『魂の行方―明治26年の時空間の方へ』

毎日人々がたくさん行き交う東京駅には、総理大臣の暗殺現場を示すプレ―トが2つあるが、今ではそれを知る人は少ない。……1つは、大正10年に東京駅丸の内南口改札付近で刺殺(即死)された原敬。もう1つは、昭和5年に東海道本線10番線乗り場ホ―ムで銃撃(後日死去)された濱口雄幸である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日の白昼に起きた安倍元総理大臣の暗殺現場の映像は悲惨なものであった。そして仰向けに横たわる安倍氏の姿は生々しいものであった。その様には、もはや誰も介入出来ない、取り返しのつかない、私達誰もがやがて各々に迎える死の瞬間を代弁して実況しているかのような、絶対の孤独な姿があった。……必死で甦生のマッサ―ジをする人、大声で救急車や近くに医者を求める人々。プロとは言い難い迂闊な失策をやってしまったSPと警官が抑え込んでいる犯人の姿。……その中で、画面に映る安倍氏の姿を観ていて、ふと、正に今、死に瀕したこの人の脳裡には果たして、何が浮かんでいるのかを想像した。(……自分の経験を基にして。)』

 

…………以前にブログでも書いたが、私は2回死にかけている。1回目は2才の時だからもちろん記憶にないが、病弱だった上に流行りの百日咳が悪化して危篤状態になった。(この世に縁が無かった私を憐れんで、棺桶の中に何を入れるかを両親が涙を流しながら相談したという。)しかし、運が良かったのかどうか、当時たまたま承認されたばかりの薬を注射して、奇跡的に死の淵から生還した事を後に母から聞かされた。……2回目は高1の時に体験した溺死に瀕した時である。突然、堰を切ったように水が口の中に大量に入って来た時の、かつて体験した事の無い苦しみの後は、一転して母の胎内に守られて羊水に浸っているかのような幸福感に充ちた感覚の中、天上から実に美しい光が射しはじめ、私は、あぁ何て幸せなんだろう、このままでいい……このままで、もういい……そう、ぎりぎりの意識が感じていた時、……突然救助の手に引き上げられ、先ほどの苦しみを今一度体験した後に、私は感覚が割れるように甦生した。これは、立花隆氏の著書『臨死体験』で、死の淵から生還した人々が語る、柔らかで至福感に充ちた光が射して来たという多くの証言と一致する体験である。

 

 

……人が亡くなる直前、最後まで機能しているのは〈聴覚〉であるという。だから、救急車や医者を求めて叫ぶ声は、彼の脳裡には、おそらく遠くの意味知らぬノイズとして、或いは別な世界のものとして聴こえていたのではあるまいか……。それを聴いているのは、もはや安倍晋三という直前迄の俗名を持った存在でなく、また憲政史上最長の総理職を勤めたという事も既に意味を持たない、ただの素に還元された無垢な魂、例えるならば産まれたばかりの素の意識として最期に聴いたようにも想われる。……或いは、銃弾の破片が心臓を直撃して、心肺停止の自力呼吸が出来ない為のショックにより、コンセントを急に抜くように、感覚も硬直して何もない無と化してしまったか。ともかくそこには絶対の孤独が透かし見えたのであった。

 

 

 

……話は変わるが、以前に井上ひさし氏の本を読んでいて興味深い箇所に出会った。……井上氏は学生時に上智大学で教えている神父に「先生、人は死ぬと天国に行くと言いますが、天国なんて本当にあるのでしょうか?」と質問した。すると神父いわく「天国があるかどうかは、死んだ人が生き返っていないので誰にもわかりません。しかし、天国があると思った方が愉しいではありませんか!!」と。私は神父のこの言葉に膝を打って食いついた。なるほどと!!…信ずる者は救われる、である。しかし、こうも考えた。天国、もしそれがあるとしても、そのイメ―ジとしてある世界はあまりに事も無く、ただけだるすぎて退屈の極みである。何より一番気に馴染まないのは、それが他者の考えた概念にすぎない事である。……信ずる者は救われるならば、私は自分だけの独自な考えで、死を現世からの別れとしてでなく、次なる新生が、その先に在ると考えよう!……そう考えるようになった。

 

……そして考えたのが、死ぬ瞬間に素と帰した魂を翔ばして、私が最も行きたいと熱望している明治26年の、東京は浅草の時空間に行く事である。……何故、明治26年に拘るかというと、度々私のブログに登場する浅草凌雲閣(通称浅草十二階)が、その少し前の明治23年に完成し、またこのブログに、これもまた頻繁に登場する天才女流作家の樋口一葉(本名.樋口奈津、時に夏子)が、『奇跡の14ケ月』と云われる『たけくらべ』『十三夜』『にごりえ』等の文学史に残る名作を書く前の、正に極貧の時に在り(明治29年に24才で肺結核で死去)、荒物と駄菓子を売る雑貨店を開いていて、朝靄の中で浅草花川戸、今戸橋近辺を仕入れに歩いている、正にその時空間に魂を翔ばして、朝靄の中を歩く樋口一葉の、その謎に充ちた顔を一瞬掠め視てから、次なる浅草凌雲閣へと魂を翔ばし、谷崎潤一郎江戸川乱歩達、数多くの文藝家がその異形なる塔にイメ―ジを触発されて小説にも度々登場した、その姿を仰ぎ見て、魂はその中の螺旋階段を一気に駆け抜け、屋上の展望階から明治26年の東京に魂を放射したいと、ひたすらそう考えているのである。

 

 
……先日、制作の合間を縫って、私の魂の帰すべき場所、明治の面影が僅かに透かし見える浅草の今戸橋、また待乳山聖天辺りを散策した。広重の描いた風情が残る、私の最も好きな場所である。浅草寺や仲見世は人で喧しいが、この場所はたいそう静かで涼やかであった。新生の時は先ずはここから始めよう。私はそう思った。

 

………………「新しい出発だ。窓をもう少しお開け、新生だ、ああ素晴らしい!」と臨終時に話して逝ったのは北原白秋である。白秋の魂もまた新生に向けて至福感の中で逝ったのか。

 

…………とまれ、私もまた死に臨して、白秋のようでありたいと考えているのである。……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー: Words   タグ: , , , , , , , , ,   このメッセージのパーマリンク

コメントは受け付けていません。

商品カテゴリー

北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
Web 展覧会
作品のある風景

問い合わせフォーム | 特定商取引に関する法律