ボッロメオ家

『Isola Bellaの白い孔雀』

この度のコロナ騒動で具体的に判明した事が一つある。それは、世界とはすなわち私達個々の内なる幻想・幻影の映しに他ならず、世界はあたかも回り舞台に描かれた下手くそな書き割りの絵、茶番、虚像で成り立っているという事である。世界はかくも脆く、故に夢見のように儚い悲喜劇とせつなさに充ちている。このせつなさの先に、詩人の西脇順三郎が云ったポエジ―と諧謔が在り、この世を全て移動サ―カスと見れば、フェリ―ニの詩情に充ちた映像のように俯瞰的に面白く、妙味を持って世界が裏側(繕いだらけの張りぼて)から見えて来る。……少なくとも世界とはそのように私には映っている。……ならば、窮屈な今を離れて、少し前の旅の記憶について今日は書こうと思い立った。

 

……今から30年前、1年間の間であったが、ゆっくりとヨ―ロッパを巡る旅に出た事があった。旅の前半の拠点はパリであったが、その間にスペイン、イタリア、オランダ、ベルギ―……と廻り、後半は拠点をロンドンに移し、ミステリ―の生まれた舞台…暗い霧の中に在って、ひたすらイメ―ジの充電に浸る日々であった。……その様々な旅の記憶の中で、今日のブログに書きたいのは、ミラノからスイスへと行く途中にあるマジョ―レ湖の事である。今の渇いた殺風景な日本から、せめてイメ―ジを翔ばすには、たっぷりと水気を含んだ広大な湖こそ相応しい。

 

 

 

 

マジョ―レ湖へと私を導いたのは2冊の本(ゲ―テの『イタリア紀行』と澁澤龍彦の『ヨ―ロッパの乳房』)であった。ミラノからスイスに向かう列車に一時間ばかり乗り、ストレ―ザという駅で下車。緩い坂道を下って行くと正面に「珠玉の美しさ」と云われた広大な湖が見えて来る。その湖畔には、夢の中にでも出てきそうな巨大なホテル「グランドホテル・ディ・イル・ボロメ」(画像掲載)が在る。ヘミングウェイがこのホテルに泊まり『武器よさらば』を執筆した場所としても、ここは知られている。

 

 

 

 

湖畔に来ると数艘のモ―タ―ボ―トがあり、中央に見えるイゾラ・ベッラ島、また近くの島を廻る旅人の為に漁師たちが舟を動かすのである。……メインであるイゾラ・ベッラ島は、今もミラノに住む貴族・ボッロメオ家の所有であるが、かつてナポレオンも泊まったという巨大な宮殿は見学が可能であり、夥しい数の貝殻で造られたグロッタの部屋や、庭に出ると真昼時の光を浴びた広大なバロックの庭園や、頂上の高みに白い一角獣を配した彫像群が在り、雪をいだいた連峰を遠くにみるマジョ―レの湖面に映えて美しい。

 

……私は、この島のレストランから郵便が出せる事を知り、澁澤龍彦夫人の龍子さんに昔のマジョ―レ湖を撮した葉書に感動のままに文字を書いた。……「澁澤氏の『ヨ―ロッパの乳房』の描写のままに実景もまたあまりに美しく、氏の文が誇張なく綴られた、誠に1篇の詩である事を痛感しました。私はここに来て、実景と文章における距離の計り方を知り、何かを掴んだように思います。この経験は得難いものとなりました。必ずや帰国してから活きると思います。明日、またミラノに戻ります。」……記憶では、およそ、そのような内容の手紙であったかと思う。……帰国してから活きる、この予感は当たり、文藝誌の『新潮』に書いた、フェルメ―ル論やピカソ・ダリ・デュシャンを絡めた書き下ろしの中編をはじめ、文章を書く機会が多くなっていくのであるが、私はこの島での僅かな滞在ではあったが、何かエスプリと艶のごときものを掌中に収め獲た旅となった。

 

……さて、このイゾラ・ベッラ島には、この島の美しさを具現化したような白い孔雀がバロックの庭に優雅に遊び、私をして非現実の世界へと軽やかに誘った。……今、この孔雀の事を思い出しながら、このブログを書いているのであるが、その意識とは別に、先ほどから脳の中の何処からか突き上げてくるものがあり、たちまちそれは四行の短い詩文となったので、忘れないうちにこのブログの中に記しておこう。

「イゾラベッラの白い孔雀は/真夜中にその羽を広げる。/マジョ―レの湖面に/幻の満月を映すように。」

……オブジェの制作の時も同じであるが、それ(イメ―ジの胚種)は、向こうから突然やって来て、私はそれをあたかも釣り上げるようにして立ちあげるのである。今、マジョ―レ湖の旅の記憶を思い出すままに書いていると、突然、詩が出来上がったのであるが、〈旅人〉〈その記憶〉という立ち位置は、何か自在に表現へと向かわせるものがあるようである。とまれ、この度のコロナ騒動が収まったら、このマジョ―レ湖とイゾラ・ベッラ島への旅は、ぜひお薦めしたい旅なのである。……次回は、パリ編のモンマルトル墓地で私が体験した非現実的な話を書きたいと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

……さて、以前から予告していた私の第一詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』が沖積舎から刊行された。11月の高島屋の美術画廊Xでの個展が好評のうちに終わるや、すぐに頭を切り換えて、オブジェの作り手から言葉の人となり、12月の末には最後の詩の原稿を書き上げた。1月初めに社主の沖山隆久さんに原稿を渡し、その月末に詩集は完成したのである。恐るべきその速さ!……私も沖山さんも生き急いでいるのである。詩集は550部の限定出版であり、既に多くの詩人や、また私の関係者の方に献呈した為に、詩集の残部は早くも残り90冊を切ってしまった。

 

……かつての中原中也や宮沢賢治が行った詩集の販売方法を受け継ぐわけではないが、購入をご希望される方は、3000円(内訳・詩集価格2750円〈税込み)+送料込み)を、現金書留で下記の私の住所にお送り頂けると、詩集の見開き頁にその方のお名前を銀で直筆して日付を書き込み、お手元にお送りします。……なお、安全と確実さを期したいので、文字は崩し書きでなく読める形、また万が一の不明文字の確認の為に電話番号の記載をよろしくお願いいたします。

 

現金書留の送り先: 〒222―0023 横浜市港北区仲手原1―21―17 北川健次
なお、販売部数が少ない為に完売・絶版になりましたら現金書留は返却致します。また、完売のお知らせは、すぐにこのブログでお知らせします。

 

 

 

 

 

 

 

 

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