『作品の行き先』

銀座の画廊香月での個展も後半に入ると、九州、四国、北海道などの遠方から遥々来られる方が増えてくる。そして、自らの肖像を直に映す鏡を選ぶかのようにして、感性に触れてくる作品が次々と選ばれていく。かくして作者である私は、その不思議な出会いと観照の場に立ち会っている存在として、コレクションの行方を見届けるのである。

 

しかし私が、この作品だけはどうしてもその人に持ってもらいたいと強く願った作品が、かつて二点だけあった。その一点の持ち主は、画廊主であるだけでなく、クレ-展や瀧口修造へのオマ-ジュ展など、美術館レベルを超える企画展を次々と実現して、現代の美術市場を高いレベルで牽引し、今では伝説的な存在として語られている佐谷画廊主の、故・佐谷和彦さんである。そして佐谷さんにこの作品をと強く願ったのが『エルエスコリアルの黒い形象』という横幅2メートルをゆうに越す大作のオブジェであった。個展初日、画廊が開いてすぐに佐谷さんは画廊に来られ、その作品を観るや即決で購入を決められた時には、私は本当に感動した。そして…何かその先に開けるものが待っているとも直感したのであった。−予感はすぐに形となった。国際的に評価の高い美術家のクリストが来日して打ち合わせの為に佐谷さん宅を訪れた際に、私のそのオブジェに目が止まり、〈この作者は誰なのか!?〉と鋭く質問し、絶賛していったのであった。クリストが帰った後すぐに佐谷さんから、その時のクリストの言葉を伝える興奮した電話が入り、私は強烈な自信と、ぶれないスタンスをその時に我が物としたのであった。 佐谷さんの広い書斎にはデュシャン、タピエス、瀧口修造、荒川修作、エルンスト…といった名品がずらりと並んでいるが、一目でクリストは私の作品に釘付けになったという。私の作品が、美術という狭いジャンルを越えて、他に類のない独自性を帯始めていくのは、正にその頃からである。

 

…そして二点目が、今回の個展に出品している『黒のオブジェ〈エリュア-ルの詩片のある〉』という作品である。この作品には視覚を通してしか表現出来ない、秘めた詩的実験というものが試みられており、制作途中から詩人の野村喜和夫さんに持ってもらいたいという想いが密かにあった。しかし、個展に出品している以上、何方が購入するかはわからない。コレクションは、先に購入を決めた方の権利である。…とはいえ、私の想いは妙に通じる事が多く、ぎゃらり-図南(富山)、そして会期が半ばを超えた画廊香月でも、その作品は人々の視線を掻い潜るかのようにして、ひたすら野村さんの到来を待ち続けていた。そして先日、野村さんが画廊に来られて、一目でその作品の購入を即決されたのであった。…思えば、なかなかに不思議な事ではある。

 

野村喜和夫さんは、詩の分野における賞をことごとく受賞している、名実共に現代詩の第一人者であるが、私との付き合いも古く、二人での共著も刊行されている。詩人のランボ-を主題とした私の版画から始まり、個展の度に必ず野村さんの目線に触れ得た作品を購入されており、今ではコレクションの数はかなりの数に達している。その野村さんは、今秋の開設を目指して今、広いご自宅を大々的に改装して、詩とダンスのスタジオ、そして、コレクションされている私の作品を全て展示する空間を作り、完成後には誰でも見られる一般公開に踏み切るという構想を打ち明けられた。…ゆくゆくは野村さんと私が組んだ、詩とオブジェを絡めた実験的な新作での試みもリアルタイムで展示していく予定である。…ともあれ、個展は広く開かれたものであるが、例外的に、この二点のようなコレクションのケ-スも私にはある。作品の行方、… そこには様々な人々との、不思議な交感の生きたドラマが潜んでいるのである。

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