月別アーカイブ: 6月 2018

『個展―②』

福島県須賀川市にあるCCGA現代グラフィックア―トセンタ―は、アメリカの現代版画の発展に大きく関わった版画工房・タイラ―グラフィック社の現代版画ア―カイヴコレクション(ジョセフ・アルバ―ス、ホックニ―他)を中心に数多くの版画の秀作を収蔵している美術館である。……先日の16日は、この美術館での私の個展の初日であったが、前日に降ったあいにくの雨の影響でかなり寒い日となった。初日はレセプションと私のト―クが予定されていたが、この寒空の下、はたして何人の人達が来られるのか朝から気になっていた。……まぁ、5,6人だったら、かえって気軽に話そうか……などと弛んだ事を思っていたのが、送迎バスが美術館の入り口に着くや、たくさんの方々が、まるでマジカルミステリ―ツァ―のごとく次々と降りて来られたので、私は慌てて頭のネジを巻き直した。……名古屋ボストン美術館館長の馬場駿吉さん、詩人の野村喜和夫さん、この4月に個展を開催した画廊香月の香月人美さん、友人、また、私の版画やオブジェのコレクタ―の知己の人達と共に、熱心な版画愛好家の方々など5.60人が来られたのは、本当に有り難く、また嬉しかった。……来客の人達が全員会場に入るや、美術館館長の神山俊一さんの挨拶から始まり、神山さんの進行に合わせて、私が処女作から、版画集の作品、またオブジェへと、作った時の逸話、また駒井哲郎さんや棟方志功さん、そして池田満寿夫さんとの運命的な出会い、版画集の舞台となった海外での体験などを話題にして話し、予定していた時間はあっという間に過ぎてしまった。……しかし、40年以上前からの旧作について語るのは、正直なところ、いささか躊躇うものがある。まるで古い日記(封印した筈の)を今再び開いて見せるようなもので、昔日の想いや迷い、各々の作品に絡まる私の物語、その作品に託した熱いもの、……そういった私小説的な遠い日々の事が話していると生に甦ってきて、熱くなってしまうのである。しかし、そう思いながらも、また自作について語る事の面白味も同時に私は味わった。……会場には、版画集の実際の原版や、制作段階でのメモなども展示されていて、皆さん、私の創造の舞台裏を垣間見るように熱心にご覧になっているのが印象的であった。また、全ての版画集を揃って一堂に観れたのは私も初めてであり、なかなか観れない貴重な体験となった。……二次会が済んで帰られる方々を郡山駅まで見送った後で、まだ話足りないものがあり、前館長の木戸英行さん、館長の神山さん、そして昨年までDIC川村記念美術館の学芸課長をされていた鈴木尊志さん(現・諸橋近代美術館副館長)との4人で三次会になり、サイ.トゥオンブリなどの興味ある尽きない話になって、ホテルに帰ったのは深夜であった。もっと話していたいのは山々であるが、翌日は日曜でありながら、東京に戻ると、その足で紀尾井町の出版社(求龍堂)に直行して、刊行迫った私の作品集の詰めの打ち合わせが、休み返上で待っているのである。……さて、今回の展覧会でどうしても書いておくべき事がある。それは、本展のポスタ―や図録の作製で、その高い感性をもって挑んで頂いた、デザイナ―の亀井伸二さん、原純子さん(STORK)の存在である。4月中旬頃に神山さんから、展覧会のポスタ―がアトリエに届いた。荷を開けて見た瞬間に、その見事なセンスをすぐに直感し、壁に貼って、その細やかな感覚の配りと、センスの高さにじっくりと触れて、私はこの展覧会の成功を確信した。展覧会直前に完成した図録もまた見応えのある出来映えで、私は本当に気に入っている。昨今なかなか展覧会のポスタ―でハイセンスな強い引力を感じる物はないが、亀井さん、原さんの力量は群を抜いたものがある。……ポスタ―と図録。……このお二人に仕事をして頂いた事は間違いなく私の幸運である。……その展覧会図録に収められた、木戸英行さん、神山俊一さんのテクストも各々に深い点に鋭く言及した力作で私は何回も読み込んだ。……また詩人の野村喜和夫さんが書かれた詩的断章「まず顔貌、つぎに幾何、と辿るうち、……北川健次への詩的アブロ―チ」は、現代の詩の分野を牽引する氏の多面体的な秀でた才能を鋭く開示したものであり、テクストの領域を越えた見事な詩作品になっている。……さて、この展覧会図録は、遠方の方など、なかなか観に来られない方の為に直接の通信販売にても入手可能なので、ご興味のある方は美術館の方に問い合わせをして下さい。……今回の展覧会の事は7月1日(日)の、朝9時と夜8時からの「日曜美術館」のア―トシ―ンで放映されるので、ご覧頂けると有り難いです。

 

CCGA現代グラフィックア―トセンタ―

TEL:0248―79―4811。

10時~17時開館。

月曜・祝日の翌日(休館日)

 

 

 

 

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『個展、始まる』 

15日の午前9時、私は、福島の須賀川市にあるCCGA現代グラフィックア―トセンタ―で、明日から9月9日まで開催される私の個展『黒の装置―記憶のディスタンス』の展示作業の最終チェックに立ち会うために新幹線に乗った。新幹線、……どうしても、先日発生した無惨な事件の事がリアルに頭に浮かんでくる。思うのだが、最近、新幹線の安全神話が雪崩のように崩れて来ている感がある。……台車の亀裂、車内での焼身自殺にまきこまれた婦人の焼死、そして今回の悲惨な事件。椅子が取り外せて万が一の際に防御の働きが出来るようになっていますとJRの職員は、ごく当然のようにTVで話していたが、そんな事、知っている一般人など一人もいない!!。また防御一方で、犯人に対して攻撃が出来ない場合、いつか殺られる。……巻き添えにならない為には、我々も何らかの武器を携帯しなければ、明日は我が身の、何とも危機迫る時代となったものである。……今まで何度かこのメッセージ欄で書いた事があるが、昔、ロ―マのコロッセオの近くでフェンス越しに、フォロロマ―ノ(ロ―マ帝国時代の遺跡)の発掘光景を見ていた事があった。ふと風が吹いて来たので振り返ると、いつしか、横並びで私にじわじわと迫ってくる40人ばかりのジプシ―の集団がいた。背後はフェンスの高い金網で、もはや私に逃げ場は無い。……おぉ、そうだ!……「被害者にならない為には、そう、こちらが加害者になるしかない!!」……戦闘モ―ドに切り換えた私は、不気味な昂りを覚えつつ、敵の集団の中にこちらから突っ込んで行った。……ふだん襲ってばかりいる連中は、逆に、襲われている事に馴れていない。……突っ込んでいったその先は、まるで千手観音の中での砂煙舞う乱闘であるが、これが実に面白く、そして、敵が怯んだ一瞬の隙をみて、私は乱闘の砂煙舞う中を抜け出て、人々のいる場へと走りさって難から逃れ出た事がある。しかし、今回のように犯人が鉈や庖丁を持っている場合はそうとうに難しい。……この場合は、こちらに運よく傘を持っている場合は、相手の凶器を持った手や腕でなく、ひたすら相手の「眼」を刺すように攻めて、相手に恐怖を与えるしか策はない。より狂った方が勝ちなのは喧嘩の定理であるが、まぁ、たいていは手ぶらであり、ひたすら性善説を信じるしか策はない。……この問題は、また近々に考えて、このメッセージ欄で書くとしよう。

 

さて、話を展覧会の事に戻すとしよう。……美術館に着くと館長の神山俊一さんが出て来られて、さっそく会場の中に入った。   ヤマトの美術品担当の方々がまさに展示作業の真っ最中である。……緻密で行き届いた展示内容。本展では銅版画の原版も多数展示してあり、観に来られた方々は、創造の舞台裏も見れるので、間違いなく興味を持たれるに違いない。……また主要な版画と共に近作のオブジェも展示してあり、ひたすら圧巻の感がある。……このメッセージ欄で、展示作業中の光景であるが、幾つかの画像をアップするので、ご覧頂けると有り難い。……展覧会初日は私の講演があり、レセプションがあり、……そして翌日は、郡山から東京駅に着いたその足で紀尾井町の文藝春秋ビルに行き、求龍堂から近々に刊行される、オブジェを主とした作品集の構成チェックの為に、休日の休み返上で打ち合わせが待っている。併せて、10月から高島屋で開催される個展の為の制作が、そろそろ加速しつつある。……暫くは、この三つを併せた内容のメッセージを書いていくように思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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『……どんでん返しは無いのか!?』

ある日、TVの画面に映った歌手の平井堅の顔を観ていたら、ふと画家の中村彝(なかむらつね)が描いた、ロシアの盲目の詩人・エロシェンコ氏に似ていると思い気になって調べてみたら、実際のところあまり似ていなかったのは意外であった。また、昨日、TVの画面に映る自称「紀州のドンファン」こと野崎幸助氏の顔を観ていたら、今度はふと、ジャパネットたかたの前社長の顔とダブったので画像を比べてみたら、またしても似ていなかった。二連敗である。……どうもその事が気にかかり、何人かの友人に電話で聞いてみると、やはり彼らも、言われてみると確かに、この組み合わせは似ているという。……しかし、実際はかなり違っている。脳の記憶力などは、ことほどさようにいい加減で記号的なもので、あまり当てにはならないものだと実感した。そこから浮かぶのは、マジックミラー越しに、複数の人間の中から、目撃者が犯人を指し示す「目撃者証言」の捜査方法の怖さである。……目撃証言者のその日の気分や体調、はたまた単にその面(つら)が気にくわないという気紛れな主観や無意識が作用して誤認逮捕、冤罪の可能性すら見えてくる。……とまれ、「紀州のドンファン」から話がずれて、最初に考えていた内容を少し逸脱してしまったようである。…………さて、「紀州のドンファン」。おぉ、遂に出た御三家の登場であるが、拝顔したところ、故人には失礼ながら身の丈が合わず、せいぜい「和歌山のドンファン」あたりが相応しい。この人物はドンファンを自称するには残念ながら大きな艶ある華がない。ドンファンとは、周知のようにスペインの伝説上の放蕩者であるが、色事師かつ美男子であり、実力を持って恋の駆け引きを楽しんでいる。私は思うのだが、ドンファンよりもむしろ、井原西鶴の『好色一代男』の主人公こと世之助に故人は近いように思われる。しかし「紀州の世之助」という言葉の響きは、全く紀州と世之助の釣り合いが合うようで合わず、まぁここはドンファンに指を折るのか。……さて、人生第一義の拝金主義に染まった氏の映像を観て、その人生に羨ましさよりも、何やら薄ら寒い孤独な寂しい影を覚えたのは私だけではないだろう。確かに、有り余る使いきれない金は、その実無きに等しいという言葉は至言である。……さて、今回のこの事件、絵に描いたように構図がはっきりしていて、脚本家がこういうミステリ―の案を出したら即却下されるような単純さであるが、この先にアッと驚くようなどんでん返しは仕掛けられてないのであろうか!!。もしそうでなかったら、あまりにもこの事件は実がなく、底の浅い顛末に終わってしまって、あまりにも哀しい。………………さて、毎日様々な事件が起きて、世相は本当にかしましい。そのメディアの喧騒、人々の関心の移り、……その推移が目まぐるしく移っていくのを、藪の中の暗がりのような心中を持って、じいっと待ち望んでいる人物が、少なくとも、そして確かに二人(もちろん男性!!)いる、という事を私達は忘れてはならない。……藪の中に潜み、隙あらば更に奥の葉群らの闇に、自身のその存在を消し去ろうと目論んでいる人物が、少なくとも二人いる事を私達は忘れてはならない。

 

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