ『ヴィラ―ジュ・サン・ポ―ルの夜に―Angers』(画像掲載)は、ガラスの破片が妖しく煌めく自信作であり、すぐにコレクションされる方が現れると思っていた。私はその作品の横に詩を書いて画廊に掲示もした(文章掲載)。しかし、予想に反してそのオブジェを購入する方がなかなか現れず、少し疑問に思っていた。……だが、それは今までの個展でも何回か起きた事なので、私は途中で気がついた。……「そうか、この作品は、その人が現れる、その瞬間を待っているのだ!」と。……果たして、最後の週に入った或る日、旧知のコレクタ―である遠藤さんが会場に来られた。遠藤さんは私が30代からの親しき人であり、今まで主にコラ―ジュ作品を数多くコレクションされていて、福井県立美術館で開催された私の個展の際には、遠藤さんからも多くの作品をお借りした事がある。遠藤さんはデュシャンから美術の世界に入った人なので、眼識の切れ味がなかなかに鋭い。……そして会場を一巡するや、そのオブジェをコレクションとして即決した。……遠藤さんはそのオブジェを決めるや「この作品はパリの家に飾りますよ!」と言って、スマホを取り出し、所有されているパリの家の画像を見せてくれた。広い部屋が幾つか続いていてなかなかに瀟洒な家である。場所はRue de Lille(リ―ル通り)。オルセー美術館と国立美術学校(ボザ―ル)の間に在る高層の家で、窓からセ―ヌ河の水面が反射して室内に映り、正にそのオブジェに妖しく配されたガラスの破片と相乗して実に美しい表情を醸し出して来る絶好の場所に、これから永く掛けられていくのである。……私が何より嬉しかったのは、私がかつて住んだ6区のサン・ジェルマン・デ・プレから近く、そのリ―ル通りは、殆ど毎日のように通っていた実に想い出深い場所なのである。……かつて冬ざれの厳寒の中を、表現の脱皮を考えながら歩いたその通りに、そのオブジェがこれから在るという想いは、私の個人史における一つの節のようなものと映って、何か運命的な導きのようなものを私は感じるのである。…………とまれ、かくして、個展は終わった。しかし、次なる展開が私を待っている。今は少し休むが、また新たな構想を切り開いていくのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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