『恵比寿での収録が終わる』

昨日、『日曜美術館』(7月19日放送予定)の私の分の収録が、恵比寿のギャラリー「LIBRAIRIE 6」で行われた。午後1時から5時迄の長丁場であった。コレクターの方々からお借りした作品が、じっくりと、マチエールまで映るように丁寧に撮影され、私が自作について、また蕪村について喋るのである。唯、蕪村について語るのは良しとしても、自作について喋るというのは当初の予定に無かったので、いささか頭が混乱した。というよりも、作品には「語り得ぬ領域」としての暗示が潜ませてあるので、そこには言葉は不要だからである。それをあえて喋るというのは、何やら犯人がアリバイ工作、または情状酌量を自らが語っているようで、悪ぶってはいても本来は真面目な人間である私としては、ちょっと「困ったな」と思ったのであった。蕪村についてはプロデューサーの原一雄さんが対面の形で質問をされて、それについて考えを即答で述べていくので面白かった。唯、あまり難しい言葉を使うのはタブーなので、その点だけが工夫を要した事である。原さん達四名からなる番組スタッフの方々は2日から京都入りして、蕪村のイメージ画像を撮影し、その後でNHKのスタジオで、私に挑戦する形でゲストの人達にいろいろと語らせるという企画を具体化していく由。かくして、放送の直前まで番組作りは行われていくのである。

 

さて、ここに来て拙著『美の侵犯 ― 蕪村 X 西洋美術 』の初刷りが完売のために増刷が決まったという嬉しい知らせが、版元の求龍堂から入って来た。全国の書店から予想以上の注文がここに来て入っているらしく、作者としては何よりの朗報であり、執筆時の孤独な時間に再び光が差し込んでくるようである。出版された本は、その多くが初刷りの数に届かず返本となる厳しい出版界で、ましてや美術の分野での増刷は珍しい。唯、私は以前に新潮社から刊行した『「モナリザ」ミステリー』も増刷となっており、今回も秘かに予測していた事ではあるが、それが実現した事はやはり嬉しいことである。このメッセージを御覧の方で、未だ拙著をお読み頂いていない方がおられるならば、ぜひ御一読をお願いしたい限りである。或る美術雑誌に載った書評では、「美術評論の新しい領域をこの本は切り開いた」とあったが、それを超えてミステリアスな楽しみまで、この本には込められているからである。私は読者の想像力を信じている。その確信を持って文章を書いていけば、行間に秘めた想いまでも読者は読み取ってくれる筈。・・・・・私はこの事を、昨日の収録の際も、蕪村に託して語ったのである。私は作り手であるが、それを受け取る側の読者もまた均しく、豊かなイメージの作り手(紡ぐ人)なのである。

 

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