『水原紫苑歌集 — 『客人』』

一年の内で、今頃が一番すごしやすい時期かと思う。未だ早い午前に、アトリエの庭に長椅子を出し、読書をするところから、最近の私の一日は始まる。個展が終わり、次なる着想を得るための、しかし、それは大切な時間である。最近読んだ本では、平凡社新書の『ジョルジョ・モランディ』(岡田温司著)が面白かった。モランディの作品に寄せる岡田氏の強い共鳴と、冷静な分析とのバランスが実に気持ちよく、また説得力があり、確かな歩調で、モランディ作品の核に迫っていく知的感興というものを私は味わった。モランディの作品が宿している光と時間の澱は、いかにもイタリア固有のそれであるが、確かなる物のみが孕んでいる「絶対性」を題材として、私たちはそこから「読むことのアニマ」の豊かさを体感するのである。

 

読むことのアニマ、 ― この切り口から強くお薦めしたい本が最近刊行された。わが国の短歌の第一人者である水原紫苑さんの歌集『客人(まらうど)』がそれである。個人的な話で恐縮であるが、その歌集の表紙を飾っているのは私の写真作品『Reims ― 薔薇の聖堂』である。そして帯文を執筆しているのは、詩人で作家の小池昌代さんの文 ― その幻視の世界の序をゆるやかに、見事に開いてみせた名文である。「水原紫苑は巨峰のような眼球を持った、あどけなく瑞々しく怖ろしい歌人である。一首を駆け上る幻想の肢体は、善悪をまたぎ越す強靭な肉をつけている。あまりに生々しく、手を伸ばせば触れそうだ。だが触ったら消えてしまうかもしれない。だからわたしもまた読むのでなく歌の向こう側を幻視する。・・・・(以下略)」

 

 

「プリンセスの車に遇ひし劇場よ心臓という赤き劇場」

「わらふ狂女わらはぬ狂女うつくしき滝の左右に髪濡るるかも」

「花神(フローラ)に扮したるサスキアの眉うすければ雷ちかからむ」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かくのごとき、眩いまでの毒と詩と魔と狂を孕んだ「美」なるものの幻視が、短歌という詩型の器の中で絢燗なまでに結晶化しているのである。この唯美な感性を持った稀人は、師の春日井建のその先にいる定家をも想わせてしまう、まぎれもない「本物」の歌人であろう。

 

私に本の表を飾る装画の依頼を水原さんと出版社から受けた時、迷わずに即決で選んだのが、ランスの聖堂を撮影した、この写真である。今までにも、久世光彦氏や須賀敦子さん等の本の表紙を私の写真で飾って来たが、今回の水原さんの歌集を担当するに当たり、先ず浮かんだのが、この歌集を総じて評するともいうべき「水晶伽藍」という言葉であった。だから私は、それに最も見合う作品をこの歌集に献じたのである。その写真の中心に金の箔押しで「客人」の文字が刻印されて、実に美しい結晶を成している。今日の美術や文学や音楽からは本物の「美」が消えて久しいが、その事を強く実感している方々には強くお薦めしたい歌集である。

 

 

水原紫苑歌集 ― 『客人』

沖積舎刊行

千代田区神田神保町2-10 TEL.03-6261-1312

 

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