『引くに引けない!?』

27日付けの新聞の見出しに『劇場ロゴとは似ていなかった」とするエンブレムの審査委員代表の永井一正氏(86才)の言葉が載っていた。その夜にTVを見ると〈…… 実際はホラ、こんなに苦労してゼロからいろんなアイディアを立ち上げたんですよ〉と、見せたいための原案修正プロセスの図案が幾つか出て、私は笑ってしまった。そして当然のごとく誰もが抱く一つの疑念がここに出て来た。…… つまり、「作ったな、これは!!」という推理である。刑事事件であれば、事務所に入ってパソコンを押収すれば証拠は時系列的に暴かれるのですぐに発覚し、罪は加乗されていく。しかし著作権問題というのは「人格権」がその原点にあり、個人対個人の問題に帰すので、捜査はそこには入らない。私だけでなく、実際に誰もが抱いたであろうこの疑念。その事に含みを入れた「何故今頃にそれを出して来たのか!?」という記者の鋭い質問に、審査委員事務局の一人は「まぁ、そう言われると、そうなんですけれどもね ……」と、言葉に詰まっていたのには、唯あきれ返るばかりであった。この人は案外、正直者なのであろう。

 

新聞に拠ると、「原案は他の商標と似ている点があったため、修正され今の形に決まったという。」とあるが、これも不自然である。他のと似たアイディアであるならば、良識的に見て、当然そこでその作品は落とされるのが筋である。そこから引き出される推理は、受賞はこのデザイナーにあらかじめ決まっていたのでは…という考えである。更に云えば、原案が似ていたという他の商標が、ベルギーの劇場の図案を指し示すのではなく、他に在るといって、焦点をぼかすならば、その〈他の商標〉とやらを、その席で公開するのは、責務として必定の道であろう。又、サントリービールのキャンペーン商品に描き写しがあった問題について問われると、永井氏は「盗作だろう」と断言しているが、これもガス抜き的な発言であり、そういう盗作者がエンブレムに決まったとするならば、それは常識から見て大問題であり、永井氏らが本来正道として責務上やるべき道は唯一つ、それは審査をやり直し、公開で別なデザイナーの案に光をあてる事である。又、事務所のスタッフが盗作したとしているサントリー、他のデザインであるが、当然そのスタッフが出て来て謝罪させた方が、佐野というデザイナーにとっても少しは楽になる筈であるが、そのスタッフなる人物は一向に出て来ない。…… はたして本当にそのスタッフなる人間は実在するのか否や、……である。

 

あらかじめ受賞作品が決められている。…… コンクールにおいて本来あってはならない事が現実に於いては当然のごとく行われている事は、美術やデザインの世界においては残念ながら悲しい通常の事である。私が身を持ってそれを知ったのは20才の時であった。或るコンクールに私は版画部門で応募して受賞した。審査委員の中に棟方志功氏がおられた。後日授賞式とパーティーがあり出席すると、その棟方氏が挨拶の弁を述べる事になり壇上に上がった。氏は最初上機嫌であったが、突然スイッチが入れ変わり言葉が激変した。氏の口から私の名前が飛び出すや、私の作品の表現が如何に優れているかを語り出し、「その北川氏が版画部門の賞ではなく、その質から見て当然大賞を取るべき作品であるのに、初めから大賞が決まっていたとは、そんな馬鹿げた話がありますか!!!私は今回はじめて審査に立ち会ったが、こんなに汚れたコンクールなど、二度と出席しない!!」と激しい怒りを持って、審査の舞台裏を暴露したのである。出席していた連中は、まさか暴露されるとは思っていなかっただけに真っ青になり、会場は水を打ったように静かになった。その中で唯私一人だけは違っていた。この汚い審査に怒るよりも、棟方氏がそこまで私を評価していた事を知り、ふてぶてしいまでの自信がこの瞬間に湧いて来たのである。そしてその場にいた、当時の鎌倉近代美術館長である土方定一氏からは後日電話があり、「お前さんは、あんなくだらないコンクールに出すような人間じゃないのだから、もっと上の高みを目指せ!」と励まされたのだった。私がプロの表現者としての自覚を持ったのはこの時からであり、それは大学3年生の20才の時であった。

 

私はこういうコンペに絶望している、しかし才能を秘かにもっている若い美術家やデザイナー志望の人に言いたいのは、こういう親分・子分の構造で成っている(と思われている)各々の分野は、その内実は、張りぼてであり、やはり堂々としている者のみが結局は躍り出てくるように出来ているという事である。「出すぎた釘は打たれない」。そして、親分に媚びて目立たないようにおもねる人間は、「出ない釘は腐る」という言葉の通り、その媚びた感性からは、創造性はたちまち失せて行くというのが、その定理なのである。

 

話は戻るが、ベルギーの劇場デザインを作った、今回著作権侵害を提訴している人は、この度の修正案が幾つも出されたという話を受けて「その原案があると言うのなら、それを採用すれば良いではないか!!」と語ったが、この人の発言は間違いなく「正論」であり、私もそう思う。いや、誰しもが思う事である。そして、ここにベルギーを代表する強力な弁護士が参入して来た事で事態は大きく変化して来ている。世界的に見ても著作権法の論者としてはトップクラスの弁護士の登場で、高圧的であったIOCの今後の出方が見ものとなって来た。ベルギーの裁判で先ず負けた場合、IOCはそこで生じた多額の損害賠償額を、この日本人デザイナーに一転して要求するというリスクが生じて来ているという事を、私は報道で知った。心境としては「引くに引けないところに来てしまった」と思っているかもしれないが、さぁ、この問題はどうなっていくのであろうか。

 

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