『コレクターと私との豊かなる関係』

銀座の画廊・中長小西での個展が盛況のうちに終った。出品していたオブジェが全て完売し、コラージュも、その多くがコレクターの方々のコレクションになっていった。前回のメッセージでも書いたが、作者である私にとっても制作後にすぐに個展となったために、会期中のみの作品との対話であり、早々とした別れとなってしまった。しかし、それで良いのである。

 

今回の個展でも、今まで存じ上げなかった(以前からの私の作品の熱心なコレクターの)方々とも知り合う機会が多くあった。そしてつくづく実感する事は、私のコレクターの方々は、一部で流行のサブカルや浅薄な作品に全く見向きもしない、骨太の、さらに言えば一流の眼識を持った人達であるという事である。「コレクションするという行為もまた、創造行為である。」という私の持論を裏付けるように、私の作品のコレクター諸氏は、馥郁とした豊かな想像力を各人が持っており、その強い眼差しを受けて、コレクションされた私の作品は生き続けていくのである。作家もそうであるように、コレクターにも一流から三流まで様々に存在する。これは間違いのない事である。そして20代から80代まで幅広い、強度な眼識を持ったコレクター層が広く存在しているという事が、私の大きな自信であり、またそれが強い支えでもあるのである。間違いなく、私のコレクターの方々の数は更に確実に増え続けている。

 

さて、個展が終った今、私の頭の中は、久しぶりのイタリアでの写真撮影の方へと切り変わっている。今、私は〈カメラ・オブスキュラ〉という、フェルメールが使った暗箱の原器のような物を作り、それを撮影に持っていこうとしている。この方法が上手くいけば、写真史に類例のない試みと成果が成されるであろう。写真家が束になっても出来ない斬新な切り口による表現、それを私は考えているのである。ミラノ・ジェノバ・ヴィチェンツァ・フィレンツェ・そして最後はローマ。旅は日常性を離れた感覚が立ち上がり、私は新たなるイメージの充電も計っている。

 

さて、私の本の出版は7月20日頃と決まったとの由。先日、画廊に来られた担当編集者の方から伺った。あと三編の執筆にも取り組まなければならない。オブジェやコラージュは〈暗示〉によるイメージの伝幡であるが、文章は真逆である。深い内容を、分かり易い言葉を持って確実に伝えねばならない。この事も含めて、旅行の前にもう一度、私はメッセージを書く事になるであろう。

 

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