『中延の消える家』

以前のメッセージでも書いた事があるが、〈浅草仁丹塔〉の話や、映画「ツィゴイネルワイゼン」の舞台となった、鎌倉と逗子の間にあった〈湘南サナトリウム〉での不思議な幻視体験など、私は〈建物〉にまつわる奇妙な体験が何故か多い。最近もそれに続く出来事があったので、それについて書こうと思う。

 

話は一年ばかり前になるが、夏の夕刻に東京の大井町線の電車に乗って、私は或る画廊に行く用があり、中延という駅で乗り変えるために降りる準備をしていた。すると駅の手前に差し掛かった時に、車窓の彼方に、何とも云い難い趣をした建物が、他の家々よりも一層の高みをもって突然現れたのであった。それは東京の下町にはおよそ不釣り合いな、例えるならば大正ロマン期の高楼、いやそれよりはプラハの裏町にでもありそうな、つまりはあまりに場違いな造りで、電車の向こう、1kmくらいの先に見えたのである。私は強い好奇心を覚え、中延の駅の改札を出ると、その家の在る方向へと見当をつけて歩きはじめた。商店街を抜けて、さらに家の方へと向かう。しかし、不思議な事に歩き始めて10分以上が経っているというのに、その家の姿は全く見えず、唯ただ、ごくありふれた家々の並びだけが先まで続いているのであった。他よりも高い建物だから当然もう視野に入るべき距離に来ているというのに、その建物は煙にかき消えたように、一切の視野から消え去ってしまったのである。幻覚でも見たのか!?・・・しかし納得のいかないままに、私はしぶしぶ来た道を戻り駅に引き返した。

 

それから数ヶ月が経ち、私はまったく同じ体験をする事となった。私は友人が個展をしているその画廊へと向かう時、やはり中延駅の手前で、再びその家が忽然と現れ、私は先と同じ事となる羽目となった。つまり、その家はまたしても姿を消してしまったのである。まるで追えば消える逃げ水のように、あるいは蜃気楼のように、さらに云えば好奇心の強い私を嘲笑うかのように建物は私を翻弄するのである。「・・・疲れているのかな」そう思いながら私は再び駅へと戻った。しかしその日は先のような夕刻と違い、真昼時であった。私は画廊の帰りに逆コースを取り確認のために中延駅から電車に乗った。しかし、不思議な事が起きた。私は車窓からその家を求めたが、そこに在るべき家などは全く何も無く、唯ありふれた街並が見えるだけで風景は流れていった。・・・まるでカフカの小説「城」のようだな。私はそう思いながら家路へと着いた。そして大井町線を使う機会のないままに1年が過ぎた。

 

梅雨が去って猛暑の夏が到来した或る日の夕刻に東京の下町で事件が発生し、それはニュースとなってテレビで中継された。私はそれを友人宅でたまたま見ていた。JR西大井駅から西へ500mばかり先にあるメッキ工場の社長が泥棒と鉢合わせして刃物で刺され重傷を負ったらしい。テレビには、現場に駆けつけた警官や住民たちの姿が映り騒然となった光景がリアルタイムで映し出されている。その画面を見るともなく見ていた私は、或る物を見て思わず声を上げてしまった。それと同時に、一緒に見ていた友人もまた、「・・・何だ!?あの奇妙な建物は・・・」という声を発したのであった。私たちが注視したのは、画面手前の警官や人々ではなく、その背景の家々の向こうに映った或る建物であった。それこそはまさしく、かつて私を誘いながらも煙のように掻き消えたあの建物と同じ姿なのであった。しかし半信半疑のままにいる私をよそに、テレビは次の報道へと変わってしまった。私は正直少し怖くなってきた。「・・・何をしているんだ!!何故、私を探しに来ないのだ・・・!!」あの建物がまるで意思を持った何ものかのように、私をさらに誘いこんでいる。しかも、今度は車窓からではなく、テレビの電波を通してまで・・・。しかし、それが幻覚でない事は、一緒に見た友人が今確かにおり、しかも彼自身もまた、その建物の異様な造りに興味を覚えているのである。私はその場で友人にかつての体験を手短かに話した。しかし、はたして本当に同じ建物であるのか!?私と友人はパソコンに地図を映し出し、詰めを行った。JR西大井駅から西へと順に流していくと、すぐに中延駅が現れた。やはり間違いない。かつて私をして翻弄した、あの建物である事に間違いない。

 

私はその場で、友人のパソコンのグーグルマップで上空から家々をなぞっていき、その家を追った。・・・しかし不思議としか云いようのない体験を私たちはする事になる。つまり、私たちはそれほど高くない視点から、それこそしらみつぶしに家々をなぞっていったのであるが、遂にあの、現代からタイムスリップしたような異形な高楼の建物は、パソコン上にその姿を現す事は無かったのである。

 

同じ建物内で、時を経て殺人事件が再び起きる事があるという話を聞いた事があるが、建物にもやはり「気」と云おうか、「意思」と云おうか、・・・つまりは有機的な何ものかの宿りとでもいうものがあるのであろうか。ならばあの建物が私に対してみせる執拗なアピールは果たして何であるのだろうか。そしてそれを確かに受け取ってしまう私のその心の映しとは・・・何なのであろうか!?ともあれ私は未だ・・・大井町線に乗ってはいない。しかし、近々に再び乗って、「中延駅」へと向かう事だけは確かなようである。

 

 

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