吉例顔見世大歌舞伎

『必見「禅と美」展が素晴らしい!!』

①個展が終わり、11日は、戦場の後のようだったアトリエを一日かけて片づけた。室内が整理されて、まるで上野広小路のような広さへと一新した。新たな表現に向けての気持ちが自ずと高まって来る。12日は、勅使川原三郎、佐東利穂子、ハビエル・アラサウコ三氏による『素晴らしい日曜日』のダンス公演を観る。

 

13日は、松竹の関係者の方からご招待を頂き『吉例顔見世大歌舞伎』・夜の部『松浦の太鼓』他を観る。今回の座席は前から5列目、念願だった花道のすぐ真横である。間近に見上げて観る役者の顔の表情やその存在がありありと迫って来て、まるで喋る写楽の大首絵、或いは血まみれの芳年の残酷絵の生けるが如しの迫力があり、舞台という正面性を孕んだ平面的な虚構空間から、花道に入った瞬間、三次元に飛び出して来た、活人画のような不思議な生々しさを体感して一興である。

 

勅使川原氏の薄暗い舞台照明が放つ、限りない詩情性を孕んだ闇の透層……。一方の歌舞伎の過剰なまでに強い照明が放って綾なす原色のバロキスム!!……いずれも自分の作品展示の際の善き充電である。

 

 

②パリの出版社FVW・EDITION社から2007年に刊行されたアルチュ―ル・ランボ―の肖像を集めた美術作品のアンソロジ―集には、エルンストクレ―ピカソジャコメッテイミロ……等の作品と共に私のランボ―の肖像をモチ―フとした版画が二点掲載されている。

 

ジャコメッティ

 

 

エルンスト

 

 

クレー

 

 

 

企画編集したCLAUDE.JEANCOLAS氏はランボ―研究の第一人者であるが、その画集に書いた各美術家へのテクストの中で、私の作品について氏は以下のような出だしから始まるテクストを書いている。すなわち「長い間、詩人のランボ―を理解出来るのは我々西洋人だけだと思っていたが、北川健次のランボ―を表現した版画は見事にそれを覆した。」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は氏のテクストを読んで確かに強い手応えを覚えたが、同時に西洋人が抱いている東洋人へのそれまでの根強かった偏見が在った事を知って唖然とした記憶がある。この偏見を飛び越えて私の版画の秘めた髄に直で理解を示したのがジム・ダインであった事は思わぬ嬉しい体験であった。…………ランボ―を作品化する事はこの二点の版画で終わりと思っていたが、西洋人の偏見を更に払拭するに足る文句無しの強烈な作品を作りたいと思ったのは、或いはこの時の体験が導火線になっていたのかも知れないと今にして思う。

 

 

 

ジム・ダイン

 

 

③……今年の7月のある日、高島屋の個展に向けてオブジェを作っていた時、正にその作品の閃きが垂直的に下りて来た。……(天才詩人ランボ―の、十代半ばの未だ早熟過ぎる脳内を透かし視て、あの幻視を紡ぐ言葉の数々が発生した正にその瞬間を可視化した作品は出来ないだろうか!……それをオブジェという立体作品で!!)と正に啓示として、その閃きは直下的に下りて来たのであった。

 

……私はランボ―の仏語の原詩(『地獄の季節』『イリュミナシオン』各々)を黒字でガラスに刷り、それを砕いてアクリルの透明な箱に入れ、『〈地獄の季節〉―詩人アルチュ―ル・ランボ―の36の脳髄』、『〈イリュミナシオン〉―詩人アルチュル・ランボ―の36の脳髄』と題したオブジェ二点を一気に作り上げた。…………完成した作品を視て、私はこれらの作品に強い手応えを覚えたが、その反応を他者の眼を通して早く知りたくなった。……ならばランボ―を直感的に理解している人、執行草舟さんをおいて他にはいない。そう思って、個展の数日前の昼前に半蔵門に在る執行さんの会社『バイオテック』内の美術館「執行草舟コレクション・戸嶋靖昌記念館」の主席学芸員の安倍三崎さんを尋ね、ランボ―のオブジェ二点を預けて、執行さんの感想を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私はその後すぐアトリエに戻らねばならず、執行さんは毎夜徹夜で執筆した後に夕方から会社に来られるので、作品を預けるという形をとったのであった。……安倍さんからすぐに連絡が入り、ランボ―のオブジェを二点とも美術館のコレクションに入れたいという執行さんの批評兼答えが返って来た。……コレクションするという行為、何よりも作品に対する最大の評価が返って来たのであった。……よって個展が始まる前に例外的に購入が決まった為に、会期中に来られたたくさんのコレクタ―の方から残念がる声が返って来たが、今回は致し方のない事であった。

 

 

④執行草舟さんとの出会いは強烈なものであった。きっかけを作って頂いたのはNHKエデュケ―ショナルの山本修平さんであった。

山本さんが拙著『美の侵犯―蕪村×西洋美術』(求龍堂刊)の事を執行さんに話された事に依る。……あれは何年前の事であったか。……高島屋の個展会場に突然、正に突然来られた執行さんは、広い会場内に展示している75点以上の作品を張りつめた気配で順に観ながら、瞬間的にコレクションする作品を次々に決めていき、この時は15点くらいの作品を購入されたのであるが、それを全て決めるのに要した時間は僅かに1分!!。恐るべき直感力を持った人だと、私は一瞬で理解した。執行さんの中の美の絶対的なカノン、直観という羅針盤が既に確固として在り、それに激しく揺れた作品のみがコレクションされていくのである。若冠十代半ばにして三島由紀夫の知遇を得たという驚くべき逸話も氏の鋭い唯美的な感性を物語っていると思う。

 

…その後、私の作品は個展の度にコレクションされていき、今までで50点以上は執行草舟コレクション・戸嶋靖昌記念館に収蔵されているのであるが、執行さんが有している膨大なコレクション総数は既に三千点以上はあるという。……その中から禅の世界に結びついている作品を集めた展覧会『禅と美』スペインからのまなざし展(協力・臨済宗円覚寺、サラマンカ大学)が11月24日(金曜)まで、六本木一丁目の駐日スペイン大使館で開催中である。

 

……先日、私は会場を訪れ、見事な作品選択とその構成によって立ち上がって来る禅と美の融合を体感したのであった。……この展覧会は美の観賞という従来の対の関係の域を越えた、己自身との対話の場、すなわち「観照」の場で在るという事が、一線を画して他の美術展とは大いに異なる点であり、またそれ故の鋭い緊張に充ちた豊かな展覧会になっている。……この展覧会を記念して作られた図録の編纂も密度の濃い内容になっているので併せてお薦めする次第である。

また半蔵門の執行草舟さんの会社に在る「執行草舟コレクション・戸嶋靖昌記念館」では、主題を変えながら展覧会を開催しているので、そちらもぜひご覧になられる事をお薦めしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『禅と美―スペインからのまなざし』展

◾️会場・駐日スペイン大使館   (入場無料)

11月24日(金曜)まで

月~木 /10時~17時/金10時~16時/土10時~14時

日曜閉館  (11/23は開館・10時~17時)

東京都港区六本木一丁目3―29

(東京メトロ南北線 六本木一丁目駅・中央改札・徒歩3分)

 

◾️お問い合わせ先・戸嶋靖昌記念館事務局 03-3511-8162

 

 

 

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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