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『個展―「吊り下げられた衣裳哲学」展・開催中』

日本橋・高島屋本館6階美術画廊Xで29日まで開催中の個展が盛況のうちに進んでいる。90点近いオブジェ、コラ―ジュ、版画、写真といったジャンルを異にする表現が一堂に並んだ個展である。……普段なかなかお会い出来ない知人の方が、北海道、九州などの遠方からも来られ、また昨日はドイツからも知人が遙々駆けつけてくれて、私を驚かせてくれた。本当に有り難いことだと思う。またこれからも遠方の方が来られる予定が入っているので、会期の最後の29日まで毎日が実に楽しみである。……個展を観られたコレクタ―の人達の意見は一致して、今回の個展の密度が今までで最も深く、完成度の高い作品が並んでいる事に総じて驚かれているが、長い時間をかけて制作に没頭してきただけに、今回の一致した高い評価には強い手応えを覚えている。しかし、会場に展示されている完成したばかりの作品群の多くがコレクタ―の人達のコレクションに入っていく為に、作者である私は、現在形の自作を分析しながら、同時にその作品群との訣別の時間をも会場で過ごしている。……確かに私の作品群は年毎に密度を増し、暗示や象徴性もより濃密になっている事は事実であるが、さらにそこから、次なる未知への探求へと歩を進めなくてはならない。常に、ここから先が難しく、故にまた研鑽のしがいもあるのである。……個展会場の中にいると、自分の現在のありようが非常に鮮明に見えて来て、実に意義のある空間が私の前に具体的に拡がって見え、その先に新たなる「語り得ぬ領域」が、私をして待っているのである。薄氷を踏むような危うさと愉楽。……この個展の空間と、各々の作品の中には、未知なる手がかりが実に沢山詰まっているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「個展『吊り下げられた衣裳哲学』展、始まる。」

今月の2日の朝、私の歴程特別賞授賞を祝うたくさんの方からのメールがいっせいに届いた。……何故みんな知っているのだろうと思い、数人の人に電話をして訊くと、今朝の読売、毎日新聞ほか地方の新聞にも記事が載っているという。私は新聞をとっていないので、逆に、昨日の1日に正式な発表があったのを知った次第なのである。とまれ、たくさんの方からのメールは有り難く、その一人一人に御礼のメールを返したのであった。美術の分野を越境して、かなり意識的にポエジ―を絡めとり、ノスタルジアを立ち上げる装置を作っているという意識で近年は作品を作っているので、この度の賞は、それを諒とするに足る絶妙なタイミングであったように思われるのである。

 

……さて、前回のメッセ―ジでお話したように、10日から日本橋高島屋本館6階の美術画廊Xで、個展『吊り下げられた衣裳哲学』展が始まった(29日まで)。作品総数90点近い新作が一堂に並び、今回の個展はかなり壮観な手応えを覚えている。先月に高島屋の新館がオ―プンした事もあり、初日から、かなり来廊される方が多いように思われる。……これからの3週間の期間にわたって、美術画廊Xを舞台とした、イメ―ジの交感、危うさを帯びた幻視のエクリチュ―ルが展開するのである。……今回の個展は前評判も高く、自信作がズラリと並んだ個展になっているので、是非のご高覧を、ここにお願いする次第である。

 

 

 

 

「LUCREZIA」

 

 

吊り下げられた衣装哲学

 

 

エウローペの黒い地図

 

巴里の時間

 

 

Angesの計測された衣装哲学

 

 

 

 

 

 

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『 お知らせ 』  

この国の各分野には様々な賞があるが、わけても特異な意味合いを持っている賞と云えば、例えば詩の分野における「歴程賞」がそうであろうかと思われる。この賞は、詩誌『歴程』が島崎藤村を記念して創設された賞であるが、この文学賞の他と違う点は、受賞対象が詩人だけに限らず、その表現がポエジ―を中核としたものであるならば絵画、建築、音楽、映画……もその対象になるという点が特徴的であり、他に比べてある意味、純度が高いように思われる。……私がこの賞の存在を知ったのは、1984年にマッキンリ―で遭難した登山家の植村直巳さんに対して、生前の1975年に〈未知の世界の探求〉という受賞理由で歴程賞が贈られる事になった時に、なかなか理念の高い評価をする良い賞だと思った事が始まりであった。とは云っても、金子光晴大岡信・吉岡実高槁睦郎吉増剛造……といったこの国の代表的な詩人諸氏の受賞者が名を連ねているが、それでも時として、1993年には画家の岡本太郎の全業績に対して歴程賞が贈られ、また宇宙飛行士で日本科学未来館館長の毛利衛さんが、日本宇宙フォ―ラム主任研究員の山中勉さんとの共同プロジェクトで行った「宇宙連詩」で、2011年に歴程特別賞を受賞するなど、選考基準は相変わらず開明的で幅が広く、なかなかに面白い。そして、その毛利衛さん達以来、7年ぶりとなる歴程特別賞が、先日開かれた選考会で、私が受賞する事が決まり、選考委員を代表して、詩人の野村喜和夫さんから審査経過と、私が賞を受けるか否かの確認も含めた連絡が入り、私は喜んで受諾する事にした。受賞理由は、私の表現者としての全業績に対してであるという。しかし、私はどんなに折々の作品が評価されたとしても、全て次なる作品の習作と切り換えて考えているので、全業績という言葉にピンと来ないのが、正直な実感である。……ただ最近の私は、もはや美術という狭い概念を離れて、ポエジ―を立ち上げる〈装置〉を作っているという強い想いを持って制作に臨んでいるので、ある意味、今までに受賞した美術の分野での賞より、遥かに手応えを感じているのは事実である。そして、更に突き進んで行こうとする気持ちに良い糧となった点では、今回の受賞は意義が深いと思っている。……私は油彩画に始まり、版画、オブジェ、コラ―ジュ、写真、美術評論と幅広く挑んでいるが、これを機に、かなり腰を据えて、詩作、そして一冊の言葉の磁場を秘めた不思議な『詩集』を刊行したいという想いが、ここに来て、かなり具体的な熱を帯びて来ているのである。

 

……さて、10月10日から日本橋の高島屋本店6階の美術画廊Xで始まる個展『吊り下げられた衣裳哲学』。制作は熱を帯びて次々に構想が膨らんで、遂に作品数が今までで最多となった。これからは、作品を額装したり、タイトルを付けていく次なる大事な作業へと今は移り始めている。……アトリエから会場の画廊へと移り、会期三週間という時間の中で、云わば虚構が現実を勝って展開する危うさの劇場がまもなく始まろうとしている。……重ねて乞うご期待という言葉を、ここに自信を持って申し上げる次第である。

 

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『作品集刊行の反響』

求龍堂の企画出版で私の作品集『危うさの角度』が刊行されて半月が過ぎた。本を入手された方々からメールやお手紙、また直接の感想なりを頂き、出版したことの手応えを覚えている。……感想の主たるものは先ず、印刷の仕上がりの強度にして、作品各々のイメ―ジが印刷を通して直に伝わってくる事への驚きの賛である。……私は色校正の段階で五回、ほぼ全体に渡って修正の徹底を要求し、また本番の印刷の時にも、二日間、埼玉の大日本印刷会社まで通って、担当編集者の深谷路子さんと共に立ち会って、刷りの濃度のチェックに神経を使った。私の要求は、職人が持っている経験の極を揺さぶるまでの難題なものであったが、それに響いた職人が、また見事にその難題に応えてくれた。昨今の出版本はインクが速乾性の簡易なもので刷られているが、私の作品集は、刷ってから乾燥までに最短でも三日はかかるという油性の強くて濃いインクで刷られている。私の作品(オブジェを中心とする)の持っているイメ―ジの強度が必然として、そこまでの強い刷りを要求しているのである。……しかし、当然と思われるこのこだわりであるが、驚いた事に、自分の作品集でありながら、最近の傾向なのか、色校正をする作家はほとんどおらず、また印刷所に出向いて、刷りに立ち会う作家など皆無だという。信じがたい話であるが、つまり、出版社と印刷所にお任せという作家がほとんどなのである。……、昔は、作家も徹底して校正をやり、また印刷所にも名人と呼ばれる凄腕の職人がいて、故に相乗して、強度な印刷が仕上がり、後に出版物でも、例えば、写真家の細江英公氏の土方巽を撮した『鎌鼬』や、川田喜久治氏の『地図』(我が国における写真集の最高傑作として評価が高い)のように、後に数百万で評価される本が出来上がるのであるが、今日の作家の薄い感性は、唯の作品の記録程度にしか自分の作品集を考えていないようで、私にはそのこだわりの無さが不可解でならない。だから、今回、その川田喜久治氏から感想のお手紙を頂き、「写真では写せない深奥の幾何学的リアル」という過分な感想を頂いた事は大きな喜びであった。また、美学の谷川渥氏からも賞賛のメールが入り、比較文化論や映像などの分野で優れた評論を執筆している四方田犬彦氏からは、賛の返礼を兼ねて、氏の著書『神聖なる怪物』が送られて来て、私を嬉しく刺激してくれた。また、作品集に掲載している作品を所有されているコレクタ―の方々からも、驚きと喜びを交えたメールやお手紙を頂き、私は、春の数ヵ月間、徹底してこの作品集に関わった事の労が癒されてくるのを、いま覚えている。

 

私のこの徹底した拘(こだわ)りは、しかし今回が初めてではなかった。……以前に、週刊新潮に池田満寿夫さんが連載していたカラ―グラビアの見開き二面の頁があったが、池田さんが急逝されたのを継いで、急きょ、久世光彦さんと『死のある風景』(文・久世光彦/ヴィジュアル・北川健次)という役割で連載のタッグを組んで担当する事になり、その後、二年近く続いたものが一冊の本になる際に、新潮社の当時の出版部長から、印刷の現場にぜひ立ち会ってほしいと依頼された事があった。これぞという出版本の時だけ印刷を依頼している、最も技術力の高い印刷所にその出版部長と行き、早朝から夜半まで立ち会った事の経験があり、それが今回役立ったのである。……久世光彦さんとの場合も、久世さんの耽美な文章に対峙し、食い殺すつもりで、私は自分のヴィジュアルの作品を強度に立たせるべく刷りに拘った。結果、久世さんの美文と、私の作品が共に艶と毒の香る本『死のある風景』が仕上がった。……表現の髄を熟知している名人・久世光彦の美意識は、私のその拘りの徹底を見抜いて、刊行後すぐに、手応えのある嬉しい感想を電話で頂いた。共著とは云え、コラボなどという馴れ合いではなく、殺し合いの殺気こそが伝わる「撃てば響く」の関係なのである。……今はそれも懐かしい思い出であるが、ともかく、それが今回役立ったのである。だから職人の人も、印刷の術と許容範囲の限界を私が知っている事にすぐに気づき、その限界の極とまで云っていい美麗な刷りが出来上がったのである。この本には能う限りでの、私の全てが詰まっている。…………まだご覧になっておられない方は、ぜひ実際に手に取って直にご覧頂きたい作品集である。

 

……さて、6月から3ヶ月間の長きに渡って福島の美術館―CCGA現代グラフィックア―トセンタ―で開催されていた個展『黒の装置―記憶のディスタンス』が今月の9日で終了し、8月末には作品集『危うさの角度』も刊行された。(『危うさの角度』の特装本100部限定版は、9月末~10月初旬に求龍堂より刊行予定)……そして今の私は、10月10日から29日まで、東京日本橋にある高島屋本店の美術画廊Xで開催される個展『吊り下げられた衣裳哲学』の作品制作に、今は没頭の日々を送っている。今回は新作80点以上を展示予定。東京で最も広く、故に新たな展開に挑むには、厳しくも最高にスリリングな空間が、私を待っているのである。今年で連続10回、毎年続いている個展であるが、年々、オブジェが深化を増し、もはや美術の域を越境して、私自身が自在で他に類の無い表現の領域に入ってきている事を、自分の内なる醒めた批評眼を持って分析している。「観者も実は創造に関わっている重要な存在であり、私の作品は、その観者の想像力を揺さぶり、未知とノスタルジアに充ちた世界へと誘う名状し難い装置である」。これは私独自の云わば創造理念であるが、私の作品は、今後ますます不思議な予測のつかない領域に入りつつあるようである。……その意味でも、10月から始まる個展には、乞うご期待という事を自信を持って、ここに記したいと思う。

 

 

 

 

 

 

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「作品集『危うさの角度』、遂に刊行さる。」

私の近作から現在までのオブジェ作品を中心に、版画・コラ―ジュ・写真・詩といった、私の多面的な表現世界を全て網羅した決定版とも云える作品集『危うさの角度』が、先日、芸術書の出版で知られる求龍堂から刊行された。「……求龍堂刊の『ドラクロアの日記』は、長い間、私の座右の書であった」と三島由紀夫は書いているが、実に95年前からこの出版社は、美術・文芸の分野にわたって名著の数々を世に出してきた老舗の出版社である。私の担当編集者は深谷路子さん、デザイナ―は近藤正之さんという、以前に求龍堂から刊行され話題を集めた拙著『美の侵犯』と同じ尖鋭なメンバーで、気心も知れており、私が全幅の信頼を寄せる人達とによる共同制作である。緻密な作品構成、五回以上にわたる徹底した色校正、更には本番の印刷会社での重要な実地立ち会いまでの長い工程であったが集中して仕事が出来、美術書としても例外的に美麗で、本のタイトルそのままに危ういまでにイメ―ジの深部までを立ち上がらせた、強度な、そして美術書の既存の概念すら越えた不思議な本が出来上がった。本が刊行されるや、紀伊國屋書店新宿本店やジュンク堂他の主要な書店で、美術書のコ―ナ―でも目立つ場所で展示販売されており、反響がかなりあるようで嬉しい手応えを覚えている〈編集部から送られて来た書店の画像があるので、その幾つかを最後に掲載〉。……印刷でも、拘りを持って臨めば、かなりクオリティ―の高い出来映えになるという信念で関わって来たが、この作品集を手にした方々は、決まって先ずは、印刷の美しさと精度の高さに驚かれるようである。書店以外でも、東京日本橋にある不忍画廊・富山のぎゃらり―図南をはじめ、私の作品を取り扱って頂いている画廊でも作品集を販売中なので、ぜひ足を運んでみて下さい。また遠方の方は、最寄りの書店、あるいは直接検索されて、出版社の求龍堂に申し込んで頂れば、すぐに入手が可能。定価は(本体3700円+税)。限定出版なので、早めの申し込みをお薦めします。……なお、9月末には特装本『危うさの角度』(作品二点入り・限定100部)も販売予定。定価他の詳しいことのお問い合わせは、求龍堂までお願いします。

 

 

危うさの角度

 

丸善丸の内本店

三省堂書店神保町本店

紀伊国屋書店新宿本店

八重洲ブックセンター本店

ジュンク堂書店池袋本店

 

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『日本現代銅版画史展―東京・不忍画廊にて22日より開催』

前回のメッセ―ジで、7月に亡くなられた浜田知明さんの回想を書いたが、その浜田さんの作品と、私の版画が、東京都美術館の企画展いらい、本当に久しぶりに一緒に展示される機会が訪れた。東京日本橋にある不忍画廊で今月の22日から9月8日まで、現代の視点から銅版画に於けるポエジ―の可能性を問うた『日本現代銅版画史』展が開催されるのである。作家は、浜田さんと私以外に、駒井哲郎・池田満寿夫・浜口陽三・加納光於ほかであり、なかなか観れない珍しい作品もかなり展示されるようである。……30年ばかり前から版画は時代に合わせんとして浅薄にも作品が大型化し、結果、求心性と密度を欠き、その質が総じて低迷化し、馥郁とした表現世界を持った版画家が全く出て来なくなってしまった。……不忍画廊は、版画の企画展も数多く手掛けてきた老舗の画廊として知られているが、改めて、銅版画の可能性を問うた企画として本展の企画を立ち上げ、今回の展覧会が実現したのである。自問と他者への問い掛けが、本来は各々の展覧会に入っていなくては、実としての意味がない。その意味で、この展覧会は、その先の、表現世界を豊かにするために必須な「ポエジ―とは何か!?」を、銅版画を通して問い直す展覧会なのである。会期は短いが、一人でも多くの方にご覧頂きたい、特異な切り口を持った展覧会だと私は思う。私が本展に寄せて書いた小文や、画廊の展覧会趣旨もぜひお伝えしたく、以下に掲載するので、御一読頂ければ有り難い次第である。

 

『版画に刻まれるポエジー』  北川健次

一九八二年に東京都美術館の企画で『日本銅版画史展』という展覧会が開催された事があった。四世紀にわたる日本の銅版画の歴史を近世・近代・現代の時代区分によって体系的に観せる事を目的としたものである。その図録を開くと、キリシタン銅版画から始まり、司馬江漢・岸田劉生・国吉康雄・藤田嗣治・長谷川潔・駒井哲郎・浜田知明・池田満寿夫・加納光於…と云った名が続き、最後は私の作品で終わっている。この展覧会が開催された時、私は三十歳であったが、版画史という通史的な概念を表現者として強く意識しはじめた節目となる展覧会であった。私はその後、幸運にもこの展覧会に出品していた主要な先達の版画家たちと親しく関わっていくのであるが、その交わりの中から私が吸収した主たるものはエスプリであり、また作品が作品たりえるためのフォルムの問題であった。そして何より、銅版画という方法の檻にのみ捕獲可能なポエジー(詩)と、そのリアリティーについて想いを巡らすようになっていった。

「超絶的美感を起こさせることが詩の仕事である。また小説も絵画彫刻も同様にそうした詩の創作を仕事として初めて芸術になり得るものであろう。」と詩人の西脇順三郎は語っているが、その意味でのポエジーの息づく領土を、私は銅版画の中に探っていたのである。銅版画における詩的表現の可能性を見ると、例えば駒井哲郎と池田満寿夫はその資質、その作品において全く異なるタイプの版画家であったが、先ず何よりもその本質は紛れもなく詩人であり、硬質な銅板に各々の馥郁たるポエジーを刻む人であった。

…ではそのポエジーとは何か。それはイメージの新しい関係を連結し結合して永遠性、そして超絶的な美感へと私たちを至らしめる「何ものか」であって、その先は言葉ではなく感覚でのみ通じ合う、芸術の本質に息づく核とも云えるものであろう。現代は最も芸術の深部から遠去かって久しい不毛の時代であるが、この時にこそ、「ポエジーとは何か」という問いかけの放射を孕んだ本展のような展覧会は確かな意味を持ってくるのではないかと私は思っている。

 

展覧会【概要】

銅版画芸術のパイオニアとしてデューラーの代表作「メランコリア/1514年」「騎士と死と悪魔/1513年」等が発表されて500年が経ちました。

日本では1950年代~60年代にかけて、駒井哲郎、池田満寿夫、浜田知明等が世界レヴェルの国際版画展で受賞を重ね活躍、多くの若いアーティストに多大な影響を与えてきました。そうした先達から影響を受け、そのエスプリを現在も受け継ぐ北川健次氏に今企画展の監修協力を依頼、《近代~現代》を繋ぐキーワードとしてテキスト「版画に刻まれるポエジー」もご寄稿頂きました。

駒井哲郎、池田満寿夫、北川健次を中心に、浜田知明、加納光於、浜口陽三、菅野陽(銅版画家・「日本銅版画の研究」著者)の名作・秀作銅版画を出品します。デューラーから500年、エスプリの効いたポエジーとしての銅版画芸術を是非ご堪能ください。(不忍画廊)

 

 

『日本現代銅版画史展  名作を繋ぐポエジーの変遷』

〜 駒井哲郎|池田満寿夫|北川健次を中心に 〜

会期:2018年8月22日(水)~9月8日(土) 日曜休廊 11:00-18:30

会場:不忍画廊

〒103-0027 東京都中央区日本橋3-8-6 第二中央ビル4階

(日本橋高島屋 南出口真向かい 理容店ポールのビル4階です)

Tel:03-3271-3810 mali:info@shinobazu.com

web: http://shinobazu.com/

 

(左から)

●池田満寿夫「アダムとイヴ(捕らえられたイヴ)」1964年ドライポイント、ルーレット 365×335mm

●駒井哲郎「風」1958年 エッチング、アクアチント 150×182mm

●北川健次「楕円形の肖像」1979年 フォトグラヴュール、エッチング、アクアチント 360×255mm

 

 

・北川健次「廻廊にて- Boy with a goose」2007年

フォトグラヴュール、エッチング 380×285mm

 

 

・北川健次「肖像考 – Face of Rimbaud」2004年

フォトグラヴュール、エッチング、アクアチント380×285㎜

 

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『回想・浜田知明さん』

……先月の16日、午後から私の作品集の色校正に向かう前に少し時間があったので、引き出しを開けてオブジェの断片に使うコンパスを探していた。その引き出しは工具以外は入っていない筈なのに、何故か1枚の葉書がそこに紛れこんでいた。……妙だなと思って手に取ると、それは以前に版画家の浜田知明さんから頂いた年賀状であった。自筆の青いインクで「これからも良い作品を作り続けていって下さい。浜田知明」と書かれた、私への励ましの文が記されていた。……一瞬ヒヤリとする予感が背筋を走った。以前に、佐谷和彦さん(画廊の立場から日本の現代の美術界を強力に牽引された)が亡くなられる数日前に、夢の中で、背中に眩しい光を放ちながら、私に満面の笑みを送ってくる佐谷さんの夢をみた、その2日後に佐谷さんは急死されたのであるが、それに似た感覚がその時に卒然と立ったのであった。……果たしてその翌日の17日に浜田さんは逝去された。享年100才。その報は、いま私の個展を開催中のCCGA現代グラフィックア―トセンタ―館長の神山俊一さんから頂いた。

 

私が独学で銅版画を始めたのは19才の時であった。当時は版画が活況で、『季刊版画』という密度の濃い季刊誌を読みながら、その中に登場する、駒井哲郎、棟方志功、池田満寿夫……といった人達の記事を読みながら、自分も版画史の中に入っていくような作品を作りたいという熱い想いに没頭するような日々を送っていた。その後、幸運にも駒井哲郎、棟方志功、池田満寿夫といった先達に評価されて、版画家としてスタ―トしたのであるが、若年の私には、いま一人の意識する先達がいた。それが浜田知明さんである。浜田さんと同じ壁面に作品が飾られるという体験をしたのは、私が30才の時、東京都美術館が企画した『日本銅版画史展』であった。そして、実際に浜田知明さんに出会えたのは翌年に開催された『東京セントラル美術館版画大賞展』の受賞式の時であった。この展覧会で私は大賞を受賞したのであるが、その選考委員の一人に浜田さんがおられたのであった。式の時に、やはり選考委員であった池田満寿夫さん達と話をしていると、会場の奥から浜田さんが、私を鋭くじっと見ながら近づいて来られた。版画の分野を越えて、戦後の日本美術史にその名を刻む人を前に、まだ若僧の私はいささか緊張した。しかし、浜田さんは開口一番、笑みを浮かべて「あなたの今回の受賞作『アンデスマ氏の午後』を大分の美術館に入れたいのですが、まだ在庫はありますか?」と云われたのであった。その作品は、この展覧会の直前に番町画廊で開催した個展で完売してしまっていたのであるが、私は自分用に取ってあるAP版ならありますと答えたのであった。……それから浜田さんはご自分で開発された秘伝の技法というべき貴重な隠しテクニックをその時に詳しく教えてくれたのであった。……私にとって必要な、しかし前に進むには未だ知らない技術を、浜田さんは拙作を観て鋭く感じとられていたのである。……しかし、その後、浜田さんは熊本に住まわれていてなかなかお会い出来ず、年賀状のやり取りが続いたのであるが、後に版画集の個展を熊本の画廊で開催した時に、浜田さんは二日続けて画廊に来られ、長い時間、じっくりと私は浜田さんとお話しをする幸運な機会を持てたのは、今思い返しても貴重な体験であり、表現者としての財産となっている。「私はあなたの作品が大好きなんですよ」と何度も云われた浜田さんに、私の作品のどういった面が好きなのですか!?」という大事な、当然聞いておくべき事を聞いておかなかったのは不覚であるが、それが何であるかは、実は私は想像がついている。後日、私が熊本の個展を開催した画廊の人が運転する車で空港へと向かって行く時に、浜田さんと偶然、道で再会したのであるが、その時に私に向かって強く手を振っておられた光景は、何故か駒井哲郎さんのありし日の姿と重なって今もありありと眼に浮かぶ。駒井哲郎、浜田知明。このお二人は精神が無垢なままに通じ合う、戦後のある時代を共有するパイオニアであった。……そして版画の黎明期を支えるべく、真摯に版画と向かい合った先駆者であった。私は彼らから銅版画のみに潜むエッセンスを吸収したが、それは通史としての版画史の核に通じるものでもある。……浜田知明。この澄んだ魂と、反骨にして深く人間の不条理を凝視し続けた人の事は、私は年賀状に青いインクで書かれた励ましの言葉と共に決して忘れないであろう。

 

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『紀尾井坂の変』

前回のメッセ―ジは、もはや凶器と化した水の脅威について書いたが、加えて夏は酷暑がそこに追い討ちをかけている。一昨年より去年、去年より今年の夏が明らかに異常な猛暑が過酷化し、遂に気象庁が「今日は命にかかわる危険な暑さ」という表現を普通に使い始めた。来年の夏からは、猛暑が「酷暑」「炎暑」という表現に変わるらしい。太平洋高気圧とチベット高気圧。この二つが日本の上に居座るというかつて無い異常な事態。2年後の夏のオリンピック、特にマラソンは猛烈な炎暑の中での凄惨な光景がデスゲ―ムのように魔口を開けて待っているに違いない。…………ところで、あの女性は何という名前だったか?……ミランダ・カ―?……いや違う。ケイト・ブルンネン!?……いやかなり違う。あぁ、そうであった、滝川クリステルであった。そのクリステルがしたり顔で言った「お・も・て・な・し」とは、祇園や柳橋の料亭、御茶屋の女将の手慣れた接遇や気配りをイメ―ジするのは間違いで、来るべき更なる炎暑のアスリ―ト達への洗礼こそが、すなわち「お・も・て・な・し」の秘めた真意だったように、今となっては思われてくる。おもてなしとは、表無し。……つまりは、もう一つの裏の意味の響きがあったように思われて来るのである。 ……さて、このあたりで話題を変えて、少しひんやりとした話に移ろう。

 

地下鉄の赤坂見附駅を下りて弁慶橋という橋を渡り、紀尾井町方面を目指して行くと、左手にホテルニューオータニが見えてくる。そこに至って真向かいに目を遣ると、鬱蒼と木々が繁り、何やらひんやりとした冷気さえ漂う公園がある。今は「清水谷公園」と呼ばれるそこは、明治11年5月14日の早朝に馬車に乗って赤坂仮皇居へと向かう、時の内務卿・大久保利道が不平士族六名によって暗殺された現場で、今はそこに巨大な石碑が建っている。……前年の9月に西南の役で自刃した西郷隆盛。その半年後に暗殺された大久保利通の事実上の相討ちであった観がある。この二人は正に薩摩を代表する両頭として語られるが、実際の人物の格は少し違う。或る人物が両者を評してこう言った。すなわち「大久保は完璧な銀の玉である。一方の西郷はキズのある金の玉である」と。けだし名言、至言であるが、この言葉の意味は、大久保は目的遂行の為には容赦のない鉄の心を持った完璧な人物であるが、しかし、どうあがいても、金の玉の西郷には及ばない、という事である。二人は誰よりも固い友情で結ばれていたと多くの歴史小説はドラマチックに書くが、友情という概念は明治以降に入ったもので、もっとリアルな心情を探ってその時代を凝視していくと、自尊心が異常に高かった大久保の内面から見えてくるのは、西郷に対する秘めた嫉妬、更には大久保自身の凄まじい野心を実現する為には如何に西郷の求心力が〈今は〉必要であるかという、強かな計算が見えてくる。……この辺りの二人の微妙にして特異な関係は、日本ではなく、むしろキュ―バ革命を成功させたチェ・ゲバラとフィデル・カストロの関係が、或いは類として近いかと思われる。勿論、高潔にして革命に理想の詩を見たゲバラが西郷であり、根っからの政治家であり、八方の心を掴む事に長けていたカストロが、大久保のそれと重なる。また、倒幕への目的遂行の為に実質的にタッグを組んだ相手は、西郷は家老の小松帯刀であり、大久保は公家の岩倉具視が最も近い。……明治9年に西郷が最も心を許した桂久武という人物に宛てた、大久保政権を激しく批判した書簡(近年に公にされた)で、西郷は「自分の志が伸びないのは大久保一蔵〈利通〉あるを以て也。大久保は人のする処を拒み自ら功を貪り、……陰に私意を逞しくしている」と記し、最後に「彼の肉を食うも飽かざるなり」と激烈な批判を浴びせている。……一方、大久保は暗殺される直前に馬車の中で読んでいたのは、自分宛ての西郷からの古い手紙であったという。……西郷を死へ追いやった事への悔恨であろうが、この辺りもゲバラを結局は死へ追いやったカストロの心情と、私にはだぶって見えてくるのであるが、如何であろうか。

 

……私は、4月辺りから度々この大久保利通暗殺現場の前を通り、紀尾井町に至る近道がある清水谷公園内の石段を登っていく日々が続いている。紀尾井町の文藝春秋ビル内にある、美術と文芸に関わる老舗の出版社「求龍堂」から8月初旬に刊行予定の私の作品集『危うさの角度』の為の打ち合わせや色校正のチェックが厳しく続いているのである。オブジェ、コラ―ジュ、版画、写真、そして詩を収めた、美術書としては類例のない作品集にすべく、質的に高い内容にするために妥協のないチェックが続き、普通の作家ならせいぜい2回で終わる色校正のチェックが、先日5回目の校正で、私はようやくOKを出した。来週はいよいよ印刷の本番が埼玉の印刷所で行われるのであるが、私は担当の編集者の人と一緒に印刷所に行き、2日間の通しで立ち会う事になっている。……9月9日まで、福島のCCGA現代グラフィックア―トセンタ―で開催中の個展。8月22日~9月8日まで東京の不忍画廊で開催予定の『現代日本銅版画史展』。……10月10日から日本橋高島屋・美術画廊Xで開催予定の個展と、予定はびっしりと詰まっているが、拙著『美の侵犯―蕪村×西洋美術』に続いて求龍堂から刊行される作品集は、また別な神経が使われるので、完成の日までは気持ちが休まらない、この夏である。……ともあれ考えている事は、妥協のない制作であり、また新たなる領域への挑戦である。外も暑いが、私の内面もまだまだ熱い夏が、今しばらく続くのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『ニッポン・キトク』 

数年前の、このメッセージ欄で、「人類は間違いなく水で滅びる」と断言したレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉を引いて、温暖化現象による水の被害は年々加速的に甚大となり、もはや打つ手が無く、 唯々受け身でこの崩壊現象に流されていくしかないであろうと書いたが、この度の西日本ほぼ全域にわたる、かつて無い被害の大きさを見ると、どうやら予見は当たっていたように思われる。加速的に、つまり、釣瓶落とし的な速さで私達の現実に危機的な状況が迫っているのである。……ダ・ヴィンチは、最初は「人類は火で滅びる」と予見したが、途中で火を水へと、その考えを書き変えている。彼の明晰な頭脳の中で、火がなぜ水に変わったのか、その根拠は書いてないが、その沈黙が却って不気味である。ともあれ、背後の裏山を背負って生きている人は、年々増している降水量の増加が間違いなく山崩れへと繋がっていくわけだから、本気で何らかの決断をしなくてはならない時期に否応なく来ていると思われた方が良いであろう……自分だけは大丈夫。……今まで何も起きなかった。……ご先祖様が守ってくれているから……は、命取りになってしまうのである。

 

……ところで、もはや好き嫌いではなく、エアコンがなくては夏を乗り切れない時代になってしまったが、そもそも最初にエアコンを考えた、人類にとって感謝すべき人は、はたして誰だろうか!?……私の素朴な問いに、「それは1758年にベンジャミン・フランクリンと、ケンブリッジ大学で化学の教授をしていたジョン・ハドリ―が蒸発の原理を使って物体を急速冷却する実験をしたのが、すなわちエアコンの始まりである」と、ケペル先生のように忽ち導いてくれた物知りな友人の言に沿って調べて行くと、彼らの後にウィルス・キャリア(1876~1950)という人物が現れ、1902年に噴霧式空調装置(すなわちエアコン)を作った事、そしてその後の1930年にフロンガスの開発……を経て今日に至っているという経緯をはじめて知った。もし今、エアコンがなかったら……と考えるとゾッとする。間違いなく毎日、とてつもない数の死者が出て、世界は断末魔的な末期を呈していたであろう事は間違いない。……しかし、現在のこのエアコンの機能。間違いなく来るであろう更なる高温の時に備えて、今よりももっと冷却の温度設定を低くする改良が確実に要求されて来るであろう事は想像に難くない。

 

以前に週刊新潮の連載『死のある風景』で一緒に組んでいた久世光彦さんの著書に『ニホンゴキトク』という本がある。美しい響き、奥深い翳りの韻と色気のある日本語が次々と死語となって消えていく事への久世さんなりの警鐘であったが、私はそれを越えて、もはや昨今の日本が面し呈している様を見て「ニッポン・キトク」と言いたい衝動に駆られている。……あまりに殺伐とした感がますます日本全体を不気味に覆っているが、……その最たるものが、先日逮捕された大口病院の看護師・久保木愛弓が起こした事件であろう。……現在で20人くらいの殺害を自供しているが、まだ20人くらいの不審な急死をとげた患者がこの病院にはいるので、調べが進んでいくと、ひょっとすると合わせて40人くらいが殺害されたという前代未聞の数に達する可能性も多分にある。……この大口病院、アトリエからかなり近い所にその病院(事件の現場)があり、私も以前に何回か診てもらった事がある。その時、或いは後に犯人となるこの看護師が傍にいたかもしれないと想うだけで、もはや真夏の怪談よりも背筋の寒いものがある。……話はかわって、アトリエのある妙蓮寺駅前に面して「妙蓮寺」という名の古刹があり、毎日のように葬儀があり、「メメント・モリ(死を想え)」を私に思わせる場となっている。……昨日は、近くに住んでいた歌丸師匠の葬儀が行われていた。参列者2500人くらいの人が、晩年になるにつれて更に深まっていった、この名人の芸と人柄を惜しんで見送っていた。……私は中学時代、何故か落語が好きで、学校から帰るとテレビの前に座り、5代目志ん生、8代目文楽、6代目圓生……といった、今では伝説的な名人の芸を、それとは知らず、ごく普通の気楽な気持ちで味わっていた。……しかし、何故か正座をして聴いていたのは自分でも妙ではある。その後で、ベルクソンの『笑い』という著書を読み、「笑い」なるものの、複雑な感覚の生理を知る事になった。笑い、その本質を深めていくと間違いなく狂気の域に近づく、それは恐ろしい領域なのだと思う。…………さて、次回は一転して、〈大久保利通〉という計り知れない野心家・鉄人の暗い内面にわけいった、題して『紀尾井坂の変』を書く予定。……次もまた乞うご期待である。

 

 

 

 

 

 

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『個展―②』

福島県須賀川市にあるCCGA現代グラフィックア―トセンタ―は、アメリカの現代版画の発展に大きく関わった版画工房・タイラ―グラフィック社の現代版画ア―カイヴコレクション(ジョセフ・アルバ―ス、ホックニ―他)を中心に数多くの版画の秀作を収蔵している美術館である。……先日の16日は、この美術館での私の個展の初日であったが、前日に降ったあいにくの雨の影響でかなり寒い日となった。初日はレセプションと私のト―クが予定されていたが、この寒空の下、はたして何人の人達が来られるのか朝から気になっていた。……まぁ、5,6人だったら、かえって気軽に話そうか……などと弛んだ事を思っていたのが、送迎バスが美術館の入り口に着くや、たくさんの方々が、まるでマジカルミステリ―ツァ―のごとく次々と降りて来られたので、私は慌てて頭のネジを巻き直した。……名古屋ボストン美術館館長の馬場駿吉さん、詩人の野村喜和夫さん、この4月に個展を開催した画廊香月の香月人美さん、友人、また、私の版画やオブジェのコレクタ―の知己の人達と共に、熱心な版画愛好家の方々など5.60人が来られたのは、本当に有り難く、また嬉しかった。……来客の人達が全員会場に入るや、美術館館長の神山俊一さんの挨拶から始まり、神山さんの進行に合わせて、私が処女作から、版画集の作品、またオブジェへと、作った時の逸話、また駒井哲郎さんや棟方志功さん、そして池田満寿夫さんとの運命的な出会い、版画集の舞台となった海外での体験などを話題にして話し、予定していた時間はあっという間に過ぎてしまった。……しかし、40年以上前からの旧作について語るのは、正直なところ、いささか躊躇うものがある。まるで古い日記(封印した筈の)を今再び開いて見せるようなもので、昔日の想いや迷い、各々の作品に絡まる私の物語、その作品に託した熱いもの、……そういった私小説的な遠い日々の事が話していると生に甦ってきて、熱くなってしまうのである。しかし、そう思いながらも、また自作について語る事の面白味も同時に私は味わった。……会場には、版画集の実際の原版や、制作段階でのメモなども展示されていて、皆さん、私の創造の舞台裏を垣間見るように熱心にご覧になっているのが印象的であった。また、全ての版画集を揃って一堂に観れたのは私も初めてであり、なかなか観れない貴重な体験となった。……二次会が済んで帰られる方々を郡山駅まで見送った後で、まだ話足りないものがあり、前館長の木戸英行さん、館長の神山さん、そして昨年までDIC川村記念美術館の学芸課長をされていた鈴木尊志さん(現・諸橋近代美術館副館長)との4人で三次会になり、サイ.トゥオンブリなどの興味ある尽きない話になって、ホテルに帰ったのは深夜であった。もっと話していたいのは山々であるが、翌日は日曜でありながら、東京に戻ると、その足で紀尾井町の出版社(求龍堂)に直行して、刊行迫った私の作品集の詰めの打ち合わせが、休み返上で待っているのである。……さて、今回の展覧会でどうしても書いておくべき事がある。それは、本展のポスタ―や図録の作製で、その高い感性をもって挑んで頂いた、デザイナ―の亀井伸二さん、原純子さん(STORK)の存在である。4月中旬頃に神山さんから、展覧会のポスタ―がアトリエに届いた。荷を開けて見た瞬間に、その見事なセンスをすぐに直感し、壁に貼って、その細やかな感覚の配りと、センスの高さにじっくりと触れて、私はこの展覧会の成功を確信した。展覧会直前に完成した図録もまた見応えのある出来映えで、私は本当に気に入っている。昨今なかなか展覧会のポスタ―でハイセンスな強い引力を感じる物はないが、亀井さん、原さんの力量は群を抜いたものがある。……ポスタ―と図録。……このお二人に仕事をして頂いた事は間違いなく私の幸運である。……その展覧会図録に収められた、木戸英行さん、神山俊一さんのテクストも各々に深い点に鋭く言及した力作で私は何回も読み込んだ。……また詩人の野村喜和夫さんが書かれた詩的断章「まず顔貌、つぎに幾何、と辿るうち、……北川健次への詩的アブロ―チ」は、現代の詩の分野を牽引する氏の多面体的な秀でた才能を鋭く開示したものであり、テクストの領域を越えた見事な詩作品になっている。……さて、この展覧会図録は、遠方の方など、なかなか観に来られない方の為に直接の通信販売にても入手可能なので、ご興味のある方は美術館の方に問い合わせをして下さい。……今回の展覧会の事は7月1日(日)の、朝9時と夜8時からの「日曜美術館」のア―トシ―ンで放映されるので、ご覧頂けると有り難いです。

 

CCGA現代グラフィックア―トセンタ―

TEL:0248―79―4811。

10時~17時開館。

月曜・祝日の翌日(休館日)

 

 

 

 

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