『個展はじまる – 帝都の面影のある場所で』

銀座の一角に、昭和の名建築としての高い評価を得たビルがある。その名は「奥野ビル」。一歩中に入ると、まさに昭和初期へとタイムスリップしたような空間が奥へ奥へと広がり、訪れた人の何とも懐かしい郷愁の琴線を突いてくる。かつては詩人の西條八十も住んでいたというこのビルの竣工は1932年(昭和7年)というから、実に81年の歴史を刻んで今も健在である。

美術家の池田龍雄さんは、私が最もその生き方を範としている先達の方であるが、その池田さんから、「奥野ビル六階の画廊香月で個展を」という御話を頂いたのは最近の事である。そして4月5日(金)から27日(土)までの3週間、私の近年の代表作を選んで個展を開催する事となった。

 

三月に個展を開催した森岡書店が入っている井上ビルは昭和2年の竣工。井上ビルの風情を例えるならば、それは1930年代の魔都上海へと繋がっているとすれば、ここ奥野ビルは、私の遠戚にあたるらしい実相寺昭雄監督の映画『帝都物語』の、まさに舞台としてふさわしい。又、以前に「日曜美術館」でドイツ文学者の種村季弘氏を特集した際に、種村さんのイメージ世界を視覚化する為に、このミステリアスな奥野ビルが使われ、種村さんが愛蔵しておられた私の銅版画『フランツ・カフカ高等学校初学年時代』が突然、画面に登場してきた時は驚いたものである。あまりに作品の世界と、その空間がピタリと照応していたからである。しかしそれにしても、3月の個展会場となった井上ビルといい、四月のこの奥野ビルといい、私の作品は何故かくもこれらのレトロモダンな建物とピタリと合うのかと、我ながら考えてしまう。共通点を挙げれば、・・・・・時間が止まったままに、静かにポエジーが息づいている、という表現にでもなるであろうか。とまれ、このビルの六階にある「画廊香月」での個展『廻廊にてー午前四時のシメールの肖像』は始まったばかり。オーナーの香月人美さんはギャラリストとしても30年以上の経歴を持つベテランであるが、何よりも芸術に寄せる情熱と理念の高さは、並のそれではない。さすがに池田龍雄さんが推されるだけの、確かな裏付けがある。

 

四月の中旬から私はベルギーのブリュッセルに旅立つ予定であったが、この重要な個展のためにそれを急遽中止して、個展に臨んでいる。六階の画廊香月に行くには、ローマの古いホテルにでもありそうな引戸式のエレベーターのようなそれに乗り、静かに上に昇っていけば、そこに画廊香月が在る。そして三島戯曲にでも登場して来そうな不思議なる麗人 – 香月人美さんが、静かにあなたを待ち受けている。

 

 

 

北川健次 展「廻廊にて ー 午前四時のシメールの肖像」

2013年4月5日~27日(土)13:00 – 19:00(木・日休廊)

画廊香月

東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル605

tel&fax: 03-5579-9617  mail: luna.kazuki@gmail.com

東京メトロ「銀座一丁目駅」下車。徒歩1分。

「銀座駅・京橋駅」下車。徒歩3分。

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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