『市ヶ谷は、意外にも華やかだった』

……先日の10日の6時から、市ヶ谷アルカディア(私学会館)で、第五十六回歴程賞の受賞式があり出席した。……2011年に宇宙飛行士の毛利衛さん・山中勉さんが宇宙ステ―ションから『宇宙連詩』を発信したのが評価されて歴程特別賞を受賞して以来、私は七年目・2回目の受賞となる由。受賞した理由は、私の全業績に対してとの事で、作品が持っているポエジ―の具現化がその理由であるらしい。「自作を、人々の想像力を煽り、ポエジ―を立ち上げる為の詩的な装置」と昨今、特に強く意識しはじめているだけに、確かな後押しとなるタイムリ―な時期での受賞だったかと思われる。……歴程同人が内輪で集まった渋くて地味な式かと思って会場に入ると、意外にも実に華やかな雰囲気の中、100名以上が入る大きな室内のメインテ―ブルに、私や他の受賞者の名前が大きく記されていて、大切な友人・知人の方々が次々にたくさん来られたので、私は嬉しさと驚きでテンションが上がってしまった。予想よりも遥かに大きな、まるで結婚式か出所祝いのような賑やかな式だったのである。……私を含む三人の受賞者各々に、その人物について語るスピ―チの人が付き、私の場合は、美学の第一人者である谷川渥氏が、表現者としての私の像について実に雄弁に語られて、会場にピンと張り詰めた心地好い緊張感が漂った。谷川渥氏、さすがの役者であり、これ以上の人物は他にいない。氏の明晰な分析によって語られていく私の像について聴きながら、まるで名医の執刀によってさばかれる病める患者のような気持ちで、実に興味深く拝聴した。なるほどという部分と、そうか、そういうふうに映っているのか……という箇所が交錯して実に面白かった。……谷川氏に続いて、私は自作とポエジ―について語り、ランボ―にのめり込んだ20才の頃の話、駒井哲郎さんとの出会い、瀧口修造・西脇順三郎・吉岡実……といった今では伝説の中に入りつつある人との幸運な出会い、……また天才詩人アルチュ―ル・ランボ―の肖像をモチ―フとした拙作が、ジャコメッティ、ピカソ、ミロ、クレ―、エルンスト、ジム・ダイン……といった20世紀を代表する美術家達と共に選ばれて、ランボ―の生地のフランス・シャルルヴィルのランボ―ミュ―ジアムで展示された事や、その2年後にもパリ市立歴史図書館で展示された時の手応えある展示の事などを話した。そして、私は既に美術という狭い分野を越境して、今は独自なところから制作をしているという、自負にも似た認識を語って、スピ―チを終えた。……私は賞というものに、権威や名誉や、また徒な意味を抱いてしまうような凡夫ではないが、ポエジ―の可能性を、言葉による詩表現だけにとどまらず、各分野にもその対象者を探して顕彰するという高い理念を持っているのは、この国に於いては歴程賞だけであるので、私はその純度の高さに於て、快く今回の受賞を快諾した次第なのである。……さぁ、明日からはその事も忘れて、新たな表現の場へと進んで行こう。……次回は、再び観た『デュシャン展』について、新たに気付いた事などを書く予定。……乞うご期待!!

 

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『次なる未踏の表現の場へ』

高島屋美術画廊Xでの個展『吊り下げられた衣裳哲学』が盛況の内に終了した。最初は人の入りもやや緩やかであったが、会期後半に入り、特に残り1週間になると沢山の方が入れ替わるように次々と来られ、最終的には前年の数を更に越える作品数が、人々のコレクションになっていき、またも記録を更新する事になった。そして、来年の10月中旬からの次なる個展(来年は連続11回目)の企画が早々と決まった。来年はかなり一新した展示内容を既に私は構想しているが、この画廊Xの大規模にして魅力ある空間を劇場に見立て、如何に変容させるかの様々な切り口が浮かんで来て、様々な意味で実に生産的な個展となったのであった。個展の度に更にハ―ドルの高さを上げていき、未開の内なる表現の引き出しを半ば強引にこじ開けていく。そして、実験性と完成度の高さを併せ持ち、現在と普遍に向けて作品を立ち上げていく。……プロフェッショナルの矜持とは、そこに尽きると私は思っている。全くぶれない作家と云われて久しいが、今回の個展で得た更なる自信は、これからの作品に艶の光彩を放っていくように思われる。

 

今回の個展では、旧知の親しいコレクタ―の方々に加えて、私の作品を愛する新たなコレクタ―の人達に出会えた事も大きな収穫であった。……例えば、コ―ネルの作品を日本人で最も多く個人所有し、また私の作品を高く評価したクリストとも親しいコレクタ―の人(この方は、今回の個展で私の作品を六点まとめて購入されたが、私とコ―ネルの作品の違い〈コ―ネルは一人称であるが、私の作品は各々に巧みな虚構の華がある事〉を実に的確な言葉で指摘された。また別な方は、クレーの水彩画やジャコメッティの彫刻・素描を所有し、また別な方は、広重のほぼ全作を持ち、次なる方は、やはりコ―ネルや北斎をコレクションし、仕事ではアングルの油彩画などを広く商うプロのディラ―の方であったりと、美の核心を見抜く確かな眼識を持つ慧眼の方々に作品がコレクションされていったのは大きな手応えであった。〈コレクタ―〉という言葉で一口に括っても、表現者と同じで様々な質の違いがある。今回の個展で、私の作品を評価する人達は、各々に自分の確かな眼と美意識を持つ最高な(ゆえに厳しい)人達であるというのを実感し、故に次回はもっと上をと、感性の熱い高まりを覚えるのである。

 

さて、今回の個展の半ば頃に、ミラノのデザイナ―で写真家のセルジオ・マリア・カラトロ―ニさんが、ギャラリ―サンカイビの平田さんと共に会場に来られた。平田さんは私が写真家としても表現していく契機をプロデュ―スされた恩人である。セルジオさんとは初めての出会いであった(ギャラリ―サンカイビの個展で写真の仕事は既に拝見済み)が、直ぐに親しくなり、私の作品への感想を実に詩的な美しい表現で語り、たちまち私を魅了した。……画廊が終了する時間に、私達三人は再び高島屋のレストランで待ち合わせて、食事をしながら今後の打ち合わせに入った。平田さんの企画で、私とセルジオさんとによる、写真を主とした、かつてないような知的感興とエスプリ、そして写真による光の魔性を刻印するような展覧会を、平田さんは構想しているのである。今後二回目の打ち合わせは、近々に、セルジオさんが住まれる、鎌倉建長寺内のご自宅でする事になっているが、生き急ぐ私達の打ち合わせは順調に進み、どうやら来年の早々に私はパリに撮影の為に行く事になるかと思われる。……他の写真家や美術家には絶対に出来ない私だけのメソッド―写真とオブジェの硬質な融合に拠る作品の顕在化。その実現の為に私はあえて待っていたのであるが、堅くて薄い凹凸のある石面に鮮明に画像を焼き付ける高い技術が、私の読みに合わせるように、今年に入って完成したのである。実にタイムリ―なこの切り口、ここ数年、私の写真発表は控えなものであったが、いよいよ動き出す時期が来ているように思われる。

 

個展が終わった二日後の午後、秋晴れの中、上野の博物館で開催中の『マルセル・デュシャンと日本美術』を観た。フィラデルフィア美術館から、『遺作』を除く主要な作品を持ってきただけに、なかなかに充実した見応えのある、近年稀な展覧会であった。マルセル・デュシャン。……日本では美術評論家の東野芳明が専売特許のようにデュシャンについて語り、多くの美大生がその明かに歪んだ解釈に乗せられて、浅いままに墜ちていった。まだ美大生であった私は東野のゼミに顔を出していたが、まだ作家としては卵でありながらも、東野の語るデュシャン像は〈絶対に違う!!〉と直感し、私はすぐに東野のゼミに見切りをつけて去った。……将来、自分の表現者としてのスタンスが確かなものになった時、デュシャンは知的に遊ぶものとして当時20才であった私は、関心の脇に置く事にしたのである。それから20年の時を経て、私は『停止する永遠の正午―カダケス』を文芸誌「新潮」に書き下ろしで発表し、その中でデュシャンとカダケスの関係について熱く語った。……「デュシャンの遺作は、カダケスのあの光から来ていると思う。」……デュシャン存命中にテ―トギャラリ―で実に見事なデュシャン展を企画開催した美術家のリチャ―ドハミルトンは、私と同じ視点で、『遺作』誕生の出自について語ったが、対談相手の東野芳明は、デュシャンの本質を突いたハミルトンのこの鋭い指摘に注視せず、話は別な方向に流れてしまった。ハミルトン、東野ではなく、私はここに、表現の舞台裏に終には入って来れない、評論家というものの総じての限界を観てとったのであった。……私は更に拙著『美の侵犯』の一章で再びデュシャンの謎多き『遺作』について言及しているが、とまれデュシャンの知的なパラドックスに充ちた作品は観ていて、今、最も面白いもののひとつである。かくして、私はこの展覧会場の中でかなりの時間を過ごしたのであった。まだ未見の方には、ぜひお薦めしたい見応えのある展覧会である。

 

……と、ここまで書いて今回のメッセ―ジを終えようとしたら、実にタイミングよく、個展の疲れを癒やしてくれる嬉しいメールが入って来た。……私の親しい知人に歌舞伎の関係者がおられるが、その方から、11月初旬に歌舞伎座のご招待を頂いたのである。毎年、季節の折々にご招待を頂いており、勉強と充電を兼ねて、歌舞伎は出来るだけ観る事にしているが、さて、さてその歌舞伎である。……デュシャンと日本美術に通低するものを一つだけ挙げれと問われたならば、それは「結果としての、見立ての美学」という表現に尽きるかと思うが、歌舞伎の場合はやはり形、つまりフォームの問題に指を折る。何れの表現にしてもその核にフォームが無ければ、そこに美は存在しないが、歌舞伎はその極に当たるかと思われる。…………ご招待頂いたのは夜の部で、『桜門五三桐』吉右衛門・菊五郎ほか、『文売り』雀右衛門、『隅田川続俤』は、珍しくも猿之助の法界坊である。今から楽しみである。……とまれ、個展が成功の内に無事終わり、今は達成感と同時に、少しだけ休みたいという想いがある。今年は、2月の雪の降る珍しい日に、工事現場からタイムスリップのように現れ出た浅草十二階の遺構との不思議な時間の交感を経て、十二階の赤煉瓦(完全な形のまま)の原物を奇跡的に入手した事から始まり、福島の美術館(CCGA現代グラフィックア―トセンタ―)での大きな版画の個展、そして作品集『危うさの角度』(求龍堂)の出版、歴程特別賞受賞(11月10日に授賞式)、そして、高島屋美術画廊Xでの個展……と、かなり多忙な日々が続いた一年である。……今少しで今年も終わるが、既に来年の個展企画も5つばかり既に入っている。…………やはり、今は暫しの休みの中に微睡んでいようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『個展開催中。―先ずは地面師の話から』

大学の後輩に佐藤弘之君という美術家がいる。知り合ってから40年くらいの旧友であるが、ベルギ―象徴派の影響を受けたその技術は細密を極め、特に天使像を描く事に於いては第一人者であるかと思われる。その佐藤君が五反田の画廊で個展を開催しているというので観に行った事がある。時期は、昨年の5月の連休の頃の夕方であったろうか……五反田駅を出てしばらく行くと大きな河畔へと出た。その川筋に沿って行くと、彼方に佐藤君がいて、画廊はここだよとばかりに手を振っているのが見えた。と同時に、視界の左側に鬱蒼とした木々に囲まれた古い屋敷が目にとまった。……まるで横溝正史の、怨念の血に彩られたような、見るからに怪しい気配を、その建物は放っており、好奇な興味を覚えた私は、向こうで待っている佐藤君に会う前に、高い塀を逆戻りして玄関へと廻った。……敷地に囲いはなく、見ると旅館の看板があり、玄関には、薄ぼんやりとした灯りだけがともっており、周りの庭は暗く深閑としていた。……誰かが建物の中からじっと私の動向を監視してでもいるような怪しい気配。……事件の匂い。…………

 

事件の匂い、……そう感じた私の予感は、一年後に現実のものとなった。地面師と呼ばれる土地や物件の所有者に成りすまして詐偽を働く集団が、積水ハウスを相手に55億円をせしめた物件、……その物件こそが、五反田にある件の建物と土地であり、私が関心を持った正にその頃に、私と入れ替わるようにして、地面師達もまたあの怪しい気配を放つ建物に寄ってきていたのであった。……昔、美大の大学院の時に、立教大学女子大生行方不明事件がおき、マスコミを騒がした事があったが、私は女子大生の死体は教授の所有する別荘裏に埋められていると推理して現場に赴いたが、現場に着くと、警視庁がやはり別荘裏が怪しいと分析して裏庭にたくさんの警察官が入って来たのであった。後で、この事件を書いたノンフィクション小説を読んで知ったのだが、私と警視庁が事件現場に入ったのは正に同日のほぼ同時刻なのであった。……ともあれ、私は実際の犯罪現場に度々入り込んでいく。事件のアニマが私を喚ぶのか、それとも私のセンサ―が不穏な気配を先に察知するのか、ともあれ、私はひたすらに「事実は小説よりも奇なり」を好んでやまない人間であるようである。

 

……さて、個展も中盤を少し過ぎる頃となった。たくさんの方々が来られるが、まだ尾道の三宅俊夫さんをはじめ、普段なかなかお会い出来ない方がいるので、個展のこの機会にぜひお会いしたいと思っている。三宅さんの事は以前にも書いたが、私の版画やオブジェを中心に個人のギャラリ―を開設して、優れた企画展示を開催している慧眼の人である。……今回の個展では、クレーやジャコメッティをコレクションしている人、或いはコ―ネルや北斎を所有している人などが新たに私の作品をコレクションに加えるなど、コレクタ―の人達の確かな眼力を日々確認出来て、毎日が多彩である。今回の個展は暗示や象徴性が最も深い作品群がたくさん展示してあり、作者の私は静かな手応えを覚える日々である。2回、3回と続けて来られる方もいて、盛況は最後まで続くように思われる。まだご覧になっておられない方は、ぜひこの機会にご高覧をお薦めしたい、自信のある個展になっている。

 

 

 

 

北川健次『吊り下げられた衣装哲学』展

日本橋・高島屋本館6階美術画廊X

10月10日(水)→29日(火)

 

 

 

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『個展―「吊り下げられた衣裳哲学」展・開催中』

日本橋・高島屋本館6階美術画廊Xで29日まで開催中の個展が盛況のうちに進んでいる。90点近いオブジェ、コラ―ジュ、版画、写真といったジャンルを異にする表現が一堂に並んだ個展である。……普段なかなかお会い出来ない知人の方が、北海道、九州などの遠方からも来られ、また昨日はドイツからも知人が遙々駆けつけてくれて、私を驚かせてくれた。本当に有り難いことだと思う。またこれからも遠方の方が来られる予定が入っているので、会期の最後の29日まで毎日が実に楽しみである。……個展を観られたコレクタ―の人達の意見は一致して、今回の個展の密度が今までで最も深く、完成度の高い作品が並んでいる事に総じて驚かれているが、長い時間をかけて制作に没頭してきただけに、今回の一致した高い評価には強い手応えを覚えている。しかし、会場に展示されている完成したばかりの作品群の多くがコレクタ―の人達のコレクションに入っていく為に、作者である私は、現在形の自作を分析しながら、同時にその作品群との訣別の時間をも会場で過ごしている。……確かに私の作品群は年毎に密度を増し、暗示や象徴性もより濃密になっている事は事実であるが、さらにそこから、次なる未知への探求へと歩を進めなくてはならない。常に、ここから先が難しく、故にまた研鑽のしがいもあるのである。……個展会場の中にいると、自分の現在のありようが非常に鮮明に見えて来て、実に意義のある空間が私の前に具体的に拡がって見え、その先に新たなる「語り得ぬ領域」が、私をして待っているのである。薄氷を踏むような危うさと愉楽。……この個展の空間と、各々の作品の中には、未知なる手がかりが実に沢山詰まっているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「個展『吊り下げられた衣裳哲学』展、始まる。」

今月の2日の朝、私の歴程特別賞授賞を祝うたくさんの方からのメールがいっせいに届いた。……何故みんな知っているのだろうと思い、数人の人に電話をして訊くと、今朝の読売、毎日新聞ほか地方の新聞にも記事が載っているという。私は新聞をとっていないので、逆に、昨日の1日に正式な発表があったのを知った次第なのである。とまれ、たくさんの方からのメールは有り難く、その一人一人に御礼のメールを返したのであった。美術の分野を越境して、かなり意識的にポエジ―を絡めとり、ノスタルジアを立ち上げる装置を作っているという意識で近年は作品を作っているので、この度の賞は、それを諒とするに足る絶妙なタイミングであったように思われるのである。

 

……さて、前回のメッセ―ジでお話したように、10日から日本橋高島屋本館6階の美術画廊Xで、個展『吊り下げられた衣裳哲学』展が始まった(29日まで)。作品総数90点近い新作が一堂に並び、今回の個展はかなり壮観な手応えを覚えている。先月に高島屋の新館がオ―プンした事もあり、初日から、かなり来廊される方が多いように思われる。……これからの3週間の期間にわたって、美術画廊Xを舞台とした、イメ―ジの交感、危うさを帯びた幻視のエクリチュ―ルが展開するのである。……今回の個展は前評判も高く、自信作がズラリと並んだ個展になっているので、是非のご高覧を、ここにお願いする次第である。

 

 

 

 

「LUCREZIA」

 

 

吊り下げられた衣装哲学

 

 

エウローペの黒い地図

 

巴里の時間

 

 

Angesの計測された衣装哲学

 

 

 

 

 

 

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『 お知らせ 』  

この国の各分野には様々な賞があるが、わけても特異な意味合いを持っている賞と云えば、例えば詩の分野における「歴程賞」がそうであろうかと思われる。この賞は、詩誌『歴程』が島崎藤村を記念して創設された賞であるが、この文学賞の他と違う点は、受賞対象が詩人だけに限らず、その表現がポエジ―を中核としたものであるならば絵画、建築、音楽、映画……もその対象になるという点が特徴的であり、他に比べてある意味、純度が高いように思われる。……私がこの賞の存在を知ったのは、1984年にマッキンリ―で遭難した登山家の植村直巳さんに対して、生前の1975年に〈未知の世界の探求〉という受賞理由で歴程賞が贈られる事になった時に、なかなか理念の高い評価をする良い賞だと思った事が始まりであった。とは云っても、金子光晴大岡信・吉岡実高槁睦郎吉増剛造……といったこの国の代表的な詩人諸氏の受賞者が名を連ねているが、それでも時として、1993年には画家の岡本太郎の全業績に対して歴程賞が贈られ、また宇宙飛行士で日本科学未来館館長の毛利衛さんが、日本宇宙フォ―ラム主任研究員の山中勉さんとの共同プロジェクトで行った「宇宙連詩」で、2011年に歴程特別賞を受賞するなど、選考基準は相変わらず開明的で幅が広く、なかなかに面白い。そして、その毛利衛さん達以来、7年ぶりとなる歴程特別賞が、先日開かれた選考会で、私が受賞する事が決まり、選考委員を代表して、詩人の野村喜和夫さんから審査経過と、私が賞を受けるか否かの確認も含めた連絡が入り、私は喜んで受諾する事にした。受賞理由は、私の表現者としての全業績に対してであるという。しかし、私はどんなに折々の作品が評価されたとしても、全て次なる作品の習作と切り換えて考えているので、全業績という言葉にピンと来ないのが、正直な実感である。……ただ最近の私は、もはや美術という狭い概念を離れて、ポエジ―を立ち上げる〈装置〉を作っているという強い想いを持って制作に臨んでいるので、ある意味、今までに受賞した美術の分野での賞より、遥かに手応えを感じているのは事実である。そして、更に突き進んで行こうとする気持ちに良い糧となった点では、今回の受賞は意義が深いと思っている。……私は油彩画に始まり、版画、オブジェ、コラ―ジュ、写真、美術評論と幅広く挑んでいるが、これを機に、かなり腰を据えて、詩作、そして一冊の言葉の磁場を秘めた不思議な『詩集』を刊行したいという想いが、ここに来て、かなり具体的な熱を帯びて来ているのである。

 

……さて、10月10日から日本橋の高島屋本店6階の美術画廊Xで始まる個展『吊り下げられた衣裳哲学』。制作は熱を帯びて次々に構想が膨らんで、遂に作品数が今までで最多となった。これからは、作品を額装したり、タイトルを付けていく次なる大事な作業へと今は移り始めている。……アトリエから会場の画廊へと移り、会期三週間という時間の中で、云わば虚構が現実を勝って展開する危うさの劇場がまもなく始まろうとしている。……重ねて乞うご期待という言葉を、ここに自信を持って申し上げる次第である。

 

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『作品集刊行の反響』

求龍堂の企画出版で私の作品集『危うさの角度』が刊行されて半月が過ぎた。本を入手された方々からメールやお手紙、また直接の感想なりを頂き、出版したことの手応えを覚えている。……感想の主たるものは先ず、印刷の仕上がりの強度にして、作品各々のイメ―ジが印刷を通して直に伝わってくる事への驚きの賛である。……私は色校正の段階で五回、ほぼ全体に渡って修正の徹底を要求し、また本番の印刷の時にも、二日間、埼玉の大日本印刷会社まで通って、担当編集者の深谷路子さんと共に立ち会って、刷りの濃度のチェックに神経を使った。私の要求は、職人が持っている経験の極を揺さぶるまでの難題なものであったが、それに響いた職人が、また見事にその難題に応えてくれた。昨今の出版本はインクが速乾性の簡易なもので刷られているが、私の作品集は、刷ってから乾燥までに最短でも三日はかかるという油性の強くて濃いインクで刷られている。私の作品(オブジェを中心とする)の持っているイメ―ジの強度が必然として、そこまでの強い刷りを要求しているのである。……しかし、当然と思われるこのこだわりであるが、驚いた事に、自分の作品集でありながら、最近の傾向なのか、色校正をする作家はほとんどおらず、また印刷所に出向いて、刷りに立ち会う作家など皆無だという。信じがたい話であるが、つまり、出版社と印刷所にお任せという作家がほとんどなのである。……、昔は、作家も徹底して校正をやり、また印刷所にも名人と呼ばれる凄腕の職人がいて、故に相乗して、強度な印刷が仕上がり、後に出版物でも、例えば、写真家の細江英公氏の土方巽を撮した『鎌鼬』や、川田喜久治氏の『地図』(我が国における写真集の最高傑作として評価が高い)のように、後に数百万で評価される本が出来上がるのであるが、今日の作家の薄い感性は、唯の作品の記録程度にしか自分の作品集を考えていないようで、私にはそのこだわりの無さが不可解でならない。だから、今回、その川田喜久治氏から感想のお手紙を頂き、「写真では写せない深奥の幾何学的リアル」という過分な感想を頂いた事は大きな喜びであった。また、美学の谷川渥氏からも賞賛のメールが入り、比較文化論や映像などの分野で優れた評論を執筆している四方田犬彦氏からは、賛の返礼を兼ねて、氏の著書『神聖なる怪物』が送られて来て、私を嬉しく刺激してくれた。また、作品集に掲載している作品を所有されているコレクタ―の方々からも、驚きと喜びを交えたメールやお手紙を頂き、私は、春の数ヵ月間、徹底してこの作品集に関わった事の労が癒されてくるのを、いま覚えている。

 

私のこの徹底した拘(こだわ)りは、しかし今回が初めてではなかった。……以前に、週刊新潮に池田満寿夫さんが連載していたカラ―グラビアの見開き二面の頁があったが、池田さんが急逝されたのを継いで、急きょ、久世光彦さんと『死のある風景』(文・久世光彦/ヴィジュアル・北川健次)という役割で連載のタッグを組んで担当する事になり、その後、二年近く続いたものが一冊の本になる際に、新潮社の当時の出版部長から、印刷の現場にぜひ立ち会ってほしいと依頼された事があった。これぞという出版本の時だけ印刷を依頼している、最も技術力の高い印刷所にその出版部長と行き、早朝から夜半まで立ち会った事の経験があり、それが今回役立ったのである。……久世光彦さんとの場合も、久世さんの耽美な文章に対峙し、食い殺すつもりで、私は自分のヴィジュアルの作品を強度に立たせるべく刷りに拘った。結果、久世さんの美文と、私の作品が共に艶と毒の香る本『死のある風景』が仕上がった。……表現の髄を熟知している名人・久世光彦の美意識は、私のその拘りの徹底を見抜いて、刊行後すぐに、手応えのある嬉しい感想を電話で頂いた。共著とは云え、コラボなどという馴れ合いではなく、殺し合いの殺気こそが伝わる「撃てば響く」の関係なのである。……今はそれも懐かしい思い出であるが、ともかく、それが今回役立ったのである。だから職人の人も、印刷の術と許容範囲の限界を私が知っている事にすぐに気づき、その限界の極とまで云っていい美麗な刷りが出来上がったのである。この本には能う限りでの、私の全てが詰まっている。…………まだご覧になっておられない方は、ぜひ実際に手に取って直にご覧頂きたい作品集である。

 

……さて、6月から3ヶ月間の長きに渡って福島の美術館―CCGA現代グラフィックア―トセンタ―で開催されていた個展『黒の装置―記憶のディスタンス』が今月の9日で終了し、8月末には作品集『危うさの角度』も刊行された。(『危うさの角度』の特装本100部限定版は、9月末~10月初旬に求龍堂より刊行予定)……そして今の私は、10月10日から29日まで、東京日本橋にある高島屋本店の美術画廊Xで開催される個展『吊り下げられた衣裳哲学』の作品制作に、今は没頭の日々を送っている。今回は新作80点以上を展示予定。東京で最も広く、故に新たな展開に挑むには、厳しくも最高にスリリングな空間が、私を待っているのである。今年で連続10回、毎年続いている個展であるが、年々、オブジェが深化を増し、もはや美術の域を越境して、私自身が自在で他に類の無い表現の領域に入ってきている事を、自分の内なる醒めた批評眼を持って分析している。「観者も実は創造に関わっている重要な存在であり、私の作品は、その観者の想像力を揺さぶり、未知とノスタルジアに充ちた世界へと誘う名状し難い装置である」。これは私独自の云わば創造理念であるが、私の作品は、今後ますます不思議な予測のつかない領域に入りつつあるようである。……その意味でも、10月から始まる個展には、乞うご期待という事を自信を持って、ここに記したいと思う。

 

 

 

 

 

 

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「作品集『危うさの角度』、遂に刊行さる。」

私の近作から現在までのオブジェ作品を中心に、版画・コラ―ジュ・写真・詩といった、私の多面的な表現世界を全て網羅した決定版とも云える作品集『危うさの角度』が、先日、芸術書の出版で知られる求龍堂から刊行された。「……求龍堂刊の『ドラクロアの日記』は、長い間、私の座右の書であった」と三島由紀夫は書いているが、実に95年前からこの出版社は、美術・文芸の分野にわたって名著の数々を世に出してきた老舗の出版社である。私の担当編集者は深谷路子さん、デザイナ―は近藤正之さんという、以前に求龍堂から刊行され話題を集めた拙著『美の侵犯』と同じ尖鋭なメンバーで、気心も知れており、私が全幅の信頼を寄せる人達とによる共同制作である。緻密な作品構成、五回以上にわたる徹底した色校正、更には本番の印刷会社での重要な実地立ち会いまでの長い工程であったが集中して仕事が出来、美術書としても例外的に美麗で、本のタイトルそのままに危ういまでにイメ―ジの深部までを立ち上がらせた、強度な、そして美術書の既存の概念すら越えた不思議な本が出来上がった。本が刊行されるや、紀伊國屋書店新宿本店やジュンク堂他の主要な書店で、美術書のコ―ナ―でも目立つ場所で展示販売されており、反響がかなりあるようで嬉しい手応えを覚えている〈編集部から送られて来た書店の画像があるので、その幾つかを最後に掲載〉。……印刷でも、拘りを持って臨めば、かなりクオリティ―の高い出来映えになるという信念で関わって来たが、この作品集を手にした方々は、決まって先ずは、印刷の美しさと精度の高さに驚かれるようである。書店以外でも、東京日本橋にある不忍画廊・富山のぎゃらり―図南をはじめ、私の作品を取り扱って頂いている画廊でも作品集を販売中なので、ぜひ足を運んでみて下さい。また遠方の方は、最寄りの書店、あるいは直接検索されて、出版社の求龍堂に申し込んで頂れば、すぐに入手が可能。定価は(本体3700円+税)。限定出版なので、早めの申し込みをお薦めします。……なお、9月末には特装本『危うさの角度』(作品二点入り・限定100部)も販売予定。定価他の詳しいことのお問い合わせは、求龍堂までお願いします。

 

 

危うさの角度

 

丸善丸の内本店

三省堂書店神保町本店

紀伊国屋書店新宿本店

八重洲ブックセンター本店

ジュンク堂書店池袋本店

 

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『日本現代銅版画史展―東京・不忍画廊にて22日より開催』

前回のメッセ―ジで、7月に亡くなられた浜田知明さんの回想を書いたが、その浜田さんの作品と、私の版画が、東京都美術館の企画展いらい、本当に久しぶりに一緒に展示される機会が訪れた。東京日本橋にある不忍画廊で今月の22日から9月8日まで、現代の視点から銅版画に於けるポエジ―の可能性を問うた『日本現代銅版画史』展が開催されるのである。作家は、浜田さんと私以外に、駒井哲郎・池田満寿夫・浜口陽三・加納光於ほかであり、なかなか観れない珍しい作品もかなり展示されるようである。……30年ばかり前から版画は時代に合わせんとして浅薄にも作品が大型化し、結果、求心性と密度を欠き、その質が総じて低迷化し、馥郁とした表現世界を持った版画家が全く出て来なくなってしまった。……不忍画廊は、版画の企画展も数多く手掛けてきた老舗の画廊として知られているが、改めて、銅版画の可能性を問うた企画として本展の企画を立ち上げ、今回の展覧会が実現したのである。自問と他者への問い掛けが、本来は各々の展覧会に入っていなくては、実としての意味がない。その意味で、この展覧会は、その先の、表現世界を豊かにするために必須な「ポエジ―とは何か!?」を、銅版画を通して問い直す展覧会なのである。会期は短いが、一人でも多くの方にご覧頂きたい、特異な切り口を持った展覧会だと私は思う。私が本展に寄せて書いた小文や、画廊の展覧会趣旨もぜひお伝えしたく、以下に掲載するので、御一読頂ければ有り難い次第である。

 

『版画に刻まれるポエジー』  北川健次

一九八二年に東京都美術館の企画で『日本銅版画史展』という展覧会が開催された事があった。四世紀にわたる日本の銅版画の歴史を近世・近代・現代の時代区分によって体系的に観せる事を目的としたものである。その図録を開くと、キリシタン銅版画から始まり、司馬江漢・岸田劉生・国吉康雄・藤田嗣治・長谷川潔・駒井哲郎・浜田知明・池田満寿夫・加納光於…と云った名が続き、最後は私の作品で終わっている。この展覧会が開催された時、私は三十歳であったが、版画史という通史的な概念を表現者として強く意識しはじめた節目となる展覧会であった。私はその後、幸運にもこの展覧会に出品していた主要な先達の版画家たちと親しく関わっていくのであるが、その交わりの中から私が吸収した主たるものはエスプリであり、また作品が作品たりえるためのフォルムの問題であった。そして何より、銅版画という方法の檻にのみ捕獲可能なポエジー(詩)と、そのリアリティーについて想いを巡らすようになっていった。

「超絶的美感を起こさせることが詩の仕事である。また小説も絵画彫刻も同様にそうした詩の創作を仕事として初めて芸術になり得るものであろう。」と詩人の西脇順三郎は語っているが、その意味でのポエジーの息づく領土を、私は銅版画の中に探っていたのである。銅版画における詩的表現の可能性を見ると、例えば駒井哲郎と池田満寿夫はその資質、その作品において全く異なるタイプの版画家であったが、先ず何よりもその本質は紛れもなく詩人であり、硬質な銅板に各々の馥郁たるポエジーを刻む人であった。

…ではそのポエジーとは何か。それはイメージの新しい関係を連結し結合して永遠性、そして超絶的な美感へと私たちを至らしめる「何ものか」であって、その先は言葉ではなく感覚でのみ通じ合う、芸術の本質に息づく核とも云えるものであろう。現代は最も芸術の深部から遠去かって久しい不毛の時代であるが、この時にこそ、「ポエジーとは何か」という問いかけの放射を孕んだ本展のような展覧会は確かな意味を持ってくるのではないかと私は思っている。

 

展覧会【概要】

銅版画芸術のパイオニアとしてデューラーの代表作「メランコリア/1514年」「騎士と死と悪魔/1513年」等が発表されて500年が経ちました。

日本では1950年代~60年代にかけて、駒井哲郎、池田満寿夫、浜田知明等が世界レヴェルの国際版画展で受賞を重ね活躍、多くの若いアーティストに多大な影響を与えてきました。そうした先達から影響を受け、そのエスプリを現在も受け継ぐ北川健次氏に今企画展の監修協力を依頼、《近代~現代》を繋ぐキーワードとしてテキスト「版画に刻まれるポエジー」もご寄稿頂きました。

駒井哲郎、池田満寿夫、北川健次を中心に、浜田知明、加納光於、浜口陽三、菅野陽(銅版画家・「日本銅版画の研究」著者)の名作・秀作銅版画を出品します。デューラーから500年、エスプリの効いたポエジーとしての銅版画芸術を是非ご堪能ください。(不忍画廊)

 

 

『日本現代銅版画史展  名作を繋ぐポエジーの変遷』

〜 駒井哲郎|池田満寿夫|北川健次を中心に 〜

会期:2018年8月22日(水)~9月8日(土) 日曜休廊 11:00-18:30

会場:不忍画廊

〒103-0027 東京都中央区日本橋3-8-6 第二中央ビル4階

(日本橋高島屋 南出口真向かい 理容店ポールのビル4階です)

Tel:03-3271-3810 mali:info@shinobazu.com

web: http://shinobazu.com/

 

(左から)

●池田満寿夫「アダムとイヴ(捕らえられたイヴ)」1964年ドライポイント、ルーレット 365×335mm

●駒井哲郎「風」1958年 エッチング、アクアチント 150×182mm

●北川健次「楕円形の肖像」1979年 フォトグラヴュール、エッチング、アクアチント 360×255mm

 

 

・北川健次「廻廊にて- Boy with a goose」2007年

フォトグラヴュール、エッチング 380×285mm

 

 

・北川健次「肖像考 – Face of Rimbaud」2004年

フォトグラヴュール、エッチング、アクアチント380×285㎜

 

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『回想・浜田知明さん』

……先月の16日、午後から私の作品集の色校正に向かう前に少し時間があったので、引き出しを開けてオブジェの断片に使うコンパスを探していた。その引き出しは工具以外は入っていない筈なのに、何故か1枚の葉書がそこに紛れこんでいた。……妙だなと思って手に取ると、それは以前に版画家の浜田知明さんから頂いた年賀状であった。自筆の青いインクで「これからも良い作品を作り続けていって下さい。浜田知明」と書かれた、私への励ましの文が記されていた。……一瞬ヒヤリとする予感が背筋を走った。以前に、佐谷和彦さん(画廊の立場から日本の現代の美術界を強力に牽引された)が亡くなられる数日前に、夢の中で、背中に眩しい光を放ちながら、私に満面の笑みを送ってくる佐谷さんの夢をみた、その2日後に佐谷さんは急死されたのであるが、それに似た感覚がその時に卒然と立ったのであった。……果たしてその翌日の17日に浜田さんは逝去された。享年100才。その報は、いま私の個展を開催中のCCGA現代グラフィックア―トセンタ―館長の神山俊一さんから頂いた。

 

私が独学で銅版画を始めたのは19才の時であった。当時は版画が活況で、『季刊版画』という密度の濃い季刊誌を読みながら、その中に登場する、駒井哲郎、棟方志功、池田満寿夫……といった人達の記事を読みながら、自分も版画史の中に入っていくような作品を作りたいという熱い想いに没頭するような日々を送っていた。その後、幸運にも駒井哲郎、棟方志功、池田満寿夫といった先達に評価されて、版画家としてスタ―トしたのであるが、若年の私には、いま一人の意識する先達がいた。それが浜田知明さんである。浜田さんと同じ壁面に作品が飾られるという体験をしたのは、私が30才の時、東京都美術館が企画した『日本銅版画史展』であった。そして、実際に浜田知明さんに出会えたのは翌年に開催された『東京セントラル美術館版画大賞展』の受賞式の時であった。この展覧会で私は大賞を受賞したのであるが、その選考委員の一人に浜田さんがおられたのであった。式の時に、やはり選考委員であった池田満寿夫さん達と話をしていると、会場の奥から浜田さんが、私を鋭くじっと見ながら近づいて来られた。版画の分野を越えて、戦後の日本美術史にその名を刻む人を前に、まだ若僧の私はいささか緊張した。しかし、浜田さんは開口一番、笑みを浮かべて「あなたの今回の受賞作『アンデスマ氏の午後』を大分の美術館に入れたいのですが、まだ在庫はありますか?」と云われたのであった。その作品は、この展覧会の直前に番町画廊で開催した個展で完売してしまっていたのであるが、私は自分用に取ってあるAP版ならありますと答えたのであった。……それから浜田さんはご自分で開発された秘伝の技法というべき貴重な隠しテクニックをその時に詳しく教えてくれたのであった。……私にとって必要な、しかし前に進むには未だ知らない技術を、浜田さんは拙作を観て鋭く感じとられていたのである。……しかし、その後、浜田さんは熊本に住まわれていてなかなかお会い出来ず、年賀状のやり取りが続いたのであるが、後に版画集の個展を熊本の画廊で開催した時に、浜田さんは二日続けて画廊に来られ、長い時間、じっくりと私は浜田さんとお話しをする幸運な機会を持てたのは、今思い返しても貴重な体験であり、表現者としての財産となっている。「私はあなたの作品が大好きなんですよ」と何度も云われた浜田さんに、私の作品のどういった面が好きなのですか!?」という大事な、当然聞いておくべき事を聞いておかなかったのは不覚であるが、それが何であるかは、実は私は想像がついている。後日、私が熊本の個展を開催した画廊の人が運転する車で空港へと向かって行く時に、浜田さんと偶然、道で再会したのであるが、その時に私に向かって強く手を振っておられた光景は、何故か駒井哲郎さんのありし日の姿と重なって今もありありと眼に浮かぶ。駒井哲郎、浜田知明。このお二人は精神が無垢なままに通じ合う、戦後のある時代を共有するパイオニアであった。……そして版画の黎明期を支えるべく、真摯に版画と向かい合った先駆者であった。私は彼らから銅版画のみに潜むエッセンスを吸収したが、それは通史としての版画史の核に通じるものでもある。……浜田知明。この澄んだ魂と、反骨にして深く人間の不条理を凝視し続けた人の事は、私は年賀状に青いインクで書かれた励ましの言葉と共に決して忘れないであろう。

 

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