『裂けた傷口の中から』

個展も会期が残り三分の一を残す事となったが、今回はいつにも増して来場者が多い。来られた方に伺ってみるとツイッターでの私の個展の感想を見て興味を持って見に来たとの由。若い方から年輩の方まで幅広い世代の方がじっくりと作品に見入ってくれている。さて先日は、熊本から、そして富山や福島などの遠方からも、私の作品を多く所有されているコレクターの方々が来られ、自らの眼力に叶う作品を、各々に求められていかれた。その選択眼には確かなものがあり、私を熱くしてくれるものがある。見事なものである。

 

先日は同じ日に、美術評論家の本江邦夫氏・高階秀爾氏・谷川渥氏・中村隆夫氏等が各々に来られ、谷川渥氏は拙作『ベルニーニの飛翔する官能』を購入された。草間彌生さん、加納光於さん等、多くの作家からテクストの御礼として作品をプレゼントされる事が多く、それだけで展覧会を開けるくらいの数があるらしいが、自らが購入するのは初めてとの由。その作品『ベルニーニの飛翔する官能』は、天才彫刻家ベルニーニへのオマージュも秘めた作品であり、この国の美学の第一人者である谷川氏ほど、その作品をコレクションされるにふさわしい人はいないように思われる。氏の書斎で、静かにその作品は生き続けていくのであろう。このように、作品とその人がピタリと合致するケースが多く、作品が幸福な形でコレクションされていっている。・・・もしかすると、作品の側も、〈その人〉が現れるのを静かにジッと待っているように思われる時がある。

 

私より年上の表現者で、私が尊敬し、かつ生きる上での範としている作家は、美術に限ってはもはや皆無である。美術を超えれば、写真家の川田喜久治氏の存在があるのみである。その川田氏が先日、画廊に来られ半年ぶりに近況を伺った。川田氏は今月の25日から2015年3月15日まで,ロンドンのテートモダンでの大きな写真展『Conflict,Time,Photography』への出品と、ロンドンでの個展、そしてボストン美術館での出品と多忙な日々を送られている。私もこれを機にロンドンを訪れ、彼の地での川田氏の写真を拝見したいと思っているのであるが、何とかタイミングを見つけたいものである。しかし、個展の後すぐに私は北海道教育大学(岩見沢)での集中講義の予定がすでに待っている。

 

個展会場にいると、自分の次なる可能性の〈胚種〉のようなものが少しずつ見えてくる。何かの瞬間に、傷口がパッと裂けるように、未だ形を成していない、新たなる自分の生々しい未生の姿をそこに見てハッとする事がある。個展が終了する10日まで、今しばらく自分との対話が続いていく。

 

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