月別アーカイブ: 9月 2019

『近代の呪縛―岸田劉生』

私のアトリエはガラス張りなので、制作をしている姿が外から丸見えである。云わば、人間動物園。非日常的な感のこのアトリエの中が珍しいのか、度々人が眺めながら歩いて行く。先日の暗くなった夕方には、小学生らしき小さな女の子が扉のガラスの前に立って真剣にアトリエの中を覗いていたのには一瞬ゾッとした。まるで〈座敷わらし〉のような雰囲気で立っていたのである。見ると、その暗がりの横に父親とおぼしき人が並んで立っており、気がついた私に、娘に代わってという感じで頭を下げていた。…時には散歩中の犬さえも意識して眺めながら去って行く。犬は確かに何かを考えているようだ。……駅に行く近道の路地裏に在るので、朝の8時頃は、皆が同じ方角に急ぐ姿と、その横顔がガラス越しに見える。……確か、石川啄木の短歌に似た光景を詠んだのがあったなと思い、歌集を開くと果たしてあった。「人がみな/同じ方角に向いて行く/それを横より見ている心。 啄木」   実景の描写というより、予定調和的で画一的な社会の型にはまっていく近代人への批判を込めた、覇気強し人―啄木の骨頂の歌か。……また、昼下がりに、制作の手を止めてぼんやりとガラス越しに外を眺めていると、左右から見知らぬ男女がすれ違う一瞬が、ふと見える時があり、そんな時には妄想が膨らんで、天才歌人―春日井建の歌を思い出す。……「行き交へる/男女が一瞬かさなれる/はかなき情死をうつす硝子戸」

 

 

先日、東京駅のステ―ションギャラリ―に『岸田劉生展』を観に行った。劉生の絵は度々観ているが、今回はどうしても観たい作品が出品されているので、制作の合間を縫って駆けつけたのである。それは劉生の代表作であり、日本近代絵画の頂点に立つ作品とも云える『道路と土手と塀(切通乃写生)』を側面から描いた作品がある事は知っていたが、それが今回、並んで展示されているというのである。岸田劉生のその絵の描かれた現場は以前に取材の仕事を兼ねて見に行った事があった。きっかけを作ってくれたのは雑誌『東京人』であった。ある日、『東京人』の編集部から突然電話がかかって来て「東京都内にまだ残っているらしき、近代絵画の作品が描かれた現場に行って感じた事を何か書いてほしい」という内容であった。「しかし具体的に何処か、ありますか?」と訊くので、その場で「劉生の代表作―切通乃写生の現場が確か在ると想うので、それを書きますよ。」と約束して電話を切った。……切った後で、しかし、描かれた現場は代々木であったのは記憶にあったが、その頃は今と違い、ネットも無ければスマホも無い頃であったので、はたして……と考えた。……しかし、岸田劉生研究の第一人者は冨山秀男さんである事は知識として知っていたので、104で調べて、当時、館長をされていた京都国立近代美術館にアポ無しで電話をすると、運よく出勤の日で、直ぐに電話に出てこられた。ちなみに私は冨山さんとは一面識も無い。……しかし名前を告げると、冨山さんは私の事を知っていたのには驚いた。以前に東京国立近代美術館で開催された『東京国際版画ビエンナ―レ展』に出品していた私の作品が記憶にあり、名前も覚えていてくれたのであった。おかげで話はトントンと進み、渋谷から現場迄の具体的な道順、詳しい住所を冨山さんは実に親切に教えてくれた。劉生に関する私の考え―高槁由一の遺伝子として劉生は在るという事、また、京都に移ってからの劉生の性急な失墜について私見を語ると冨山さんは興味を持たれ、暫く電話口で語り合った。……さて、その劉生展であるが、やはり麗子を描いた一点と、『切通乃写生』の完成度の高さとその強度は、何回観ても素晴らしい。そして、その横に、今回観たいと思っていた、その現場を真横の遠望から描いた作品が在り、私はその二点を比較した。『切通乃写生』を名作たらしめているのは、人とも電柱の影とも見える、画面を斜めに走る暗い影の存在である。この影の存在が、画面に不穏な気配と謎を作り上げ、観る人の想像力を煽るのである。……作品として近似値的に近い作品を何か挙げろと云われれば、私は躊躇なくキリコの『通りの神秘と憂愁』に指を折る。「影の詩学」という点に於いて、劉生とキリコの各々の作品は合わせ鏡的に似ていると私は想うのである。……しかし、その絵を見ると、影は明らかな電柱のそれであった。物象を物象として描きながら、そこにふと立ち上がる強度な何物かの存在、……それは自らを御し難く生きた劉生の突き上げるアニマの映しであったと私は思っている。……冨山さんに教わった通りに行くと、童謡「春の小川」のモチ―フになった現場跡があり、更に行き、緩い坂を下って振り返ると、そこが『切通乃写生』が描かれた現場であり、それを示す木碑が立っている。左側の塀は今は、秀和レジデンスのマンションであり、高みに描かれていた蒼穹の空は今は澱んで跡形も無い。……名作は、その時代を如実に刻印しながら尚も普遍に生きるものである。……劉生の言葉にあるように「いい画は皆、永遠の間に、夢の様にふっと浮かんでいる。」のである。

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の5月に個展を開いた、銀座の画廊香月西村陽平展『花の骨』が開催されている。5月の個展の時に西村さんが打ち合わせで画廊に来られた際に私は初めてお会いしたのであるが、それ以来、私はこの西村さんの個展を楽しみにしており、満を持して初日に伺ったのである。……「書物を骨として、炎の中で今し物語が開く」、会場の中でこの言葉が直ぐに立ち上がった。1000度以上の高温の加虐的な熱波を浴びて、書物に記されていた言葉は溶けて、開かれた危うい骨の結晶と化し、語り得ぬオブジェが、「客体」のその原初の姿を露にする。……西村さん、そして画廊香月のオ―ナ―香月人美さんがおられたので、すぐに西村陽平さんとの二人展の企画が立ち上がった。私のオブジェと西村さんのオブジェには危うい接点があるのを私は直感した。それは硬質なマチエ―ルと、その反美学とのアクロバティックな共存である。イタリアの写真家セルジオ・マリア・カラト―ニさんとの二人展の話もギャラリ―サンカイビのオ―ナ―の平田さんの企画で進んでいるが、時として、芯のある独自な表現世界を展開している方との、良い意味での競作展は、別な創造の引き出しを拓いてくれる生産的な切磋があるものである。……とまれ、西村陽平さんのこの展覧会は、私がいま一番に推すものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『……夏の終わりに』

8月に亡くなった兄の納骨のために福井に帰った。……生前に兄と電話で、私達の本当の「終の住処(ついのすみか)」とは何か、について話した事がある。ここで云う終の住処とは、普通に云う「最期を迎える時まで生活する住まい」の事ではなく、死までも含む私達の個々の存在した最終形を云う。私はそれは「永遠の忘却」だと云うと、兄は激しく否定して、あくまでも形ある墓がそれであると云った。兄弟とはいえ、かくも違う事は面白い。私は、この世は全て幻影(イリュ―ジョン)で構築された劇場だと思っており、故に切なく、故に美しいのだと思っている。しかし、兄は形ある墓に意味を見ていたので、私は兄に合わせるべく納骨に立ち会った。台風が近づいているために関東は雷雨であったが、北陸のこの地は逆に異常に暑い日であった。参列者の珠のような汗が乾いた墓石の上に落ちていった。……翌日、まだ新幹線までの時間があったので、知る人ぞ知る奇景の「丹厳洞」を見に行った。江戸時代の医師、山本瑞庵という人の別邸であるが、橋本左内ら倒幕の志士達が密談を交わした場所であり、漢詩の世界のような、絶対静寂の不思議な池に鯉が泳ぎ、今は料亭になっている所である。……かくして横浜に戻ると、過去に類のない激しさを持った台風一過の惨状を目の当たりにする事となった。近年、太平洋の海水温が更に上がり、日本の台風もアメリカ並みのハリケーンのような凄みを呈して来ているようである。とまれ、もはや私達の知る四季の姿は消え去ったようである。

 

激しい雨の中をぬって、旧知の友人で、優れた映画の企画を何本も立ち上げている成田尚哉さんがアトリエに来られた。成田さんは企画の仕事と並行してミクストメディアのコラ―ジュを作り画廊で発表しているのであるが、9月27日から下北沢の画廊で始まる個展の事で相談があるようである。大粒のシャインマスカットとピオ―ネをお土産に二房も持って来られ、近くの蕎麦屋でご馳走になりながら、個展の話を伺った。成田さんは元々の感性の良さに、映画の仕事で培って来た確かな美意識が相乗して独自な表現の世界を築いている人なので、話をしていて実に愉しい。……個展の事から話題が移り、私は成田さんに、ぜひ映画の企画で「樋口一葉」を一本撮って欲しいと提案した。樋口一葉は皆その名前と、「たけくらべ」などの名作の作者、死の直前に文壇で脚光を浴びながらも極貧の中、24歳で結核で亡くなった事……などを漠然とイメ―ジとして持っているが、詳しい事を知る人は意外に少ない。……しかし、この樋口一葉という女性、関連書を読んで知れば知るほど、井戸の底は底無しのそれと化し、生前に交わった人達が語るそのイメ―ジは、その数だけ明暗に分かれる違う顔を持った、多彩な仮面の顔とニヒリズムの持ち主で、調べるほどに興味が尽きない。紫式部や清少納言の再来として、かの森鴎外や幸田露伴達から絶賛された紛れもない天才であるが、別面、闇深い謎を多分に孕んだまま逝った「逃げ水」や「影踏み」のイメ―ジが濃い樋口一葉。成田さんは最近は文芸路線からは少し離れているが、この樋口一葉を唯の文芸路線でなく、終りなき謎を孕んだ妖しいミステリ―として仕上げれば、必ず名作になること請け合いであるが、果たして、成田さんは動かれるや否や!?……帰り際に今一度私はアトリエに戻り、上村一夫が樋口一葉を描いた劇画『一葉・裏日誌』をお渡しした。『夢二』、『人喰い』、『修羅雪姫』、『上海異人館』、『菊坂ホテル』……数々の名作の中で女性の妖しさと謎を追い求めて来た上村一夫が、死の直前に主題として最期に辿り着いたのが「樋口一葉」という謎めいた人物であった。上村一夫は、おそらく気づいていたのであろう。この一葉という人物が抱えていた底無しの妖しさと情念を……。成田さんから、ならばいっそ北川さんが一葉の脚本を書きませんか!?と言われ、一瞬その気になったが、次第に近づいた10月16日から始まる高島屋での個展の制作の追い込みと、来年に企画での出版の話を頂いている、最初にして最後の詩集を全力で書かねばならないので、残念ながらそちらに没頭しなければならない。……ここはぜひ成田さんの感性が、樋口一葉に向かうのを乞うばかりである。

 

 

 

 

 

 

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