Event & News

『梅雨が来る前にお知らせすべき、大事な展覧会について書こう』

⭕…沖積舎の社主・沖山隆久さんの企画出版による私の第一詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』が刊行されたのは2020年の12月。詩集の大半は関係筋にお送りしたが、若干数が手元に未だ残っていた。私はあまねく、まだ存じ上げていない未知の人へも詩集の存在を発信しようと思い、このサイトに告知欄を作り購入される希望者を募った。…反響は大きく沢山の方から毎日のように購入希望の手紙を頂いた。…そして私はその方々のお名前とサインを詩集に書いて各々の方にお送りした。………

 

 

しばらく経った或る日、一通の封書がアトリエに届いた。封を開けると、5枚の便箋にびっしりと詩集の感想が書かれていて、その緻密な論考と熱く伝わってくる何物かに惹かれて私は一気に読み終えた。…そして好奇心の強い私は、この手紙を書かれた人に興味を持ち、直ぐに電話をかけたのであった。…一度しか無い人生。この人に会って、直に話がしたいと強く思ったのである。…そして、当時まだ在った東京・八重洲ブックセンタ-のカフェでお会いする事になった。

 

 

…話は主に文芸の話であったと記憶するが、話していて(この人とは波長が合うな)と思うようになり様々な話へと発展していき話がどんどん面白くなっていった。…話も後半に入った頃に、その人はご自身が画廊をやっていて、私の版画から現在までの作品が好きなのだという事を静かに語られたのであった。…表現者という仕事をやっていて、私が本当に幸運だと思う事は、人との出会い、有り体に言えば、このブログでも書いて来たが、各分野で本物と云える人との出会いに恵まれている事である。…画商では、70~80年代の美術界を牽引して、もはや伝説的な存在として語られる佐谷画廊佐谷和彦さん。…また多くの画商からその確かな眼識を評価されていたギャラリ-池田美術の池田一朗さんをはじめとして、この画廊という仕事に矜持と自信を強く持っていた人々との出会いに恵まれていた事である。

 

 

…そして、今、私の目の前におられる人を見て、内に強烈な自信を秘めた人だとも私の直感が感じたのであった。…話はその後もだいぶ語り合い、別れる時には、その方の画廊で開催する個展の話も具体的に決まっていたのであった。…それが、千葉(総武線・西千葉駅から徒歩5分)で山口画廊を運営されている山口雄一郎さんとの出逢いであった。そして毎年の春5月頃に個展を開催するようになり、今回で早くも3回目になる。

 

…展示のセンスも群を抜いて抜群であり、また毎回、山口さんが執筆されて作っている「画廊通信」という冊子も、そこに書かれた内容は、極めてスリリングであり、鋭い眼識の高さを示しながらも難解に堕ちず、極めて平易な言い回しの内に、私達は知の螺旋構造の妙に堪能を覚えるのである。(画廊にて配布)

 

 

 

…今年の1月から鉄のオブジェを作り出してそれも発表しているが、なかなかに好評であり、初日に画廊を訪れた私は、今回の個展『直線で描かれたブレヒトの犬』に強い手応えを覚えたのであった。

 

 

 

 

 

…今回の千葉・山口画廊での個展画像を掲載するので、ぜひのご高覧をお願いする次第である。

 

 

 

 

 

 

── 直線で描かれたブレヒトの犬 ──

 

第3回 北川健次展

2024年 05月22日 (水) 〜 06月10日 (月)

 

 

 

宙空を鋭利に貫く直線、架空を豊潤に歪める曲線、不穏な浪漫を湛える座標空間に、異形の図像学が生起する。謎めいたボックス・オブジェに加えて鋼板と鉄線による新たな金属オブジェも交え、具象と抽象の絢爛と交錯する第3回展、秘めやかな官能に満ちた異次元の境域を。

 

 

【DM】 Sarah Bernhardt の硝子の肖像 (部分)

 

 

 

 

 

山口画廊

10:00 ~ 20:00 / 火曜定休

〒260-0033

千葉市中央区春日 2-6-7 春日マンション102

☎ 043-248-1560

 

 

 

 

 

 

 

 

⭕さて、次にご紹介するのは、半蔵門駅から直ぐの『執行草舟コレクション/戸嶋靖昌記念館』で開催中(4月30日~8月31日まで)の「砂の時間」展である。この美術館では精力的に、かつ密度の濃い問題提示から企画された展覧会が開催され、訪れた人々を美の酩酊と観照する事の深い意味へと導き、自問の思索の場となっていて、訪れる人は多い。また毎回、展覧会に沿って「ARTIS」という冊子が作られているのであるが、この美術館を立ち上げた著述家・実業家である館長の執行草舟さんに美術館学芸主任の安倍三﨑さんがインタビュ-した話(この話が毎回深く、かつ面白く、知の力業と直観で読み解く事を要求され、自ずと鍛練されていく)が主体となり、また画家の戸嶋靖昌氏のグラナダ滞在時の手紙や、執行草舟コレクションで所蔵する膨大な数の作品と作者に対する論考などがコラムの形で連載されていて、私は毎回、この「ARTIS」が届くのを楽しみにしているのである。

 

 

…前述した山口さんとの出逢いは私の詩集であったが、執行さんとの出逢いもまた一冊の本からであった。…NHKエデュケ-ショナルの方が拙著『美の侵犯-蕪村x西洋美術』(求龍堂刊)を執行さんに薦められ、それを読まれた執行さんが直ぐに私が個展を開催中の高島屋・美術画廊Xの会場に来られ、その場で作品15点ばかりを即決で購入を決めらた事が出逢いとなったのである。

 

…執行さんが会場で作品を選ばれるその速さは凄まじく、広い会場内を一巡しながら、およそ2分くらいで15点を決められたのであった。(…銀の稲妻が精神と肉体に宿ったような人だな!)…これが私が初めて執行さんにお会いした時の印象であった。…数千点は下らないという数多のコレクションを所有されていて、展覧会の企画の度に作品が比較文化論的に変容していく様は、実に面白く勉強にもなっている。…今回の「砂の時間」展では、執行さん所有の私の数多ある作品の中から7点の版画とオブジェが選ばれて展示されているので、ぜひご覧頂きたく、お勧めする次第である。

 

 

 

 

 

「執行草舟コレクション/戸嶋靖昌記念館」

《砂の時間展》

開期:4月30日~8月31日まで

開館・火~土 11時-18時
休館 日祝・月曜定休

〒102-0083 東京都千代田区麹町1-10 バイオテックビル内

TEL03-3511-8162

 

 

*来館ご希望の方は、事前にご一報ください。

 

 

 

 

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『五月、狂った季節に私は金沢を歩く…の巻』

…別に生き急いでいるわけではないが、この5月は、私の作品を展示する展覧会が4ヶ所で企画されて開催中、または開催予定である。順に挙げれば、①金沢の画廊『ア-ト玄羅』で個展が5月9日から6月2日まで開催中。②本郷の画廊・ア-トギャラリ-884で、5月11日から19日まで、コレクタ-の大湯祥蔵さんのコレクションの中から私の作品だけを選んだ展覧会を開催中。③半蔵門にある執行草舟コレクション/戸嶋靖昌記念館で4月30日から8月31日まで「砂の時間」展と題して執行草舟さんの膨大なコレクションの中から、本展のテ-マに沿って選ばれた作品を展示中。私の作品も7点ばかり展示されている。④千葉の山口画廊で今月の22日から6月10日まで個展「直線で描かれたブレヒトの犬」を開催予定。……以上、この全てについて書くと長い文章になってしまうので、③④は次回のブログで集中的に書く事にして、今回は①と②の展覧会に絡めて書くとしよう。

 

 

昨日の9日(個展初日)の昼過ぎに、金沢の画廊「ア-ト玄羅」に行き、オ-ナ-の黒谷誠仁さんに一年ぶりに再会する。また、私の個展を度々開催して頂いている富山の画廊「ぎゃらり-図南」の元代表の川端秀明さん・悦子さんご夫妻が黒部から、そして今回の個展開催に尽力して頂いた今村雅江さんが高岡から各々来られて、久しぶりの嬉しい再会が実現した。川端さんご夫妻、そして今村さんはもはや私にとって大事な親友のような人達である。…画廊の展示は黒谷さんのセンスが光り、作品が緊張感を放っていて見応えのある個展会場になっている。…会場には案内状をご覧になった方が早々と来られ、黒谷さんの話を聞きながら暫し選択に迷われた後で、一点のオブジェ作品を選ばれて行かれた。…その後で新聞社の方が取材に来られたので少しばかり自説を語った。…夜は黒谷さんが旧知の香林坊の東南アジア系のお店で、食事をしながら様々な話を交わした後で散会。……店を出ると5月にしては異様な寒さである。世界の狂いが、いよいよその顔を顕にし始めた観がある。

 

……私はホテルに一泊した後、翌日は短い時間であるが、風情ある浅野川河畔に焦点を絞って歩いた。先ずは「泉鏡花記念館」に行く。会場内のビデオで、独文学者の種村季弘さんの、水を主題とした泉鏡花論を聞く。見事な論でさすがである。

…種村さんが亡くなられてから久しいが、久しぶりに再会した気分がして懐かしかった。他に、川村二郎さん、坂東玉三郎さんの話も聴いた。各々の話に鮮やかな切り口があって実に面白い。……泉鏡花に関しては、以前から樋口一葉との関連で気になる点があるので、掲載されている年譜の明治28年の或る時(それは春)に絞ってそれを推察する。…私が秘かに抱いているこの或る設問は、数多の泉鏡花研究家が見落としている、心理の深奥に焦点をあてたミステリアスな件なので、いずれまとめて書く事になるであろう。

 

 

…記念館を出て、次は江戸時代からの男女の秘め事を演出した石段の隠れ道で、鏡花も幼少時に歩いたという昼なお暗い「暗がり坂」を下りて、光り降る浅野川河畔に出た。

 

 

 

 

 

 

 

…次に向かったのは、明治の末期から残る西洋レストラン『自由軒』である。…開店前に既に行列。…この店のお薦めはオムライスであるが、私は海老フライと焼き飯を注文した。実に美味でありお薦めである。

 

…夕方に横浜のアトリエに戻る用事があるので、浅野川の橋上でタクシーを拾って金沢駅へと向かった。…私はタクシーに乗ると、運転手の人によく話しかけるタイプである。…地方の美味しい店などは訊かない。…私が訊ねるのは決まって歴史の闇や不穏な話題である。…(金沢はどうして戦災にあわなかったのでしょうか?)から始まり、お決まりのタクシー強盗の話題になった。…こういう話は、意外と運転手さんはのって来る人が多い。身近でリアルだからであろう。…(犯人は実行するか否かを決める時に、運転手さんの首の太さで決めるようですよ)という、以前に向田邦子さんがエッセイに書いていた話をすると、真剣な反応が返って来る事が多い。

 

今回の運転手さんは当たりであった。…何と2年前にそのタクシー強盗に遭遇したと言う。…私は思わず身を乗り出して話の続きを訊いた。(いきなり、針金を首に巻かれましたよ‼)と運転手。…(犯人の共通した点は何だと思いますか?)という私の問いにその人は(先ずは、一人で乗る、かなり遠方の地に行ってくれ…という、そして、途中で不自然にコンビニに立ち寄る)らしい。…(なるほど、タイミングを謀っているわけですね)と私。(えぇ、そうです、そうです‼)と言っている間に、金沢駅に着いた。(有難う、勉強になりました。)と私。……一体それが何の勉強かは、誰も知らない。

 

 

 

【ア-ト玄羅】

北川健次展「ヴェネツィアの春雷」

5月9日(木)~6月2日(日)

13時~17時30分 (定休-月・火・水)

〒920-0853
金沢市本町2丁目15-1  ポルテ金沢3F

TEL076-255-0988

 

 

 

…さて次は、個展ではなく、コレクタ-の大湯祥蔵さんの『コレクタ-による北川健次展-まなざしの断片-「身体」「詩学」「記憶」』である。…大湯さんが収集したコレクション数は実に800点以上を越えるというから驚きであるが、その中でも私の作品数が一番多く、100点以上の作品がコレクションに入っているという。…2年ばかり前であったか、その大湯さんからコレクション展の構想を伺った時は非常な興味に駆られたのであった。…この寡黙にして間違いなく慧眼な感性を持った人の美の基準なるものを以前から具体的に知りたいという興味があったが、それが漸く垣間見れる事になるからである。…しかし、金沢から戻って来て、今このブログを書きながら、近々に訪れて観る事を予定している大湯さんの展覧会に意識が集中しているようで、どうも落ち着かないのは何故であろう?。…大湯さんのコレクションは私の初期から現在に到る迄の広範囲なものであるが、それは私が既に閉じたと思っている極めて私的な日記をゆっくりと開くようで、或いは開かれるようで何とも不思議な感覚なのである。……とまれ、今回の展覧会に寄せて素直な気持ちで文章を書いたので、それをこのブログの最後に掲載しておこう。…願わくば、コレクタ-によるコレクション展という、美術館の個展以外ではなかなか実現しないこの稀有な展覧会を、この機会に一人でも多くの方に御覧頂けたら幸甚である。

 

 

 

冷静なる熱狂ー大湯祥蔵氏のコレクション展に寄せて

北川 健次(美術家)

 

 

私のアトリエの壁には所狭しと多くの作品が掛かっている。それらは縁あって入手した不思議な漂流物のようである。例をあげれば、ルドンジャコメッティヤンセンホックニーゴヤレンブラントヴォルス・・・等の西洋版画の類、更には川田喜久冶榎村綾子の写真作品、或いは駒井哲郎月岡芳年広重などの日本の版画などである。時に作品を掛け変えるが、全く飽きる事はなく、それらの美の結晶は制作者としての私を励まし、より高みへと誘なうように鼓舞してもくれる貴重な存在なのである。

 

私は美術家という作り手の側からの、それらはコレクションであるが、一方で、生涯を賭けて照準を絞るように集中的にコレクション収集を行っている人達がいる事を私は知っている。その人達は作品を作るのではなく、収集するという行為を貫ぬいて、その総体をもって自らの独自な肖像を立ち上げるという、強度にして冷静な熱狂に生きる人達である。「収集するという行為もまた創造行為である」という言葉があるが、それを身を持って実践している高い純度を持って生きている人達である。その代表的な一人に大湯祥蔵氏がいる。氏の存在を知るようになったのは、はたしていつ頃からであろうか。それが不思議と思い出せないでいる。既に初めからこの人を知っていたようにも思われる、寡黙にして内に熱狂を秘めた大湯氏は実に不思議な存在感を持った人である。

 

先日、機会があって氏のコレクションについて詳しく伺った事があった。荒川修作フォートリエタピエスメリヨン池田満寿夫ベルメール他・・・そのコレクションは既に800点以上を超えているというから、コレクターとしても稀な驚異的な数字である。そのコレクションの中では私の作品が最も多く、ゆうに100点以上は超えているという。

 

その大湯氏がこの度、私の作品のみを選んでコレクション展を開催するという。私の手元にはもはや残っていない初期の版画からオブジェの近作まで厳選されたおよそ30数点になるというが、どういう展示になるのか私には全く想像がつかないでいる。何故ならそれらは間違いなく私の作品でありながら、大湯氏独自の感性や美意識によって、時を経ての重なりを帯びたもう一つの何ものかに変容してもいるからである。私は作品を立ち上げた作者であるが、作品は、それをコレクションしている人が日々の観照を通して交感を交わして来た結果、云はばもう一人の作者が存在するという二重の相を奏でてもいるからである。個人的に云えば、失われた秘めた日記との私的な再会のようなものでもあるが、大湯氏、そして来場された人々にとっては、新たな発見がそこに息づいているに相違ない。このコレクション展は、その意味でも特別に希有な展覧会なのである。

 

 

 

【ア-トギャラリ-884】

『コレクタ-による北川健次展-まなざしの断片-「身体」「詩学」「記憶」』

5月11日(土)~5月19日(日) 〈定休-月〉

11時~6時 〈最終日は4時に閉廊〉

〒113-0033東京都文京区本郷3-4-3

ヒルズ884お茶の水ビル1F

TEL-03-5615-8843

 

 

 

 

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『断章・二つの展覧会を観て』

 

先ずは写真展から。…先日、東京国立近代美術館で開催中の『中平卓馬 火-氾濫』展(4月7日まで開催)を観に行った。会場の展示が、中平卓馬の作品世界の固有な鋭さを映すように工夫がされていて、その知的配慮とセンスの良さに先ず感心する。

 

 

 

…中平の写真作品は、我が国を代表する写真家の一人川田喜久治の写真が持つ作品世界と共に、不穏な気配、凶事の予感に充ちていて特に惹かれるものがある。しかし川田の作品が個々に時代性を孕みながらも、普遍性という先の時間にもその効力を十分に併せ持っているのに対し、中平のそれはあくまでも60年代のオブセッションの闇に、そのレンズの切っ先が、あたかも同士討ちのように突き刺さっている、そう私には見えたのであった。

 

中平の言葉「…写真は本来、無名な眼が世界からひきちぎった断片であるべきだ」と語っているが、この世界という言葉はこの場合、彼が生きた60年代のそれに錐を揉むような鋭い集中を見せている。…中平の写真には、まるで殺人犯が逃げる時に視えているような風景の映しといった感の脅えがあるという意味の事を、以前に写真評論家の飯沢耕太郎さんに雑談の折りに話した事があったが、その特異なものが何から由来したものなのかを見つけ出す事が、今回、展覧会を訪れた主たる目的であった。…………広い会場の中で寺山修司と組んだ連載の雑誌が幾つか展示されていたのを見た瞬間、「これだ!」と閃くものがあった。…寺山の特異な言語空間(文体)を視覚化すれば、それはそのまま中平のそれと重なって来る。…もう一度、私は「これだ!」と思うものがあった。…寺山の文章が持っている固有な犯意性(犯人は本能的に北へと逃げる-北帰行の心理)とそれが重なったのである。……もう1つ思った事は、川田喜久治の作品各々が一点自立性を持っているのに対し、中平のそれは、引きちぎったメモの切れ端のように見えた事であった。…正に先に書いた中平の言葉そのものを映すように。……

 

 

先日の29日に、ア-ティゾン美術館で開催する展覧会『ブランク-シ/本質を象る』展の内覧会に行く。会の開始は3時からであるが、夕方に用事があるので午後の早い内に美術館に入った。取材中のプレス関係の人が沢山いたが、会場が広いので作品に集中して観る事が出来た。…先の近代美術館の展示と同じく、実に展示に配慮が行き届いていて感心する。展覧会への気合が伝わって来るというものである。…作品の高さ、そして最も大事な照明の具合。その配置。その何れもが作品各々に与えているのは、美というものが放つ超然とした品格である。

 

……周知のようにブランク-シは、ロダンから弟子になる事を求められたが拒絶した。ここに近代とそれ以前との明らかな分断がある事を彼の表現者としての本能が直観したのである。その独歩への意志と矜持と自己分析力が、彼をして時代を画するモダニズムの高みへと押し上げた。…そして、彼の作品の本質が意味するものを見極めていたのはマルセル・デュシャンである。その関係の豊かな物語りが、或る一角の展示の妙に現れていて、いろいろと再確認する機会ともなったのであった。

 

…内覧会の特典は展覧会の図録が付いて来る事であるが、今回の図録は読み応えのある内容で実に面白く、私は帰宅してから一気に読み終えてしまった。この図録はブランク-シについて考える時に今後の一級の資料ともなるに違いない。………中平卓馬の展示では、表現者として写真にも挑んでいる私にいろいろと考える機会を与えてくれ、またこのブランク-シ展では、今、正に制作中の鉄の作品、そして今、構想中の石の作品への善き刺激となる揺さぶりを与えてくれたのであった。…質の高い展覧会を折に触れて観る事は大事な事である。…中平卓馬展は今月の7日迄開催。…そして、このブランク-シ展は始まったばかりで7月7日迄の開催である。

 

 

…最近は制作に入り込んでいるので、なかなか出掛ける事は叶わないが、今、板橋区立美術館で4月14日迄開催している『シュルレアリスムと日本』展と半蔵門にある執行草舟コレクション/戸嶋靖昌記念館で4月30日から開催する予定の『砂の時間』展だけは、ぜひ観ておきたいと思っている。…………実は今回のブログでは、『一から三へと拡がっていく話』と題して昨今の事件騒動について書く予定であり、この展覧会の事はその序章のつもりで書き始めたのであるが、体力と字数がここで燃え尽きてしまったようである。…次回は、その事件の話から、優れた芸人だけが持っている性(さが)と、その狂気について具体的に書く予定。……その頃はさすがに桜も散っている頃か。ともかくも、…乞うご期待である。

 

 

 

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『日本橋高島屋にて個展開催中』

……今月11日から、日本橋高島屋本店6F・美術画廊Xで個展が始まった(30日まで開催)。東京で最も広い会場空間の中に新作オブジェ75点が一堂に展示され、連日たくさんの方が観に来られている。特に今回の出品作品は、作者の実感として、完成度の高い作品が揃ったように思われるが、私の作品を知る人達からも同じような感想が返って来ているので、今回の個展に強い手応えを覚えている。

……かねがね、私の作り出すオブジェ作品は、観る人の深い記憶を呼び起こし、想像力を揺さぶる〈装置〉だと考えているが、その想いを裏付けるような体験をこの春にしたので、ここにそれを書こう。

 

……このブログでも度々登場する、ダンスの勅使川原三郎氏から四年前に話があり、多摩美術大学の演劇舞踊デザイン学科の学生相手に特別講義なるものを時々している。私の講義は毎年『二次元における身体論』という題で、主に絵画、文学における修辞学(レトリック)とその動体性における関係を話している。今年の四月、三年生の学生とは初顔合わせなので、新作のオブジェを持って大学に行った。学生の中にはウクライナや中国からの留学生もいて、興味津々に私がオブジェを箱の中から出すのを待っている。……そして学生達に見せた瞬間、面白い反応が広がった。

 

……その時に見せた作品はパリのサンミッシェル通りの古写真に古い懐中時計の前と背面を構成したもの(画像掲載)であったが、ウクライナ、中国、……そして日本人の学生達から一斉に驚きの声が上がり、「自分の幼い頃の記憶が甦って来た!!」という感想が、学生達の間から沸き上がったのである。……自分の作品でありながら、この反応はやはり不思議なものである。……作品のイメ―ジを領しているのは正にパリのサンミッシェル通りなのであって、ウクライナや中国とはまるで違う。しかし、その作品の発する「気」から直感的に、各人がみな各々の自国での幼い頃の記憶が甦って来たというのである。私は以前から言っていた〈装置〉としての自作が、単なる想いではなく、実際に記憶を呼び起こす現象として、今、目の前で起きている事を目撃し、強い手応えと自信を実証的に持ったのであった。

 

……そして、この反応は、今、開催中の個展でも観に来られた人達から返って来ているのである。私はもはや美術の分野を越境して、自分が作り出すオブジェが、オブジェクトポエム、すなわち視覚を通して体感する詩の領域に在る事を、強い自信を持って実感しているのである。今月11日から30日まで開催される個展会期は、ようやく半周を少し過ぎた所に在り、未だ11日間が残っている。……来られた方と作品との不思議な出逢いのドラマが、まだまだ続くのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「哀しくて、やがて嬉しき神保町の巻」

……JRお茶の水駅から明治大学のある坂を下って行くと、世界最大の古書の街、神保町古本屋街である。その最初に在る古書店の名を「三茶書房」という。今もこの店の前に立つと来し方を思い出す。……昔、未だ美大の学生だった20才の頃、この店の二階にあるガラスケ―スの中に、版画家の池田満寿夫さんと、わが国を代表する詩人・西脇順三郎氏による詩と銅版画のオリジナル作品14点が入った詩画集『トラベラ―ズ・ジョイ』(特装本)を見つけたのである。〈その頃で定価は確か40万円前後であったか。〉興奮した私は「これを見せてくれませんか?」と言うと、年老いた店主が一言「駄目です、だってあなたには買えないでしょ!」との冷たい突き放し。……悔しかった、しかし「買えなくても、見せるくらいどうなんだ、次代の若者を育むのも、本屋の勤め、それが文化じゃないのか」と言いたかったが、言えなかった。……どうみても、長髪の着たきり雀の貧乏学生、口をつぐんで、私は店を出た。震える程に悔しかった。

 

……… しかし人生はわからない。それから僅か4年後に、私は池田満寿夫さんと出逢い、大学院を出てそのままプロの版画家としてスタ―トしていた。そんなある日、池田さんに人生初めてのエスカルゴを食べる体験とワインのご馳走をしてもらっていた時に、学生時代の三茶書房での悔しかった話をした。池田さんは笑って聞いていたが、数日後にニュ―ヨ―クへと戻って行った。……その数日後に私の当時の契約画廊であった番町画廊の青木宏さんから「画廊に来るように」との連絡が入り、私は銀座の画廊に行った。……そこで私が青木さんから渡されたのは、池田満寿夫さんから私への置き土産だという厚い紙包みであった。……開けてみるとあろう事か、件の『トラベラ―ズ・ジョイ』(特装本・しかも私への献呈署名入り)であった。……私は震えた。しかし今度は感謝の気持ちとしての嬉しい震えであった。

 

 

…………学生時代、店主に嫌な事を言われながらも、三茶書房はしかしめげずに度々行っていた。そのガラスケ―スの中に、今度は江戸川乱歩直筆の書、有名な言葉「うつし世はゆめ夜の夢こそまこと」(現世は夢、夜の夢こそ真実の意)が展示されていたからである。……乱歩の熱心な読者であった私は、またしても欲しくなった。しかし、その書はあまりにも高価であって、店主に訊けば、またあの言葉が返ってくるのは必至であった。

……そう、私は乱歩の熱心な読者であった。……そればかりか、ここに掲載した一時代を作った平凡社の月刊誌『太陽』の江戸川乱歩特集では、乱歩の代表作『押絵と旅する男』に絡めたエッセイも、編集部からの依頼を受けて執筆しているのである。……この企画では、久世光彦種村季弘谷川渥団鬼六荒俣宏石内都鹿島茂、更には俳優の佐野史郎など分野を超えて、執筆者各人を探偵に見立て、様々な視点から乱歩の多面体の謎に斬り込んでいてなかなか面白い企画であった。ちなみに私が書いたテ―マは「蜃気楼」であった。

 

……時が流れていった。……前々回(9月8日付け)のブログで、私は神保町の出版社.沖積舎の沖山隆久さんが李朝の掛軸展を開催中に会社に行き、沖山さんから李朝の掛軸を一点プレゼントされた話を書いた。その際にその展示の場所で、30年以上欲しくて探し続けていた月岡芳年の最高傑作と評される残酷絵『美男水滸傳』(今回、画像掲載)を偶然見つけ、沖山さんに私の旧作の版画一点との交換トレ―ドを申し出て快諾して頂き、念願が叶った話は書いた。(芳年は代表作の英名二十八衆句の内二点も持っている。)……以前にも書いたが、江戸川乱歩、三島由紀夫芥川龍之介谷崎潤一郎諸氏も芳年の作品の熱心な収集家であった。

 

……その沖山さんの出版社・沖積舎で、李朝の掛軸展の次に開催されたのは文人画の展覧会であった。泉鏡花.谷崎潤一郎.永井荷風.西脇順三郎.……等の書が展示されているというので、個展の出品作品の制作の合間を見て、神保町へと赴いた。……沖積舎の中に入ると、西脇順三郎のというより、西脇以後の詩人達がいまだに超える事が出来ない美しい詩「天気」の「(覆された宝石)のような朝 何人か戸口にて誰かとささやく それは神の生誕の日」の直筆の原稿が表装されていて私の眼をとらえた。

 

 

……しかし、その奥に入って私は我が目を疑った。……あの学生時代以来、ずっと意識し続けていた江戸川乱歩の件の書「うつし世はゆめ……」が奥の方で泉鏡花、谷崎潤一郎の書と並んで静かに展示されていたのであった。

「沖山さん、沖山さん、……!!」と言ってから、私は前回に芳年を入手して直ぐにというのに、またしても旧作の版画との交換トレ―ドを申し出てしまったのであった。……しかし、さすがに今回は沖山さんも難色を示され、私は冷静になり、自分が無理を言っている事を自覚した。……しかも、その乱歩の書はあまりにも高価であり、もうなかなか出ない貴重な書なのである。「さすがに私は無理を言っていますね」と言って、しばらく話をしてアトリエへと戻った。……その日の夕方、作品の仕上げをしていると突然、電話が鳴った。出ると沖山さんからであった。「北川さん、先ほどの乱歩の書の話、OKですよ!」。……私は声高く御礼を伝え、翌日の昼すぎには、長年熱望していた江戸川乱歩の書「うつし世は夢 夜の夢こそまこと」がしっかりとアトリエの壁面に掛かっているのであった。

 

……月岡芳年の絵もさりながら、思い返せば、あの学生時代に、三茶書房のガラスケ―スの中で展示されていて熱い眼差しを注いでいた、池田満寿夫さん、西脇順三郎氏の詩画集『トラベラ―ズ・ジョイ』と、江戸川乱歩の書のいずれもが私のもとに在る事の不思議。……そして私は今にしてふと想うのである。これはまるで芝居のラストの大団円のようではないかと……。つまり、人生の終章に今、……いやいやまさか……と、私は揺れているのである。

 

……さて、今月11日から30日まで、東京日本橋・高島屋6Fの美術画廊Xで個展『幻の廻廊 Saint-Michelの幾何学の夜に』がいよいよ始まる。作品が完成してリストを見ていてつくづく思うのだが、不思議と作って来たという実感がないのである。私は作品を作るというよりも、閃きが先ずあり、啓示のようにしてなにものかの力が私と平行して共に作品が次第に立ち上がって来るのである。……この傾向は年々強くなり、次々とイメ―ジが前方あるいは背後から押し寄せて来て、作品が形を成していくのである。……豪奢、静謐、逸樂、……そして豊かな詩情とノスタルジア。更には実験性と完成度の高さとのスリリングな共存。

 

……今回の個展案内状を受け取った何人かの方から、今回の個展の今までにも増して質の高い予感を指摘された。それは個展を前にしての嬉しい手応えである。……10日は展示、そして11日が個展の初日。……次第に緊張が高まって来ているのである。

 

 

個展『幻の廻廊 Saint-Michelの幾何学の夜に』

 

 

 

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『近況―春から続く展覧会の中で……』

4月24日にアップしたブログで、詩人の高柳誠氏からは新刊の詩集が、そして同じく詩人の野村喜和夫氏からは対談集(私との対談も所収)が送られて来た事はご紹介したが、先日は、いまパリに滞在中の歌人の水原紫苑さんが1月の2冊同時刊行に続いて歌集『快楽』を、そして美学の谷川渥氏が『三島由紀夫/薔薇のバロキスム』を、ちくま学芸文庫から刊行し、先日、西麻布でその刊行記念講演が開催され、私も出席した。

 

……ことほどさように、我が文芸の友人諸氏は健筆を振るってますます盛んに表現領域の開拓に意欲的であるが、……ふとその眼差しを美術の分野に転じれば、私と同じ頃に登場した版画家や画家はことごとく、その存在が薄墨のように目立たなくなってしまって既に久しい。全く発表しなくなったか、発表しても、小林旭のヒット曲「昔の名前で出ています」ではないが、同じパタ―ンの繰返し、或いは旧作を弄くっているだけで、その作家における「現在」が無い。特に版画の分野はそのほとんどが死に体のごとく、沈んだ沼の底のごとくである。しかし、その理由は判然としている。未開の版画にしか出来ない表現というのが実は多々ある筈なのに、既存の版画概念の範疇内で作り、複眼性、客観性を欠いた、つまりは批評眼が全く欠けている事に気づいていないのである。

 

「私は版画家だけにはなりたくない」と日記に記したパウル・クレ―の、その文章の強い意思の箇所に、銅版画を作り始めたその初期に鉛筆で線を強く引いた事を私は今、思い出している。…………私は、美術の分野では15年前に、自分が銅版画でやるべき事は全て作り終えたという発展的な決断の元、次はオブジェ制作に専念すべく意識を切り替え、既に1000点以上のオブジェを作り、文芸の分野では、詩作や美術論考の執筆をやら、そして写真も……と、分野を越境して制作しているので、その比較が俯瞰的にありありと見えてしまうのである。

 

私個人の展覧会に話を移せば、4月は1ヶ月間にわたって個展を福井で開催し、5月24日から6月12日迄は西千葉の山口画廊で個展『Genovaに直線が引かれる前に』を開催。……そして今月の10日から24日迄、日本橋の不忍画廊が企画した『SECRET』と題したグル―プ展で、池田満寿夫さん他6名の作家の作品と共に、私のオブジェや版画が多数出品されている。本展では、私のオブジェの中では大作と云える、イギリス・ビクトリア期の大きな古い時計を真っ二つに切断したオブジェ(画像掲載)や、銅版画『回廊にて―Boy with a goose』(画像掲載)も出品しているので、是非ご覧頂きたい。また詩も作品に併せて各々に書いているので、こちらもお読み頂ければ有り難い。……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、10月11日から10月30日迄の3週間にわたって、日本橋高島屋の美術画廊Xで個展を開催する予定で、現在アトリエにこもって制作が続いている日々である。その間にも充電と称して、ブログに度々登場する、不穏な怪しい場所、ミステリアスな場所へと探訪する日々が続いている。……こちらもまた追ってブログで書いて登場する予定であるので、乞うご期待である。

 

 

……さしあたっては湿気の多い病める梅雨なので、いっそそれに相応しい阿部定事件のあった荒川区尾久の現場跡にでも行ってみようかと思っている、最近の私なのである。

 

 

 

 

 

 

 

不忍画廊『SECRET』展

会期: 6月10日~24日 (休廊日:月曜・火曜)

時間:12時~18時

東京都中央区日本橋3丁目8―6 第二中央ビル4F

TEL03―3271―3810

東京メトロ銀座線・東西線・都営浅草線「日本橋駅」B1出口より徒歩1分

東京メトロ半蔵門線「三越前駅」B6出口より徒歩6分

http: //www.shinobazu.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『個展、最終週に入る』

10月19日から始まった今回の個展も、11月7日(月曜)迄の、いよいよ最終の週に入った。……毎日、個展会場である日本橋高島屋の美術画廊Xに出ているが、私の作品を愛してくれる熱心なコレクタ―の人達、親しい友人、……そして新しく出逢えた縁ある人達が次々と来られ、貴重な日々が続いている。

 

昨日は夕方から俳人の馬場駿吉さん(元・名古屋ボストン美術館館長)が名古屋から来られ、ヴェネツィアのお話しなどがたくさん話題に上った。馬場さんは瀧口修造さん、加納光於さんをはじめとして50年代後半からの美術界を知る最も重要な目撃者、証人でもあり、ヴェネツィアを主題にした馬場さんの句集『海馬の夢』などで、私はヴィジュアルで加わったりもして、最も永いお付き合いをさせて頂いている先達の方である。……私の交流は美術よりもむしろ文藝や他の分野の方が多いので、今回もその方面の方が特に目立つ。今回の個展は、今までで最も完成度の高い作品が一堂に揃っているという評価を多くの方がされており、作品をコレクションされる方は、どの作品に決めるかの自問自答を永い時間をかけて考えておられ、正に個展会場が真剣勝負の場所になっている。

 

画廊を一周して即断で決める方、2時間くらいじっくり熟考される方、数日考えて決める方、……「コレクションという行為もまた創造行為である」という言葉があるが、その現場の真剣勝負を私は毎日、作者として視ているのであり、作り手として最も手応えを覚える場面でもある。(……先日、30代の男性の方であるが、画廊に午前早くに来られて作品と出逢い、昼食でいったん画廊を離れてからまた戻って来られ、実に6時間という熟考の後で作品を2点購入された方がいるが、この方が最長記録かと思う。昔、私はスペインのプラド美術館でゴヤを、そしてオランダでフェルメ―ルを長時間観続けた事があったが、この男性の方には脱帽する。) ただ、作品は版画と違いオリジナルが一点しかこの世に存在しないので、迷って決まらず、いったん帰られた方と入れ違いに、その作品と本当に縁のあった方が来られて決める場面が度々あり、数日考えてからコレクションを決めた方が再び画廊に来られた時に、作品が既に他の方のコレクションになっているのを知って落胆されるという場面が、今回も数回あるが、それは仕方がない事かと思う。作品もまた、真に作品を永く愛してくれる「その人」の到来を待っているのである。

 

……作品を選ばれる方は、今回は大学生の方から八十代の方までとやはり幅が広い。世代を問わず、各々の作品の中から自在にイメ―ジを紡いでおられるのであろう。或る女性の詩人の方は『Cadaquesの眠る少年』というタイトルのオブジェ作品を選ばれたが、この一点で新しい詩の世界が一気に拡がり、数点の詩が書き下ろせると喜んでおられた。その詩が出来上がるのが私も楽しみである。…………かくして今回の個展でも、多くの作品がわがアトリエから旅立って行き、作品との永い対話を交わしていく人達が、各々の作品から様々なイメ―ジを紡いでいく、次なるもう一人の作者になっていくのであろう。(……話は少し変わるが、前回のブログで第二詩集刊行予定の事を書いた事で私の詩集の存在を知った方から、私の第一詩集について詳しく知りたいという問い合わせを画廊に来られて訊かれる事があるので、このサイトの別な所に詳しく書いてある事を申し添えておこう。……今も詩集購読の申し込みがアトリエに届き、第一詩集も根強い人気が続いているのは作者として嬉しい事である。)

 

 

……さて、今回の個展、いよいよ最終週に入った。天候に恵まれ、懸念していた台風も去った。……残る七日間、また不思議なご縁のある方との出逢いや、親しい人達との再会が待っているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『美の速度』

……2週間ばかり前の事であるが、アトリエの前の桜の樹の上で蝉が鳴いていた。まさかの空耳かと思い外に出て樹上を仰ぐと、高みの色づいた葉群のところで確かに蝉が見えた。雌の蝉も仲間も死に絶え、蝉はたいそう寂しそうであった。……また先日は、上野公園のソメイヨシノが狂い咲き、観光客が不気味がっている光景を報道で観た。……明らかに狂っている。ここ数年来、加速的に世界の全てが異常の様を呈して来て、底無しの奈落へと堕ちていく観が見えて来るようである。若者達は灰色の閉塞感の中に在り、AIだけが先へと向かって優位の様を見せている。若者達は便利極まるスマホに追随し、自らの脳に知の刺激を入れて高めようという気概は失せ、皆が不気味なまでに同じ顔になっている。……薄く、あくまでも軽く。……

 

芸術は、人間が人間で在る事の意味や尊厳を示す最期の砦であるが、昨今は、芸術、美という言葉に拘る表現者も少なくなり、ア―トという雲のように軽く薄い言葉が往来を歩いている。元来、美は、そして芸術は強度なものであり、人がそれと対峙する時の頑強な観照として、私達の心奥に突き刺さって来る存在でなくてはならない、というのは私の強固な考えであり、この考えに揺らぎはない。……だから、私の眼差しは近代前の名作に自ずと向かい、その中から美の雫、エッセンスを吸いとろうと眼を光らせている。……美は、視覚を通して私達の精神を揺さぶって来る劇薬のようなものであると私は思っている。

 

 

 

 

 

……さて、いま日本橋高島屋の美術画廊Xで開催中の個展であるが、ようやく1週間が過ぎ、会期終了の11月7日まで、まだ12日が残っている。

 

今回発表している73点の新作は、ほぼ5ケ月で全ての完成を見た。換算すると150日で73点となり、約2日でオブジェ1作を作り終えた計算になる。頭で考えながら作るのではなく、直感、直感のインスピレ―ションの綱渡りで、ポエジ―の深みを瞬時に刈り込んでいくのである。……この話を個展会場で話すと、人はその速さと集中力に驚くが、まだまだ先達にはもっと速い人がいる。

 

例えばゴッホは2日に1点の速度で油彩画を描き、私が最も好きな画家の佐伯祐三は1日で2点を描き、卓上の蟹を画いた小品の名作は30分で描いたという。またル―ヴル美術館に展示されているフラゴナ―ルの肖像画は2時間で完成したという伝説が残っている。……話を美術から転じれば、宮沢賢治は1晩で原稿250枚を書き、ランボ―モ―ツァルトの速さは周知の通り。先日、画廊で出版社の編集者の人と、次の第二詩集について打ち合わせをしたが、私の詩を書く速度も速く、編集者の人に個展の後、1ケ月で全部仕上げますと宣言した。ただし、ゴッホ、佐伯祐三、宮沢賢治……皆さんその死が壮絶であったことは周知の通り。私にこの先どんな運命が待ち受けているのか愉しみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

……ダンスの勅使川原三郎さんと話をしていた時に、私の制作の速度を訊かれた事があった。私は「あみだクジの中を、時速300kmの速さで車を運転している感じ」と話すと、勅使川原さんは「あっ、わかるわかる!!」と即座に了解した。この稀人の感性の速度もまたそうである事を知っている私は、「確かに伝わった」事を直感した。この人はまたダンス制作の間に日々たくさんのドゥロ―イングを描くが、先日の『日曜美術館』でその素描をしている場面を観たが、もはや憑依、自動記述のように速いのを観て、非常に面白かった。以前に池田満寿夫さんは私を評して「異常な集中力」と語ったが、かく言う池田さん自身も、版画史に遺る名作『スフィンクスシリ―ズ』の7点の連作を僅か3週間で完成しているから面白い。

 

 

……私が今回の個展で発表している73点の新作のオブジェ。不思議な感覚であるが、作っていた時の記憶が全く無いのである。7月の終わりになって完成した作品を数えたら73点になっていた、という感じである。……また、夢はもう1つの覚醒でもあるのか、こんな事があった。……夕方、作品を作っていて、どうしても最後の詰めが出来ないまま、その部分を空白に空けたまま眠った事があった。……すると明け方、半覚醒の時の朧な感覚の中で、作品の空白だった部分に小さな時計の歯車が詰められていて、作品が完璧な形となって出来上がっているのであった。(……あぁ、この歯車は確かに何処かの引き出しの中に仕舞ってあったなぁ……)と想いながら目覚め、朝、アトリエに行った。しかし、なかなかその歯車が簡単には見つからない。様々な歯車があって、みな形状が違うのである。アトリエに在る沢山の引き出しの中を探して、ようやく、その夢に出てきたのと同じ歯車を引き出しの奥で見つけ出し、取り出して空いた箇所に入れて固定すると、作品は夢に出てきた形の完璧なものとして完成を見たのであった。

 

……また、夢の目覚めの朧な時に、10行くらいの短い詩であるが、完全な完成形となって、その詩が出来上がっていた時があった。……私は目覚めた後に、夢見の時に出来上がっていたその詩の言葉の連なりを覚えているままに書き写すと、それは1篇の完成形を帯びた詩となって出来上がったのである。…………たぶん夢の中で、交感神経か何かが入れ代わった事で、作りたいと思っている、もう一人の私が目覚めて、夢の中で創るという作業を無意識の内にしているのであろうか。……とまれ、眠りから目覚めのあわいの時間帯に、オブジェが出来上っている、或いは言葉が出来上がっている……という経験は度々あるのである。………

 

私が自分に課しているのは、1点づつ必ず完成度の高みを入れるという事であるが、今回の個展に来られた方の多くが、作品の完成度の高さを評価しているので、先ずは達成したという確かな手応えはある。……今回の作品もまた多くの方のコレクションに入っていくのであろう。私は作品を立ち上げた作者であるが、それをコレクションされて、自室で作品と、これからの永い対話を交わしていくその人達が、各々の作品の、もう1人の作者になっていくのである。……個展はまだ始まったばかりであり、これから、沢山の人達との出会いや嬉しい再会が待っているのである。

 

 

 

 

 

 

 

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個展「射影幾何学―wk.Burtonの十二階の螺旋」、……始まる。』

10月19日(水)から11月7日(月)迄の3週間、東京日本橋・高島屋本店6階の美術画廊Xで、新作オブジェ73点を一堂に発表する個展『射影幾何学―wk.Burtonの十二階の螺旋』がいよいよ始まる。……今年の3月から集中的に制作して来た成果が、世に問われるのである。……個展案内状は私と画廊から、コレクタ―の人達を中心に既に送られており、受け取った人達から案内状に掲載されている作品についての問い合わせが、早くも画廊に届いているようである。18日が作品の展示作業であるが、オブジェは版画と違い、全て一点しか存在しないので、気に入った作品との出会いを求めて、展示作業時に早くも画廊に来られる方がおられるのが最近の傾向である。

 

今回のブログでは、その作品中から八点ばかりを取り上げて掲載する事にしよう。…………しかし、やはり作品は各々のオリジナルが持っているマチエ―ルを通して、そのアニマを実際に享受して頂くのが一番醍醐味があるので、ぜひ会場に来られて作品を直で体験して頂きたいと思う。……一点、一点が各々に全く違うイメ―ジで、これが73点、関東では最も広い画廊空間に並ぶのである。……不思議な感覚であるが、作品もいよいよ緊張するのか、画廊に展示された瞬間から急にその息をはっきりと呼吸し始める。そして、静かなその息が全体に拡がって、画廊空間にえも言われぬ緊張感を漂わせ、それが現実を凌ぐ虚構の華となって輪舞を開始するのである。

 

 

「Jeanne-Marieの七つのリング」

 

 

「左を向いたVirginia Woolfの肖像」

 

 

「Opera Garnierの盗まれた時間」

 

 

「Anna Pavlovaの肖像Ⅰ」

 

 

「Nijinsky―頭文字「N」のある肖像」

 

 

「Veneziaの視えない扇」

 

 

「水晶譚―分割されたNijinskyの肖像」

 

 

「SCHONBRUNNの停止する時間」

 

 

 

…………かつて、1890年から1923年の33年間、この世に、えも言われぬ不思議な引力を持った十二階から成る高塔が建っていた。……あたかもそれは究極にして完璧なる一つの巨大なオブジェのようであった。……その妖かしの塔は、数多くの文学者や詩人達の想像力を刺激して、数多くの名作が生まれていった。……そして或る日、それは夢の中に視る逃げ水のように倒壊し、忽然と消えていった。

 

この十二階の塔の設計者の名はwk.Burton(ウィリアム.k.バルトン)。今回の個展のタイトルに登場する実在した人物である。バルトンは、シャ―ロック・ホ―ムズの著者として知られるコナン・ドイルと幼児期から親交が深く、ドイルは彼に『ガ―ドルスト―ン商会』という一篇の謎めいた小説を献呈している。…………この十二階の高塔への私の思い(執着)は、時々このブログでも書いているが異常なまでに強く、それを特集した本にも、その熱い思いを記している程である。云わばこの高塔は、私自身の存在と重なった分身、或いは自身の映し姿のようにも思われてならないのである。

 

 

……ともあれ、私は今回の個展に際し、とっておきの禁忌領域を遂に登場させる事にした。……その十二階の高塔の螺旋階段をもの凄い速度で駆け上がった時に垣間見た様々な幻視(73の場面から成る様々な無言劇、或いは寸秒夢)を透かし視て、各々の作品の中に封印したのである。……………………

 

 

 

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『梅雨入り前の良き日に記す事』

前回のブログでご紹介した千葉の山口画廊での個展『二十の謎―レディ・エリオットの20のオブジェ』が好評の中、6月13日(月)まで開催されている。私は初日にお伺いしたが、画廊に入るや、画廊のオ―ナ―の山口雄一郎さんによって構成された展示空間の緊張感漂う気配が直に伝わって来て思わず唸ってしまった。……作品の展示の高さ、作品の構成、照明、タイトルを書いたキャプションの作りの巧さ。……いずれをとっても神経の細やかさ、美意識が作品と共鳴し、自分の作品でありながら思わず見入ってしまったのであった。私には珍しい事である。

 

 

 

 

 

 

……画廊にいると、次々と来廊者が来られる。千葉での個展は初めてであるが、皆さん、山口さんとは旧知であることが伝わって来て、たちまち今回の個展に私は手応えを覚えたのであった。机の上を見るとプリントがある。手にとって読むと、それは前回の『画廊通信』とはまた別に山口さんが書かれた拙作についてのテクストであった。山口さんが本展に懐いている熱意が伝わって来て嬉しかった。全文が一気に書かれたと思われる、私の作品の核に言及した文章なので、今回のブログでご紹介しよう。

 

 

《北川 健次   Kitagawa Kenji 》

 

黒く塗られた密やかな箱の中で、絢爛と醸成される幻惑の浪漫、それは不穏に謎めくようなアトモスフィアをまといつつ、ミステリアスな異界を現出させる。鋭利な詩的直感をもとに、解体された無数のエレメントを再構成して創り出された、多様なイメージの錯綜する別次元の時空。このガラス越しに浮かび上がる鮮明な異境を見る時、私達はいつしか非日常の境界に、条理を超えて燦爛たる闇を彩なす、見も知らぬ魔術の領域へと踏み入るだろう。見る者を妖しく誘なって已まない、類例なき「装置」としてのオブジェ、それは巧みに添えられたタイトル=詩的言語のもたらす不可思議の暗示と相俟って、濃厚な意味を帯びつつも決して解き得ない謎を生起する。

 

北川健次──駒井哲郎に銅版画を学び、棟方志功・池田満寿夫の強い推薦で活動を開始、フォトグラビュールを駆使した斬新な腐蝕銅版で、版画界に比類のない足跡を刻む。以降、その卓越した銅版表現を起点に、コラージュへ、オブジェへ、写真制作へ、更には詩作や美術評論へと、ボーダーを超えた自在な表現を展開しつつ、留まる事を知らない意欲的な活動を続けて現在に到る。その極めてユニークな制作は、ジム・ダインやクリスト等の著名な美術家にも賞讃され、アルチュール・ランボー・ ミュージアムやパリ市立歴史図書館等からも出品依頼を受けるなど、名実共に国際的な評価を獲得して来たが、 実は多彩な変容を見せる表現活動の根幹は、或る揺るぎない方法論に貫かれている。

 

コラージュ──前世紀の大戦間にエルンストの「コラージュ・ロマン」という言葉から始まったこの手法は、以降様々な派生形を生みながら、現代技法として定着するに到っているが、その原義を最も正統に継承する者として、のみならずその可能性を極限まで拓きゆく者として、北川健次という存在は他の追随を許さない。コラージュ・ロマンというエルンストの命名は、今や北川芸術の表徴として甦るのである。

山口雄一郎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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