F研究、湯川秀樹

『馬鹿が戦車でやって来る―張りぼてのロシア』

ウクライナに続々と侵攻して来るロシア軍の戦車、またそこに搭乗しているロシア兵の赤ら顔を見ていると、昔、1964年に公開された、ハナ肇主演の松竹映画の或るタイトルを思い出した。その名もズバリ、『馬鹿が戦車でやって来る』。……この映画の場合、戦車は(タンク)と呼ぶが、ロシア軍の戦車もその響きの方が合っている。……すなわち『馬鹿が戦車(タンク)でやって来る』。

 

そのロシア兵達のある映像を観た。……暴行・強姦・殺戮後に戦車の横で、強いウォッカ臭を吐きながら勝利のダンスに興じる兵士達の不気味な姿である。

 

 

 

「汝が母は汝に人を殺せと教えしや」、「汝が母は汝に人を切り裂けと教えしや」、

「汝が母は汝に鬼畜になれと教えしや」。

 

 

……その映像から私は直にゴヤが『聾者の家』と呼んだ自らの家の壁に描いた、『黒い絵』の連作を思い出した。ナポレオン戦争やスペイン内乱の後、人類に対する悲観的なヴィジョンを諦観、絶望の内に描いた普遍の絵画である。ゴヤは実際に悲惨な戦禍の様を目撃し、それを版画集『戦争の惨禍』に生々しく刻み、また最後の版画集『妄』では、人類のもはや処置なしの様を突き放した寓意性を持って表している。そこに表されている様は、しかしスペインだけでなく、日本における「西南の役」でも同様な残酷非道さは記録に残されており、戦争時に顕になるこの狂気は、人類全ての内面が抱える闇の普遍かとも思われる。

 

 

 

 

 

 

また、今のロシアの狂気は、かつての日本が大陸で行った侵略の様と重なっている事を忘れてはならない。満州という張りぼての傀儡国家を演出し、北へ、また南方へと進軍した際に行った侵略の際の惨殺、強姦の様は想像を絶して余りある。……その結果、戦地中国で快楽殺人に目覚めた流浪の男達、……小平事件の小平善雄、また731部隊で人体実験に加わった後の戦後間もなくに帝銀事件を起こした真犯人……等を野に放した。また、旧海軍が京都帝大の荒勝文策研究室に原爆の研究開発を委託した「F研究」には湯川秀樹達、日本精鋭の頭脳も参加していたのである。……そう、日本もアメリカに競るようにして原爆開発を行っていたのである。……歴史は結果論のみ年表の表に記載され、その過程の事実を封印するが、その封印を少しでも覗いてみれば生々しい腐臭がそこからは漂って来るに違いない。

 

中国では国民一人一人を表すのに使う言葉は「単位」であるという。また忠誠を誓わされている国民や兵士達の、個人の尊厳を越えた一律的に似通った顔や表情をする北朝鮮の人々の不気味さ、そして哀れさ。また、国営テレビのプロパガンダ放送のみで髄まで洗脳されてしまったロシアの年寄り達の、画一的なコピ―と化した姿は、かつてのナチスドイツのゲルマン国家主義に染められた様と変わらない。……プロパガンダ、そう、かつての日本もそうであった。

 

 

昨日、漫画家の丸尾末広の『トミノの地獄①』を読んでいたら、面白い頁に出くわした。日清戦争で戦死した陸軍兵士・木口小平(死んでも突撃ラッパを口から放さなかった)の忠誠心を教える為に書かれた戦前の文部省が児童用に出した「尋常小学修身書」の事が描かれていたのである。

 

「キグチコヘイハ/ テキノタマニアタリマシタガ、/シンデモ/ラッパヲ/クチカラ/ハナシマセンデシタ」。子供も読めるカタカナ文字の下には勇敢な木口小平の戦死した姿。……間違いなく弾で射ぬかれ即死した木口小平。その後の死後硬直現象を、死してもなお!に転ずる、このあざといまでのプロパガンダによって、軍国少年達の血潮は、おぉ!とたぎったに違いない。昔の単純さに比べ、今はリアルなフェイク画像が氾濫し、観てばかりいると、こちらのアイデンティティも危険なまでに揺らいで来よう。

 

 

大国が見せる強権は忠誠を誓わせてやまないが、やがてはそれに代わってAI(人工知能)が席巻して、人類から個の尊厳を喪失した無気力な人々が多数を占める時代が来るに違いない。もっともその前にプ―チンの狂いがいや増して、人類は遂に!……の瞬間が来る可能性も多分にある昨今である。……ならば、もっと私達のずっと後に来ると思っていた人類死滅の瞬間に立ち会える好機に自分がいる!!と腹をくくって、最悪の絶望、不条理の極みをも、プラス思考で迎えるに如くはない…か。

 

 

人類最大の叡知の持ち主と評されるダ・ヴィンチは、数多の人体解剖を行った後に手稿にこう記した。「結局、人間は死ぬように出来ている」と。ならば、その有機的な視点を拡めて次のように書く事も出来るであろう。すなわち……「結局、人類は滅びるように出来ている」と。

 

 

 

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