州之内徹、松本竣介、藤牧義夫、小野忠重、駒村吉重

『墨堤奇譚―隅田川の濁流の中に消えた男②』

……画廊主であり、小説家、美術エッセイストでもあった州之内徹(1913―1987)という人に強い関心を懐いたのは、私が最も霊妙な作品と高く評価している松本竣介の『ニコライ堂』を、この人も評価し、一時コレクションしていたという事を知ってからであった。だから、骨董市で州之内氏を特集している『芸術新潮』を見つけて買い求め、彼の人生とその意味深い足跡を読んだ時に、彼が最期に執念とも云える情熱を持って追っていたのが、版画家・藤牧義夫の24才での突然の失踪と、その失踪の鍵を唯一人握っている版画家・小野忠重にまつわる、いわゆる美術界最大のミステリ―と云われる事件であるのを知った時、おぉ、州之内氏も追っていたのか!!……という驚きがあった。そして、彼が或る言葉を残しているのを知った時、私はこの謎の失踪事件に対してのあらためての追求の意欲が湧いて来たのであった。州之内徹氏が語るその言葉を、ミステリ―作家駒村吉重氏の著書『君は隅田川に消えたのか―藤牧義夫と版画の虚実』から引用しよう。 「……なごやかに語らいながらも州之内は、かつての宣撫官の肩書を彷彿とさせる、ふてきな言葉をふともらす。〈嘘でかためた話は長い間には、ボロが出て来ますよ〉と。小野証言を指していた。」……これは、このノンフィクションミステリ―小説に於ける最も凄みあるドスの効いた場面で、事実、恐るべき眼識を持った州之内氏の睨んだとおりの方向へと真相は不気味なまでに傾いていく。そして州之内氏は連載『気まぐれ美術館』の、まさしく急死する直前の最後の文章を暗示的に次のように締め括っている。〈失踪した藤牧義夫がこの水の底に沈んでいるという説 (注.小野忠重の説)もあるが、私は信じたくない〉と。

 

 

 

 

……………………版画家・藤牧義夫の名を知る人は、美術界の中でも、或いは少ないかもしれない。近代版画史の中に燦然と輝く一枚だけ存在する版画『赤陽』(東京国立近代美術館蔵)と数点の木版画、そして『隅田川両岸画巻』と題する、総延長60メ―トルの長さの全四巻から成る隅田川両岸を、墨一色、筆一本で正確無比に描き終えた後、僅か24才の若さで、昭和10年・9月2日の雨降る夜に忽然とその消息を絶ってしまったからである。遺作『赤陽』の深い抒情性、光に対しての澄明なる清んだ感性、そして版の可能性を極めん為の果敢にして実験的な精神。もし生きていれば近代版画史に新たな美の水脈を間違いなく切り開いたであろう、その優れた才能は惜しまれて余りあるものがある。……9月2日の夕刻、浅草神吉町の藤牧の下宿を出て、向島にある姉の太田みさをの家に行き、今一人の姉の中村ていが住む浅草小島町に向かう途中、向島小梅にあった小野忠重の家に立ち寄ったところで、藤牧義夫は永遠にその姿を消してしまう。(……けっきょくみさをは、雨音を耳にとめながら、湿った暗がりに溶けてゆく、弟の背を見おくることになる。みさをが、弟・藤牧義夫の姿を見たのはこれが最後となった。……)『君は隅田川に消えたのか―藤牧義夫と版画の虚実』より。……一方の小野忠重であるが、小野は創作版画という新しい動き、運動に於ける、理想に燃えながらもいまだ作家とはいえないアマチュア集団に於けるリ―ダ―的な存在であった。隅田川の左岸、本所小梅の小野の自宅に版画を志す青年達が集まってくる。小野より2才年下の藤牧義夫もそこに時おり姿を見せていたという。その若者達は突出した才能を見せる藤牧義夫の作品に興味や羨望を示すが、藤牧はその誰とも距離を置き、独自な表現を模索する日々が続く。……そして若冠23才にして作り上げた完成度の高い名作『赤陽』の後に、長大な画巻による線描の独自な展開を見せ始めた直後の突然の謎めいた失踪となり、以後、藤牧義夫の名前は版画史の表舞台から消えていく。藤牧が失踪した後、小野は版画家・近代の版画史に詳しい研究家として重宝され、俗にいうところの版画界の大御所的な存在となっていき、国から勲章ももらい、順風満帆な歩みを見せることとなる。……しかし、その順風が急に凪ぎとなり、また冷たい風となり、そこに、慧眼な複数の人物達が懐き始めた疑念、徹底的な推理分析、更には矛盾点を徹底的に突いた緻密な研究書が出るに及んで、小野が記して来た版画史の記述の、いま改めての見直しへと時代は少しずつ軌道を修正しつつある。……今、私のアトリエには、芸術新潮の記事『版画家Xの過剰なる献身』、駒村吉重氏の著書『君は隅田川に消えたのか―藤牧義夫と版画の虚実』、更には、日本の美術館が未だこの国に紹介する遥か前に、作品集を見て、直観でその才能を見抜き、日本での最初の個展、ドイツの現代美術家のヨ―ゼフ・ボイスの展覧会を開いた、画廊「かんらん舎」の画廊主・大谷芳久氏が記した、徹底して積み上げた小野忠重の矛盾点(その膨大な数)と、あろう事か、藤牧義夫の失踪後、少しずつ小野が藤牧義夫の作品として出して来た明かに稚拙な贋作を藤牧義夫の真作と比較分析し、(10年以上の年月を要して)書き上げた研究書『藤牧義夫 眞偽』(学藝書院刊行)、そして州之内徹氏の名著『気まぐれ美術館』の著作……他がある。合わせると膨大な量であり、そこには全て人物達の名前が実名で書かれている。このメッセ―ジの私の記述は、それらの文献の総体に導かれたものである。……私はその全ての文献を読み、一つの結論へと推理が終わりつつあるのであるが、それを確かめるべく、藤牧義夫が消えた地点、すなわち小野忠重の家がかつて在ったというその場所(本所小梅1―7)へと向かったのであった。……州之内徹氏の二つの言葉、「嘘でかためた話は長い間には、ボロが出て来ますよ」という言葉と、「失踪した藤牧義夫がこの水の底に沈んでいるという説もあるが、私は信じたくない」という言葉が、幻聴のように私の耳に響いてくる。……私は浅草駅から出て、先ずは言問橋を渡り、最初に目指す、すみだ郷土文化資料館へと歩を進めた。隅田川河畔の公園に「小梅」という名前は残っているが、肝心の「本所小梅」という地名は今は無い。地名番地が変わった後の今の現場を、先ずは調べるのである。……その日は快晴ながらも、隅田川河畔には時おり冷たい風がふく、不思議に生ぬるく、不思議に荒れた妙な日であった。

…………③・完結編へ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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