ベルナ―ル・ゴ―ギャン

『洗濯女のいる池―ブルタ―ニュ篇・Part②』

「パサ―ジュVERO-DODATで作品を展示してみないか?」。……友人の作家I氏からの突然の吉報に私は驚いた。もちろん異論がある筈などないが、話を聴くと次のような流れをI氏が話し始めた。……30年近くパリに滞在し帰国していたI氏に、パサ―ジュを舞台にした私の夢想はそれとなく話していた。それがI氏を通じてパサ―ジュ『VERO―DODAT』で美術と文学の古書を商うベルナ―ル・ゴ―ギャンという人物の耳に伝わり、興味を示してくれた事で、夢想に過ぎなかった、作品を展示したいという仮想が実現する道が開けたのである。しかも「ゴ―ギャン氏は君の事をちゃんと覚えていたよ」と言う。「!?」と思い聴くと、15年前に私がパリに半年ばかり滞在していた時に、パリのア―トフェア―にI氏と一緒に行った際、会場でたまたま出会ったゴ―ギャン氏に紹介して歓談しているという。…………私はようやく思い出した。確かゴ―ギャン氏と云えば、ハンス・ベルメ―ル作品の世界的に知られるコレクタ―で面識が広く、画家のホックニ―やレオノ―ル・フィニたちとも親交がある一流のディレッタント(好事家)であったと記憶する。そのゴ―ギャン氏にI氏から、私のパサ―ジュへの想い、版画集にそれを籠めて『反対称/鏡/蝶番―夢の通路VERO―DODATを通り抜ける試み』というタイトルを付けた事などを話すと、ゴ―ギャン氏は「実に面白い。それこそがパサ―ジュというものが持っているエスプリだよ」と言って、作品の展示を私の店でやろう!と快諾し、かなり乗り気なのだと言う。……あの時、あの午前の薄暗い無人のパサ―ジュの長い通路の中に、ゴ―ギャン氏の店があったのか!……時空間を隔てながらも、何か不思議な引き寄せの力に導かれていくのを感じ、I氏からの電話が終わった後も、未だ半信半疑、夢見のような気分であった。……しかし、パリに行くとなったら、いつ、何日間、具体的な手筈は?旅の資金は?…………あまりに突然、急に降って湧いた話から現実への移行へと頭が移っていった。…………そして、今一つの不思議な導きの話がそのすぐ後にやって来る事を、私はまだこの時知らなかった。……パサ―ジュでの作品展示の可能性が出て来たのと、ほぼ時期を同じくして、パリに行って取材記事を書いてほしいという、実にタイムリ―な仕事が舞い込んで来たのである。

 

 

……あれは確か、熊本の画廊で版画集の個展を開催し、会場に来られた版画家の浜田知明さんにも久しぶりにお会いして、東京に戻る時の飛行機の中であった。私はANAの機内誌『翼の王国』の海外の旅を取材した記事を読んでいた。あまり面白い文章ではなかった。文書に起伏がなく艶が無いその記事を読んでいて、生意気にも私は「この程度なら、自分の方がもっと上手く書ける」……そう思った。旅の取材の記事は、以前に『SINRA』という雑誌や『東京人』『太陽』などに書いた事があった。それを思い出したのである。……しかし、数日後に知ったのであるが、飛行機に乗っていた正にその時、地上の東京では、私に旅の取材記事を書かせるべく編集会議が開かれていたのであった。……その編集会議が『翼の王国』なのであった。

 

数日して電話が入り、私は編集長達と代官山のカフェで会った。……実はパサ―ジュとの出会いから帰国してすぐに版画集の制作に入ったのであったが、同時進行で『「モナ・リザ」ミステリ―』という題名の200枚ばかりの中編原稿を執筆し、以前に文藝誌の『新潮』に発表した二篇と併せた単行本を新潮社から刊行したのを編集長達は読んでいて、執筆を……という経緯になった事を知った。……「ANAが飛んでいる就航空港地ならどの国でもいいですよ」と言うので、即決で取材先をパリに決め、「時間隧道・パサ―ジュを巡る」というテ―マで、急きょ旅立つ事になった。同行は写真家のH氏、編集部のY氏。そしてパリでは通訳のK女史が合流しての7日間の旅へと急ぎ旅立った。(勿論、展示する為の版画集『反対称/鏡/蝶番―夢の通路VERO―DODATを通り抜ける試み』と一点のオブジェを携行して)

 

しかし、パリの空港に着くと、迎えに来てくれた通訳のK女史が落ち着かない様子。「今日、ゴ―ギャン氏から連絡が入り、取材予定日を急きょ変更して3日後に変えてほしい」との事であった。……着いた翌日からパサ―ジュVERO―DODATのゴ―ギャン氏に会って先ずはインタビュ―と作品展示の予定であったが、出足で躓いた感があった。……「急きょ予定を変更する訳は、何か不測の事態でも起きたのですか?」と私がK女史に問うと、「急にブルタ―ニュに行く事になってしまった」と言って、ゴ―ギャン氏からの連絡が途絶えてしまったとの事。もはやゴ―ギャン氏の言葉を信じて3日後を待つしかない。私達は急きょ予定を前後して、翌日の朝、モンパルナス駅からナントへと向かった。ナントにある階段状のパサ―ジュ『ポムレ―小路』の取材から始めたのであるが、このナント行きを経て、そこでもイメ―ジの閃きが立ち上がり、それが次の版画集『NANTESに降る七月の雨』に繋がっていくのであるが、それはまた別な話。……それにしても、予定していたスケジュ―ルを変更してまで慌ただしく、はるばるブルタ―ニュへと向かったゴ―ギャン氏の身に何が起きたのであろうか?……ブルタ―ニュ、果たして、そこに何があるのであろうか?

 

(次回、最終篇に続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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