…わが国の幻想文学の頂点に立つと言っていい江戸川乱歩の名作『押絵と旅する男』は、浅草十二階(通称・凌雲閣・明治23年建立~大正12年の関東大震災で崩壊)を舞台にした怪しいまでの幻夢譚である。
「……あなたは、十二階へお登りなすったことがおありですか。ああ、おありなさらない。それは残念ですね。あれは一体、どこの魔法使いが建てましたものか、実に途方もない変てこれんな代物でございましたよ。……」と文中に書かれた浅草十二階について、乱歩以外には、芥川龍之介・石川啄木・谷崎潤一郎・竹久夢二・木下杢太郎・川端康成・室生犀星……他、多くの作家がその不気味な磁力を持った高塔について書いている。
……私が浅草十二階に取り憑かれたように興味を持ったのは、いつ頃からであろうか。…定かではないが、この人工の象徴的存在への愛着は異常に強い。(それは私が作り出すオブジェ制作への尽きない想いとも関係しているように思われる)
……浅草十二階をネットで開けば、私のブログが出てくるし、1994年6月号に刊行された『太陽』の江戸川乱歩特集・「怪人乱歩・二十の仮面」では、私は『蜃気楼』と題して、浅草十二階への想いを熱く語っているのである。
…またこのブログの2018年2月25日『128年の時空を超えて』~3月8日の『魔所-〈十二階下〉』迄は、偶然出土した浅草十二階の遺構から私が赤レンガを入手する迄の導きのような話を書いているので、ぜひ、そのブログを先ずはお読み頂けたら有り難い。
………また、その想いを更に言えば、(もし浅草十二階のあの空間にタイムスリップ出来るとしたら、あなたは今、死ねますか⁉)という問いがあれば、躊躇なく(勿論死ねます‼)と応える私なのである。
…俄に初冬の寒い気配を見せ始めた今月のはじめ、…アトリエに帰ると、郵便受けに大きな小包が入っていた。封を開けると2冊の書籍が出てきた。…!?…と思って取り出すと、1冊は『浅草十二階幻想』、もう1冊は『浅草遠景館』と題する本が、丁寧なお手紙と一緒に入っていて、著者の名前が鷹岡志津さんと書かれていた。


…早速本を開いてみて驚愕した。浅草十二階、浅草を撮した貴重な絵葉書が各々満載してあり、読んでいくうちに臨場感のある明治の空間に引き込まれていくようで、忽ち私は驚喜した。…そして、著者の鷹岡志津という古風な名前から、この名前は筆名で本名は、というよりこの方は、度々私が体験する交感現象の極みで、過去の時空の彼方からの迎えであるか⁉…とさえ半ば本気で思ったのであった。
2冊を読み進めていくと、驚いた事に『藤牧義夫…雨の夜に消えた天才版画家』と題して、私が2020年・2月21日から書いた『墨堤奇譚』と題した連載ブログと重なる視点で、版画家・小野忠重の家に立寄った後に忽然とこの世から完全に消えてしまった(或は、何者かによって消されてしまった)藤牧義夫事件に考察を重ね、鋭い視点で彼女なりの推理が綴られていたのであった。…、また更に読み進めていくと、学生時の私が、小野忠重が私に対して放った礼儀を失した発言に対し、私と小野が一触即発の気配となり、傍にいた版画家の駒井哲郎さんが唖然としたという経緯も書かれていたのであった。
「…小野の目の奥に宿っていた昏い光を目の当たりにした北川はもしかすると、思いがけず藤牧失踪事件の真相の一端を垣間見たことになるのかもしれない。…果たしてあの雨の夜、小野は藤牧に対して同じ目をしたのだろうか。…あくまでも推察に過ぎないが、小野が若かりし日の北川に突如くってかかったのは、北川の姿がかつての藤牧の姿とオ-バ-ラップして苛立ったからではないだろうか。(中略)……「浅草に叔母がいる」という北川の言葉に小野が過剰反応したのは、長年心の奥底に抱え続けていた、(いつか藤牧失踪事件の真相が誰かに暴かれてしまうのでは)という恐れや不安が瞬間的にピ-クに達し、咄嗟に話の矛先を逸らそうとしたからではないかと筆者は考えている。……と続き、この若き天才を容赦なく踏みにじった存在への、筆者の強い怒りが綴られていく。

…ともあれ、1935(昭和10)年9月2日の雨の夜に、小野忠重の家から出た痕跡が無いままに、次に立ち寄る筈だった姉の家に現れる事はなく、この才能あり、前途に期待されていた若き天才版画家の行方は今なお判明しておらず、未解決事件として今にある。
…そして時を経て、小野忠重は、藤牧が小野などに預ける筈のない貴重な版木の上に自分の彫刻刀で彫りを行い、画商に藤牧義夫の版画と語って多数の版画を売り、美術館の調査で藤牧の真作ではないと判断されるに至っている。
…何故、小野は行方知れずとなった藤牧の木版作品の版木を持っていたのか?…小野は藤牧が行方知れずになった後に、藤牧が隅田川に自殺したと思わせるような発言を繰り返していたのか?……しかし、この事件は、駒村吉重著『君は隅田川に消えたのか』や、大谷芳久著『藤牧義夫 眞偽』、『芸術新潮2011年1月号〈版画家Xの過剰なる献身』、失踪の謎に迫ろうとした美術評論家・州之内徹の慧眼な追跡調査があり、…また私のブログでの例外的な長文の推理、…そして最近では山田五郎YouTube『大人の教養講座』 等で、多くの人にその真相の閉ざされた闇が解明されるに至っている。…わけても私が読者の方々にご覧になる事をお薦めしたいのは、山田五郎さんのYouTube『オトナの教養講座』で扱われた藤牧義夫の謎の真相に迫る解明で、実にわかりやすく、かつ的確な解説で、この事件を取り上げており、事件の真相が次々に明らかにされていくのである。
…そう、この事件そのものはさほど難しいものではないと私は思う。…情況証拠、また次々と崩されていく小野の偽証発言への疑問符を持ってすれば、中学生でも構図が判る事件なのである。しかし、では事件発生に至る動機は何であったのか⁉…という心理だけが、今1つ不明のままであった。…〈才能への嫉妬〉、それが底辺にある事は間違いない。……二人の構図を語れば、藤牧は小野が率いていた「新版画集団」に所属していたが、一方では、石原莞爾、宮沢賢治らが傾倒していた国柱会に所属しており右派の思想を持っていた。…一方の小野は、自分は左派と称していたが、左派のスパイ活動に深く関わっていた慧眼な州之内徹の発言(小野…?そんな奴はいなかったな‼)という証言で一蹴されている。…ある時までは私も思想的な対立が事件の根底の1つだと思っていた。…そして事件解明に関わった多くの人もそう思っていた節があった。
先述した鷹岡志津さんと、事件に関してメールで頻繁にやり取りをしていたのであったが、折しも個展開催中であったので、鷹岡さんは横浜に来られるという事になり、私はその日を楽しみに待っていた。…その数日前の事であった。…鷹岡さんから届いた『浅草遠景館』に載っていた藤牧義夫の写真を見ていて、1つの疑念がわいてきたのであった。
…端整であった藤牧の顔つきが昭和8年から、消えた昭和10年の2年間に一変しているのである。…これは忽ち、新版画集団の中でも突出して才能を開花させて來た藤牧の自信の現れだと思うが、…それにしても初期の、姉と撮した顔の、あたかも歌舞伎役者の女形(おやま)を連想させるような優男顔……。そしてこの世から消えてしまう年に撮された顔は、男として芯のある顔へと変貌している。

…小野が語っていた、藤牧は「飲まず食わずの痩せた苦行僧のような顔をしていた」…と違って、自殺を暗示したのとは真逆の力強い面構え、…それが頭から離れなかった。…ひょっとして、男色か!⁉…卒然と閃いたこの着想は、〈まさか〉…というより〈或いは!〉という方に傾いていった。
数日して画廊に鷹岡さんが来られたので、私達は近くのカフェでお互いの推理を出しあった。…まるでホ-ムズとワトソンのような感じで、推理がどんどん膨らんで形を成していく。私が〈男色説〉の推理を出すと、鷹岡さんは大きな声でアッと驚き〈実は長年気になっていた1枚の写真があるのです〉と話された。…それは新版画集団のメンバーの集合写真で、鷹岡さんの本にも載っていたのであるが、掲載したサイズが小さくて細かい事がわからない。…鷹岡さんは、スマホに入っているその画像を徐々に拡大していった。

…スマホの拡大した画像に現れて來たのは、右側に、集団組織のボス顔をした小野が左右の腕を、小柄な藤牧の肩に絡ませて、あたかも好色な僧侶が、最近入って來た若い青年を稚児のように私物化しているような、…そう思われても仕方のない、ある意味、不気味な写真であった。…画像がボヤけていて不鮮明かと思うが、ここに掲載しておこう。
…そして、この写真からは、藤牧の版木に自分の彫刻線を彫りこんでいった、小野の倒錯した妄執が、セクシュアルな合体の願望として見えても來たのであった。
私は友人を通して犯罪心理学の専門者に問い、この種の犯罪の類例が無かったか否かを知りたいと思った。…しかしそれよりも蛇の道は蛇(じゃのみちはへび)を知るにしくはない。…そう思って、私の知人で画家のM氏にこの集団写真を送信して、中央にいる小野と藤牧の二人を、主観を排して感じたままの感想を問うてみた。……私は友人の幅が広い。その友人の一人であるM氏は、男色家なのである。
…M氏はこう語った。(この写真を見た瞬間に、間違いなく私達の側の世界にいる人間の獣のような匂いが生々しく立ち上がって來た。…右側の男が左側の小さな青年に掛けている左右の手の動きは、間違いなく愛玩の手のそれであり、…私も経験があるが、右側の男の見えない肘は、小さな青年の背後にピッタリとくっついている。…そして、集団写真でありながら、これ見よがしに笑みを含んだような顔で男が写っているのは、この関係を誇示し、永遠に残しておきたいという願望だと思う‼…ただ青年は未だ男に応じての関係はしておらず、少し困惑した表情にも見て取れる。)……そう語ったのであった。……(有難う‼…とても参考になったよ‼)と言って、電話を切った時は、既に夜半を過ぎていた。…(やはり、蛇の道は蛇だったか!)…そう思った。しかし、男色関係の縺れで死へと至らせるに近い程の事例は過去に何かあったか⁉……〈いや、あった‼〉…という例を私はすぐに思い出した。
天才詩人のランボーをパリに呼び寄せた詩人のヴェルレ-ヌ。…二人は忽ち相愛の仲になるが、次なる時代へと表現を飛翔させるランボ-に対し、ヴェルレ-ヌの表現はその時代に留まるものであった。…この場合は本例と逆の立場になるが、ランボ-の求めから逃げ去ろうともがくヴェルレ-ヌは衝動的にランボ-に向けて2発の銃弾を発砲した、…そういうケ-スが1つ在った。
…藤牧が消えた後に、藤牧の作品の版木の上から、自分の線を重なるように彫刻刀で彫っていくという初動に視れた行為は、埋火のように暗く、なおも燃える執着の重なりでもあったのか⁉…初動はそれであり、年を経て、それを藤牧の版画と詐称して売ったのは、小野の金銭への執着であり、その軽率なミスが、後に私達が懐く数多の疑惑へと繋がる結果を生んでしまったと思われるのである。
…先述した鷹岡志津さんは、本人は笑って否定されたが、私には140年前の浅草十二階の螺旋階段の潜みから現れたなにものかの化身のように、なおも見えるのであった。…その鷹岡さんは、浅草十二階と浅草関連の貴重な絵葉書を各々1000枚以上、…そして1930年代の最も面白い時代に撮した魔都上海と巴里の絵葉書を各々、これも相当数コレクションされており、現在も新たな執筆に専念中である。…私を狂喜乱舞させてくれた、この2冊の本は実に面白く、私達を遠いノスタルジアの世界へと誘ってやまない。…もしこの2冊の本にご興味がおありの方は、アマゾンで購入が可能なので、ぜひのご愛読をお薦めする次第である。









