『私の歩み―コレクタ―と共に』
私は美術大学の三年時から銅版画を作りはじめました。〈銅版画の詩人〉と云われた駒井哲郎氏に処女作「室内を横切る女」を高く評価され、集中的に制作にのめり込んでいきました。駒井氏の次に私を評価したのは棟方志功氏でした。それが「Diary I」という作品です。自信はますます深まりましたが、プロの作家へと私を押し上げて頂いたのは池田満寿夫氏の存在です。「まちがいなく新しい才能の出現」と評価されたばかりか、氏は私の最初の個展を企画されて、私と画廊との間での契約に立ち会い、長文のテクスト(推薦文)も書いて頂きました。その時の私は未だ24才、ここからプロの作家としての歩みが始まりました。
……その初めての個展では25点の作品を出品し限定部数は各20部、つまり500枚の全エディションが全て完売し、今もこの記録は破られていません。そして池田満寿夫氏はその時の出品作25点を全て購入され、私の最初の記念すべきコレクタ―にもなってくれました。氏の持論である(最大の評価は、その作品をコレクションする事である)という言葉を、身をもって実践されたのです。この初期の版画は定価2万円で販売されましたが、現在では10倍から、作品によっては20倍近い価格で評価されていますが、絶版の為に版画の市場に出る事は極めて少なく、入手は困難になっています。また近作では、『廻廊にてーBoy with a goose』が、版画技法書で、駒井哲郎・長谷川潔び作品とともに〈銅版画の名作〉として紹介され、確かなる評価を固めていっております。
……その後、私は版画に留まらず、オブジェ・コラ―ジュ・写真へと表現の幅を拡げて作家活動を展開していき、今日に至っております。オブジェは1988年頃から作り始めましたが、1993年に発表した『エル・エスコリアルの黒い形象』という大作のオブジェが、来日した現代美術家のクリストから絶賛され、また版画では、フランスの美術館(ランボ―ミュ―ジアムとパリ市立歴史図書館での二回の招待出品)で私と共に出品した、アメリカの現代美術家・版画家として著名なジム・ダインから高く評価されるに至り、私の表現スタイルは多様となり、更に深化していっているように思います。……また、写真家として国際的に評価の高い川田喜久治氏からは、写真の仕事を高く評価して頂き、写真集『サン・ラザールの着色された夜のために』刊行に際してはテクストまでも書いて頂き、写真への意欲もますます高まっています。
1988年頃から制作を開始したオブジェは、現在までに600点、コラ―ジュは800点近く(版画はエディション数に換算して実に5000以上の作品数)になりますが、近年の写真作品を含めてその多くの作品がコレクタ―の人達にコレクションされ、その人達の人生の日々に強度な美と謎を放ちながら〈観照〉の対象として、また作品を通して自身との内なる対話の為の想像力を揺さぶる装置として大切に活用されています。
ここに掲載した画像は、直接コレクタ―の人達から私宛に、あるいはサイトに送られて来たもので、個展や、このオフィシャルサイトを通じて購入された作品の数々です。作品はご覧になってお分かりのように多くの方々の生活空間に密接に関わりながら、その方々の人生の歩みを共にしているという事が、画像から伝わって来ます。私は自分の作り出して来た作品が、このように人びとに大切にされているのを知る事で、表現者としての自分の人生に強い手応えを覚えています。……20世紀の美術史を著しく革新したマルセル・デュシャンは、(最後に作品を完成させるのは、鑑賞者自身の想像力である。)と語っていますが、私は実作者として彼の考えに強い共鳴を覚えています。……つまり、作者は作品を世に出しますが、それを自らのコレクションとして、作品との永い対話を交わしていくのはコレクタ―自身なのです。すなわち、作者は二人いるのです。私は送られて来た多くの方々からの画像を見ながら、ますますこの想いを強くしています。
北川 健次