『たかが言葉、…… されど』

出だしからいきなりで恐縮であるが、皆さんは、病名のガンというものを漢字で書けるであろうか?否や?…… 自慢ではないが私は書けない。……というよりも身近に寄せたくないので憶える気すら、さらさら無い。ガン→癌。この悪性腫瘍の総称の事を、何故ガンという、いかにも手強い病名にしておくのであろうかというのが長年の私の疑問であった。少なくとも病名に濁音の〈ガ〉はいけない。カンちゃんよりもガンちゃんの方が喧嘩が強そうに響くのと同じ理屈である。また、ガンはガーン!!というショックへと通じていて、メンタルにおいてもよろしくない。

 

英語でいうcancerなる医学用語を、〈癌〉などというマニアックな日本語に訳した人物は、ひょっとしたら明治の軍医のトップにいた森鴎外あたりがその張本人ではないかと思っていたが、調べてみると違っていた。癌の語源は〈岩〉であり、江戸時代に既に乳岩という病名が記録されている。しかしそれにしても癌という言葉はよろしくない。〈脱法ハーブ〉という言葉が、逆に促しを誘ったのと同じく、そろそろ言葉を変えてみてもよいのではないだろうかと、私は本気で考えている。

 

米国では台風に女性名を名付けるようである。例えばキティ台風。……何やら、あのキティが手土産をたくさん持って空の彼方からやって来てくれそうで、いっそ待ち遠しい。それに倣って、例えば……小百合、いや、さゆりの方がここは良いか。或はレイナ……。最初は悪ぶっているが、心を許せば、意外と情が熱く、面倒見が良い。そして……ある朝、一通の手紙を書いて静かに何処かへと消え去っている。(……つまり、いつしか完治している。)

 

私の場合だったら、……と考えてみる。大昔に交際していた女性の名前も良いが、意外と別な粘膜の方に転移しそうなので、ここではやはり外国人名が宣しいであろう。例えば、ロミー・シュナイダー、或はサラ・ベルナール。診察室で医者が画像を見ながら、〈……まだ先方は若いですが、ロミー・シュナイダーが来てますね〉と言われれば、おぉ!いっそ末長く共生していこうではないかと、かなり前向きに思ってみたりもするのでは……。とまれ、たかだか名前ごときというなかれ。例えば三島由紀夫が平岡公威(ひらおかきみたけ)のままでいたら、『酸模(すかんぽ)』は書いても『金閣寺』は書いたであろうか!?また土方巽(たつみ)が本名の米山九日生(よねやまくにお)のままでいたら、天才舞踏家に成り得たや否や!?マリリン・モンローがノーマ・ジーン・モーテンソンのままでいたら、果たして……。これほど左様に言葉の響きが放つアニマは、かくも異なるその差を生んでしまうのである。

 

何故このような事を今回のメッセージで書いているかというと、この8月に入った頃に、道を歩いていた私は急にフラリとなり、また喉に痼り感があり、潜血反応も出たりと……調子が良くなく、大腸・胃・喉の検査は無事にパスしたが、未だ前立腺と脳の検査が残っており、はなはだ面倒な時期に来ているからである。しかし、それにしても今回のメッセージの内容であるが、その立場にいる要の人間が言い出して〈癌〉というあの不気味で暗い病名を失くしても良いのではあるまいか。たかが言葉、されど言葉である。名前を変えればメンタルに効を成し、治癒力も少しは高まってくると思うのであるが……如何であろうか。

 

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