#アルプス山脈

『迷宮の絵画-モナ・リザの謎に迫る試み』

前回のブログは『モナ・リザ』に描かれた女人像の謎について書いた。…私は実に美的なまでの効果を帯びて入っている顔の亀裂について自論を展開し、…それがダ・ヴィンチ自身の緻密な意図に依って仕掛けられた亀裂であり、モナリザの顔は、実はその内に真意と、更なる謎の問い掛けを封印した仮面(ペルソナ)ではあるまいか、…人の顔に入る筈がない亀裂は、その仮面性を暗示しているのではあるまいか⁉…という、あくまでも仮説ではあるが、その提示であった。

 

 

……さて今回は、以前から疑問を持っていた、モナリザの背景について書こうと思う。

 

……先ずはモナリザの背後に描かれている風景の画像を注意して見て頂きたい。……ふと観ると奇妙な感がしないだろうか?……モナリザの背後、左側の風景描写に比べ、右側の風景がやや隆起したように上に持ち上がって描かれている事を……。

 

……私は以前からその事がずっと気になり、出ている限りのモナリザの論考を読んだが、これもまた不思議な事に、全く誰もその事について言及している人はいなかった。……厳然として、その奇妙さはありありと目の前に在るというのに、研究者はなぜ誰もそこに疑問を呈しないのであろうか?……。

 

………………『「モナリザ」ミステリ-』を執筆していた或る日の事であった。…トイレで用を足そうとして便座に座った正にその瞬間、頭上から閃光が落ちて来るように、とんでもない仮説が降りて来た。〈モナリザを真ん中から切断して、左右を逆に入れ換えてみたら、果たしてどうなるか…!?〉…そう思った私は、早速モナリザの画集を持ってコンビニに走り、モナリザを2枚コピ-してアトリエに戻り、1枚のコピ-をカッタ-で真ん中から切断し、左右を入れ換えてみた。

 

…すると、どうであろう‼…閃いた予感はすぐに確信へと変わった。…それまでずれて見えていた背景は、まるで手品の隠されたトリックを暴いたように整然と繋がったのであった。最奥の霞んだ岩山は横になおも拡がり、水を貯めた湖面はさらに平らかになり、欄干真下から拡がる地平の石橋の在る道は右側の道へとS字形に連なり、……つまり、そこにはあたかも雪舟『破墨山水図』にも似た幽玄ささえも鮮やかに立ち上がったのであった。

 

 

 

……………………その瞬間、何か大きな扉が開かれたのと同時に、更なる深い謎が隠し扉の向こうになおも待ち受けているのを私は感じた。…絵画の文脈から逸脱して、まるで何かの視覚実験を思わせるような奇怪な仕掛けをこのモナリザの中に取り入れた、ダ・ヴィンチという魔的なまでに高い知性を帯びた男の暗い影が、…その先に待ってでもいるような、……見つけてしまった故の冷たい緊張の走りを私は覚えた。…この先にとてつもない難題が控えている。…その事への高ぶりでもあった。

 

 

………………………モナリザの背景が何処なのかを論じたのは、私が最もその眼識に信頼を寄せているイギリスの美術史家のケネス・クラ-ク卿である。…氏は、背景の現場がアルプス山脈であり、ミラノ時代のダ・ヴィンチが少なくとも2回、アルプスに登攀している事を突き止めている。

 

アルプスと云えば奇妙な感を人は懐くかもしれない。…しかしミラノからアルプス山脈は近く、ダ・ヴィンチは地球の地殻大地の構造と隆起の謎(例えば、山頂に海底の貝の化石が在る事など)を調査する上で、アルプス山脈への登攀は重要な事であったのである。

 

……ケネス・クラ-ク卿の本を読んでいた私は、ダ・ヴィンチの執筆取材で訪れたミラノからパリに行く機上から眼下に拡がるアルプス山脈の光景を見て不思議な感慨を覚えた。…まるでモナリザの絵の中に入っているような感覚になったのであった。険しい岩山、その間を走る細い川の流れ。…そして、モナリザの背景そのままに冷たい水面を映している小さな幾つもの湖……。

 

私のアトリエには、ダ・ヴィンチの貴重な資料が2つある。……1つは日本テレビのルネサンス番組を永年手掛けていたスタッフから頂いた、原寸大のモナリザの実に精巧な画像を貼ったパネルである。…ル-ヴル美術館への莫大な資金援助の返礼として、ガラスを外したモナリザを至近からの撮影許可を得て作る事が出来た、原寸大は世界でも一点だけという貴重な画像。…拙著『「モナ・リザ」ミステリ-』(新潮社)が刊行され、日本テレビの美術番組で本が紹介された時に記念に頂いた物であり、私はこの原寸大のモナリザを立て掛けて静かな自問自答をしている事が多い(今回もそうである。)……もう1つは、ドイツの出版社のTASCHENから刊行されたダ・ヴィンチの画集で、全絵画・素描が入っている事で貴重であるが、実に重いのが難である。

 

(モナリザの背景はアルプス山脈を描いている)…ケネス・クラ-ク卿の言葉を確認すべく、私はTASCHENの重い本を開き、全素描を精査するように確かめた。…そしてモナリザ正図の左方の最奥に描かれている嶮しい岩肌を見せる形状の連なる形が、アルプスを登った際に描かれた中の二点のスケッチと酷似している事を突き止めたのであった。……ダ・ヴィンチはモナリザの背景にアルプス山脈の光景を、あたかも地球という進行変化形の生命体の謎を封印するようにして描いている。…これは間違いのない事である。

 

…では、それを正図として描かず、切り離して左右に入れ換えて描いている、その真意は何なのか⁉ …私は数日間、その意図を探るべく思案した。…そして、見えて来たのは全く予想だにしない事であった。…『モナ・リザ』が通史以来の絵画の概念を遥かに越えた、とてつもない産物であるという結論に達したのであった。(次回に続く)

 

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