志村けん

『…………面影や』

私は今、静かに思い出している事がある。……あれは確か30年ばかり前であったか。鏑木清方の文庫本『こしかたの記』を携え、遠い明治の面影を探して、かつての築地明石町界隈をぷらぷらと散策していた事があった。午後になりたまには寿司でも食べようと思い、築地市場では美味で知られる「寿司清」に向かった。暖簾をくぐろうとした時、中から小柄な女性客が出て来て危うくぶつかりそうになった。……瞬間、その人は私を見てにっこり微笑み、続いて番組の制作スタッフらしき重い器材を持った数人が後に続いて、慌ただしく去っていった。刹那に見たその女性は明るい華を持った美しい人であったが、何より頭の回転の良さがその顔に出ている、気取りのない、気さくな善き人として記憶に長く残った。

 

……先日、コロナウィルスで亡くなられた、女優の岡江久美子さんの30年前の姿がそこにあった。

 

 

 

 

あの時の、あの人が……と想うと、この世もまた無常の彼岸のように想われて来て、全てはなにやら幻のように映ってくる。……人は、どういう亡くなり方をするかは誰も自分で決められるものではないが、少なくともこういう亡くなり方は最も似合わない人であったかと思う。そしてその不条理な残酷さを前にして、いま私達の眼前に蔓延っている、このコロナウィルスが、私達の想像を遥かに越えて、不気味でかつ手強い相手であるかを私は改めて痛感したのであった。……そして、岡江久美子さんや志村けんさんの死へと至った経過を詳しく知るにつれ、体調に違和感を感じたその初期こそが既に生死の分かれ目であると強く思った。「しばらく様子を見ましょうか。」……たいていの医者は決まり文句のようにそう言うが、国がその方針として重要なPCR検査に重きを置いていなかった事にそれは起因している。国は、過去の教訓を活かして患者の段階別に手際よく捌いていったドイツの賢い知恵と、その実行力を謙虚に學べと言いたいのである。以前に私の作品のコレクタ―でもある医者の方から伺った話であるが、「病院」の看板を掲げていても、そのかなりの数の医者は誤った判断を下しがちなので、あくまでも自分の運命は自分が決める覚悟で、けっして医者の判断に対して受け身にならず、事前から確かな情報を集めていた方が良いですよ、とアドバイスされた事があった。今回の場合のように、もし様子を見ずに、その場で強引にPCR検査とCTスキャンでの肺炎のチエックをして事態に処していたら或いは……と考えると悔いが残るが、私達は亡くなられた人達が身を挺して伝えてくれた貴重な教訓として、これを活かしていかなければならない。岡江さんが亡くなられた直後辺りから、国も方向を変えて、漸くドライブスルーや歯医者も検査が出来るという風にその可能な検査数が増して来ている事は良い事である。……とは言え、あまりにこの国は動きが遅く、その不徹底さは目に余るものがある。ともあれ、このコロナウィルス、短絡的に甘く捉えるのではなく、長期戦覚悟で処していった方が確かかと思われるのである。

 

 

「面影」と題して


面影の  日向に咲きし  沈丁花


振り向けば  過去みな全て  彼岸かな

 

 

 

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