忠臣蔵

『年末…詐欺師にやられた話』

①あまりに恥ずかしい話なので黙っていたが、思わぬ展開があったので、このブログに書く事にした。……実は今年の始め2月頃に、あろう事かネットショッピングで詐欺師に引っ掛かったのである。いわゆる振り込め詐欺である。(日本文学全集12巻を9840円で。但し2巻だけありません。)の魅惑的な文言に誘われて、銀行から指定の口座に振込んだものの、ただただ冬の木枯らしが吹くばかりで、時が過ぎていった。(やられたな!…まぁいい勉強になったと思えばいいか!)と、無理矢理自分をなだめたものの、やはり燻る悔しさはあった。

 

春になった或る日、都内の某警察署から電話が入った。……なんと、私を引っ掛けた詐欺グル―プの受け子を逮捕したという報せである。実に詳しく話してくれる刑事で、「今回の事件は、あなたをはじめ約50人が被害に遭い、内1人の方が銀行に訴えて、相手の口座を封鎖しましたが、犯人達は別な口座を作って新たな犯罪に入っています。グル―プはヴェトナム人です。我々は今回の逮捕した受け子から本件を立件へと持っていくつもりです!」と熱く語ってくれた。私は「…頑張って下さい」としか言う言葉が無く、季節は春から夏、そして晩秋へと流れていった。

 

……個展の後半に画廊にいた時に1本の電話が入った。東京地検からである。地検を名乗るその人は「今回の事件で被害に遭われた方全員に、受け子が全額を返金したいと話していますが、担当弁護士にあなたの電話番号を教えても宜しいでしょうか?」という確認の問い合わせである。……さぁ、ここからが大事な話で、被害者はキャッシュバックという言葉に釣られて気を許すのが常。……私は東京地検から掛かって来たというその電話番号に(?)を入れて、次なる展開を待った。暫くして、受け子の弁護士を名乗る人物から電話が掛かって来た。「被害金を振込みますので口座番号を教えて下さい」との事。……詐欺師というのは、ちゃんとした道を歩けばかなりの所に行くような、頭の良い人間が多い。政情、話術、心理学に通じた能力があるが、悲しいかな内面の邪気が彼等をして悪へと転落の構図を作っている。……(返金?)……話が巧すぎると思った。連中はどんな角度からでもやって来る。東京地検、弁護士……、詐欺グル―プの部屋に在る何本もの電話各々に確認の応対の為に(東京地検)(○○法律事務所)……の紙が貼ってあるかもわからない。

 

……私は銀行の取引は無いので現金書留で!と要求した。(……わかりました。現金書留での振込みと云うのは例が無いですが検察と検討してみます)との弁護士の返答。……暫くして東京地検から電話が入り、現金書留での返金の是非の確認である。……そして、アトリエに郵便配達人が現れて被害金は全額戻って来たという次第。……この度は東京地検も担当弁護士も本物だった事は慶賀であった。……弁護士に詳しく訊くと、犯人の受け子はヴェトナム人の女性との事。名前もわかった。……何故例外的に今回、被害金が戻って来たかには察するに2つの事が考えられる。①私の普段の行いが良かったから②被害者全員に返金しても50万円くらい。弁護士と犯人が相談して、被害者全員に金を返し、「今回の件は許す」という考えの保証を文書でもらう事で、刑を軽くしてもらうという戦略。

 

……正解は②であった。……しかし当然ながら私は許す考えなど毛頭無い。……今、詐欺の受け子がもの凄く増えているというが、その原因の1つは罪が軽い事に拠る。政治家の愚かな失言も訂正すれば後は誰も責めないのと同じく、実に緩い。……私は思うのだが、犯人の再犯を抑制するには、例えば、入れば案外居心地が良いと言われる刑務所では、骨身に沁みるまでのきつい労働を。そして受け子達も、市中引き回しを復活して、罪の愚かさを身体と精神の痛みで骨の髄まで後悔させる事が肝要だと思うのだが如何であろうか。

 

常々感じるのだが、この国の裁きは、まさかの性善説ではあるまいに、犯人に対し今一度の更正チャンスを与えんとして、それが過度に反映して、時に信じがたいまでに判決が緩く、一方では被害者の遺族には、裁判の後は突き放したように実に冷たいものが現実としてあると聞く。「無事に被害金が戻って来たので許す」という甘い文書が集まれば、この受け子は間違いなく再犯をする事は想像に難くない。そして更なる深溝へと堕ちていく。……犯人が竹で編んだ籠に入れられて衆目の中を、うつ向きながら市中引き回しにされて行く姿。……私は、江戸時代に伝馬町牢屋敷が在った小伝馬町駅を電車で通過する時に、その考えが時に浮かぶのである。

 

 

 

②宇宙は、そしてこの世は、陰と陽の絶妙なバランスから出来ている。①は詐欺師の暗い話であった。……ならば②は明るく愉しい話でこのブログは書かねばならない。それに相応しい話を、今年のブログの最後に書こう。
昨年の年末に、私が最も評価している表現者の一人として、掌に載るサイズの〈覗き箱〉・スコ―プオブジェの中に、無想から紡がれた世界の様々な美しい断片的な光景を封印した夢の錬金術師―桑原弘明君の事を書いたが、今回も再び桑原君の登場となった。忠臣蔵に似て、桑原君は何故か年末に語りたくなる人なのかもしれない。

 

 

 

………先日、その桑原君から素晴らしく美しい本が、わがアトリエに送られて来た。桑原君の極小のオブジェと、泉鏡花文学賞などの受賞でも知られる作家の長野まゆみさんとの、星の欠片のように美しくも危うい共著・競作本、…題して『湖畔地図製作社』(定価.2700円+税)である。発行は確かな本作りで定評のある国書刊行会。……開くと、左頁に桑原君の作品の画像が長野さんの断片的な美文と対にして在り、そして右頁には桑原君の作品のタイトルが作品の外姿と共に在り、また長野さんの短い数篇の小説が載っているという、実に考え抜かれた構成の贅沢な本である。

 

 

……「曲線の愛好家はどちらかといえば/平面図を好むが、/螺旋にかぎっては断面図をえらぶ。」という長野さんの文章には、桑原君の『カノン』と題した、幻惑的な螺旋階段の光景を封印した画像が載り、また、『夢の影』と題した桑原君のフィレンツェと覚しき庭の彫像と噴水の作品画像には対として「落水とおなじく跳ねる水にも/幾何学があり、/それは波状の曲線を画く。」という美しい詩文がパラレルに在り、相乗して私達を無想へと誘っていく。

 

 

……私達はこの本から、例えば稲垣足穂や、自分が想像した架空の国の切手を4000枚以上も生み出した夭折の画家・ドナルド・エヴァンスの夢想へと連想の近似値が傾くかもしれないが、それらには無い豪奢な夢の綴りの韻が、このオブジェ的な奇想書には溢れている。……一人で隠って頁を開くも善し、また親しい人に贈るにも善しの最適な本である。珍しく私が推す本である。

 

 

 

 

この本の入手を望まれる方は、先ずは最寄りの書店、もしくは発行所の国書刊行会(TEL03-5970-7421)、(https://www.kokusho.co.jp)、或いは企画した画廊―スパンア―トギャラリ―(東京都中央区京橋5-22キムラヤビル3F・TEL03-5524-3060.
Email―contact@span-art.comへお申し込み下さい。

 

 

……今年のブログは、今回で終了します。いつもご愛読されている読者諸兄の方々には感謝しております。来年はより内容の幅を拡げて参りますので、更なるご愛顧のほどを宜しくお願いします。皆さん、良い新年をお迎え下さい。 北川健次

 

 

 

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