『私のスタジオ』

テレビや美術雑誌などで画家の仕事部屋が紹介されると、決まって判で押したように画室然とした光景が、そこには映っている。壁には額や、絵の具などの画材が整然と並び、中央には大きなイーゼルが置かれていて、一見してその部屋の主の顔さえも目に浮かぶようである。それに比べると、私の部屋はかなり異質なものであるかと思われる。堆く山積みにされた本の数々、ガラスの医療戸棚の中に配された風景大理石や外国の様々な写真、使途不明の様々な器具の断片、中世の羊皮紙や書簡の束、棚にはカメラや原稿用紙、そして主に、イギリスやベルギーで購入した鳥籠や昆虫採集の道具類、そして断片と化したコルセット人形、壁にはルドンゴヤベルメールデュシャンホックニー駒井哲郎中西夏之他の版画etc、そして写真家、川田喜久治氏の代表的なオリジナル写真などが所狭しと掛けられ、床には、作りかけのオブジェやコラージュ、そして次なる作品の為の様々に切り取られたイメージの断片が、その出番を待っている。・・・・・・・・まるで、部屋が錯綜した一つの迷宮と化している。

 

20代~30代の半ばまでの銅版画の制作のみに専念していた頃は、私がその作り手である事を示す物で仕事部屋は占められていた。しかしその後、オブジェや油彩画・・・・そしてコラージュへと表現の幅の広がりと共に、私の部屋は多様さを増していった。その後、写真集を刊行するまでに、写真への意欲が増し、更には詩や美術論に関する執筆へと広がって、私の仕事部屋はいよいよ混沌となっていった。云わば、様々なジャンルの十字路的な所に私は立っているようなものであるが、この先、今迄とは異なる油彩画表現の開示が眼前に立ち上がっている事を思えば、表現の多様さは更に広がりを見せ、それを映すように部屋の混沌は、まるで家を覆う蔓草のように収まる所を無くしていくのであろう。しかし、この仕事場こそが私の王国。幼年期からの変わらぬ感性が全く褪せる事なく息づいている夢の領土、秘密の空間なのである。・・・・間違いなく大人になり損ねた私とは、果たして何者なのであろうか。梅雨のこの頃に、ふと自分の顔を鏡に映して、珍しい物を見るように、自問することがある。

カテゴリー: Words   パーマリンク

コメントは受け付けていません。

商品カテゴリー

北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
Web 展覧会
作品のある風景

問い合わせフォーム | 特定商取引に関する法律