『激震の夜に — 勅使川原三郎氏と』

3.11の地震の後、私はある時、友人と『身の不運』について話し合っていた。何が身の不運かといって、深い地下を走る地下鉄に乗っている時に地震に遭遇する事ほど不運な事は無いだろう ・・・という話であった。私は「まぁ、私は運が強い方だから、まず有り得ない話だけどね」と言って、私と友人は別れたのであった。それから数年後、・・・ つまり先日に、震度4の地震が続けて東京を襲ったのであるが、あろう事か、私はその二つとも、地下鉄の車内で遭遇してしまったのであった。一つ目は浅草線の三田駅近くで、もう一つは丸ノ内線の荻窪駅を発車してすぐに。車内放送が、混乱した内容を早口で告げていた。「地下鉄は安全に作られていますので絶対、大丈夫です!!」「念のためにお手持ちのカバンなどがありましたら頭に上げて覆ってください!!」と。今、列島の地下深くであきらかに連鎖的な地殻変動が起きている。地霊が不気味にその目を開いたのである。・・・ 私はこの足下の不穏な凶事の気配が好きである。

 

3.11以来の激震が関東一円を襲う数刻前に、私は荻窪のダンススタジオ「カラス・アパラタス」で、勅使川原三郎氏と三時間ばかりの長い対談を交わしていた。同席は、ダンスでその突出した表現力が国際的に高く評価されている佐東利穂子さんと、「KARAS」のスタッフの方々である。その一週間ばかり前に勅使川原氏の事務所の方から連絡が入り、この日の対談が実現したのである。

 

対談の前に、勅使川原氏のソロによる『神経の湖』の公演があり、私は、その完璧とも云える表現力の冴えに酩酊の感を覚えたのであった。勅使川原氏はデビューした瞬間から“伝説”に入ってしまう程の才人であるが、時を経て更に洗練と深化が増し、私はそこに確かなる「視覚化されたポエジー」の永遠性へと連なる屹立を見たのであった。氏と交わした対談の内容は、録音していなかった事が悔やまれる程に面白いものであったが、私は言葉を通して、ずいぶんと氏の内面に接近出来たように思う。話の途中で勅使川原氏は、おそらく誰にも見せた事がないであろう、様々な視覚情報を写したコピーを私に見せてくれた。それは「水」に関する様々な、文脈を異にする写真の数々である。これらをフラッシュで見ながら、新たなる表現世界を、詩を紡ぐように、ゼロから立ち上げていくのであろうか。・・・・・・ このような貴重な物を見たのは私は二度目である。一度目は20数年前、天才舞踏家の土方巽の奥様の元藤燁子さんから、「あなたの何かの参考になるならお貸しするわよ」と言って渡された土方巽氏による手製のスクラップ帖であった。そのぶ厚いファイルには、ジャコメッティや、ヴォルス、ベーコンなどといった異形な美術作品の写真が荒々しく切り抜かれてコラージュされ、そこに土方自身による手書きの書き込みがびっしりと記された、まさに土方巽の脳内の動きが直に伝わってくるものであり、私はそこに、自分がオブジェやコラージュを作る時にも似た「神経の性急な走り」を透かし見たのであった。それは今思い返しても本当に貴重な体験であった。

 

・・・・・・ 私も勅使川原氏も興が乗ってくると更に感覚的に話すので、実に話が飛ぶ。垂直性の話から急に世阿弥へと話は飛び、コーネルや幼児期の記憶へと転じて、いきなり鳥の重みへとなり、話は際限がないのであるが、今、全体的に思い返すと、チェスのゲームのように対談のフォルムがしっかりとしている事にふと気が付く。対話はますます面白くなっていったのであるが、もしあのまま続けていたら“地震”はスタジオの中で遭遇したわけである。しかし、その激震の中でも私たちの対話はおそらく続いていたように思われる。ともあれこの夜の事は、緊張感に充ちた、これもまた貴重な体験であった。

 

 

― お知らせ ―

勅使川原三郎氏による連続公演『青い目の男』、そして佐東利穂子さんによるソロのダンス『ハリー』が、7月8日・9日・12日と10日・11日に分けて東京・両国のシアターXで開催されます。又、それとは別にUPDATE DANCEと題してのスタジオでのライブ感に充ちた生な公演が荻窪の「カラス・アパラタス」にて開催中。ご興味のある方には是非のご高覧をお薦めします。実験性と完成度の高さを併せ持つ、極めて優れた内容になっており必見です。

 

勅使川原三郎/KARAS

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