#沖積舎

『近づいてきた個展開催を前に、ふと思う事』

10月15日(水)から11月3日(月・祝)まで、東京日本橋・高島屋本店の美術画廊Xで開催される個展『逆さ文字-吊り下げられたブレヒトの七月の感情』が間近に近づいて来た。既にオブジェの制作は終わり、今は各々の作品に大事なタイトルを考える段階に入っている。作品総数は63点。今回は特に完成度の高い作品が揃ったと自分では覚めた分析をしているが、人々の反応は果たしてどうであろうか、…まもなく会場でそれが実際に確認出来るので、今から楽しみである。

 

………版画からオブジェへと制作方法が変わってから、より強く想うようになった事がある。…それは人はみな本質的に詩人であり、人は誰もが優れた想像力を持っているという確信である。…そして私の作品はその確信を元にして、美術という概念を越境して、…人々の想像力やノスタルジア(遠い郷愁)を紡ぐ感性を発火させ、独自なイメ-ジを膨らませる詩的な装置(視覚化された詩)でありたいという強い想いである。しかしこの想いはあくまで私の内面的なものであり、人に問うて確認出来るものではない。…そう思っていた。…しかし、その想いが実際に裏付けられた事があった。今までに二十近い数の大学や美術館で講演や講義をして来たが、数年前の春に、多摩美術大学の演劇舞踊デザイン学科での体験は忘れ難いものがある。…それを少し書こう。

 

その年の春、学科の学生とは初めての顔合わせになるので、私は自己紹介を兼ねて、自作のオブジェを一点持って行き学生達の前に出した。…学生は二十歳前後のもちろん日本の学生が多いが、その時は、ウクライナと中国からの留学生も入っていた。…私が箱からオブジェを出してテ-ブルに置くと、学生達からざわめきが起き、皆、席を立って間近で観ようと近くに寄って来たのであった。…そして、今迄に観た事のない私の作品表現の有り様を観て(懐かしいけど、何故か不思議な感覚が湧いてくる)という言葉が各人から期せずして出たのである。

 

…その時に見せた私のオブジェは、パリのビクトルユゴ-通りを舞台にした作品であるが、面白いのはウクライナと中国から来たその二人の留学生であった。…共に(パリのその場所は行った事はないが、何故か懐かしく、昔の自分の記憶がフラッシュバックするみたいに鮮やかに甦ってくる)と興奮ぎみに話してくれたのであった。

 

… 私の作品を観て、国を違えても共に甦ってくる、この共通した感覚とは何なのか⁉……、そういえば、現代美術を画廊の側から牽引された佐谷和彦さんの佐谷画廊で企画した展覧会『現代人物肖像画展』で、私の作品五点をまとめて購入したイギリスの画商も全く同じような感想を語ってくれた事があった。

 

…ともあれ、記憶を揺さぶり想像力を煽る作品(詩的装置)を作りたいという私の想いが予期せぬ形で確認出来た事は、以後の自分にとっての確信的な体験となり、更に集中的に、より制作の速度を早めて作るようになって来ている。

 

……この体験は、法政大学出版局からの執筆依頼で書いた『記憶と芸術-ラビルントスの木霊』(谷川渥・海野弘・萩原朔美他との共著)に詳しく書いているので、ご興味のある方はお読み頂けたら幸甚です。

 

 

…高島屋の個展では、毎回手の込んだ案内状(A4サイズ大の四つ折りリ-フレット・カラー版)を作っている。今回も作品を12点近く掲載した案内状を作っているが、私は一人ずつ宛名を手書きで書くので、さすがに400通書くのが限界である。…その案内状も先日発送したので、いよいよ、個展開催が迫っている事を実感しているところ。……今回はその案内状を開くと、私が書いた一枚の詩文が入っている。…その詩文をご紹介しよう。

 

「細い、きわめて細い垂直線が、物語の構造に深く関わって来るような詩的装置を作ること」/「作者と観者という主客関係が混在化してしまうような、強い揺さぶりのある装置を作ること」/……この二枚の紙片に書き連ねた文字から賽子がこぼれ落ち、非在の数字7が現れ、少年の顔をしたブレヒトが登場する。……ヴェネツィアの春雷がアドリアの夜を銀に染める前に天幕が上がり、絶対温度零度の静寂の中で、例えば『イプセンの〈切れた糸〉』がオブジェに変容し、一人称の呟きのように、今し物語が静かに始まる。

 

この詩文に登場する『イプセンの〈切れた糸〉』は、今回発表するオブジェの中の一点のタイトル。…イプセンという名前で先ず浮かぶのは「近代劇の父」と呼ばれる『人形の家』等の著者の名前。作品の中に操り人形があるので直感的に閃いたタイトルであるが、そのイプセンでも、匿名の人物がイメ-ジになってももちろん観る人の想像力の自由である。

 

 

…個展前であるが、その作品と、もう一点、『サン・ラザ-ルに流れる二つの時間-Paris』という作品の画像をここに掲載しよう。サン・ラザ-ルは私の好きなパリの知名で、私の写真集『サン・ラザ-ルの着色された夜のために』(沖積舎刊行)にも登場し、またモネの全12点の代表作『サン・ラザ-ル駅』にも登場する。

 

 

 

 

 

 

………次回のブログは、(はたして記憶は遺伝するのか否か?)…について、私の実体験の不思議な話を交えて書く予定。小泉八雲ユングニ-チェも登場します。乞うご期待。

 

 

 

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「狂った空の下で書く徒然日記-2024年・狂夏」

災害級の猛暑に、ゲリラ雷雨…。そんな中を先日、馬場駿吉さん(元・名古屋ボストン美術館館長・俳人・美術評論家)と11月29日-12月14日まで開催予定の二人展の打ち合わせの為に、名古屋画廊に行って来た。ヴェネツィアを主題に、馬場さんの俳句と私のビジュアルで切り結ぶ迷宮の幻視行の為の打ち合わせである。馬場さん、画廊の中山真一さんとの久しぶりの再会。打ち合わせは皆さんプロなので、短時間でほぼ形が見えて来た。…後は、私のヴェネツィアを主題にした作品制作が待っている。

 

その前の10月2日-21日まで、日本橋高島屋の美術画廊Xで私の個展「狂った方位-レディ・パスカルの螺旋の庭へ」を開催する予定。今年の2月から新作オブジェの制作を開始して7月末でほぼ70点以上が完成した。6ケ月で70点以上という数は、1ヶ月で約12点作って来た計算になるが、その実感はまるで無い。私は作り出すと一気に集中し、没頭してしまうのである。…2.5日で1点作った計算だが、しかし上には上がいる。ゴッホは2日で1点、佐伯祐三は1日で2点から3点描いていたという証言がある。…二人とも狂死に近いが、私の場合はさて何だろう。

 
…そんな慌ただしい中を先日、月刊美術の編集部から電話があり、横須賀美術館で9月から開催する画家・瑛九展があるので、この機会に瑛九について書いてほしいという原稿依頼があった。…さすがに忙しくてとても無理である。…何故、瑛九論を私に依頼したのか?と訊いたら、私と同じく、画家、写真家、詩人、美術評論…と多面的に彼が先駆者として生きた事、そして瑛九と関係が深かった池田満寿夫さんと、私との関係からであるという。

 

…以前に私の写真集刊行の時に、版元の沖積舎の社主・沖山隆久さんが、印刷に入る3日前に、写真80点に各々80点の詩を入れる事を閃いたので、急きょ書いて欲しいという注文依頼があった。時間的に普通なら無理な話であるが、私は不可能といわれると燃える質である。3日で80点の詩を書き上げた。…その詩を沖山さんが気にいって私の第一詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』の刊行へと続き、また詩の分野の歴程特別賞まで受賞したのだから人生は面白い。

 

………(とても無理ですね)と最初はお断りしたのだが、今回も瑛九に関して次第に興味が湧いて来て、結局原稿を引き受ける事になり、一気に書き上げた。短い枚数なので逆に難しいのだが、誰も書き得なかった瑛九小論になったという自信はある。

 

 

…しかしそう多忙、多忙と言っていても人生はつまらない。忙中閑ありを信条とする私は、先日久しぶりに骨董市に行って来た。…今回はスコ-プ少年の異名を持つ、細密な作品を作り、このブログでも時々登場する桑原弘明君の為に行って来たのである。

 

…明治23年に建てられた異形の塔・浅草十二階の内部の部屋を、彼は細密な細工で作品として作りたいらしいのだが、外観の浅草十二階の写真は余多あるのに何故か、その塔の内部を撮した写真が一枚も存在しないのである。…先日は、その幻の写真を私が彼の為に見つけんとして出掛けていったのである。(彼とは今月末に、その浅草十二階について語り合う予定)。

 

 

………昔の家族や無名の人物写真、出征前に撮した、間もなくそれが遺影となったであろう、頭が丸刈りの青年の写真などが段ボールの中に何百、何千枚と入っている。…しかし、件の浅草十二階の内部を撮した写真など、見つかりそうな気配は全くない。

 

 

 

 

…私は、次から次と現れる知らない人達の写真を見ていて(…考えてみると、これは全部死者の肖像なのだな)…という自明の事に気づくと、炎天下ながら、背中にひんやりと来るものがあった。……そしてふと想った。…もしこの中に、紛れもない私の母親の、未だ見たことのない若い頃の写真が二枚続きで突然出て来たら、どうだろう。…そしてその横に私の全く知らない男性が仲好く笑顔で、…そしてもう1枚は、二人とも生真面目な顔で写っていたとしたら、さぁどうだろう⁉…と、まるで松本清張の小説のような事を想像したのであった。

 

 

…考えてみると、両親の歩んで来た物語りなど、実は殆んど知らないままに両親は逝き、今の私が連面と続く先祖達のあまたの物語りの偶然の一滴としてたまたま存在しているにすぎないのである。

 

 

 

 

 

 

…ここまで書いて、初めてアトリエの外で油蝉がかまびすしい声で鳴いているのに気がついた。………今は外は炎天下であるが、やがて日が落ちる頃に俄に空が暗転し、また容赦の無い雨が激しく降って来るのであろう。…

 

 

 

 

 

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『梅雨が来る前にお知らせすべき、大事な展覧会について書こう』

⭕…沖積舎の社主・沖山隆久さんの企画出版による私の第一詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』が刊行されたのは2020年の12月。詩集の大半は関係筋にお送りしたが、若干数が手元に未だ残っていた。私はあまねく、まだ存じ上げていない未知の人へも詩集の存在を発信しようと思い、このサイトに告知欄を作り購入される希望者を募った。…反響は大きく沢山の方から毎日のように購入希望の手紙を頂いた。…そして私はその方々のお名前とサインを詩集に書いて各々の方にお送りした。………

 

 

しばらく経った或る日、一通の封書がアトリエに届いた。封を開けると、5枚の便箋にびっしりと詩集の感想が書かれていて、その緻密な論考と熱く伝わってくる何物かに惹かれて私は一気に読み終えた。…そして好奇心の強い私は、この手紙を書かれた人に興味を持ち、直ぐに電話をかけたのであった。…一度しか無い人生。この人に会って、直に話がしたいと強く思ったのである。…そして、当時まだ在った東京・八重洲ブックセンタ-のカフェでお会いする事になった。

 

 

…話は主に文芸の話であったと記憶するが、話していて(この人とは波長が合うな)と思うようになり様々な話へと発展していき話がどんどん面白くなっていった。…話も後半に入った頃に、その人はご自身が画廊をやっていて、私の版画から現在までの作品が好きなのだという事を静かに語られたのであった。…表現者という仕事をやっていて、私が本当に幸運だと思う事は、人との出会い、有り体に言えば、このブログでも書いて来たが、各分野で本物と云える人との出会いに恵まれている事である。…画商では、70~80年代の美術界を牽引して、もはや伝説的な存在として語られる佐谷画廊佐谷和彦さん。…また多くの画商からその確かな眼識を評価されていたギャラリ-池田美術の池田一朗さんをはじめとして、この画廊という仕事に矜持と自信を強く持っていた人々との出会いに恵まれていた事である。

 

 

…そして、今、私の目の前におられる人を見て、内に強烈な自信を秘めた人だとも私の直感が感じたのであった。…話はその後もだいぶ語り合い、別れる時には、その方の画廊で開催する個展の話も具体的に決まっていたのであった。…それが、千葉(総武線・西千葉駅から徒歩5分)で山口画廊を運営されている山口雄一郎さんとの出逢いであった。そして毎年の春5月頃に個展を開催するようになり、今回で早くも3回目になる。

 

…展示のセンスも群を抜いて抜群であり、また毎回、山口さんが執筆されて作っている「画廊通信」という冊子も、そこに書かれた内容は、極めてスリリングであり、鋭い眼識の高さを示しながらも難解に堕ちず、極めて平易な言い回しの内に、私達は知の螺旋構造の妙に堪能を覚えるのである。(画廊にて配布)

 

 

 

…今年の1月から鉄のオブジェを作り出してそれも発表しているが、なかなかに好評であり、初日に画廊を訪れた私は、今回の個展『直線で描かれたブレヒトの犬』に強い手応えを覚えたのであった。

 

 

 

 

 

…今回の千葉・山口画廊での個展画像を掲載するので、ぜひのご高覧をお願いする次第である。

 

 

 

 

 

 

── 直線で描かれたブレヒトの犬 ──

 

第3回 北川健次展

2024年 05月22日 (水) 〜 06月10日 (月)

 

 

 

宙空を鋭利に貫く直線、架空を豊潤に歪める曲線、不穏な浪漫を湛える座標空間に、異形の図像学が生起する。謎めいたボックス・オブジェに加えて鋼板と鉄線による新たな金属オブジェも交え、具象と抽象の絢爛と交錯する第3回展、秘めやかな官能に満ちた異次元の境域を。

 

 

【DM】 Sarah Bernhardt の硝子の肖像 (部分)

 

 

 

 

 

山口画廊

10:00 ~ 20:00 / 火曜定休

〒260-0033

千葉市中央区春日 2-6-7 春日マンション102

☎ 043-248-1560

 

 

 

 

 

 

 

 

⭕さて、次にご紹介するのは、半蔵門駅から直ぐの『執行草舟コレクション/戸嶋靖昌記念館』で開催中(4月30日~8月31日まで)の「砂の時間」展である。この美術館では精力的に、かつ密度の濃い問題提示から企画された展覧会が開催され、訪れた人々を美の酩酊と観照する事の深い意味へと導き、自問の思索の場となっていて、訪れる人は多い。また毎回、展覧会に沿って「ARTIS」という冊子が作られているのであるが、この美術館を立ち上げた著述家・実業家である館長の執行草舟さんに美術館学芸主任の安倍三﨑さんがインタビュ-した話(この話が毎回深く、かつ面白く、知の力業と直観で読み解く事を要求され、自ずと鍛練されていく)が主体となり、また画家の戸嶋靖昌氏のグラナダ滞在時の手紙や、執行草舟コレクションで所蔵する膨大な数の作品と作者に対する論考などがコラムの形で連載されていて、私は毎回、この「ARTIS」が届くのを楽しみにしているのである。

 

 

…前述した山口さんとの出逢いは私の詩集であったが、執行さんとの出逢いもまた一冊の本からであった。…NHKエデュケ-ショナルの方が拙著『美の侵犯-蕪村x西洋美術』(求龍堂刊)を執行さんに薦められ、それを読まれた執行さんが直ぐに私が個展を開催中の高島屋・美術画廊Xの会場に来られ、その場で作品15点ばかりを即決で購入を決めらた事が出逢いとなったのである。

 

…執行さんが会場で作品を選ばれるその速さは凄まじく、広い会場内を一巡しながら、およそ2分くらいで15点を決められたのであった。(…銀の稲妻が精神と肉体に宿ったような人だな!)…これが私が初めて執行さんにお会いした時の印象であった。…数千点は下らないという数多のコレクションを所有されていて、展覧会の企画の度に作品が比較文化論的に変容していく様は、実に面白く勉強にもなっている。…今回の「砂の時間」展では、執行さん所有の私の数多ある作品の中から7点の版画とオブジェが選ばれて展示されているので、ぜひご覧頂きたく、お勧めする次第である。

 

 

 

 

 

「執行草舟コレクション/戸嶋靖昌記念館」

《砂の時間展》

開期:4月30日~8月31日まで

開館・火~土 11時-18時
休館 日祝・月曜定休

〒102-0083 東京都千代田区麹町1-10 バイオテックビル内

TEL03-3511-8162

 

 

*来館ご希望の方は、事前にご一報ください。

 

 

 

 

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商品カテゴリー

北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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