#ポ-ル・マッカ-トニ-

『夢の力-記憶は果たして遺伝するのか!?』

…急に寒くなったからではないが、最近、布団に入って本を読みながら次第に眠りへと落ちていく束の間の時間が、実に甘やかな気分になって愉しい。…夢の中では亡くなった懐かしい人達が笑顔のままに現れて、私達は談笑しているような幸せな気分になるが、…やがて靄が霞むように朧な姿になって、亡き人達は再び遠い所へと消えていく。

……また夢は時に、脳の潜在的な能力の深淵を垣間見せてくれるような、唯、不思議としか言い様がない事も見せてくれる。

 

………あれはたしか8年くらい前の事であった。…アトリエで夕方くらいまで、私はオブジェを作っていた。…あともう1歩で完成するという段階で、作品の中に入れる最後の詰めとも言うべき「何か」大事な物が何なのか遂に閃かず、私は断念して家路に就いた。…そして夜に夢を見た。

 

…その夢は明るい光を放ち、その光の真ん中に、私が昨日まで取り組んでいたオブジェがあり、…驚いた事に、作品は完成した姿となってそこに在るのであった。(……何だ‼出来ているじゃないか‼)…夢の中で私はそう声高に叫んだ。

 

…昨夜、閃かずにいたその箇所には、ネジくらいの大きさの小さな時計の部品が固定してあり、…それが実に絶妙な効果を呈していて、夢の中で私は満ち足りた気分になっていた。

 

 

…朝早々にアトリエに行き、私は或る物を必死になって探した。…夢の中に出て来たその小さな時計の部品は、確かにアトリエの中に在った筈、そう思いながら私はそれを探し始めたのである。…しかしその作業は困難を極めた。…アトリエの中には小さな部品(様々な物の断片)が3000以上はあり、それらは沢山の引き出しの中に無尽蔵に埋もれているのである。

 

…私は異常な記憶力があるらしく、夢の中に出て来たその部品の姿は目覚めてもなお、ありありと覚えていた。…探し始めてから三時間ばかり経った頃、奥の暗い引き出しまでも次々と開けて、或る引き出しの中を掻き分けると、その埋もれている底に、それは在った‼…(これだ!これ!!)…私は嬉々としながら、その小さな部品を掴み出し、オブジェのその箇所に固定して、遂に作品は完成したのであった。

 

……私は時に、美術に関するミステリ-や詩も書くが、絡まった推理が夢の中できれいに解れたり、また詩も夢の中で完成していて、早朝の目覚めの時に、それを携帯電話のメモに書き移す場合が度々ある。……………………夢の中で作品を作り出す。…その例としては、ポ-ル・マッカ-トニ-が夢の中でメロディ全体を完成させてしまっていた名曲『イエスタディ』の逸話は有名であるが、覚醒時の創るという緊張が解れた時に、創造の翼は夢の中で想像力の無限の可能性を呈してくるのであろうか。…創造するという行為は、覚醒している意識と、潜在的な無意識とのせめぎ合いのようなものであるが、時に夢の中の潜在光景がもの凄い可能性の拡がりを呈してくる事がある。

 

………これは夢の別な話であるが、夢の中で全く自分の知らない人達が現れて来て、私の方に実に親しげな笑顔を見せる。…すると私はえも言われぬ懐かしさがこみ上げて来て、彼らに対して微笑を返す。

 

…まるで内田百閒の名作『冥途』のような夕暮れの闇の中に見る生者と死者との交流のような感覚。その同じ夢を私は度々見るのである。…そして或る時、私ははたと思った。…これは亡くなった親(父か母のどちらか)の記憶が、私の中で遺伝子を介して映っているのではないか…と。

 

…記憶の遺伝ではなく、反応の遺伝は存在すると言われて来た。…しかし最近、哲学や心理学の仮説として扱われて来たにすぎなかった「記憶の遺伝」説が、近年の「後世遺伝学」の発展により、一部で限定的ながらも科学的な根拠が見えて来た段階にあるという。…私の場合はどうやらユングの「祖先の記憶」「集合的無意識」の考えと近いように思われるが、先のオブジェの例で書いたように、「記憶は埋もれているだけで、時に夢の力を援用すると、実は全てを覚えているのではないか⁉」という事が経験的に実証されもするのである。

 

 

 

「或る物を見て強い感動を覚えるという事は、…実は今の私と、遥か昔の遠い先祖の或る記憶とが、共振しているのである」という事を、小泉八雲は霊性について語った本の中で書いているが、真に私達の内なる夢の力には、常識という浅いものからは、かけ離れた計り知れないものがあるように思われるのである。

 

 

 

 

 

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