月別アーカイブ: 12月 2023

『年末…詐欺師にやられた話』

①あまりに恥ずかしい話なので黙っていたが、思わぬ展開があったので、このブログに書く事にした。……実は今年の始め2月頃に、あろう事かネットショッピングで詐欺師に引っ掛かったのである。いわゆる振り込め詐欺である。(日本文学全集12巻を9840円で。但し2巻だけありません。)の魅惑的な文言に誘われて、銀行から指定の口座に振込んだものの、ただただ冬の木枯らしが吹くばかりで、時が過ぎていった。(やられたな!…まぁいい勉強になったと思えばいいか!)と、無理矢理自分をなだめたものの、やはり燻る悔しさはあった。

 

春になった或る日、都内の某警察署から電話が入った。……なんと、私を引っ掛けた詐欺グル―プの受け子を逮捕したという報せである。実に詳しく話してくれる刑事で、「今回の事件は、あなたをはじめ約50人が被害に遭い、内1人の方が銀行に訴えて、相手の口座を封鎖しましたが、犯人達は別な口座を作って新たな犯罪に入っています。グル―プはヴェトナム人です。我々は今回の逮捕した受け子から本件を立件へと持っていくつもりです!」と熱く語ってくれた。私は「…頑張って下さい」としか言う言葉が無く、季節は春から夏、そして晩秋へと流れていった。

 

……個展の後半に画廊にいた時に1本の電話が入った。東京地検からである。地検を名乗るその人は「今回の事件で被害に遭われた方全員に、受け子が全額を返金したいと話していますが、担当弁護士にあなたの電話番号を教えても宜しいでしょうか?」という確認の問い合わせである。……さぁ、ここからが大事な話で、被害者はキャッシュバックという言葉に釣られて気を許すのが常。……私は東京地検から掛かって来たというその電話番号に(?)を入れて、次なる展開を待った。暫くして、受け子の弁護士を名乗る人物から電話が掛かって来た。「被害金を振込みますので口座番号を教えて下さい」との事。……詐欺師というのは、ちゃんとした道を歩けばかなりの所に行くような、頭の良い人間が多い。政情、話術、心理学に通じた能力があるが、悲しいかな内面の邪気が彼等をして悪へと転落の構図を作っている。……(返金?)……話が巧すぎると思った。連中はどんな角度からでもやって来る。東京地検、弁護士……、詐欺グル―プの部屋に在る何本もの電話各々に確認の応対の為に(東京地検)(○○法律事務所)……の紙が貼ってあるかもわからない。

 

……私は銀行の取引は無いので現金書留で!と要求した。(……わかりました。現金書留での振込みと云うのは例が無いですが検察と検討してみます)との弁護士の返答。……暫くして東京地検から電話が入り、現金書留での返金の是非の確認である。……そして、アトリエに郵便配達人が現れて被害金は全額戻って来たという次第。……この度は東京地検も担当弁護士も本物だった事は慶賀であった。……弁護士に詳しく訊くと、犯人の受け子はヴェトナム人の女性との事。名前もわかった。……何故例外的に今回、被害金が戻って来たかには察するに2つの事が考えられる。①私の普段の行いが良かったから②被害者全員に返金しても50万円くらい。弁護士と犯人が相談して、被害者全員に金を返し、「今回の件は許す」という考えの保証を文書でもらう事で、刑を軽くしてもらうという戦略。

 

……正解は②であった。……しかし当然ながら私は許す考えなど毛頭無い。……今、詐欺の受け子がもの凄く増えているというが、その原因の1つは罪が軽い事に拠る。政治家の愚かな失言も訂正すれば後は誰も責めないのと同じく、実に緩い。……私は思うのだが、犯人の再犯を抑制するには、例えば、入れば案外居心地が良いと言われる刑務所では、骨身に沁みるまでのきつい労働を。そして受け子達も、市中引き回しを復活して、罪の愚かさを身体と精神の痛みで骨の髄まで後悔させる事が肝要だと思うのだが如何であろうか。

 

常々感じるのだが、この国の裁きは、まさかの性善説ではあるまいに、犯人に対し今一度の更正チャンスを与えんとして、それが過度に反映して、時に信じがたいまでに判決が緩く、一方では被害者の遺族には、裁判の後は突き放したように実に冷たいものが現実としてあると聞く。「無事に被害金が戻って来たので許す」という甘い文書が集まれば、この受け子は間違いなく再犯をする事は想像に難くない。そして更なる深溝へと堕ちていく。……犯人が竹で編んだ籠に入れられて衆目の中を、うつ向きながら市中引き回しにされて行く姿。……私は、江戸時代に伝馬町牢屋敷が在った小伝馬町駅を電車で通過する時に、その考えが時に浮かぶのである。

 

 

 

②宇宙は、そしてこの世は、陰と陽の絶妙なバランスから出来ている。①は詐欺師の暗い話であった。……ならば②は明るく愉しい話でこのブログは書かねばならない。それに相応しい話を、今年のブログの最後に書こう。
昨年の年末に、私が最も評価している表現者の一人として、掌に載るサイズの〈覗き箱〉・スコ―プオブジェの中に、無想から紡がれた世界の様々な美しい断片的な光景を封印した夢の錬金術師―桑原弘明君の事を書いたが、今回も再び桑原君の登場となった。忠臣蔵に似て、桑原君は何故か年末に語りたくなる人なのかもしれない。

 

 

 

………先日、その桑原君から素晴らしく美しい本が、わがアトリエに送られて来た。桑原君の極小のオブジェと、泉鏡花文学賞などの受賞でも知られる作家の長野まゆみさんとの、星の欠片のように美しくも危うい共著・競作本、…題して『湖畔地図製作社』(定価.2700円+税)である。発行は確かな本作りで定評のある国書刊行会。……開くと、左頁に桑原君の作品の画像が長野さんの断片的な美文と対にして在り、そして右頁には桑原君の作品のタイトルが作品の外姿と共に在り、また長野さんの短い数篇の小説が載っているという、実に考え抜かれた構成の贅沢な本である。

 

 

……「曲線の愛好家はどちらかといえば/平面図を好むが、/螺旋にかぎっては断面図をえらぶ。」という長野さんの文章には、桑原君の『カノン』と題した、幻惑的な螺旋階段の光景を封印した画像が載り、また、『夢の影』と題した桑原君のフィレンツェと覚しき庭の彫像と噴水の作品画像には対として「落水とおなじく跳ねる水にも/幾何学があり、/それは波状の曲線を画く。」という美しい詩文がパラレルに在り、相乗して私達を無想へと誘っていく。

 

 

……私達はこの本から、例えば稲垣足穂や、自分が想像した架空の国の切手を4000枚以上も生み出した夭折の画家・ドナルド・エヴァンスの夢想へと連想の近似値が傾くかもしれないが、それらには無い豪奢な夢の綴りの韻が、このオブジェ的な奇想書には溢れている。……一人で隠って頁を開くも善し、また親しい人に贈るにも善しの最適な本である。珍しく私が推す本である。

 

 

 

 

この本の入手を望まれる方は、先ずは最寄りの書店、もしくは発行所の国書刊行会(TEL03-5970-7421)、(https://www.kokusho.co.jp)、或いは企画した画廊―スパンア―トギャラリ―(東京都中央区京橋5-22キムラヤビル3F・TEL03-5524-3060.
Email―contact@span-art.comへお申し込み下さい。

 

 

……今年のブログは、今回で終了します。いつもご愛読されている読者諸兄の方々には感謝しております。来年はより内容の幅を拡げて参りますので、更なるご愛顧のほどを宜しくお願いします。皆さん、良い新年をお迎え下さい。 北川健次

 

 

 

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『十二月の怪談夜話』

……昨今の世情があまりに喧しいので、最近の私は寝る時に「怪談本」を読みながら眠るようにしている。お好きな方は首肯されると思うが、怪談話には実に情緒豊かな空気が流れていて、懐かしい気配もあるので、眠りに落ちていくのに丁度良い。

 

 

……今、読んでいるのは河出文庫の『日本怪談実話〈全〉』田中貢太郎著。どれも短いので読みやすい。「戦死者の凱旋」「松井須磨子の写真」「手鏡」「死児の写真」「窓に腰をかけた女」……等々全234話。

 

 

 

 

怪談話は夏が相場と決まっているようだが、さにあらず、…… 冬に食べるアイスクリ―ムが意外と美味しいように、この師走、まぁ「ガリガリ君」(深谷の赤城乳業)をかじるようにお付き合い頂けたら有り難い。

 

 

……その怪談話234話の中から1話、先ずはここに書こう。タイトルは『画家の死』…………そう、他人事ではない。

 

……横井春野君が某日に神宮球場へ野球を見に往っての帰途、牛込納戸町まで来たところで、向うから友人の月岡耕漁画伯がやって来たので、「やあ、しばらく」と云って懐かしそうに寄って往くと、ふと月岡君の姿が見えなくなった。おやと思ってその辺りを見まわしたが、どこにも見えないので、不思議に思いながら帰って来た。するとまもなく月岡君の令息から、「チチシス」と云う電報が届いた。横井君は月岡君が病気していることも知らなかったので、驚いて月岡君の家へ往ってみた。耕漁画伯の死んだのは、横井君が納戸町の街路でその姿を見たのと同時刻であった。

 

……この話を読んだ時、これと酷似した話があったのを私は思い出した。……1985年に38歳の若さで肝臓癌で亡くなった画家・有元利夫さんの話である。話はたしか芸術新潮か何かの追悼号であったかと思う。……。有元さんの友人が銀座に在ったみゆき画廊に行こうとして、そのビルの階段を上がっていったら、上から有元さんが降りて来た。……その友人は有元さんが入院していたのを知っていたので快復したのだと思い「もう元気になったの!?」と声をかけた。すると有元さんはただ笑顔を浮かべたまま無言で階段を降りて行き、やがて消えていったという。……有元さんが亡くなった知らせがその友人に届いたのは、間もなくの事であった。みゆき画廊で友人が有元さんとすれ違った時、実際の有元さんは病院にいて危篤の状態であったという。……ちなみに、有元さんが初めての個展を開催したのが、そのみゆき画廊であった。亡くなる直前に、人の意識は自身の身体や病床を離れて、思い出の地をさすらうのであろうか。

 

 

……亡くなった、或いは亡くなる直前にその人が、なんらかの形で知らせに来る。そういう経験は何度か私にもある。……今から25年ばかり前の事、私はアトリエの籐椅子でうたた寝をしていた。すると、明らかに力強い現実の感触で私は肩をたたかれて、一瞬で目が覚めた。瞬間、何故か「松永さん!」だと思った。……果たして、その後すぐに松永伍一さん(詩人・文学.美術評論・作家) が心不全で亡くなられたという知らせが入った。……松永さんだ!と思った時、既に松永さんは亡くなられた直後であった事を後で私は葬儀の時に知人を経て知ったのであるが、不思議でならない事がある。……それは、人並みに様々な知人がいる中で、なぜ肩をたたかれた瞬間に、私の脳裏に松永さんの名前が浮かんだのだろうか……という事である。死者の最期の強い意識は、他者の脳の中の意識に自在に、或いは容易に侵入出来るのであろうか。……

 

もう1つの話は、やはりアトリエでの出来事である。今から5年前の夏。私は個展が近づいていたので、アトリエ内で制作の追い込みに没頭していた。部屋に無数にある引き出しの中には作品に使う様々な古い断片があり、その引き出しを開けて私はピタリとくる断片を探していた。……そして、その下の次の引き出しを開けた所に、場違いな、あまりに場違いな年賀状が1通入っていた。見ると、版画家の浜田知明さんから2年前に届いたものであった。裏を返すと浜田さんの直筆で「これからも良いお仕事を続けていって下さい。」と書いてあった。……意外に私は整理整頓するので、制作の材料はアトリエの1ヶ所にまとめてあり、手紙や年賀状等は全く離れた別な引き出しの中にまとめて入れてある。……熊本の浜田さんの地元で私が個展をした時は、2日続けて画廊に来られたりと、年長の先達の人でありながら、浜田さんとは懇意な関係であった。……私は直感した。間もなくその知らせが来る事を。そして直感通り、在る筈の無い引き出しから年賀状を見つけた時は、既に浜田さんは老衰のため病院で亡くなられていたのであった。

 

かなり以前のブログで書いたが、この『日本怪談実話〈全〉』に登場する「戦死者の凱旋」という話にある、日露戦争で死んだ軍人達が行進しながら麻布連隊の兵舎にザックザックと靴音を立てながら戻って来る不気味な靴音と、同じ音の体験を、私は芸大の写真センタ―で深夜二時頃に聞いていたり、書いていけばきりがない程に数多くの体験をして来た。……そして今思う事がある。それは死者と生者にはなんら境がなく、この世とは、そのあわいに在る多次元的でねじれた構造なのではあるまいか……と。

 

 

師走、……この月になると薄墨色の葉書が届くようになる。知人からの死去を報せる喪中の葉書である。以前はその知らせに哀しい感情が立ち上がっていたが、……今の私は静かに受け止めるようになっている。

 

 

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