『何故か・・・隅田川』

フランスのカレーからドーバー海峡を渡ってイギリスに入った時は、あいにくの雨天であった。ホームズが逃げる犯人を追ってチャリングクロス駅から乗った列車を想わせるような三等列車に乗ってロンドンへと向かう。雨足はさらに激しくなり、テムズ河の鉄橋を渡る時は眼下は逆巻く濁流であった。私は眼下のテムズ河に1889年にそこで水死体となって発見された青年ことジョン・ドルイットの事を想った。澁澤龍彦が独自の調査で〈切り裂きジャック〉の犯人と断定した男である。私はその逆巻くテムズ河を見ながら、・・・何故か隅田川の姿がふと重なった。テムズ河と隅田川が何故か同じ血脈のように似ていると思ったのである。

 

「フランスのセーヌ河でなくてテムズ河です。隅田川とテムズ河が何故か似ていて、その類似点が何か知りたいわけですよ。どう思われますか・・・?」私は目の前の人物にそれを問うていた。目の前の人物とは、かの三島由紀夫もその博覧強記ぶりを評価したドイツ文学者の種村季弘氏である。種村氏は腕を組みながら頭をひねってしばし考えた後に、絶妙な答を返してくれた。「つまり、それは川幅だな。どちらも一方の河岸から殺人を犯した犯人が河に飛び込んで、どうにか対岸に辿り着けて逃げ切れる距離。そして、その対岸の先に待ち受けているのは異界。・・・これだな」と。「あっ、それだ!! それを知りたかったわけですよ。」と私。テムズ河と隅田川。・・・・・・そう、確かにどちらもミステリーがよく似合う。

 

谷崎潤一郎の小説『秘密』は、その隅田川周辺を舞台にした、唯美にしてマゾヒズム的な綺譚小説である。この小説に描かれているごとく、隅田川周辺は、いつもとは違う路地を一本入れば日常を隔てたような異界に迷い込んでしまうのでは・・・と、ふと思わせるような気配が今も残っているエリアである。

 

そのような一角、柳橋の隅田川河岸近くの一角に、ギャラリーという言葉ではくくれない不思議な趣の(展示空間)兼(書店)兼(カフェ)がある。名前は『パラボリカ・ビス』。主宰は、〈帝都モダン〉から放射したような企画、例えば〈夢野久作〉〈上海〉や、更には〈ハンス・ベルメール〉などの好企画を『夜想』という、骨太の筋の通った雑誌で発信し続けている今野裕一氏である。その『パラボリカ・ビス』で2月8日(土)~23日(日)まで『北川健次+夜想コレクション展』が開催中である。春は名のみの風の寒さがまだ続いているが、隅田川河畔の桜の蕾は、すでに官能めいた含羞の膨らみを帯びている。ぜひ行かれたし。されどおすすめしたい時刻は、「黄昏(たそがれ)」の語源でもある「誰そ彼」の夕暮れ時が,最もふさわしいと私は思っている。

 

『パラボリカ・ビス』

東京都台東区柳橋2-18-11

TEL..03-5835-1180

月~金(13:00 – 20:00)

土日祝  (12:00 – 19:00)

 

*『夜想』の次の刊行主題は「カフカ表現」(2014年春刊行予定)であるが、その為の展示も2月23日(日)まで開催中。拙作の「フランツ・カフカ高等学校初学年時代」(銅板画)も特別に展示されているので併せて御覧頂きたい。

 

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