月別アーカイブ: 1月 2020

『顔、そして眼……楢崎龍(おりょう)の場合』

……電車に乗っていると、ほとんどの人はスマホに没頭しているが、私は座席の前に並んで座っている人達の顔に関心がいって仕方がない。顔という小さな面積(キャンバス)の中に、先祖代々の様々な人達の遺伝子や物語が凝縮して、今、目の前の人達の「顔」として宿命のように現れている。そう想うと、「人は皆、遠い先祖たちの過去までも背負って生きている」と映って、想像力が湧いて来て仕方がないのである。……昔、コナン・ドイルが『名探偵シャ―ロック・ホ―ムズ』の執筆を着想した際にモデルにした人物がいるが、その人は医者でありながら、趣味は、人の顔相や着ている服装、そして靴の痛み具合や磨り減り方を見て、観察している相手の職業や家庭環境……等を推理する事であったという。そして、このホ―ムズのモデルとなった医者の分析はことごとく当たっていたという。私はこの逸話を聞いて、暫くそれに没頭した事があるが、とにかく、そういうわけで私は他人の顔に関心がいって仕方がないのである。……そして、その顔が他の何に似ているかと考え、痒い所に手が届いた達成感のようにピタリと当てはまらないと、自分でもまだまだイメ―ジを連結させる修行が足りないと、反省する事しきりなのである。人に似ている物が、別な人とは限らない。例えば、正面から見た新幹線であったり、海藻が絡み付いた地引き網であったりと、その対象はあまねく広範囲なのである。……そういうわけで、顔と云えば、インパクトに於いて他の追随を許さない人物、つまり前回に続いてカルロス・ゴ―ンがここに登場する事になる。……この男、「レバノンにいま必要なのは先ずは教育現場の豊かな拡張だと思う。だから僭越かも知れないが、私は私財を叩いて学校を建てる事に協力を惜しまない。この国に尽くしたい。……」とでも云えば、レバノンでもいだかれている拝金主義の亡者のイメ―ジから、流れは少しは変わるかも知れないが、作業員に変装して失笑をかった辺りから、やることすべてに焼きが回ったようで、つまりは精彩がなく窮していくばかりである。とまれ、日産・ルノ―、そして造反、……そんな事は全く関心はなく、私は年明けから、このあまりに特徴的な顔をしたゴ―ンが他の「何」に似ているかという事に取りつかれ、その事ばかり考えていた。……タブレットで検索すると「Mr.ビ―ン」に似ているという意見が圧倒的に多い。たぶん、みんなの関心もゴ―ンの顔にあるのであろう。……しかし、Mrビ―ンの売りは、小心、屈折、無口、僻みであって、ひたすらな強気、頑固、巧みな饒舌、背景を大きく見せる剛腕で生きて来たゴ―ンとは真逆で、言われる程には似ていない。……私は更に考えて漸く、痒い所に手が届く物に到達した。それが、……何と、……「達磨(だるま)落とし」である。太い眉、不機嫌に相手を睨み付ける強い眼力、逆Vの字の固く閉じた口。…………さてさて、皆さんにはどのように映ったであろうか!?

 

 

 

 

話は変わって、話題は顔から眼に移る。……昨年の夏に千葉を襲った猛雨の時に、本来ならば災害本部を立てて陣頭指揮をすべき筈の県知事の森田健作が、あろう事か一番大事な時に公用車を私的に使い自宅へ向かった!というW失態で糾弾されたのは記憶に新しいかと思う。しかし、その直後の会見がいささか不味かった。……私だったら早々と頭を丸め、修行僧の袈裟姿に服装を変えて会見の場に臨み、横に「どんなに注意して歩いても、目先の石にだってつまずく事はある。だって、人間だもの。 相田みつお」と、黒々と墨書きした大きな色紙を掲げて(もちろん、相田みつおに、そんな言葉は無いと思うが……)、先ず最初に深々と頭を下げ、「この失態を猛省し、知事である以前に、先ずは一人の人間として精神の修行を積み重ね、これをバネにしてこの国の県知事史上、最高に優れた知事と言われるように己をひたすら磨き、千葉県の人々の為に粉骨砕身しますので、皆さんも、この未熟者を叱咤すると共に、何卒寛大な眼差しを持って見守って頂きたいのであります!」と先手で話し、「……何もそこまでやらなくとも……」と、矛先をはぐらかせば良いものを、詭弁を弄して逃げ切ろうとする反発の姿勢を見せたから、2か3で済むのを、8か9に飛び火させて、世論の過剰反応な情緒が一斉に噛みついたのであった。……その公用車の私的使用に関しても、舛添都知事の時もあったし、極論すればかなりの数の政治家、知事、その他諸々がまぁ日常的にやっていることは想像に難くないのである。…………テレビで、その森田健作が汗を拭きながら弁明する姿を見ていて私が思ったのは、ちょっと世間の人の憤りとは違ったものかと思う。「……しかしこの森田健作、ずいぶん眼が小さく、細くなったなぁ……」という驚きであった。ためしにタブレットで昔の俳優をやっていた頃の森田健作を見ると、果たして、人はかくも眼が小さくなるのかと、ため息が出る程の今の変わり様である。私は思った。〈人は例外なく歳を取ると、眼が小さくなってしまう〉と。森田健作以外に身近の周りを思い出しても、そこに例外は無い。……かく言う私も、20代の頃は30m先から北川さんの大きな眼、長い睫毛が気になって仕方がない……と方々に指摘され、瞳孔の綺麗な光が太陽に反射して眩しすぎる!……とつい昨日のように言われたのを今、思い出した。……そして、私は思ったのであった。「やはり間違いない!……あの女は、楢崎龍ではなく別人である!!」と。…………本名、楢崎(ならさき〉龍、通称、おりょう坂本龍馬の妻として知られる、あまりにも有名な女性である。

 

 

私のアトリエのある横浜・東横線の妙蓮寺駅から3つめの「反町駅」という駅で下車して暫く行くと、高台の上に「田中家」という幕末からの老舗料亭が今も在る。広重の東海道五十三次の「神奈川台之景」にも、その「田中家」は描かれている。1867年に京都の近江屋で坂本龍馬が暗殺された後、明治の世になり、龍馬の妻のおりょう(1841~1906)は、勝海舟の口利きで、この田中家で働いていた事があった。そこで撮した当時の写真が残っているが、その顔は、おりょう晩年の時に撮した顔と目鼻立ちにおいて似ており、何より眼が大きいのが特徴的であり、同一人物と見て間違いはない。……晩年のおりょうの眼は、なかなかいないくらいに眼が大きいのが特徴的なのである。……その2枚の写真と比べると、度々、龍馬関係の番組などで知られる、若き日のおりょう(と云われている)の写真の顔は、瓜実顔で眼が細い典型的な京美人の顔である。……若い頃に撮ったおりょうの顔が、晩年の顔と違いすぎるので、疑問視する声は以前からかなりあり、同写真を収蔵している高知県立坂本龍馬記念館が警視庁科学警察研究所に鑑定を依頼した事があった。顔の輪郭や目などの位置や形を分析した結果、目や口の形などに相違はあるが、同一人と示唆することが科学的に妥当な判断と、断定は控えながらも一応はゆるい結論が出た。……「目や口の形などに違いはあるが」という大事な箇所を、警視庁科学警察研究所は何らこだわりなく素通りしているが、私が引っ掛かるのは、若い頃より晩年の方の眼が、写真では大きいという不自然な事実である。これが、若い頃に眼が大きく、晩年になって小さくなっていたのなら、「目や口の形などに違いはあるが(つまり、すぼんだ)」は難なく納得するが、そこの大事な所を鑑定者は飛ばしてしまったのではないかと、気にかかる。……また、その若き日に撮られたおりょうと同一人物が芸者として写っている写真も別に存在していて、誰もが納得するような結論はまだ藪の中である。……私は『「モナリザ」・ミステリ―』という著書を以前に書いたので、読まれてご存知の方もお在りかと思うが、そこまでやるのか!と言われるくらいに、問題点が浮かんだら物証的な裏付けを求めて、例えば、京大の発達心理学の教授に会いに行って、私の視点に対し、その分野のプロが見て整合性はあるのか……というふうに客観性を交えた複眼で徹底的に詰めて書く人間であるが、それ故に、この警視庁科学警察研究所の鑑定結果報告に、消化不良の得心の無さをどうしても覚えてしまうのである。……まぁ、良しとして事なかれの妥協点をこの国は平気で出して、人々も曖昧の内に了解してしまう流れが国民性としてあるが、これが西洋だと、その曖昧さは許されない。……数年前の話になるが、ダリの娘だと称する女が現れた時に、フィゲラスのダリ美術館の地下に埋葬されているダリの死骸を掘り出して、血液鑑定、遺伝子鑑定を徹底精査して、その女の虚偽を立証した例などは記憶に新しい。……とまれ、人は例外なく歳を取ると眼が小さくなる。……ここに書いたおりょうのように、小さく細かった眼が重力や目蓋の重みに反して、不自然なまでに晩年になってありありと開いた……というのは絶対に有り得ないが、余談を記せば、若い頃から眼が大きく、晩年になっても、その眼の大きさを保った……というのは、考えてみると、女優の京マチ子(1924~2019)くらいであろう。未だ新人の内に文豪・谷崎潤一郎にその才能を絶賛され、谷崎の予言通りに、国際映画祭を次々に制し、グランプリ女優と呼ばれた伝説の女優の、それは内に秘めた矜持の成せる業なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

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『年の始めに……永井荷風と陽水』

新年明けましておめでとうございます。今年初のメッセ―ジをお送りします。…………12月後半は不覚にもA型のインフルエンザを患い、熱が下がったと思ったら次は悪性の風邪。医者からはひたすら安静に、と言われていたので寝床での読書三昧の日々が続いた。……読んでいたのは芥川龍之介『支那游記』、谷崎潤一郎『上海交遊記』、そして永井荷風『断腸亭日乗』……他である。以前のブログでも書いたが、私は自分が関心を持つと、何故か少し遅れてメディアがそれを話題にする事が度々あるが、年末のテレビで、読んでいたその芥川の『支那游記』を原作とした『ストレンジャ―~上海の芥川龍之介』の放送があった時は、あまりにタイムリ―すぎて面白かった。1920年代の魔都・上海をリアルに映像化した画像が出てきて、まるで私の為にこの番組を組んでくれたかのように愉しめたのである。……そして年が明けた2020年。除夜の鐘のゴ~ンという音の響きがまだ記憶に残っている時に、生き物の方のゴ―ンが狭いトランクの中に潜んで、日本を脱出した。シュミレ―ションを何回も重ねた後の脱出劇だというが、もし仮に検査係が「カミソリ」のような切れ者で、トランクに疑問を抱いて脱出直前で開いていたならば、……と、その姿を想像すると笑いが止まらない。一か八かの博打のようで、この事件、江戸時代の大奥の女が、惚れた歌舞伎役者に逢いにいく為に、籠に潜んで抜け出た江戸城からの脱出劇と発想は同じで、今も昔と変わらない。

 

 

 

 

……さて、正月の2日、先ずはアトリエの片付け、清掃からと思って作業を進めていると、卒然と神経に直に伝わってくる生々しい感覚を覚えた。自分でも意外だったのであるが、創作の衝動が急に立ち上がって来たのである。(この空間にそれらはいつからかおり、私に捕まるのを息を潜めて待っているかのようである。)……作る!というよりも何物かの強い力によって導かれ、引っ張られるように、次々に構想が浮かび、一気に様々な短編小説を綴るように作業台の上に10点近い生なオブジェ(勿論、最終的な完成形は後日になる)が、夕方、暗くなる頃には一堂に並んだのである。……それらを視ると、また新たな展開が来訪したかのように、かつて無かった世界が、そこに拡がっている。二年前に求龍堂から刊行された作品集『危うさの角度』で自作を振り返り確認出来た事であるが、制作に於ける攻める方法論が、より「客体」である事を志向するかのように、年々ありありと変わって来ているのである。……今、私の眼前にある10点近い新たな形は、彼方からやって来たように有機的な気配を未だ帯びており、私はその「名付けえぬ物」たちの生誕に立ち会う最初の観者のように、それらの新作を眺め観ているのである。

 

 

……『クレーの日記』や『ドラクロアの日記』は、美術の分野における画家の正直にして貴重な内面の記録であるが、文学の分野における日記の有り様は、各々の作家の複雑な資質を映して、正直あり、自白あり、隠し事あり……となかなかに一様では掴めない(という手強さがある)。三島由紀夫、山田風太郎、石川啄木、樋口一葉、正岡子規、武田百合子……等々。しかし、群を抜いた面白さという点では、やはり永井荷風の『断腸亭日乗』に指を折るかと思われる。世相の移りと荷風自身の内面との距離感が面白く、そこに時代特有な抒情やエロティシズムが絡んで、夕暮れの切ない陰影を孕んでいて面白い。……その『断腸亭日乗』を年末から年明けにわたって読んだのであるが、実は30年ぶりの再読になる。12月の鹿児島での個展の合間に訪れた文学館に再現されている向田邦子さんの書斎の蔵書の中に『断腸亭日乗』があるのを見つけ、「やはりツボを押さえているな」と思い、鹿児島の古書店で見つけて久しぶりに読み始めたのである。……再読してもやはり面白い。「秋の空薄く曇りて見るもの夢の如し。午後百合子訪ひ来りしかば、相携へて風月堂に往き晩餐をなし、堀割づたひに明石町の海岸を歩む。佃島の夜景銅版画の趣あり。石垣の上にハンケチを敷き手を把り肩を接して語る。……」といった抒情や男女の風情ある交わりがあるかと思えば、転じて、「去年大晦日の『毎夕新聞』に市ヶ谷富久町刑務所構内にて明治三十年来死刑に処せられし罪囚の姓名出でたり。左に抄録す。明治三十年より昭和十年まで四十年間に御仕置になりしもの六百余人なりといふ。 野口男三郎(詩人野口寧斎女婿臀肉斬取り犯人)・幸徳秋水(約九字抹消)・石井藤吉(大森砂風呂お孝殺し)・大米竜雲(鎌倉辺尼寺の尼を多く強姦せし悪僧)・ピス健(強盗)…………」と、物騒ながら何故か気を引く記述が続く。かと思えば、「十一月五日。百合子来る。風月堂にて晩餐をなし、有楽座に立寄り相携へて家に帰らむとする時を街上号外売の奔走するを見る。道路の談話を聞くに、原首相東京駅にて刺客のために害せられしといふ。余政治に興味なきを以て一大臣の生死は牛馬の死を見るに異ならず、何らの感動をも催さず。人を殺すものは悪人なり。殺さるるものは不用意なり。百合子と炉辺にキュイラッソオ一盞を傾けて寝に就く。」……といった、政治、世相に対岸の火事のごとき無関心の距離をとって、個人主義に徹し、それよりも身近にいる女性の存在の方に関心の揺れる重きを置く。…………と、この辺りで、そう云えば、この記述に似た冷めた眼差しの距離があったな……と思い、辿っていくと、井上陽水の初期の代表曲『傘がない』に行き着いた。「都会では自殺する若者が増えている/今朝来た新聞の片隅に書いていた/だけども問題は今日の雨 傘がない/行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ……」。……これが出た1972年当時は、若者の自殺が増え、川端康成のガス自殺があったりと不穏な世相であったが、その世相への冷めた視線と、個人に重きを置く切り口が斬新ということで、この曲は時代を映す名曲となったが、辿っていくと永井荷風にその先を見るわけであるが、井上陽水が荷風のこの日記を読んで閃いたのか、はたまた時代は廻る……といった時世粧の事に過ぎないのかは、勿論知るよしもない事である。とまれ、この永井荷風の『断腸亭日乗』、ご興味のある方にはぜひお薦めしたい、不思議な引力のある、読み応えありの書物です。

 

 

 

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