この国の各分野には様々な賞があるが、わけても特異な意味合いを持っている賞と云えば、例えば詩の分野における「歴程賞」がそうであろうかと思われる。この賞は、詩誌『歴程』が島崎藤村を記念して創設された賞であるが、この文学賞の他と違う点は、受賞対象が詩人だけに限らず、その表現がポエジ―を中核としたものであるならば絵画、建築、音楽、映画……もその対象になるという点が特徴的であり、他に比べてある意味、純度が高いように思われる。……私がこの賞の存在を知ったのは、1984年にマッキンリ―で遭難した登山家の植村直巳さんに対して、生前の1975年に〈未知の世界の探求〉という受賞理由で歴程賞が贈られる事になった時に、なかなか理念の高い評価をする良い賞だと思った事が始まりであった。とは云っても、金子光晴・大岡信・吉岡実・高槁睦郎・吉増剛造……といったこの国の代表的な詩人諸氏の受賞者が名を連ねているが、それでも時として、1993年には画家の岡本太郎の全業績に対して歴程賞が贈られ、また宇宙飛行士で日本科学未来館館長の毛利衛さんが、日本宇宙フォ―ラム主任研究員の山中勉さんとの共同プロジェクトで行った「宇宙連詩」で、2011年に歴程特別賞を受賞するなど、選考基準は相変わらず開明的で幅が広く、なかなかに面白い。そして、その毛利衛さん達以来、7年ぶりとなる歴程特別賞が、先日開かれた選考会で、私が受賞する事が決まり、選考委員を代表して、詩人の野村喜和夫さんから審査経過と、私が賞を受けるか否かの確認も含めた連絡が入り、私は喜んで受諾する事にした。受賞理由は、私の表現者としての全業績に対してであるという。しかし、私はどんなに折々の作品が評価されたとしても、全て次なる作品の習作と切り換えて考えているので、全業績という言葉にピンと来ないのが、正直な実感である。……ただ最近の私は、もはや美術という狭い概念を離れて、ポエジ―を立ち上げる〈装置〉を作っているという強い想いを持って制作に臨んでいるので、ある意味、今までに受賞した美術の分野での賞より、遥かに手応えを感じているのは事実である。そして、更に突き進んで行こうとする気持ちに良い糧となった点では、今回の受賞は意義が深いと思っている。……私は油彩画に始まり、版画、オブジェ、コラ―ジュ、写真、美術評論と幅広く挑んでいるが、これを機に、かなり腰を据えて、詩作、そして一冊の言葉の磁場を秘めた不思議な『詩集』を刊行したいという想いが、ここに来て、かなり具体的な熱を帯びて来ているのである。
……さて、10月10日から日本橋の高島屋本店6階の美術画廊Xで始まる個展『吊り下げられた衣裳哲学』。制作は熱を帯びて次々に構想が膨らんで、遂に作品数が今までで最多となった。これからは、作品を額装したり、タイトルを付けていく次なる大事な作業へと今は移り始めている。……アトリエから会場の画廊へと移り、会期三週間という時間の中で、云わば虚構が現実を勝って展開する危うさの劇場がまもなく始まろうとしている。……重ねて乞うご期待という言葉を、ここに自信を持って申し上げる次第である。