#幕末期の湿板寫眞機

『雨のメリーゴーランド in Paris』

 

…先日の事である。アトリエで制作している時に、ふと本棚にあるジョゼフ・コ-ネルの画集に目が行き、久しぶりに手に持ってみた。すると本からパラリと落ちる物があったので見ると、それは写真家ロベ-ル・ドアノ-がパリの寂れた「メリーゴーランド」を撮した1枚の絵葉書であった。

 

…パリには珍しい土砂降りの雨の中、無人のメリーゴーランドが雨に打たれて哀しい姿で写っている。絶妙に切り取られた構図の中に凝縮された郷愁が宿り、私の記憶の中の〈何か〉と共振したらしく、たまらない切なさが充ちて来た。………しかし葉書故に細部が見えず、私はもっと大きく撮したこのメリーゴーランドの写真画像が載っている写真集をいつかぜひ欲しいと強く思った。…………

 

 

…その翌日、私はJR日暮里駅で降りて、谷中銀座へと向かう御殿坂を上がっていった。…度々このブログに登場する田代富蔵さんが6月に個展を開催するので、その個展の為に書いたテクスト文を渡すのと新年の打ち合わせがその日の目的であった。……私はこの御殿坂を上がる度にいつも(一体何処に在ったのだろう!?)と思っている或る事があった。

 

…私が高校の時から好きで影響を受けていた画家の中村彝(つね)が未だ19才の頃に住んでいた家が、確かにこの坂の何処かにあった筈であるが、その住所が資料を調べても全く載っていないので、…ここ数年、私はこの100メ-トル近くある坂を上る度に、その場所を探すのであるが、煙に消えたように、それはようとしてわからないままであった。……一本道の坂の途中に在るのは、2つの寺(本行寺経王寺)と、老舗蕎麦屋の「川むら」、…そして数軒の食べ物屋くらいである。…

 

……坂の上の蕎麦屋「川むら」で、富蔵さんと好物の「牡蠣せいろ」を食べ終えて、真向かいのカフェで打ち合わせをしようと店の暖簾を上げた時に、一瞬、横の露地へ消えようとする人が目に入った。…見ると、その人は以前にこのブログに登場した、露地奥で、坂本龍馬等を撮した幕末期の湿板寫眞機にこだわり、寫眞館を経営している写真術師の和田高広さんであった。

 

……奇遇とばかりに立ち話が始まり、和田さんのご高説が始まった。…今日は谷中の寺と借地権の話である。和田さんは話し出すと立て板に水とばかりに止まらない。話は廃れ行く谷中銀座の話になったが、何故か風の向きが瞬間変わったように……

 

(…………だから、彝もその家に昔いたんだから‼……)と突然、川むらから入る露地向かいの一軒の家を指差した。…?!!!

 

 

…(和田さん、今、彝と言いましたが、ひょっとして画家の中村彝の事ですか…⁉)と、私が問うと(そうだよ、中村彝はこの店にいたんだから…‼)と、もう1回指を差した。…(彝がいたのは確か下宿屋ですが…)と私が問うと(そうだよ、このあづま家という家は昔、下宿屋だったんだよ)と言う。

 

予想だにしなかった物がポトリと落ちてくるように、ここ数年来懐いていた疑問が一瞬で解けてしまった事に唖然とした。…何の事はない。…いつも出入りしていた蕎麦屋の隣が、ずっと探していた彝の家だったのであった。

 

 

…彝は実に絵が巧い。そして天性の色彩画家であった。ここに掲載したエロシェンコの肖像画は、僅かに4色で描いているが、そこに気づいている人は案外少ないのではあるまいか。

 

…彝がここにいたのは19才の頃で明治38年、…つまり1905年だから、今から120年前の話になる。…それを何故、和田さんは知っていたのか⁉…そして私が訊いてもいないのに、和田さんの話が急転するように、何故、中村彝の話になったのか、わからないままに私達は和田さんと別れて、カフェに入った。

 

 

カフェで富蔵さんとお茶を飲み、執筆を約束していた個展のテクスト文をお渡しした後、私は駒込駅へと向かった。…その日は駒込のギャラリ-『ときの忘れもの』松本竣介の素描展が開催されており、竣介のご子息の松本莞さんの『父、松本竣介』の刊行記念の対談の日なのである。松本竣介は中村彝、佐伯祐三と並んで、特に私が気になっている画家。…この日は元・池田満寿夫美術館の主任学芸員をされていた中尾美穂さんに連絡して、中尾さんから指定された東洋文庫ミュ-ジアム横のカフェ「オリエントカフェ」で待ち合わせをしていたのである。せっかくなので、池田満寿夫、松本竣介の作品に造詣が深い中尾さんにお会いして、二人の作家像をどう捉えているのかを伺うのも、今日駒込に来た目的なのであった。

 

…私は中尾さんから指定された東洋文庫を目指したのであるが、駒込はあまり来ないので地理に疎い。………迷いながら歩いていると、佇まいが気になる一軒の古書店が目に入った。…表の安売り本に『北原白秋歌集』があったので手に持って入ると、おぉ‼…この店はいいのが揃っている!と直感する。………………ふと、(写真関係の本はありますか⁉)と店主に何気なく問うと(その下の段に少しですがあります)との返事。確かに評論集のようなのが5~6冊しかないが、1冊だけ薄い写真集らしいのがあったので(!?)と思いながら引き出して見ると、『ROBERT DOISNEAU』と書いてあった。…ロベ-ル・ドアノ-の写真集である!!

 

…もうここで私の直感はマックスに達し、(有る、有る!…間違いなく昨日、大きく見たいと思っていたメリーゴーランドの作品が有る筈)と思って頁を捲っていくと、果たしてその写真が強い黒の綺麗な印刷で見つかったのであった。…それにしても昨日の今日とはあまりに展開が早い。…かくして、この日は、欲しかったドアノ-のメリーゴーランドの写真集と、長年不明であった中村彝の家の在所跡がまとめて見つかったのであった。

 

 

…このブログの連載が始まって既に15年以上の時が経つ。…その折々の話題の中で、私は自分が頻繁に体験している予知的な現象についても記録するように書いて来た。…その中で書いて来たものをここで少し挙げてみよう。

 

 

①ある日の昼前に、ふと、江戸東京の魅力を毎回特集している月刊誌『東京人』に何か書くのも面白いな、と漠然と思っていたら、その日の午後に『東京人』編集部から電話が入り、私は翌月に岸田劉生の描いた代表作『切通之写生』の現場について書いた事があった。

 

 

 

 

 

 

②以前に、報道ステーションという番組を観ていたら、番組とは全く関係なく何故か突然、以前に行った太宰治の生家への旅行の事を思い出した。

 

…私は太宰が東京へと旅立った生家近くにある津軽鉄道の金木駅を見たかったのであるが、その時は、知人が数人同行していて急ぐ旅だったので遠慮して行かず仕舞いのままだったのを後になって悔やんだ事を、何故か漠然と思い出したのであった。…すると、アナウンサ-が(ではここで、ちょっと気分を変えて、こちらの映像をご覧下さい)と話すや、テレビの画面からは、私が今、思っていた正にその駅、満開の夜桜の中を最終列車が入って来る、津軽鉄道の金木駅の情景が映し出されたのであった。

 

③熊本の個展の帰り、ANAに乗って東京に向かう機内の中で、機内誌『翼の王国』を読んでいた。…誰かが書いた海外の取材文であるが、文章に艶がなく、有体に言ってかなり硬い。(自分だったらもっと巧く書けるのになぁ……)と思っているうちに、飛行機は羽田に着いた。…その翌朝、1本の電話が入った。ANAの『翼の王国』編集部からであった。…私の好きな海外の場所に行って取材文を書いて来て欲しいという依頼であった。実に昨日の今日である。

 

…恵比寿のカフェで打ち合わせに行ってわかったのであるが、私が機上にいて(自分だったらもっと巧く書けるのになぁ)と思った正にその時に、私を取材に行かせたいという事が決まっていたのであった。…2ヶ月後に私はパリのパサ-ジュに取材に行き、その時に制作していた版画集の個展も併せてやって来たのであった。

 

 

…こういった現象は、その度に今までのブログに書いて来たので、以前から読まれている方は、既にご存知の事と思う。…今回はその内の3例を挙げたが、覚えているだけでも40以上は書いて来たと記憶する。…人生でこういう事を経験する方がいても、その回数が希であり、又は深入りしたくないという常識が働いて、偶然、或いはたまたま…という言葉で済ませてしまうかと思うが、私のように異常に回数が多いのは、何と云えば良いのであろうか?

 

…しばらくしてから現れる事象を先に視てしまう、或いは直観してしまう事の不思議を身をもって生きているわけであるが、…… 私は自分の経験を通して思う事がある。… この宇宙はわかっているだけでも11次元はあるという。しかし私たちはその内の僅かに1つの次元、すなわち3次元しか知覚出来ないでいる。… だが私の場合のようなこの現象を思うと、時にこの3次元の壁を瞬間的に突破して、別な次元との往還をしているのではあるまいか、そんなふうにも実感をこめて思うのである。

 

 

……このドアノ-の美しい写真集を刊行したのは、京都の祇園に在る何必館(かひつかん)である。7年ばかり前にこの美術館でドアノ-の写真展を開催した事があり、写真集はその時に刊行したのであった。…幾つか伺いたい事があったので、先日、何必館に電話をすると、3月30日頃までドアノ-の写真展を正に開催中との事。何という絶妙なタイミングであろうか。私が願うとそれは向こうからやって来るようで面白い。

 

…記念のポスタ-もありますとの事で、訊くと、メリーゴーランドのその写真もポスタ-になっている由。ならばと、私はそのポスタ-が欲しくなった。………そして、私の個展をプロデュ-スして頂いている福田朋秋さんが、現在、京都の高島屋美術部におられて来月に上京の折りに会食をする約束があるので、そのポスタ-を代わりに買って来て頂く約束を福田さんにお願いしたのであった。

 

……しかし、福田さんはかなり忙しい人であり、ふとそのポスタ-の在庫が何故か気になったので、今日の昼に何必館に電話をして、(京都高島屋美術部の福田さんがちかじか来られるので、そのポスタ-を取り置きしておいて、来られたら渡して頂きたい)旨を連絡して電話を切った。…その直後、入れ替わるように1本の電話が入った。…福田さんからであった。…今、丁度その何必館にいて、学芸員の方に私からポスタ-を取り置きして欲しい旨の電話があった事を知らされたとのお電話である。…福田さんいわく、あまりにジャストタイミングだったので、まるで私に見張られているようで驚いた‼…という。

 

 

…………………ずいぶん前になるが、私が未だ学生だった頃、横浜のマリンタワーでバイトをしていた事があった。…ある日、バイトに行くとマリンタワーの2階でかなりの人だかりがしている。…訊くと、よく当たるという評判の人相占い師がイベントに来ていて、その順番を沢山の人が待っているという。…その占い師に興味が湧いて来て、私は離れた所からその人を視ていた。…すると、私の存在に気がついたその占い師が、私をじっと凝視して、私に手招きをしたのであった。…何だろう!?と思いながら、その占い師の前に立つと、なおもその占い師は私の眼を鋭く凝視しながら、はっきりとこう言ったのであった。…(あなた、…いったい何者‼?)…と。

 

カテゴリー: Words | タグ: , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , | コメントは受け付けていません。

商品カテゴリー

北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
Web 展覧会
作品のある風景

問い合わせフォーム | 特定商取引に関する法律