月別アーカイブ: 4月 2020

『…………面影や』

私は今、静かに思い出している事がある。……あれは確か30年ばかり前であったか。鏑木清方の文庫本『こしかたの記』を携え、遠い明治の面影を探して、かつての築地明石町界隈をぷらぷらと散策していた事があった。午後になりたまには寿司でも食べようと思い、築地市場では美味で知られる「寿司清」に向かった。暖簾をくぐろうとした時、中から小柄な女性客が出て来て危うくぶつかりそうになった。……瞬間、その人は私を見てにっこり微笑み、続いて番組の制作スタッフらしき重い器材を持った数人が後に続いて、慌ただしく去っていった。刹那に見たその女性は明るい華を持った美しい人であったが、何より頭の回転の良さがその顔に出ている、気取りのない、気さくな善き人として記憶に長く残った。

 

……先日、コロナウィルスで亡くなられた、女優の岡江久美子さんの30年前の姿がそこにあった。

 

 

 

 

あの時の、あの人が……と想うと、この世もまた無常の彼岸のように想われて来て、全てはなにやら幻のように映ってくる。……人は、どういう亡くなり方をするかは誰も自分で決められるものではないが、少なくともこういう亡くなり方は最も似合わない人であったかと思う。そしてその不条理な残酷さを前にして、いま私達の眼前に蔓延っている、このコロナウィルスが、私達の想像を遥かに越えて、不気味でかつ手強い相手であるかを私は改めて痛感したのであった。……そして、岡江久美子さんや志村けんさんの死へと至った経過を詳しく知るにつれ、体調に違和感を感じたその初期こそが既に生死の分かれ目であると強く思った。「しばらく様子を見ましょうか。」……たいていの医者は決まり文句のようにそう言うが、国がその方針として重要なPCR検査に重きを置いていなかった事にそれは起因している。国は、過去の教訓を活かして患者の段階別に手際よく捌いていったドイツの賢い知恵と、その実行力を謙虚に學べと言いたいのである。以前に私の作品のコレクタ―でもある医者の方から伺った話であるが、「病院」の看板を掲げていても、そのかなりの数の医者は誤った判断を下しがちなので、あくまでも自分の運命は自分が決める覚悟で、けっして医者の判断に対して受け身にならず、事前から確かな情報を集めていた方が良いですよ、とアドバイスされた事があった。今回の場合のように、もし様子を見ずに、その場で強引にPCR検査とCTスキャンでの肺炎のチエックをして事態に処していたら或いは……と考えると悔いが残るが、私達は亡くなられた人達が身を挺して伝えてくれた貴重な教訓として、これを活かしていかなければならない。岡江さんが亡くなられた直後辺りから、国も方向を変えて、漸くドライブスルーや歯医者も検査が出来るという風にその可能な検査数が増して来ている事は良い事である。……とは言え、あまりにこの国は動きが遅く、その不徹底さは目に余るものがある。ともあれ、このコロナウィルス、短絡的に甘く捉えるのではなく、長期戦覚悟で処していった方が確かかと思われるのである。

 

 

「面影」と題して


面影の  日向に咲きし  沈丁花


振り向けば  過去みな全て  彼岸かな

 

 

 

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『731の悪い夢』

……前回のブログから2週間が過ぎた。その間にドイツや韓国は、国のリ―ダ―達の迅速な戦術と確かな指導力によって医療体制に余裕が出て来ているようである。一方の日本はと云えば、ご存じのように政府首脳のあきれ果てた後手後手の失策、更には無策と、「船頭多くして舟山に上る」の言葉の通り指導者の陣頭指揮のまずさ故に、今や緩やかに沈み行く「泥の舟」と化している感がある。日本では、2月から10日単位で死者の数を見ると、不気味な右肩上がりで確実に増え続けているのが現状である。終息からは遥かに遠く、危機は更に増していると思った方が確かなようである。

 

 

 

……さてここに来て、今回の新型コロナウィルスの感染源を武漢の市場から出たコウモリでなく、武漢のウィルス研究所から漏れた可能性があるという説が俄に再浮上している。しかし、これを率先して言っているのがアメリカのトランプ大統領だから、世間は「どうせ近づいた大統領選挙の為の発言だろう」「トランプの発言は当てにならない」と流す傾向があるが、もしこれが先のオバマや、かつてのケネディ辺りが言ったとしたらどうだろう。もう少し真顔で、世界の眼は武漢のウィルス研究所発生源説に注視するかと思われる。研究所側は必死で否定しているが、新型コロナウィルスの発症者の第一号は研究所の職員から出たという説があり、また武漢の市場ではそもそも食料とするコウモリはいないという説、……武漢ウィルス研究所のセキュリティ―管理の甘さからかつて2度、危険な失態があり、アメリカやイギリスから危険性を度々指摘されていたと書かれたワシントン・ポストなどの記事を読むと、あながち根拠のない説と一掃するのは如何かと思われる。

 

 

 

 

……ウィルス研究とは、様々なウィルス発症に対抗する研究である一方、もう一方では人類を破滅へと導く兵器開発にもなりえる。……かつて第二次世界大戦期に日本陸軍に存在した731部隊(関東軍防疫給水部本部……生きた人体による実験細菌兵器の開発を行った日本軍の秘密部隊)がそうであったように。この731部隊に関しては、膨大な記述を要する故にとてもブログでは書ききれないので、もし興味のある方は、森村誠一『悪魔の飽食』松本清張『小説帝銀事件』、読売新聞にかつて掲載されたGHQ帝銀事件に関する秘密文書公開(この記事によって、犯人とされた平沢貞通でなく、実際の真犯人はかつて731部隊にいた人物の単独犯説へと大きく傾いていく)、これらを時系列順に沿って読まれる事をぜひお薦めしたい。(忙しい方はネット検索でもある程度の事が見えてくる)……上記の2冊は731部隊をキ―ワ―ドとして一本の線で不気味に繋がっており、後のベトナム戦争時における枯葉剤作戦へと拡がっていくのである。……とまれ「事実は小説よりも奇なり」であり、このかつての事実を知ると、安易な性善説などぶっ飛んでしまう事、必定である。今回のブログの結論になるが、今年の3月にアメリカの研究チ―ムが発表したゲノム研究の結果によると、いま感染を拡げている新型コロナウィルスには遺伝子操作が成された足跡は見つからなかった由。つまり、人為的にウィルスが造られたのではない一つの証となり、武漢の市場なり、ウィルス研究所なり、何れかの場所から自然発生した可能性が大となるが、もし人為的な遺伝子操作があったとしたら、実はこれが恐ろしい。つまり、極めて残虐にして悪魔に魂を売った、帝銀事件の真犯人の如き知的怪物の不気味な影が見えてくるのである。ここから先は、かつては映画や小説の近未来的な想像の域であったが、それが現実のものとなる不気味な可能性を今回の感染騒動は如実に指し示してもいるのである。……ともあれ今は1日も早い終息へと向かう事を祈るのみである。

 

 

 

 

 

 

 

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『……あたかも陰陽師!?』

富山のぎゃらり―図南での個展が先月の29日に無事に終了した。初日の14日に富山に行き、翌日の夕方に東京へと戻ったのであるが、富山駅で新幹線に乗る前に私は「個展が終了する29日迄は、富山にコロナ感染者が絶体に出ないように!!」と強い念を発して、帰途についた。その後、富山は持ちこたえているかのように感染者が出る事なく、私が念じた29日まで持ちこたえた。「富山に感染者が出るとしたら30日ですよ!」……私は、ぎゃらり―図南の川端秀明さんはじめ、予め何人かにそう予言していた。……果たして翌日の30日に、耐え忍んでいた何かが崩れるように富山に感染者が出始め、今もその数が増えている。 …………2月にも似たような事があった。版画家の重野克明君は、年下の版画家の中で唯一私が評価している異才の人である。その重野君から四人展のご案内状を頂いた。掲載されていた重野君の作品は、驢馬(ろば)を描いたモノクロ―ムの淡彩素描で、何とも面白く気になった。かつてアンダルシアのグラナダの坂道で見た、哀愁を含んだ驢馬の姿が思い出されて懐かしい。……画廊に行くと四人の作品がたくさん展示してあったが、ただ重野君の作品だけが独自性が感じられ、わけても、その驢馬の作品はますます私の気を引いた。重野君の作品は人気があるので、ファンが多く売約のシ―ルが各々に貼られていた。しかし、不思議な事に驢馬にはまだ売約の印が無い。案内状に載せただけに作者にとっても自信作の筈である。私は観ていて「この驢馬の作品は私の所に来る運命にあるな!」と直感した。私は思ったら動くのが速い!……さっそく重野君に電話を入れて作品の交換トレ―ドを申し出ると、重野君は「もし最終日まで残っていたら是非!」と喜んで言ってくれた。電話を切った直後に、私は静かに、しかしかなり強い念を発した。……重野君いわく、やはりあの驢馬の作品が一番人気があり評価が高いとの由。私もそう思う。今まで拝見して来た重野君の作品の中でも特に出色の作品である事は間違いがない。……そして長い会期が終わった後に、私は重野君に電話を入れた。やはりあの作品は、会期を通して最も人気があるのに、不思議と購入者が現れず残ってしまったという事で、重野君にとっても今までにない経験であるらしい。……かくして驢馬の作品だけが残り、近々に私のアトリエにその作品がやって来る事になった。直感はやはり現実の形になったのである。……念ずれば確実に叶う!……こういう事は、今までも実にたくさんあり、枚挙にいとまがない。……昨年末にブログでも書いたが、芥川龍之介の上海の紀行文を読んでいて、今は消えてしまった魔都上海に想いを馳せていたら、1週間後にNHKのTVで、その芥川龍之介の紀行文を下敷きにした番組が放送され、私は妖しい魔都上海の映像をたっぷりと愉しんだ。……また、2月~3月にかけてブログの連載で版画家・藤牧義夫の謎の失踪事件の事を熱く書いたら、これもすぐに『新・美の巨人たち』で藤牧義夫の特集が放映された。……時空間を自在に交感して私が飛ぶ。或いは向こうからそれは突然やって来る。

 

 

 

 

…………思い返せば、私が12才の時に、突然夢の中で、女性が浴室の風呂の中で幼児を絞殺している凄まじくもリアルな映像が30秒ばかり映った事があった。……何とも残酷な嫌な夢だったな……と生々しい記憶のままに床から出て、その日の朝の七時のニュ―スを見て、私は驚いた。……何とTVの画面でハンカチを手に第一発見者として泣いているその女性こそ、つい数時間前の夢の中に出て来た女性であり、中学生であった私は、心底凍りついたのを今もありありと覚えている。その女性は家政婦であり、名前を出せば誰もが知っている某芸能人夫妻の留守中の未明に起きた、浴室での幼児殺人事件として、当時かなり話題になった戦慄的な事件であるが、時系列に辿ってみると、事件は世田谷上野毛で起きたのであるが、何故か遠方の福井にいた私の脳の中に、実況中継のように映し出されてしまったのである。……犯人の家政婦側から見た、幼児の苦しみ溺れ死ぬ姿、次に映ったのは、意識が消えていきつつあるその幼児の眼から見えた、家政婦の鬼畜と化した凄まじい形相、かと思えば、カメラがメチャクチャに撮したかのような、浴室の天井や壁のタイルのフラッシュに映し出される映像。……家政婦は第一発見者として、「当日夜に窓の外を不審な男が歩いているのを見た」「長男が激しく泣いているのを聞いた」などと最初は証言していたが、幾つもの矛盾点を追及されて同日の午後に自白した由。……何故、私の脳がそれを受像してしまったのかは不明であるが、それ以来、違う場所で起きている事をリアルタイムに察知したり、また予知的な事や、想っている事が現実化するといった事は数知れず起きており、長きに渡って続けているこのブログでも、その事は度々書いて来た。昔はそれを不思議に思っていた時期もあったが、今は「あぁ、また起きたな」という、もはや日常の当たり前の感覚になっている。……この直感力が一番向いているのは制作の時である。……以前に、美術家の加納光於さんは「あなたが、そういう能力を持っている事は、最初に出会った時から気付いていました」と語り、坂崎乙郎さんや池田満寿夫さんは、私の異常な集中力や神経の鋭さを危ぶんだ。…………話を移せば、例えばジャンコクト―やマックス・エルンスト、ダリにもこういった予知や透視の力があったという。有名な話では、ミレ―の『晩鐘』の絵を見たダリが、「この絵の手押し車の布の中には、死んだ子供が描かれている」と突然語りだし、興味を持ったル―ヴル美術館がエックス線で調べたところ、果たしてダリが透視した通り、晩鐘に祈りを捧げる農夫妻の姿を描いただけと解釈されていた、その夫妻の脇に描かれた小さな手押し車の布の描写の下から、塗り隠された幼児の死体が現れたのであった。その絵が描かれた直後に、絵を見た友人が「不吉過ぎるので死体は消した方がいい」という忠告を受けたミレーが、それを隠す為に描き足した布を透かして、ダリの眼には、見える筈のない幼児の姿が見えてしまったのであるが、これに関して書かれた翻訳書があるので、ご興味のある方はぜひ読まれたし!!。

 

 

……今回はコロナウィルスから発して、例の731部隊について書く予定であったが、筆が滑ってしまったらしい。ともあれ、今朝のニュ―スでは、マスクの効能が実証された事を香港大学から発表された事と、免疫力の強化には黒ニンニクをお薦めする事を書いて、今回はおしまいとしよう。……次回も引き続き、乞うご期待。

 

 

 

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