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『実は、…私はよく知らないんですと、その男は言った!』

先日、知り合いの女性から(横浜の催場で、函館から来た画商という人が閉店セ-ルで3日間だけ西洋版画を商っていて、レンブラントの風景版画が45万円で売っているので、その版画を買おうかと思っているのですが、すみませんが、もし出来たら見に行ってもらえますか?催日は明後日迄です…)という連絡が入った。…打てば響くを信条としている私は、興味もあって直ぐ見に行った。…催場で一目見て思った。「こりゃあいけない、贋作だ!」と。…一見、誰もが知るレンブラントである。インクも強弱があるし、古色も帯びている。…しかし間違いなく贋作である、そう確信して見ていると、店の中から紳士然とした風格のある男が微笑を浮かべながら近づいて来て、こう言った。(このレンブラント、なかなかの掘り出し物だと思いますよ、如何ですか?)と。

 

…私は男に問うてみた。…(版画の左下にエディション(限定)番号48/100と書いてありますが、これは誰が書いたのですか?)と訊くと、男は平然と(レンブラントの当時の画商です)と答え、意味不明なまばたきを2回した。(……その時の心理を映すこの男の癖なのか?)………確かに画商の始まりはレンブラントが亡くなった頃のオランダを祖とする17世紀後半からであるが、しかし私はこう言った。(あれですよね。このエディションという制度は、確かピカソの画商だったヴォラ-ルあたりが始めた制度で、間違いなく20世紀初頭が始まりですよね)と。…一瞬、男の目が泳いだ。私は続けて(昔、オランダのレンブラントの家を美術館にした所で、本物の版画から撮影してカ-ボンティッシュというドイツの写真製版技法で完全に再現した版画を、確か1枚5000円くらいで売店で売っていて、私も数点買って持っていますよ!)と言うと、男は静かに(……実は私は、よく知らないんですよ)と言って、静かに店の奥へと消えていった。

 

………版画に古い年月を感じさせる古色であるが、以前に澁澤龍彦のエッセイを読んでいて感心した事があった。…それは浮世絵の贋作に古色をつけるテクニックであるが、何と、昔の汲み取り式トイレ、通称「ぼっとんトイレ」の真上の天井に吊るしておくと、自然な古色を次第に帯びてくるのだという。…しかも、年中湿気の多い北陸地方(おぉ私の故郷!)が、実にリアルな古色を出してくるのだという。…ここまで追究して贋作を作っている連中は、ある意味たいしたものだと、思ってしまう。

 

昔、ロンドンに住んでいた時に、テムズ川に架かるタワ-ブリッジ傍で朝早くから開催している骨董市(通称、泥棒市)に出掛けた事があった。…そして朝未だ来の薄暗い中で、手紙の束と一緒に在ったレンブラントの風景を画いた銅版画を4000円で入手した事があった。店主はレンブラントの事など知らないらしく(兄さん、これ昔のペン画だよ!)と言う。…後でサザビ-ズの知人に無料で鑑定してもらったら、初刷りの掘り出し物であり、今もアトリエの中に大切に仕舞ってある。

 

…日本の骨董市も玉石混交の現場である。…以前に三島由紀夫の直筆原稿という触れ込みで店頭にそれが堂々と出してあった。一目見て三島のあの流麗な筆致から遠い贋作であるが、先のレンブラントの時と同じくリアルさを出す為に、この時は編集者が書き直しで入れた朱の文字が何ヵ所かに入っていた。これで贋作者は墓穴を掘っているのであるが、知らない人は、その朱色に興奮してしまうのであろう。…断言するが、完璧な三島由紀夫の文章に、朱の文字で編集者が文字を入れる事などあり得ない。…その贋の原稿は確か28万円(考えぬかれた数字!)だったが、その次に来たら無かったので、どなたかが買ってしまったのであろう。(…合掌)  昨日画いたばかりの、色が綺麗な、しかし高価なアニメ-ションフィルムも要注意である。…店頭に出る事は稀であるが、フィルムの裏を見て、彩色された絵に亀裂が入っていないのはかなり怪しい。

 

 

ワンランク上になると高価な書画骨董の類である。人気のある西郷隆盛の書は、特に贋作が多い。…見分け方の一つであるが、西郷の癖でチョンと跳ねる箇所を、西郷は決まってボトンと野太く書く。しかし、そこが危ない。

…贋作者は、西郷のファンがそこを注視するのを熟知しているので、あえて目立つようにボットンと太い点を黒々と置く。こうなると、生半可な知識と悪知恵の化かし合いである。

 

 

……30年ばかり前の話であるが、パリで一番大きな骨董市で知られる「クリニャンク-ルの蚤の市」を歩いていた時の事。20世紀後半の代表的な美術家で、妖しい球体関節の人形の作者でも知られるハンス・ベルメ-ルの版画の明らかな贋作が、その日はやたらと随所の店で目立ち、不審に思った事があった。…しかも何より不可解なのは、そのサインが明らかに本物だったからである。…私のアトリエにもベルメ-ルの代表的な銅版画が何点か在るので、その特徴的なサインの筆跡は記憶に入っており、間違いのない本物のサインだと私は断定出来る確信があるのである。…贋の版画に記された、しかしサインだけは本物とは…?その正体や如何にである。

 

 

……こういう時には、パリの裏も表も熟知している友人の到津伸子女史に訊くにしくはない。彼女は30年以上パリに住み、様々な人物との交流が深い。…その日の夕刻にサンミッシェルのカフェに呼び出して、真相を知っているか?と訊いてみた。…彼女は即答で知っている!と答えた。…それかあらぬか、生前(晩年)のベルメ-ルの家も彼女は訪れていたのであった。

 

(まるで彼は逃亡者のように荒んでいたわ。麻薬の中毒で廃人に近くなっていた彼につけこんで、悪い画商がベルメ-ルの贋作を量産し、金と引き換えに、ベルメ-ルに本物のサインを書かせていたわけよ)。…なるほど、それで昼見た謎がたちまち解けたのであった。……その真相を知った後に感じたのは、しかし苦い感慨であった。…ベルメ-ルは好きな作家だっただけに、やりきれないものが残ったのであった。……………次回は、『人魂に魂を入れてしまった男の話』を書く予定です。乞うご期待。

 

 

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『日本…実は毎日が揺れている』

………ずいぶん前のブログでも書いた事があるが、私は2才の時に百日咳が悪化して危篤になった事に始まり、水死、…落下した鉄棒が頭を直撃して大量の出血、城の高い生垣からの墜落、ガス中毒、またブログではさすがに書けない事までも含めて、…つごう7回、死の間際まで行った事があった。

 

…また、これとは別に今まで3回、重度の食中毒にかかった事があった。…最初は19才の学生時、多摩美大の寮にいた時に、金がなく、寮の近くにあった八百屋が見切り品として箱ごと外に棄ててあった腐ったイチゴを持って来て、夜半に食べてから断末魔に苦しんだ事。…次は大井町駅前広場で車販売で売っていた、安すぎる、いやぁな赤い色をした毛蟹を食べて悪寒の後の失神。そして、猛暑の真夏日に食べた、時間が経ち過ぎたおにぎり……。3回もやれば懲り懲りする筈なのに、つい先日は悪い食べ合わせによる、激しい悪寒、嘔吐、下痢による衰弱で、数日前から無気力な倦怠感に襲われてしまった。作品制作はかなり集中力を使うので、この数日間は自主的に休んでいる。…せっかく入って来た歌舞伎座観劇のお誘いも断腸の思いで断ってしまった。

 

………しかし、今日は少し体調が戻ったので、新木場の倉庫に行き、以前から懇意にして頂いているアンティ-ク店「宮脇モダン」のオ-ナ-の宮脇誠さんに、オランダで入手したという、巨大な球体の硝子の中に水を入れてレンズと化した面白い骨董品を見せて頂いた。直径30センチ大の丸い硝子の球体の中に水を入れて、巨大な拡大レンズになるという代物である。……フェルメ-ルの時代以降、レ-スを編む人は、微細な部分をそこに拡大しながら映して仕上げ、…また蝋燭の火をその巨大な硝子の前に置けば、光が多角的に放射して室内を明るく照らすという、一種魔法のごとき代物である。…私は宮脇さんから話を伺っている内に、数作の新たな詩文がたちまち浮かんで来たのであった。

 

 

……この数年間は、コロナが私達の前にリアルな「死」の恐怖を突き付けていたが、それが薄れると、次は役者が変わったように地震の恐怖がそこに入れ換わっての登場とあいなった。……この度発生した巨大な能登半島地震は、それを予告するかのように、2018年頃から地震回数が目立って増加しはじめ、2023年には震度6強の地震が発生し、その時に能登半島の地殻構造の脆さは指摘されていた事は記憶に新しい。なので、想定外ではなく、やはり遂に来たか‼の感がある事は歪めない。

 

…ふと思いたって、幕末の安政の大地震から今回の地震までで、主要なものの大きさを順に整理してみた。……最大は①東日本大震災(マグニチュード9.0)→②関東大震災(マグニチュード7.9)→③能登半島地震(マグニチュード7.6)→④阪神淡路大震災(マグニチュード7.3)→⑤安政の大地震(マグニチュード6.9)…の順になった。震度はいずれもだいたい最大で7強で、震度における大差はない。……マグニチュードとは地震のエネルギー(規模)、震度とは地震の揺れの強弱で別物である。

 

……東京(江戸も含めて)の場合は、いつの場合も下町低地エリアの被害が甚大である。約半数ちかい死因が圧死で次が焼死。…圧死を避けるのに一番強く安全度が高い家の構造は、「かまぼこ型」である事を何かの本で読んだ事があった。かまぼこ型とは、かつての進駐軍の簡易兵舎や、倉庫を想像してもらえればわかりやすい。……日本は世界で最も地震が多い国であり、体感しない微弱を含めると、実は毎日この国の何処かで揺れているのである。その数、1年間で1000~2000回程度、つまり1日あたり3~6回。日本は毎日がバイブレーションの日々なのである。…その危険な実態を知ると、湾岸沿いに埋め立てたパサパサの盛り土の上に次々と建てられていく巨大な高層マンションの光景は、林立して立つもう一つの卒塔婆の群れか。高い階ほどステ-タスが増すと思っている心理を巧みについて業者は、より上に行くほどもはや億単位で推移高騰しているマンション価格。正に(何とかと煙は高いところが好き)という言葉通りの「天国への階段」がそこにある。

 

 

 

 

…先日、書店で面白い本を見つけたので買って来た。…ラジオ第2放送のNHKテキスト『文豪たちが書いた関東大震災』である。芥川龍之介室生犀星泉鏡花北原白秋谷崎潤一郎柳田国男萩原朔太郎…他44名の作家達が、その瞬間にどう遭遇し、どう生き延びたかを記した本で、これが実に面白い。

 

例えば芥川龍之介は、茶の間でパンと牛乳を食べ終わった正にその瞬間に地震が発生。早々と一人で屋外に逃げたが、妻の文夫人は、二階に寝ていた次男の多加志(後に戦死)を救ってから脱出、父と長男の比呂志(後の名俳優)は下女が救出して屋外に脱出。文夫人が「赤ん坊が寝ているのを知っていて、自分ばかり先に逃げるとは、どんな考えですか」と怒ると、芥川は「人間最後になると自分のことしか考えないものだ」と当然のように言った。

さりげない一言の中に、芥川の利己主義がはっきりと窺える。…話はこの後で芥川の行動の内に、異様な内面性が浮き彫りになっていく。

 

…また野上弥生子は三人の子供と日暮公園に避難、この場所は現在の西日暮里公園という私も度々訪れる場所なので、(あすこにいたのか!)と、その時の弥生子の姿が透かし見えてくる。…与謝野晶子は、10年以上書きためた「新訳源氏物語」の更なる現代語訳原稿を全て焼失。恐怖を感じて避難するその近くで、泉鏡花が裸足で逃げ出す姿が。

 

また鏡花と同じく怪異や幻想を怪しく綴った岡本綺堂は、家財蔵書を全て焼失。綺堂は、明治27年の地震に続いて二度目の被災。…その被災の様はしかし綺堂の美文によって、悲惨の内に幻想味も併せて描写していてさすがである。……この本、時代背景が違うので、今日の実際時に活きるかどうかはわからないが、私は今はこの本の中から先人の知恵をもらうべく読んでいる最中なのである。………しかし、私はなおも生きるつもりなのであろうか?…とも、ふと思う。

 

 

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『誰でも簡単に聴ける神の声-イタリア番外編』

コロナ前の話であるが、今から8年ばかり前に写真撮影の旅でロ-マのバチカンにあるシスティ-ナ礼拝堂に行った時の事。…30年前に訪れた時には無かった事が起きていて興味を持った。…それはとみに増えた観光客によって礼拝堂の中が喧騒で渦巻いていた時の事。その騒音を鎮める事と威厳を保つ為に、礼拝堂の真上の天井画『天地創造』の辺りから、突然、低音の実に響く声で人々を圧して諭すように唯一言、…『silent』(静かに・沈黙を守って…)の言葉が頭上から降って来たのであった。…『be quiet』(静かにしなさい)でなく、より音として垂直的な韻のあるsilent!。…この声はかなり効果的で、その神々しく響く声で観光客は〈あたかも神から叱られたかのごとく〉みな一瞬で静まってしまったのであった。(なるほど、上手い策を考えたものだ)と私は感心した。

 

 

……その、あたかも人々が神に懐いている共通なイメージを具現化したような声を聴きながら(…これはバチカンの司教達が一般までも広く面接した声の審査で、神に近い声の主を決めたに違いない!)と思った。…そしてこの声の実際の人物を見てみたいと思った。

…著名なバリトン歌手から、それこそテルミニ通りの場末にある居酒屋の酒臭い常連客(アントニオ、ドミニコ、エドモンド、パオロ、…果てはイタリア人以外の日本人の低い声の持ち主でたまたまロ-マに在住していた、佐藤弘之、彌月風太郎…まで幅広く)を集めて、〈うん、神に近い!!〉という男を司教達の投票で決めたに違いない、そう思って私は一人で顔を想像して面白がっていた。…女性には声美人という言葉があるが、実際に会って見たら、(え⁉…これがあの…)という事も可能性としては案外高い。要はイメージ、…そう世界は、イメージで成り立っているのである。

 

…………今はバチカンの重要な収入源で、ローマ観光の欠かせない場所と化したシスティ-ナ礼拝堂。しかし、未だ観光などという概念が無かった時代、かつてこの場所は、己を研鑽する人にとっては魂の巡礼の場所であった。例えば18世紀を生きたゲ-テの『イタリア紀行』を読むと、今と違い、ミケランジェロが描いた壮大な天井画『天地創造』のすぐ間近までゲ-テは松明を手にして昇り、そこでの感激を、畏怖の心情までも込めてその著書に熱く記している。…また、20世紀初頭を駆け抜けるように生きた一人の日本人画家が、この礼拝堂を訪れて、その聖なる空間とミケランジェロの凄みに打たれ、誰もいない無人の礼拝堂の大理石の床上で号泣した事があった。その号泣の様があまりに激しいので、一人の神父が近寄り、突っ伏して泣く男の肩にそっと手をかけてなだめたという。…その画家の名を佐伯祐三という。

 

敬愛する寺田寅彦氏の書いた『人魂』の話を先日面白く読んだ。寺田氏の二人の子供が同時に各々少し離れた場所で人魂が暗闇の上に上がっていくのを見た事から、氏は優れた物理学者の視点から鋭い分析をして、その場合の人魂は眼の構造が生んだ光の錯視であることを解析したのであるが、しかし寺田氏は人魂の存在そのものは否定していない。…そればかりか、文章の最後で(私どもの子供の頃は人魂を敬い、かつ畏れたものであるが、最近の子供は人魂を怖れなくなってしまった。それはかわいそうな実に不幸な事ではないだろうか)という意味の文章を書いていた。…同感である。いつしか人々は大人も子供も怖れる、畏怖するという感覚を失くしてしまった。それは科学万能、第一主義の果てに立っている不毛である。畏怖が生み出す豊かな不可解な存在との共存が、如何に人生を面白くするかという自明の事を私達は失ってしまって既に久しい。

 

 

確かに畏怖の感情は、豊かさの根源に繋がっているな。……そう思っていたら数日して、正に然りという新刊本が、比較文化学者・映画評論家の四方田犬彦氏から送られて来た。題して『人形を畏れる』…そのあとがきで氏は「私は、いや私達は、かつて存在していた神聖なるものを見失ってしまった。恐れおののくという感情を忘れてしまった。…」と書いていて、先に書いた寺田寅彦氏の言葉と重なってくる。…はじめに本を開いてパラパラと全体を見ると、この本は八章から成り、源氏物語折口信夫谷崎潤一郎ココシュカデカルトベルメ-ルベルナ-ル・フォコンつげ義春…と多彩な人物が人形と絡めて次々に登場していて興味がそそられる。

 

 

 

…ではさっそく読み始めようと、第一章の「人形を畏れる」を開くと、いきなり、2頁目に私の名前と、私がかつて持っていた脚が破損した江戸時代後期の人形(画像掲載)の事が書かれていて驚いた。……文章は「美術家の北川健次がいう。富山の方を廻っていて見つけたのだけれど、どうしたものだろう。……」という私の語りから始まり、私から四方田氏に人形が渡されていった経緯がミステリアスに書いてある。…ここに掲載した人形がそれであるが、四方田氏は他の本でも何回かその人形について書いている。氏のオブセッションと想像力のフェティシズムに、直で侵入している、それは強度に畏怖な感情を揺さぶっている人形である。……とまれこの本は、氏の文章力と博覧強記な知性の高さを骨としてなかなかに面白く、私は一気に読破した。……「畏怖の持つ闇の深さと豊かさ」に興味のある方には、ぜひお薦めしたい新刊の書である。

 

 

 

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『第10回菊池ビエンナ―レ展 現代陶芸の〈今〉を観る』

昨日の午後、アトリエでオブジェの制作と平行して詩を書いていたら携帯電話が鳴った。誰かからのEメールである。開いて見たら「三田文学に詩を書いています。お読み頂ければ有り難いです」とだけの短文で、全く知らない人の名前が……。現代詩手帖ならばいざ知らず、森鴎外永井荷風等の流れを汲んだ歴史ある「三田文学」での詩ならば面白いかも…と興味が湧き開いて見たら、忽ち〈悪質メール注意〉の警告が!……直ぐに消したが、その後で笑ってしまった。怪しい連中が「三田文学」の角度からも詐欺をやっている、その着想の幅の広さに半ば呆れて笑ってしまったのである。「三田文学」を知っている詐欺師とは、なかなかの知識があるようで面白い。……そして「そうか、この連中は私を詩人としてリストに入れているのか」と思うと、妙に励まされたような笑える気分であった。そして思った。(そうだ頑張って、遅れている第二詩集の為に詩作を急がねば)と。

 

……さてこの度の能登半島大地震であるが、惨事は他人事でなく、いつ私達を襲ってくるかはわからない。正に一寸先の事は誰も知らず、突然ガタガタッと窓ガラスが激しく揺れた時が、この世との訣別の瞬間かとも思われる。……もの凄い揺れに襲われ、玄関の扉も開かなくなったその瞬間、パニックになったあなたはどうするか?……先ず閃くのはテ―ブルの下への避難であるが、しかし大量の二階からの落下物がのし掛かってテ―ブルの脚も折れ曲がり、意に反して脱出が困難になる場合が多分にある。……ここで、先人が助かった例として提案したい場所がある。それは……「トイレ」である。構造が狭い分、重い落下物が周囲に分散し、またトイレは外に隣接しているので、脱出或いは発見される可能性が高い。そしてそこで大事な事は日頃から「笛」・ホイッスル(緊急用救助笛―ちなみに楽天で171円他)をトイレに予め用意しておく事である。……怪我をして次第に脱水症状が出て来ると、救助の呼び声に言葉で返す力も無くなってくる。そうした時に笛は僅かな息だけで遠方に音が響き、発見される可能性がきわめて高い。自力の微かな声よりも、遠くまで響く他力の音が遥かに実際的である。……一例として、阪神淡路大震災の時に自宅が全壊した俳人の永田耕衣さん(1900~1997)は、丁度使用中だったトイレに閉じ込められたが、たまたまそこにあった茶碗を箸で叩いて助かった事がある。とまれ参考にして頂きたく、一例としてこのブログで提案した次第である。

 

 

先日の快晴日に、東京の日比谷線の神谷町駅で下り、大倉集古館のそばに在る菊池寛美記念・智美術館で3月17日迄開催中の『第10回菊池ビエンナ―レ展』現代陶芸の〈今〉』を観に行った。…場所は虎ノ門に在りながら、都会の喧騒とは無縁の静謐な空間を帯びたこの美術館が好きで、私は度々訪れるのであるが、この菊池ビエンナ―レ展は、特に審査のレベルが高く、土でしか出来ないオブジェの可能性を追っている点からも、素材の妙を知る上で、特に私の興味をひいている展覧会である。

 

 

 

 

しかも今回は、女性初の受賞者である若林和恵さんが大賞受賞者であるが、その若林さんは私のアトリエの在る建物の階上に住んでおられ、地下の工房で日夜、磁器の制作に励んでおられるのを長年知っているだけに、感慨もまた深いのである。(私はつごう7回の引っ越しを経て、導かれるように現在のアトリエで制作しているが、世間が静まった夜半に階下から聴こえて来る、若林さんが作陶に挑んでいる土や水の響きが時おり伝わって来て、自分も頑張らねばと、一人の表現者として私は自ずと鼓舞されるのである。)………………

 

美術館の螺旋階段を降りて行くと広い会場である。若林さんの大賞受賞作品『色絵銀彩陶筥「さやけし」』(画像掲載)が先ず展示されている。古典の雅とモダニズムの華やぎとの共存を帯びた圧巻の存在感を放って尚も優美。…観る人をして鑑賞でなく、観照の深みへと引き込む存在の強さがある。…この存在感は、若林さんが芸大を卒業後にピカソの作陶でも知られるイタリア・ファエンツァの国立陶芸美術学校に留学して学んだマヨリカ陶の技術研鑽と共に、体感として享受したアドリア海の硬質な強い光が、感性の中に豊饒なままに息づいており、それが日本古来からの美の湿潤さと静けさの豊かな混淆の放射として産まれた、若林さんの作品だけに固有な独自の存在感のように思われた。

 

……実に照明の配慮が行き届いた館内には、今回の応募総数359点の中から第二審査迄を経て選出された53点の入選作品が展示されていて、各人の技術研鑽の苦労と作品への想いが伝わって来る。しかし、私にはあくまでも既存の「工芸」の領域に作者達の意識が総じて向かっているような一元性を感じさせて映った事は正直な感想である。優れた作品が他を排して存在するのは、作品が孕んでいるもう一つのイメ―ジの揺らぎ、西脇順三郎的に言えば「諧謔」的なものが在るか否かなのである。そして、私が作者を知っているからという単純な身贔屓でなく、私が審査員であったとしたら、やはり今回の大賞は若林さんに一票を投じたに違いないであろう、作品・色絵銀彩陶筥『さやけし』は、そのような作品なのである。………………いろいろと考える切っ掛けになったこの展覧会は、ジャンルを越えて得るところのあった経験であった。今年は元旦から不穏な事が続き、私達の気持ちが日々荒れている感がある。もし時間的に余裕があるならば、喧騒から離れた静かなこの美術館を訪れて、作品の数々に接して自身と向かい合う観照の場にされては如何であろうか。

 

 

 

 

 

 

…………さて、美術館を出ると、なおも日射しは真冬だというのに、夏のような烈々とした強い光である。神谷町駅から日比谷は近い。私は久しぶりのこの快晴の光をもっと浴びたくなり、日比谷公園に行き松本楼で昼食をとった。……そしてフットワ―クの良い私はその足で銀座線に乗って浅草寺に行き、珍しく御神籤をひいた。……「大吉」であった。

 

 

 

 

 

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『2024年…いよいよの波瀾の幕開けか!?』

新年明けましておめでとうございます。今年も命ある限りはブログの連載執筆を続けていきますので、引き続きのご愛読を何卒よろしくお願いいたします。

 

………さて、さて正月と云えば先ず浮かぶのは年賀状の事か?……思い立って明治期の年賀状を調べたら、例えば樋口一葉などは僅かに5通ばかり。他の人もまぁそんなものであった。私なども上京したての頃は知人など一人もいないところから始まったのであるが、生来の明るい社交性が逆に災いとなったのか、年月と共に人とのご縁が雪だるまのように膨み、昨年までは年賀状を数百通も出したり、受け取ったりする始末。……現世で本当にご縁があれば、また何処かで必ずお会い出来る筈!と考えて、今年は濃い血縁者以外の人への年賀状はやめにして、代わりに書き初めの「辰」を書いて、ブログ上からの言寿のご挨拶とする事にした。……それがこれ。書家の井上有一ばりに気合いだけは入れたつもり。

 

 

 

1月1日。さすがにこの日だけは読書だけにしようと思ってアトリエに入ったが、やはり制作へのスイッチが入り、新たな作品作りへと向かってしまった。閃きが洪水のように押し寄せて来て、集中すると時間の感覚さえも無くなってしまっている。ふと気がつくと、14点の具体的な作品構想が出来上がっていた。

 

……4時を少しまわった頃であろうか、突然アトリエが揺れ始めた。……このアトリエの在る建物は地下室もあるので、地盤も含めて造りはかなり頑丈である。なのに揺れるという事は、何処かでかなり大きな地震が発生しているに違いない。……すぐにテレビをつけると、能登半島で震度7、日本海側全域に津浪注意報が出ており、各局いずれも「津浪注意!すぐに避難を!」の声を鋭く連呼している最中であった。……輪島には暗黒舞踏の創始者の土方巽の弟子であった友人がいるので、すぐに電話をしたが、何故か繋がらない。……今度は福井の知人に電話すると「かつて体験した事のない激しい揺れで、次の余震を怖れて、玄関を開けたままの状態でいる」との事。賢明である。

 

……3日経った現在、輪島市、珠洲市だけでも死者は57人に。国土地理院の報告によると、今回の地震で、輪島市が西に1.3m動き、最大4mの隆起による大きな地殻変動があった由。……人知の想像を超えたもの凄いエネルギ―の噴出である。……輪島の友人に再度、電話をしたが今も安否が不明。……大惨事を前にすると、人はかくも無力である事を痛感した。

 

……天災の極みの地震に続いて、翌日の2日、今度は人災の極みとも云える事故が羽田空港で発生した。JAL機が海上保安庁の航空機と衝突し大炎上したのである。乗客乗員379人全員は脱出。保安庁の乗組員5人が死亡。滑走路上でJALの機体は炎上爆発したので379人全員が無事であったのは奇跡といっていいだろう。

 

1日、2日…と立て続けに起きている、この異常な事変。何やらこの一年を、いやこれから先の世界と人心の崩れを暗示したような幕開けと視た人は、私だけではないだろう。…… 想えば、昔日の正月はのどかであった。

 

俳人の与謝蕪村は.正月の言寿を「日の光/今朝や鰯の/かしらより」と詠んだ。……私は拙著『美の侵犯―蕪村×西洋美術』(求龍堂刊)の中で、この蕪村の俳句を読み解き「……ふと思うのであるが、実際は雨や雪の時もあったはずなのに、どうして子供の頃の正月の記憶は、いつも決まったように快晴の日として思い出されるのであろうか。年が改まったことの華やいだ気分が印象として強く残り、澱んだ空までも蒼天の青へと変えてしまうのであろうか。……(中略)……新春のことほぐ心を詠んだこの俳句は、そのような記憶の変容までも想い立たせてしまう言葉の力といったものを持っている。………… と書いた。

 

しかしいつ頃からか、新春の朝に覚えた清浄な初日の光や浮き立つような気分は消え失せ、正月は唯の寒いだけの唯の一日となってしまった。……そして、何か先の方からじわじわと押し寄せて来る不気味な崩壊の予感の内に、私達はいつしか身構えるようになってしまった。…あたかも先方が見えない霧の中、関ヶ原の陣に立って、彼方の丘の方から押し寄せて来る家康率いる東軍に対する、元来が胃弱であった石田三成率いる西の陣地にでもいるような。……便利さに快楽や意味を覚えてしまう私達の迂闊な脳が産んでしまったAIも、小早川秀秋よろしく早々と寝返って絶妙な位置に立ち、総崩れ、人間の総家畜化のタイミングを狙って私達へその槍の鋭い穂先を研いで、あからさまな裏切りの時を計っているのであろうや。……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『年末…詐欺師にやられた話』

①あまりに恥ずかしい話なので黙っていたが、思わぬ展開があったので、このブログに書く事にした。……実は今年の始め2月頃に、あろう事かネットショッピングで詐欺師に引っ掛かったのである。いわゆる振り込め詐欺である。(日本文学全集12巻を9840円で。但し2巻だけありません。)の魅惑的な文言に誘われて、銀行から指定の口座に振込んだものの、ただただ冬の木枯らしが吹くばかりで、時が過ぎていった。(やられたな!…まぁいい勉強になったと思えばいいか!)と、無理矢理自分をなだめたものの、やはり燻る悔しさはあった。

 

春になった或る日、都内の某警察署から電話が入った。……なんと、私を引っ掛けた詐欺グル―プの受け子を逮捕したという報せである。実に詳しく話してくれる刑事で、「今回の事件は、あなたをはじめ約50人が被害に遭い、内1人の方が銀行に訴えて、相手の口座を封鎖しましたが、犯人達は別な口座を作って新たな犯罪に入っています。グル―プはヴェトナム人です。我々は今回の逮捕した受け子から本件を立件へと持っていくつもりです!」と熱く語ってくれた。私は「…頑張って下さい」としか言う言葉が無く、季節は春から夏、そして晩秋へと流れていった。

 

……個展の後半に画廊にいた時に1本の電話が入った。東京地検からである。地検を名乗るその人は「今回の事件で被害に遭われた方全員に、受け子が全額を返金したいと話していますが、担当弁護士にあなたの電話番号を教えても宜しいでしょうか?」という確認の問い合わせである。……さぁ、ここからが大事な話で、被害者はキャッシュバックという言葉に釣られて気を許すのが常。……私は東京地検から掛かって来たというその電話番号に(?)を入れて、次なる展開を待った。暫くして、受け子の弁護士を名乗る人物から電話が掛かって来た。「被害金を振込みますので口座番号を教えて下さい」との事。……詐欺師というのは、ちゃんとした道を歩けばかなりの所に行くような、頭の良い人間が多い。政情、話術、心理学に通じた能力があるが、悲しいかな内面の邪気が彼等をして悪へと転落の構図を作っている。……(返金?)……話が巧すぎると思った。連中はどんな角度からでもやって来る。東京地検、弁護士……、詐欺グル―プの部屋に在る何本もの電話各々に確認の応対の為に(東京地検)(○○法律事務所)……の紙が貼ってあるかもわからない。

 

……私は銀行の取引は無いので現金書留で!と要求した。(……わかりました。現金書留での振込みと云うのは例が無いですが検察と検討してみます)との弁護士の返答。……暫くして東京地検から電話が入り、現金書留での返金の是非の確認である。……そして、アトリエに郵便配達人が現れて被害金は全額戻って来たという次第。……この度は東京地検も担当弁護士も本物だった事は慶賀であった。……弁護士に詳しく訊くと、犯人の受け子はヴェトナム人の女性との事。名前もわかった。……何故例外的に今回、被害金が戻って来たかには察するに2つの事が考えられる。①私の普段の行いが良かったから②被害者全員に返金しても50万円くらい。弁護士と犯人が相談して、被害者全員に金を返し、「今回の件は許す」という考えの保証を文書でもらう事で、刑を軽くしてもらうという戦略。

 

……正解は②であった。……しかし当然ながら私は許す考えなど毛頭無い。……今、詐欺の受け子がもの凄く増えているというが、その原因の1つは罪が軽い事に拠る。政治家の愚かな失言も訂正すれば後は誰も責めないのと同じく、実に緩い。……私は思うのだが、犯人の再犯を抑制するには、例えば、入れば案外居心地が良いと言われる刑務所では、骨身に沁みるまでのきつい労働を。そして受け子達も、市中引き回しを復活して、罪の愚かさを身体と精神の痛みで骨の髄まで後悔させる事が肝要だと思うのだが如何であろうか。

 

常々感じるのだが、この国の裁きは、まさかの性善説ではあるまいに、犯人に対し今一度の更正チャンスを与えんとして、それが過度に反映して、時に信じがたいまでに判決が緩く、一方では被害者の遺族には、裁判の後は突き放したように実に冷たいものが現実としてあると聞く。「無事に被害金が戻って来たので許す」という甘い文書が集まれば、この受け子は間違いなく再犯をする事は想像に難くない。そして更なる深溝へと堕ちていく。……犯人が竹で編んだ籠に入れられて衆目の中を、うつ向きながら市中引き回しにされて行く姿。……私は、江戸時代に伝馬町牢屋敷が在った小伝馬町駅を電車で通過する時に、その考えが時に浮かぶのである。

 

 

 

②宇宙は、そしてこの世は、陰と陽の絶妙なバランスから出来ている。①は詐欺師の暗い話であった。……ならば②は明るく愉しい話でこのブログは書かねばならない。それに相応しい話を、今年のブログの最後に書こう。
昨年の年末に、私が最も評価している表現者の一人として、掌に載るサイズの〈覗き箱〉・スコ―プオブジェの中に、無想から紡がれた世界の様々な美しい断片的な光景を封印した夢の錬金術師―桑原弘明君の事を書いたが、今回も再び桑原君の登場となった。忠臣蔵に似て、桑原君は何故か年末に語りたくなる人なのかもしれない。

 

 

 

………先日、その桑原君から素晴らしく美しい本が、わがアトリエに送られて来た。桑原君の極小のオブジェと、泉鏡花文学賞などの受賞でも知られる作家の長野まゆみさんとの、星の欠片のように美しくも危うい共著・競作本、…題して『湖畔地図製作社』(定価.2700円+税)である。発行は確かな本作りで定評のある国書刊行会。……開くと、左頁に桑原君の作品の画像が長野さんの断片的な美文と対にして在り、そして右頁には桑原君の作品のタイトルが作品の外姿と共に在り、また長野さんの短い数篇の小説が載っているという、実に考え抜かれた構成の贅沢な本である。

 

 

……「曲線の愛好家はどちらかといえば/平面図を好むが、/螺旋にかぎっては断面図をえらぶ。」という長野さんの文章には、桑原君の『カノン』と題した、幻惑的な螺旋階段の光景を封印した画像が載り、また、『夢の影』と題した桑原君のフィレンツェと覚しき庭の彫像と噴水の作品画像には対として「落水とおなじく跳ねる水にも/幾何学があり、/それは波状の曲線を画く。」という美しい詩文がパラレルに在り、相乗して私達を無想へと誘っていく。

 

 

……私達はこの本から、例えば稲垣足穂や、自分が想像した架空の国の切手を4000枚以上も生み出した夭折の画家・ドナルド・エヴァンスの夢想へと連想の近似値が傾くかもしれないが、それらには無い豪奢な夢の綴りの韻が、このオブジェ的な奇想書には溢れている。……一人で隠って頁を開くも善し、また親しい人に贈るにも善しの最適な本である。珍しく私が推す本である。

 

 

 

 

この本の入手を望まれる方は、先ずは最寄りの書店、もしくは発行所の国書刊行会(TEL03-5970-7421)、(https://www.kokusho.co.jp)、或いは企画した画廊―スパンア―トギャラリ―(東京都中央区京橋5-22キムラヤビル3F・TEL03-5524-3060.
Email―contact@span-art.comへお申し込み下さい。

 

 

……今年のブログは、今回で終了します。いつもご愛読されている読者諸兄の方々には感謝しております。来年はより内容の幅を拡げて参りますので、更なるご愛顧のほどを宜しくお願いします。皆さん、良い新年をお迎え下さい。 北川健次

 

 

 

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『十二月の怪談夜話』

……昨今の世情があまりに喧しいので、最近の私は寝る時に「怪談本」を読みながら眠るようにしている。お好きな方は首肯されると思うが、怪談話には実に情緒豊かな空気が流れていて、懐かしい気配もあるので、眠りに落ちていくのに丁度良い。

 

 

……今、読んでいるのは河出文庫の『日本怪談実話〈全〉』田中貢太郎著。どれも短いので読みやすい。「戦死者の凱旋」「松井須磨子の写真」「手鏡」「死児の写真」「窓に腰をかけた女」……等々全234話。

 

 

 

 

怪談話は夏が相場と決まっているようだが、さにあらず、…… 冬に食べるアイスクリ―ムが意外と美味しいように、この師走、まぁ「ガリガリ君」(深谷の赤城乳業)をかじるようにお付き合い頂けたら有り難い。

 

 

……その怪談話234話の中から1話、先ずはここに書こう。タイトルは『画家の死』…………そう、他人事ではない。

 

……横井春野君が某日に神宮球場へ野球を見に往っての帰途、牛込納戸町まで来たところで、向うから友人の月岡耕漁画伯がやって来たので、「やあ、しばらく」と云って懐かしそうに寄って往くと、ふと月岡君の姿が見えなくなった。おやと思ってその辺りを見まわしたが、どこにも見えないので、不思議に思いながら帰って来た。するとまもなく月岡君の令息から、「チチシス」と云う電報が届いた。横井君は月岡君が病気していることも知らなかったので、驚いて月岡君の家へ往ってみた。耕漁画伯の死んだのは、横井君が納戸町の街路でその姿を見たのと同時刻であった。

 

……この話を読んだ時、これと酷似した話があったのを私は思い出した。……1985年に38歳の若さで肝臓癌で亡くなった画家・有元利夫さんの話である。話はたしか芸術新潮か何かの追悼号であったかと思う。……。有元さんの友人が銀座に在ったみゆき画廊に行こうとして、そのビルの階段を上がっていったら、上から有元さんが降りて来た。……その友人は有元さんが入院していたのを知っていたので快復したのだと思い「もう元気になったの!?」と声をかけた。すると有元さんはただ笑顔を浮かべたまま無言で階段を降りて行き、やがて消えていったという。……有元さんが亡くなった知らせがその友人に届いたのは、間もなくの事であった。みゆき画廊で友人が有元さんとすれ違った時、実際の有元さんは病院にいて危篤の状態であったという。……ちなみに、有元さんが初めての個展を開催したのが、そのみゆき画廊であった。亡くなる直前に、人の意識は自身の身体や病床を離れて、思い出の地をさすらうのであろうか。

 

 

……亡くなった、或いは亡くなる直前にその人が、なんらかの形で知らせに来る。そういう経験は何度か私にもある。……今から25年ばかり前の事、私はアトリエの籐椅子でうたた寝をしていた。すると、明らかに力強い現実の感触で私は肩をたたかれて、一瞬で目が覚めた。瞬間、何故か「松永さん!」だと思った。……果たして、その後すぐに松永伍一さん(詩人・文学.美術評論・作家) が心不全で亡くなられたという知らせが入った。……松永さんだ!と思った時、既に松永さんは亡くなられた直後であった事を後で私は葬儀の時に知人を経て知ったのであるが、不思議でならない事がある。……それは、人並みに様々な知人がいる中で、なぜ肩をたたかれた瞬間に、私の脳裏に松永さんの名前が浮かんだのだろうか……という事である。死者の最期の強い意識は、他者の脳の中の意識に自在に、或いは容易に侵入出来るのであろうか。……

 

もう1つの話は、やはりアトリエでの出来事である。今から5年前の夏。私は個展が近づいていたので、アトリエ内で制作の追い込みに没頭していた。部屋に無数にある引き出しの中には作品に使う様々な古い断片があり、その引き出しを開けて私はピタリとくる断片を探していた。……そして、その下の次の引き出しを開けた所に、場違いな、あまりに場違いな年賀状が1通入っていた。見ると、版画家の浜田知明さんから2年前に届いたものであった。裏を返すと浜田さんの直筆で「これからも良いお仕事を続けていって下さい。」と書いてあった。……意外に私は整理整頓するので、制作の材料はアトリエの1ヶ所にまとめてあり、手紙や年賀状等は全く離れた別な引き出しの中にまとめて入れてある。……熊本の浜田さんの地元で私が個展をした時は、2日続けて画廊に来られたりと、年長の先達の人でありながら、浜田さんとは懇意な関係であった。……私は直感した。間もなくその知らせが来る事を。そして直感通り、在る筈の無い引き出しから年賀状を見つけた時は、既に浜田さんは老衰のため病院で亡くなられていたのであった。

 

かなり以前のブログで書いたが、この『日本怪談実話〈全〉』に登場する「戦死者の凱旋」という話にある、日露戦争で死んだ軍人達が行進しながら麻布連隊の兵舎にザックザックと靴音を立てながら戻って来る不気味な靴音と、同じ音の体験を、私は芸大の写真センタ―で深夜二時頃に聞いていたり、書いていけばきりがない程に数多くの体験をして来た。……そして今思う事がある。それは死者と生者にはなんら境がなく、この世とは、そのあわいに在る多次元的でねじれた構造なのではあるまいか……と。

 

 

師走、……この月になると薄墨色の葉書が届くようになる。知人からの死去を報せる喪中の葉書である。以前はその知らせに哀しい感情が立ち上がっていたが、……今の私は静かに受け止めるようになっている。

 

 

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『2023年・晩秋を告げる四つの展覧会etc』

……来年秋の高島屋の個展のタイトルが早くも決まった。『YURAGI―レディ・パスカルの螺旋の庭へ』である。来年はつごう四つの展覧会が各地の画廊で予定されているので、各々に向けてスイッチが入るのが、いつもよりも早いようである。……さて今日は展覧会の話である。

 

①11月21日から12月27日まで、福島県立美術館で『現代版画の小宇宙』(金子コレクションから)展が開催中である。福島県の版画のコレクタ―の金子元久さんの膨大なコレクションが美術館に寄託されたので、それを基にした展覧会である。

 

 

金子さんは著名な精神科医である。何回かお会いした事があるが、ある時に真顔で「北川さんの脳を解剖して調べてみたい」と言われた事があった。どうしてですか?と訊くと、「……視覚表現(美術)などの感覚、直観を司る右脳と、言語表現(文芸)などの論理的思考を司る左脳の両方とも得意としている稀な例なので、医者の好奇心として興味があるのです」との事。

 

……「普通、ふつうですよ、開いてみてもグリコのオマケしか出てきませんよ」と話したが、それより、度々このブログでも書いている、かなりの頻度で視てしまう私の予知能力や、鋭すぎる異常な直観力は、自分に対しての客観的な興味として実はある。以前に、よく当たると評判の占い師の女性と、順番を待っている女性たちを視ていたら、その占い師が私に気づき、お互いに妙な緊張が走った事があった。そして占い師は手招きして私を招き寄せ、近づいた私の顔をじっと見据えながらこう言った。「あなた、……一体何者!?」……こうなるともはや陰陽師同士の対決である。

 

②前回のブログでご紹介した『禅と美』展を今一度観ておこうと思って、最終日の前日に、会場のスペイン大使館を訪れた。…凄い数の来観者に先ず驚いた。…会場におられた主催側の戸嶋靖昌記念館主席学芸員の安倍三崎さんから、ブログを読んで来られた方がけっこうおられますと言われたので、微力ながらもブログで紹介して良かったと思った。

 

 

 

2回目に観て、山口長男の黒い特徴的な額に絵具が数ヵ所僅かについているのを見つけて、山口長男は額を付けてからも、なお制作していた事が見えて来た。額とは何か!……山口長男の眼差しの一端がそこから見えて来る。(ちなみにこの制作法はパウル・クレ―と同じである。)

 

……さてこの『禅と美』展の妙味は、展覧会の企画の着想が比較文化論的な視点から立ち上がっている事である。今回は「禅」であるが、例えば「時間」「色」「黒」「詩」「寂」「無」……と様々な主題を立ち上げると、執行草舟さんの三千点以上ある膨大なコレクションから、たちどころに様々な作品が、あたかもそれに合わせて登場する役者のように選ばれて来る。……その企画構想の多層な幅を可能にしているのが執行さんのコレクションの多様な幅であり、美のカノンの横一線の高みなのである。

 

 

 

 

③竹橋の東京国立近代美術館で12月3日まで開催中の棟方志功展に行く。……前回のガゥディ展と同じくたくさんの観客である。会場内には初期の油彩画から晩年迄の作品がうまく展示してあり、また棟方さんの記録映像や肉声が流れていて懐かしかった。……21才の学生時に棟方さんは私の版画『Diary』 を視て絶賛してくれた事が以後のぶれない自信となった契機であるが、私に賞をくれた審査員としての棟方さんの口からスピ―チで私の名前が出る度に、私は自分がこれからの版画史に関わっていくであろう事を予感したのであった。……授賞式が終わり私がエレベ―タ―に乗ると、棟方さんと夫人、そして当時の神奈川県立近代美術館館長の土方定一氏が入って来て、その時に握手を交わした時の手の大きさと温もりを私は今も覚えている。

……かつては民藝運動の域で語られていた棟方さんの作品は、近年は次第に自立した極めて強度な現在形のモダンな作品として、その冴えを増している。衰弱した昨今の美術界の状況をすり抜けて、加速的に評価はますます高まっていくであろう事は間違いない事である。

 

……多くの人が棟方志功展を観て引き上げる中、私は4階までテ―マを変えて展示してある収蔵作品を観るのを常なる愉しみにしている。ベ―コン藤田劉生北脇、……そして、このブログで度々登場する藤牧義夫……などたくさんの作品が展示してあり、いろいろと考える切っ掛けや閃きのヒントを与えてくれるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

④昨日(24日)は、美術本出版の老舗で知られる求龍堂の「100周年記念展」の内覧会がある日であるが、私はその前に時間があったので、久しぶりに上野公園に行き、西洋美術館ブ―ルデルの彫刻作品『弓を引くヘラクレス』の写真を二枚(内一枚は股間下から)撮り、

 

次に、気分転換する為に行きたかった上野動物園に立ち寄り、念願のハシビロコウ、ゴリラ、サイ等を観てから根津駅から代々木公園駅で降り、会場の『ARKESTRA』に行った。

 

 

 

 

 

 

 

会場内には100年間の出版活動の歴史から選んだ刊行物が展示してあり、私の作品集『危うさの角度』も並んでいる。……この会場には求龍堂発足後間もなく刊行された『ドラクロアの日記』が展示してあるが、それは私の蔵書から、この展覧会の為にお貸しした本で、戦前に三島由紀夫が座右の書としていた名著である。

……私は以前に求龍堂の会長であった故・石原龍一さんに三島由紀夫の文を帯にして『ドラクロアの日記』の再版を提案した事があった。……近年、パリで再版をした時にベストセラ―となったのである。再版ならば文庫サイズが良い。しかし、求龍堂は文庫本は出版していない。ならば、このブログは出版業界の人も読まれているので、例えば、ちくま文庫、或は河出書房新社辺りが出版するのが妥当かもしれない。

 

 

……ドラクロアの日記に在る一文「今日、ショパンが死んだ。……」や、孤独で在る事の如何に豊かな事であるかが、随所にちりばめられている。誰か鋭い眼力と実行力のある人材は出版の世界にはいないのか!?……いれば、この『ドラクロアの日記』を私は喜んでお貸ししよう。

……さて、会場では私の作品集『危うさの角度』(普及版・特装本)、また『美の侵犯―蕪村×西洋美術』も販売されている。ご購入を希望される方は本会場、又はお近くの書店、或は直接、求龍堂(営業TEL03-3239-3381)までご連絡を、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

『求龍堂100周年記念展』
日時11月25日(土)~12月3日―11時~18時(最終日は15時まで)
会場・ARKESTRA 東京都渋谷区上原1-7-20
TEL―090-8946-0541

 

 

 

 

 

 

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『必見「禅と美」展が素晴らしい!!』

①個展が終わり、11日は、戦場の後のようだったアトリエを一日かけて片づけた。室内が整理されて、まるで上野広小路のような広さへと一新した。新たな表現に向けての気持ちが自ずと高まって来る。12日は、勅使川原三郎、佐東利穂子、ハビエル・アラサウコ三氏による『素晴らしい日曜日』のダンス公演を観る。

 

13日は、松竹の関係者の方からご招待を頂き『吉例顔見世大歌舞伎』・夜の部『松浦の太鼓』他を観る。今回の座席は前から5列目、念願だった花道のすぐ真横である。間近に見上げて観る役者の顔の表情やその存在がありありと迫って来て、まるで喋る写楽の大首絵、或いは血まみれの芳年の残酷絵の生けるが如しの迫力があり、舞台という正面性を孕んだ平面的な虚構空間から、花道に入った瞬間、三次元に飛び出して来た、活人画のような不思議な生々しさを体感して一興である。

 

勅使川原氏の薄暗い舞台照明が放つ、限りない詩情性を孕んだ闇の透層……。一方の歌舞伎の過剰なまでに強い照明が放って綾なす原色のバロキスム!!……いずれも自分の作品展示の際の善き充電である。

 

 

②パリの出版社FVW・EDITION社から2007年に刊行されたアルチュ―ル・ランボ―の肖像を集めた美術作品のアンソロジ―集には、エルンストクレ―ピカソジャコメッテイミロ……等の作品と共に私のランボ―の肖像をモチ―フとした版画が二点掲載されている。

 

ジャコメッティ

 

 

エルンスト

 

 

クレー

 

 

 

企画編集したCLAUDE.JEANCOLAS氏はランボ―研究の第一人者であるが、その画集に書いた各美術家へのテクストの中で、私の作品について氏は以下のような出だしから始まるテクストを書いている。すなわち「長い間、詩人のランボ―を理解出来るのは我々西洋人だけだと思っていたが、北川健次のランボ―を表現した版画は見事にそれを覆した。」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は氏のテクストを読んで確かに強い手応えを覚えたが、同時に西洋人が抱いている東洋人へのそれまでの根強かった偏見が在った事を知って唖然とした記憶がある。この偏見を飛び越えて私の版画の秘めた髄に直で理解を示したのがジム・ダインであった事は思わぬ嬉しい体験であった。…………ランボ―を作品化する事はこの二点の版画で終わりと思っていたが、西洋人の偏見を更に払拭するに足る文句無しの強烈な作品を作りたいと思ったのは、或いはこの時の体験が導火線になっていたのかも知れないと今にして思う。

 

 

 

ジム・ダイン

 

 

③……今年の7月のある日、高島屋の個展に向けてオブジェを作っていた時、正にその作品の閃きが垂直的に下りて来た。……(天才詩人ランボ―の、十代半ばの未だ早熟過ぎる脳内を透かし視て、あの幻視を紡ぐ言葉の数々が発生した正にその瞬間を可視化した作品は出来ないだろうか!……それをオブジェという立体作品で!!)と正に啓示として、その閃きは直下的に下りて来たのであった。

 

……私はランボ―の仏語の原詩(『地獄の季節』『イリュミナシオン』各々)を黒字でガラスに刷り、それを砕いてアクリルの透明な箱に入れ、『〈地獄の季節〉―詩人アルチュ―ル・ランボ―の36の脳髄』、『〈イリュミナシオン〉―詩人アルチュル・ランボ―の36の脳髄』と題したオブジェ二点を一気に作り上げた。…………完成した作品を視て、私はこれらの作品に強い手応えを覚えたが、その反応を他者の眼を通して早く知りたくなった。……ならばランボ―を直感的に理解している人、執行草舟さんをおいて他にはいない。そう思って、個展の数日前の昼前に半蔵門に在る執行さんの会社『バイオテック』内の美術館「執行草舟コレクション・戸嶋靖昌記念館」の主席学芸員の安倍三崎さんを尋ね、ランボ―のオブジェ二点を預けて、執行さんの感想を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私はその後すぐアトリエに戻らねばならず、執行さんは毎夜徹夜で執筆した後に夕方から会社に来られるので、作品を預けるという形をとったのであった。……安倍さんからすぐに連絡が入り、ランボ―のオブジェを二点とも美術館のコレクションに入れたいという執行さんの批評兼答えが返って来た。……コレクションするという行為、何よりも作品に対する最大の評価が返って来たのであった。……よって個展が始まる前に例外的に購入が決まった為に、会期中に来られたたくさんのコレクタ―の方から残念がる声が返って来たが、今回は致し方のない事であった。

 

 

④執行草舟さんとの出会いは強烈なものであった。きっかけを作って頂いたのはNHKエデュケ―ショナルの山本修平さんであった。

山本さんが拙著『美の侵犯―蕪村×西洋美術』(求龍堂刊)の事を執行さんに話された事に依る。……あれは何年前の事であったか。……高島屋の個展会場に突然、正に突然来られた執行さんは、広い会場内に展示している75点以上の作品を張りつめた気配で順に観ながら、瞬間的にコレクションする作品を次々に決めていき、この時は15点くらいの作品を購入されたのであるが、それを全て決めるのに要した時間は僅かに1分!!。恐るべき直感力を持った人だと、私は一瞬で理解した。執行さんの中の美の絶対的なカノン、直観という羅針盤が既に確固として在り、それに激しく揺れた作品のみがコレクションされていくのである。若冠十代半ばにして三島由紀夫の知遇を得たという驚くべき逸話も氏の鋭い唯美的な感性を物語っていると思う。

 

…その後、私の作品は個展の度にコレクションされていき、今までで50点以上は執行草舟コレクション・戸嶋靖昌記念館に収蔵されているのであるが、執行さんが有している膨大なコレクション総数は既に三千点以上はあるという。……その中から禅の世界に結びついている作品を集めた展覧会『禅と美』スペインからのまなざし展(協力・臨済宗円覚寺、サラマンカ大学)が11月24日(金曜)まで、六本木一丁目の駐日スペイン大使館で開催中である。

 

……先日、私は会場を訪れ、見事な作品選択とその構成によって立ち上がって来る禅と美の融合を体感したのであった。……この展覧会は美の観賞という従来の対の関係の域を越えた、己自身との対話の場、すなわち「観照」の場で在るという事が、一線を画して他の美術展とは大いに異なる点であり、またそれ故の鋭い緊張に充ちた豊かな展覧会になっている。……この展覧会を記念して作られた図録の編纂も密度の濃い内容になっているので併せてお薦めする次第である。

また半蔵門の執行草舟さんの会社に在る「執行草舟コレクション・戸嶋靖昌記念館」では、主題を変えながら展覧会を開催しているので、そちらもぜひご覧になられる事をお薦めしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『禅と美―スペインからのまなざし』展

◾️会場・駐日スペイン大使館   (入場無料)

11月24日(金曜)まで

月~木 /10時~17時/金10時~16時/土10時~14時

日曜閉館  (11/23は開館・10時~17時)

東京都港区六本木一丁目3―29

(東京メトロ南北線 六本木一丁目駅・中央改札・徒歩3分)

 

◾️お問い合わせ先・戸嶋靖昌記念館事務局 03-3511-8162

 

 

 

 

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『晩秋の光の下の…胸騒ぎ』

熊がたくさん山から下りて来て、人里や民家に出没している今は晩秋、11月の始め。光が少し眩しい。…………三週間の長きにわたって開催していた、日本橋高島屋本店・美術画廊Xでの個展が盛況のうちに終了した。遠方も含めて、今回もたくさんの方が会場に来られ、新作のオブジェと真剣に対峙され、多くの作品が、購入されたその人達のもとへと旅だって行った。私は作品をこの世に立ち上げたが、これからはその作品と深い対話を交わし、永い物語を紡いで行く人、すなわちその人達がもう一人の作者となっていくのである。……ともあれ、個展に来られた沢山の方々に、この場を借りて御礼申し上げます。本当に有難うございました。

 

…………個展会場では懐かしい人との嬉しい再会、また新しい人達との縁のようなものを感じる出会いがたくさんあった。……そして出版社の人とは、遅れている第二詩集の執筆を促されたり、また来年の11月28日から開催が予定されている名古屋画廊での馬場駿吉さん(元.名古屋ボストン美術館館長・俳人・美術評論家)との二人展の為に、名古屋画廊の中山真一さん、そして馬場さんが名古屋から各々会場に来られ、実のある打合せを行った。……来年は4月に金沢の玄羅ア―ト、6月に西千葉の山口画廊で個展が企画されており、また10月には高島屋美術画廊Xでの個展、11月には名古屋画廊での馬場駿吉さんとのヴェネツィアを主題とした俳句と私の作品との実験的な二人展と、……既に予定が入っている。個展の疲れを早く癒して、先ずは、第二詩集の執筆から一気に始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

個展の時に、会場で何人かの人から、山田五郎さん(評論家・編集者、コラムニスト他)の事が話題に出た。山田さんがYouTubeの『山田五郎オトナの教養講座』で、以前に私のブログで2020年の2月1日から21日迄の4回に渡り、『墨堤奇譚―隅田川の濁流の中に消えた男』と題して連載して書いた、版画家・藤牧義夫が忽然と消えた謎と、…………それに絡んでちらほら、そして次第に頻繁に登場する版画家・小野忠重という人物をめぐっての真相に迫っていますよ!!というお知らせを頂いたのである。

 

山田五郎さんは、私は以前から高く評価している人で、この国の凡たる数多の美術評論家より遥かにすぐれた知識と推理力を持ち、かつわかりやすい言葉で深い内容に言及出来る人である。……私は興味を持ってその番組を観た。面白かった。……実に語りが上手く、事件の真相の闇に迫っている。また番組の公共性故に語らない部分では、その言葉の行間にしっかりと闇を封じ込め、暗示の内に視聴者に、この事件の不可解さと不気味さを暗示的に伝えている。……先ずは私が、藤牧義夫が消えた、或いは消された謎について以前に書いたブログ(2020年2月1日から21日迄の4回にわたってミステリ―を解くように書いた文章)をお読み頂き、それから山田五郎さんの番組をご覧頂ければ、この近代美術史における最大の事件の不可解な全容と、真相が伝わるかと思う。

 

 

 

 

山田さんの番組を観た視聴者の人から(面白い、ぜひ映画化を!!)と希望する人がいたと聞くが、3年前に私は既に動いている。旧知の友人、『ヌ―ドの夜』『櫻の園』等の名作で知られる映画のプロデュ―サ―・企画者である成田尚哉さんと本郷で会い、この事件の映画化を薦めた事があった。構成は松本清張の名作『天城越え』と同じで、事件時効後の昭和55年頃に、一人の老刑事が、不気味な影を帯びた老人宅をふらりと訪れ、巧みな言葉の網によって次第に真相を突いていくという設定から映画は、……始まるのである。私はこの時は樋口一葉の映画化との二本立てで成田さんと語り、成田さんはじわじわと興味を覚えたのであったが、その後間もなくして成田さんは逝去された為に、この企画は水泡と化したのが、いかにも残念で仕方がない。……とまれ、2020年2月からの私のブログと、山田五郎さんの番組を併せてご覧頂ければ、あなたも「事実は小説よりも奇なり」を体感される事、間違いなしである。

 

 

 

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