『オブジェ』

そら耳かと思ったが、やはり ………蝉であった。狂った夏の名残りの一欠片のように、今し蝉がアトリエの近くの木立の陰で鳴いているのであった。

 

その声の記憶は私をして、たちまちアンダルシア・グラナダのアルパイシンの丘の記憶へと運んでいく。そして七月に見たヴェネツィアの雷の銀の走り、ロンドンのカムデンタウンの暗い倉庫(そこはかつては馬小舎であった)の中で見た、古い家具の断片・古写真・地図・チェスの駒・支那の小箱・手紙 ……… 。それら旅の折々で見つけた〈時の断片〉や旅の記憶が変容し、主語を変え、黒い方形の箱の器の中に、終の棲家に辿り着いたように収まっていく。そしてその上に、永遠の封印の儀式のようにして硬い硝子がはめ込まれていく。………記憶の変容が暗示の体を帯びて、客体としての「作品」というものになっていく事の不思議 ………。

 

………10月28日から日本橋高島屋で開催される個展『午睡の庭 ― 繁茂する蕁麻の緑陰の下で』の為にアトリエの中では、作られたオブジェが少しづつ並んでいき、25点以上の数となった。最終的にはどれ位の数のオブジェが展示される事になるのか、作者自身である私にもわからない。唯、今回の個展のテーマとして在る〈何ものか!!〉が未だ熱さと鋭さを孕んでいるかぎりは、私は今少し作り続けていくであろう。オブジェは今まで開催して来た個展の中では、今回が最も多い出展数となるであろう。平面と三次元とのあわいに在る2,5次元の、この立体犯罪学 ― オブジェ。

静寂を時折破って聞こえる蝉の声が、制作の時には、何やらいっそうの幻聴のように聞こえてくることがある。

 

 

 

 

 

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