本屋に行くと、その度に平台の上の新刊本が次々と入れ変わっている。もの凄いエネルギーで、日々、知の産物が本屋に届くのである。そして読者の心を掴まなかった本は数日で返本となり、絶版となっていく。はたして、一年間にどれくらいの数の本が世に出てくるのであろうか。ふと気になって或る婦人雑誌の編集者に年間出版点数を聞いてみると、約8万点という数字が返って来た。日々に換算すると、毎日200点以上もの新刊本が世に出ている事になる。その中に、今年の七月に刊行した拙著も入っているのである。
先日、その拙著『美の侵犯 — 蕪村Ⅹ西洋美術 』を刊行した求龍堂の担当編集者から嬉しいニュースが飛び込んで来た。日本の出版界の情報をつぶさに記している『週間読書人』の年末の特集〈2014年の収穫 ― 40人へのアンケート〉で、拙著が年間ベスト3の中に選ばれたという朗報である。拙著の推薦者は、文芸評論家で俳人でもある齋藤慎爾氏。書評家としても知られる慧眼の人である。齋藤氏は書評の中で「・・・蕪村VS西洋美術 を『美の侵犯』が到達したレベルで他の誰が為しえよう。蕪村研究のオーソリティ、美術評論家が束になってかかっても恐らく敗退せざるをえないほど、見事な達成、収穫となって差し出された」と評し、最後に「澁澤龍彦や久世光彦が狂喜するような博覧強記、絢爛の美学。」という言葉で締めくくっている。まぁ、博覧強記というのは氏の買いかぶりだと思うが、絢爛の美学という評価は素直に受け入れたいと思う。私は執筆中に、自らの感性の飛躍の様を美しい日本語で刻印していくという難題をいつも自分に課していたからである。三島・澁澤が書いた美術評論を除けば、数多くいる自称美術評論家たちが記す文章の様は、読むに耐えないものがあるが、彼らに向けるその疑問・批判の刃の切っ先を、私は常に最後には自分に向けていたのである。
年末に届いたこの嬉しいニュースに加えて、もう一つ嬉しい話が入って来た。この本を刊行した求龍堂が、続いて私の作品集を特装本と共に刊行したいという企画を立ち上げて来たのである。早々と第一回目の打合せは終わり、年明けからは、私の作品 ― 銅版画・オブジェ・コラージュ・写真の今迄に撮った膨大な作品画像の中から厳選して絞っていく作業が待っている。そして、その中に、私は新たに書いた詩も入れてみようかと思っている。どのような本になっていくかは未だ青写真の段階であるが、ともかく、私が存在した事を刻んだ証しとしての美しい造本にしたいという想いだけは、そのイメージの核にある。
以前のメッセージにも記したが、今年は本を刊行し、個展に出品する新作のコラージュを100点近く、そしてオブジェを30点以上作り、イタリアでは写真を800枚近く撮影した。さすがに疲れた今は深山の山猿のような気分で、ひなびた温泉にでも行って体を休めたい気分である。・・・ふと、乳頭温泉という名前が何故か浮かんだが、それが何県に在ったのかがわからない。わからないままに、今は唯々、魂が抜けたようにボーっとしている。来年もまた慌ただしくなるであろう。今しばらくはそれに備えての充電のような気分なのである。