『Tが消えた』

 

今から2年前の12月末に、友人のAから一本の電話が掛かって来た。私たちの共通の友人である、版画家のTとの連絡が取れないのだという。話を聞いて胸騒ぎを覚えた私は、早速警察に行き失踪による調査願いを届け出た。しかし意外にもそれは受理されなかった。

 

「個人情報がうるさくなってからは身内以外は駄目になり、そのおかげで身元不明の無縁仏が増えている」のだという。私はあきらめず、ついに最後の情報を知っていそうな人物Kに辿り着いた。Kによると、Tは「樹海に行って死にたい」と語っていたのだという。それを聞いた私は、早速、山梨県警に電話を入れて事情を話した。県警はすぐに動いてくれて樹海に入って行ってくれた。数日して県警から連絡が入り、とりあえず七体出て来たが、Tに該当する遺体は無かったとの事であった。それからも県警の人はなおも捜してくれて何度か連絡を頂いた。或る時は、制作中だった為「こちらからTELしますよ」と言ったが、「いえ、後でこちらから掛けます。」との返事。その徹底ぶりにピンと来た。捜査は殺人まで視野に入れており、私の声は録音されているのだと直感したのである。ウ〜ム、リアル、まさに松本清張の世界。それから2年が経ち、Tの消息は今も消えたままである。

 

富士の樹海は何度か訪れた事があるが、磁石も効かないメメント・モリ(死を想え)の現場である。或る時、私同様に感受性の強い画家の車に同乗して樹海を見ての帰りに、私たちが引っ張って来たと覚しき「邪気」によって、車の運転が急に不能になり、あやうく事故に巻き込まれそうになった事がある。新潟・琵琶湖・横浜などと地域密着のビエンナーレが開催されているが、どうもそこの「場」を生かした展示にお目にかかった事がない。「むりやり」と「しらけ」印象は否めない。私がコミッショナーならば、磁場の強い「樹海」を会場に選ぶであろう。まさしく「美は危うきに遊ぶ」である。会期中、出品作家や見学者の何人かは消えるであろう。しかし第六感を立ち上げた緊張感のある会場は、密度のある作品が出てくるのではなかろうか・・・。そういう場であったら、私もインスタレーションに挑みたいと思う。樹海の各所に何枚もの鏡を立て、その写像の連係の中に、異形な異界の相をゾゾッと立ち上げる試みである。とまれ、おそらくはその樹海に消えたであろうTよ、待っていてくれ!!直感の限りを絞って、必ずやお前を見つけ出してやるから!

 

 

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