『滞欧日誌・ジェノバ』

私は子供の頃から目敏く、ちょっとした物音でも目が覚めてしまう。頭もすぐに切り替わる。侍のような心構えと云えば響きはいいが、要するに眠りが浅いだけである。5日の未明であるが — 瞬間ピシッという、何かが裂けるような音で目が覚めた。しかし、それだけである。ただその直後から言いようのない不穏な気配が漂っているのを覚え、薄目を開けたままでいた。それから1時間ばかりが経った頃、やはり、やはり、敵はやって来た!!

 

・・・・かなり大きな地震である。すぐにTVをつけて見ると、東京千代田区が震度5弱、私の所は4であった。(汝にとって最も親しき隣人の名、— それは死である)という自明な事は解っていても、やはり急襲は少し困る。外圧による死ではなく、内圧による、得心を覚える死でありたいと願っている。しかし、そう上手く事が進まないのもまた事実。せめて今日は、生きている事の証しとして、旅日記のPART②を書くことにしよう。

 

ミラノから列車でジェノバへ行く。この地は美しい港町で趣があり、私もオブジェで『ジェノバの朝』『ジェノバから届いた三通の手紙』と題した二点の作品を作っているが、この日の目的は美しい港町ではない。その逆の方角にある山間に作られた荘厳なる墓地・スタリエーノ(staglieno)を訪れるのが目的なのである。

 

15年以上前に、バブルの崩壊と入れ替わるように日本でメメント・モリ(死を想え)がブームとなり、栃木県立美術館と町田市立国際版画美術館でも『メメント・モリ展』が開催されて話題となった。私もオブジェを中心に出品しているが、しかし、普段は全く死を直視しないこの国において、メメント・モリは一過性のものに過ぎないが、西欧の美術史はまさにメメント・モリの変奏の歴史であるとも云えるであろう。

 

かつて、雑誌『ブルータス』の編集長であった及川哲也氏は、氏の独自な感性で、このスタリエーノ墓地に〈メメント・モリ〉の極みを見出し、日本人として最も早くこの墓地を訪れ、取材し、撮影をして写真集も刊行している。私も現地の及川氏から手紙を頂き、この地で撮った唯美的で不気味な写真も送って頂いた。しかし、不難な旅行ガイドブックには今も載っていない。このスタリエーノを私が後日訪れようとは、その頃は予想もしていなかった。(唯、頭の隅には何故か、ひっかかっていたが・・・・。)

 

墓地彫刻(墓に側して彫られた記念碑的な彫像)は、イギリスやフランスにはほとんど無く、何故か北イタリアに散在しているが、このスタリエーノ墓地はその中でも突出して数が多く、また質の高い彫像が多い。私がこの地を訪れるのは、もちろん今後の製作の為の充電であるが、それにしても、バロック・ロココ・ルネサンス様式の異なる彫像が、中心の墓地を囲む薄暗い廻廊の中に延々と続く様は、荘厳を越えてやはり不気味である。訪れた日はイースター(復活祭)であったので、墓参客が数人ばかりいて正直ホッとしたが、平日の無人の日であったならば、さすがに好奇心の強い私でも嫁入り前の乙女のように身を固くしたであろう。〈日本人の美術家・ジェノバの墓地で刺殺さる!!〉も面白いが、まだもう少しは生きていたい。それ程までに、この墓地の面積は広く、かつ迷宮のように入り組んでいる。

 

私が訪れたのは正午近くであったが、約四時間ばかりの時を私はこの墓地で過ごした。薄暗い廻廊に沿って次々と在る大理石の彫像の意匠に見入っていると、彼方でパタパタという乾いた羽音が聞こえて来た。全くの静けさの秩序を唯一乱すその音は、幾羽もの鳩の飛翔する姿であった。鳩は何かに怯えたように、時折、その群れが私の頭上をかすめ飛ぶ。その怯えの源を辿っていくと、そこには、地上の墓石を鋭く突き刺す天窓からの強い光があった。雲間をぬって、時折強い光が、この暗い廻廊の墓石の一点を強く刺すようにして天上から差し込んでくる。それに怯えた鳩たちが、光が強く差す、その度ごとに飛び立っているのである。それは、鳩の姿を借りた死者の魂の暗い動きとも見て取れた。やはり、この場所には安逸ならざる〈気〉が確かに蠢いている。私は墓石にはめられた夥しい数の死者の様々なる生前の顔写真を見ながら、それを実感したのであった。

・・・・私はこの日に体感した、鳩の翼の異様な羽音、そして光、幾何学的なこの墓地の全様・・・それらの全てを貴重な詩的体験として享受した。体験は時の経過と共に沈潜し、間違いなく昇華され、そして必ずや作品として現れる事を、私は確信した。この日のジェノバ行で得た物は、予想以上に大きいものとなったのであった。

 

《お知らせ》

今月の13日(火)から18日(日)まで、広島のふくやま美術館1Fのギャラリーにて、尾道在住の画廊主にしてコレクターの三宅俊夫さんの企画で、『版と表現の実験展 ― 視えるものの奥にひそむもの』が開催されます。私の作品のコレクションもかなりな数を所有されておりますが、同展では、駒井哲郎池田満寿夫加納光於横尾忠則瑛九 … と云った方々の作品も展示され、版画という方法論でしか表現出来えないイメージの形を検証的に問う意欲的な展覧会になっています。この展覧会を記念して、私の講演が17日(土)の1時から3時まで当美術館の2F会議室で開催されます。小津安二郎の『東京物語』の舞台でもある当地は、私の両親も一時住んでいた地であり、情緒に充ちた水と光の豊かな所。詳しくは、www.artarekore.comを御覧ください。

 

 

掲載した画像は全て、墓地で配布された資料から転載しております。

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