平凡社

『アトリエからギロチンが出て来た話』

3月に入って、アトリエにこもって制作する日々が続いていた或る日、(…久しぶりに会いませんか?)という清水壽明さんからのお誘いのメールが入って来た。…清水さんは平凡社の月刊誌『太陽』の名編集長で、数々の刺激的な企画で出版界を長年席巻して来た人。お付き合いは35年以上になる。…清水さんは横浜山手に家があり、ならばお互いの中間の場所という事で会うのは中華街にして、待ち合わせ場所に私は加賀町警察署前を指定した。

 

……中華街で会って、先ずは画廊の1010ART GALLERYに行き、オ-ナ-の倉科敬子さんに清水さんをご紹介した。折しも堀江ゆうこさんという方の写真展を開催中。なかなか面白い作品で暫し話をした後で、倉科さんに『楊貴妃』というカフェを教えてもらい、二人で入った。…私はベトナム珈琲を注文する。

 

…清水さんは昨年末にイタリアを旅して来たので、その話から始まった。…以前に私が、(清水さん、イタリアのミラノに行くなら足を延ばしてマッジョ-レ湖がいいですよ。その河畔にヘミングウェイが泊まって『武器よさらば』を執筆した、まるで夢のような壮大なホテルがあるので必見ですよ、)と話していたが、今回の旅で清水さんは行って来て(…あのホテルは本当に夢のようだね)という感想を熱く語ってくれた。

 

…また、ヴェネツィアのダリオ館の事(歴代の主がみな自殺している謎の館)を私がブログで度々書いてきたが、清水さんが行った日は残念ながら公開日ではなかった由。…ともかく、清水さんは、かつて取材で何十回と海外を経験しており、今回もポイントを踏破した旅であったようだが、次回は南下してロ-マ方面を考えているとの事。…次に行きたい場所は……? …と清水さんが訊くので(次は、お伊勢参り…かな?)と私。その後はもろもろの話をして別れた。…アトリエに戻って、また制作を再開する。

 

 

 

先日、アトリエの片づけをしていたら、紛失したと思っていた2枚の写真が偶然出て来た。おぉ‼と思って、しばしその時の事を思い出していた。……今から30年前に行ったベルギ-のブル-ジュの歴史民俗博物館で撮影した本物のギロチンの写真である。

…撮影しただけでなく、私は好奇心の衝動と誘惑を抑えがたく、何事も経験とばかりにそのギロチン台に登って処刑台に腹這いになって跨がり、先にあるくり貫かれた丸い穴に頭から首まで全部を突っ込んで、マリ-・アントワネットルイ16世の心境の擬似体験をしてみたのである。

 

…やってみよう‼…そう思うと、心境まで敗者の気分に成りきって役者が演ずるように没入してしまう私なのである。…危ないとわかっていても好奇心の方が勝ってしまう、ある意味、子供のままに成長していない部分があるのは自覚しているが、絶好の好機とばかりに、もうそう思ったら私は止まらないのである。

 

……そのギロチンは実際に使われていた物で、私が首を突っ込んだその同じ穴で幾人かの人達の生首が実際に落ちたのである。…穴の先から私は右上に顔を傾けて窮屈な姿勢で見やると、真上から吊り下げられた巨大な刄が私を見下ろすように静かに吊り下がっている。…些かながら綱も疲れているようにも見える。今、何かの弾みでその古い綱が切れて刄が落ちたら、間違いなく私の首がゴトンと落ちるにちがいない。…その時は観光客も監視人も来そうにないので、2分ばかりの間、私は執行される時の気持ちを味わっていたのであった。

 

 

 

 

………この時は、ベルギ-象徴派の画家フェルナン・クノップフの代表作『見棄てられた町』が描かれた現場を見つける迄は、この水都幻想の町ブル-ジュを出ないつもりで10日間ばかり滞在していた時の、旅のひとこまであった。

 

 

 

『見捨てられた町』

 

 

 

…………振り返れば、美大の学生の時に世田谷の上野毛にあった産婦人科の医院に担ぎ込まれて、分娩台の上で緊急の指の手術をされた事があるが、…思えば、この二つの台、…分娩台とギロチン台の上に乗った馬鹿な男は世界広しと言えども、私くらいかもしれない。…………………

 

 

人生を活気づけ面白くするのは間違いなく好奇心であるが、程度を過ぎれば、或いは命取りになるやも知れず……か。…まぁ、この性分、それも由として、生きていこうと思っている私なのである。…さて、次回は一転して、室生犀星をめぐる真実と嘘、そしてきわどい話へと発展していく予定です。

 

 

 

 

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『個展を前にして』

 

昨日、二冊の本が拙宅に届いた。一冊は河出書房新社刊の『パノラマニア十蘭』(久生十蘭短編集)で、表紙には私のオブジェ『パルミジャニーノの青の肖像』が使われている。前回も私のオブジェだったが、担当されたデザイナーのセンスが良く、私は大いに気に入っている。作品の使用に関しては、私は一切の注文をしない。彼らのプロの感覚を信用しているし、自在にいじくられても耐えうるだけのイメージの幅を、私は、自分の作品が持っているという自信があるからである。

 

 

 

 

 

もう一冊は、平凡社刊のコロナブックシリーズの『写真集』というタイトルの本である。編集執筆は森岡督行氏。私の個展を度々企画開催されている、茅場町にある森岡書店の社主である。会社名には「書店」が付いているが、以前にもメッセージで紹介したように、昭和2年建立のミステリアスな空間で、展示の際は、私の作品とピタリと照応してしまう。本は、優れた写真集の「現在形」を的確に紹介し,森岡氏の写真に対しての博識と炯眼が伝わってきて面白く参考になる。これもぜひ読んで頂きたい本である。

 

 

 

さて、ネットギャラリーを開設して三ヶ月ばかりが過ぎた。全国にいながらも私がまだ存じ上げない,私の作品のコレクターの方々から、「遠方にいる為に個展を見て作品を購入出来ないので詳細を知りたい。出来ればネットを通じて作品をコレクション出来ないだろうか!?」という問い合わせや依頼を受け、それに応える形で開設したギャラリーである。しかし正直なところ、オリジナルを見ないで購入に踏み切れる人などいるであろうかという疑問があった。ところが開設してみると、私の不安はたちまち消えた。私が個展をした事のない特に遠方の地方の方々からコレクションの申し込みが予想を遥かに越えて入り、私が存じ上げなかったコレクターの方がかなり存在していることを知って、大いに自信づけられているのである。パソコンは〈未知〉を切り結ぶ可能性に充ちている。その意味で、私の作品を何点もコレクションされていながら、出会える事のなかった人達と出会えるという豊かな状況が急速に開けているのである。私は〈個展〉という形と併せて、ネットギャラリーにも、今後さらに力を入れていきたいと考えている。

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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